048a_花が咲いたら
寝床に入ってからも、ウィルはなかなか目を閉じられなかった。
静かになると、帰り際のネージュの顔を思い出してしまう。寝返りを打ち、息を吐く。それでも胸が落ち着かないまま、今度は別の言葉が浮かんだ。
命を救われたのは二度目だと、ねーねは言った。
あの時も、ねーねがいなくなってしまうのが嫌だった。
いつの間にか眠りに落ち、夢の中で幼いウィルは森の道を走っていた。
「ネージュねーちゃん! こっちこっち!」
振り向いて呼ぶ。枝葉に挟まれた道の向こうから、ネージュがやってくる。
ウィルは待ちきれずに先へ走った。木々が途切れ、小さな広場が現れる。真ん中には屋根のある小屋、周りには丸太や樽。一見あちこちから集めてきたガラクタに見えるが、ここでは立派な冒険の戦利品だった。
追いついたネージュが、広場を見回した。
「わぁ……村の近くにこんな所があったんだ」
「凄いでしょ!? あたしの秘密基地だよ!」
横から飛び出したプリシラが、両手を広げた。尻尾までぴんと立っている。
「えぇ!? ここを見つけたのは僕だよぉ!?」
「一番最初にここに入ったのはあたしでしょ! だからここはあたしの縄張りなの!」
「プリシラちゃん、流石にそれはズルだよ」
後ろから来たエレノアも口を添えてくれて、ウィルは勢いよく頷いた。
「そーだそーだ!」
「みんなの秘密基地でいいじゃない。一人ぼっちの基地なんて寂しいでしょう?」
「ほら! ネージュねーちゃんもあーいってるよ!」
「うぐぐ」
プリシラの耳が、少し横へ倒れた。広げていた手を腰に当て、ウィルを見て、エレノアを見てから、ふんと胸を張る。
「仕方ないわね! なら、きょーどーけーえーしゃにしてあげるわ!」
「きょーどーけーえーしゃってなに?」
「え~っと……。一番えらい人だよ!」
「僕が一番えらいの?」
「あたしが一番えらいの!」
「そんなのズルいや!」
それでは、さっきと少しも変わっていない。ウィルが言い返すと、プリシラは慌てて付け足した。
「で、でも……ウィルも一番えらいんだよ?」
「えぇ~? 一番えらい人が二人いるの? それってどっちのほうがえらいの?」
「そんなのしらないよ!」
「ウィル。一番偉い人が何人も居て良いよ~っていうのが共同経営者なのよ」
ネージュがかがんで、顔を覗き込んだ。
「そうなの!?」
「そうだよ。皆で協力して頑張ろうね、っていう偉い人なの」
「そうなんだ!」
それなら、とてもいいものだ。ウィルはすぐにエレノアを振り返った。
「じゃあ! エレノアもきょーどーけーえーしゃにしてあげる!」
「いいの?」
「ちょっとウィル! 勝手に決めないでよ!」
「いいだろ!? 僕だって一番えらいんだから!」
「ウィル。勝手に決めちゃうのはダメよ。みんなで協力するって言ったでしょう?」
得意になっていたウィルは、口をつぐんだ。ネージュは二人を順に見て、ゆっくりと続ける。
「こういう時はね、偉い人同士で話し合って決めるの。だからね、プリシラが『良いよ』って言わないと、勝手には決められないのよ」
「そうなんだ……」
では、そうすればいい。
「プリシラ! いいでしょ!? エレノアだけ仲間はずれなんて可哀そうだよ!」
「兄様……」
「う~。わかったわよ! エレノアもきょーどーけーえーしゃにしてあげる!」
「やったぁ! ありがとープリシラ! よかったね! エレノア!」
「ありがとう兄様……」
エレノアは、ウィルのすぐそばへ寄った。
「大好き」
その声は耳に入らず、ウィルはネージュを振り返った。
「よーし、じゃあネージュねーちゃんも、きょーどーけーえーしゃにしようよ!」
「あら、私もいいの?」
「二人ともいいよね!?」
「僕はいいよ?」
「それじゃみんな一番えらくなっちゃうじゃん!」
「それでいいじゃん! それに僕知ってるよ! たすーけつって言うんだ! さんせーの方が多いからこっちの勝ちなんだよ!」
「なにそれ! ズルい! あたし負けてないもん! あたしもさんせーだもん!」
「だったら決まりだ! これでネージュねーちゃんも秘密基地の仲間だよ!」
「嬉しいわ♪ ありがとうウィル、とっても優しいのね」
「えへへ……」
褒められると、さっきまで言い合っていたことなんてどうでもよくなった。今日、見せたかったものは、まだある。
「ネージュねーちゃん! こっちにきて!」
「そっちになにかあるの?」
「これこれ! みて!」
ウィルは花の前にしゃがみ込んだ。まだ花びらは見えない。けれど、葉の間にある小さな蕾を見れば、ネージュには分かるはずだった。
「あら、そのお花……」
「ネージュねーちゃんが好きなお花を育ててるんだ!」
「珍しいお花なのによく見つけたね」
「見つけるくらい大した事ないよ! けど、まだ咲いてるお花がなかったから、ここで育てる事にしたんだ。お花が咲いたら、ネージュねーちゃんにプレゼントするね!」
「ありがとうウィル。とっても嬉しいわ♪」
「へへへ……」
まだ咲いていないのに、こんなに喜んでくれるなら。お花を渡す日にはどれくらい喜んでくれるだろう。育てるのはちょっと面倒くさいと思っていたのが、急にやる気に満ちてくる。
「ちょっとウィル! そんな事より、早く秘密会議するよ!」
プリシラの声が飛んできた。
「う、うん。わかってるよ! ネージュねーちゃん! こっちきて!」
立ち上がって、今度は席へ案内する。そこも、今日のために用意した場所だった。
「ネージュねーちゃんの席はここだよ!」
「なにそれ! 板張りしてカーペットまで敷いて、いつの間にそんなの用意したの!?」
「昨日ネージュねーちゃんを基地に呼ぶって話して帰ったあとだよ」
プリシラは敷物を見下ろし、自分たちの座る丸太を見た。尻尾が大きく左右へ振れる。
「ネージュおねーちゃんばっかり贔屓してる! ズルい!」
「私だけこんなきれいな席でいいの?」
「ネージュねーちゃんは大人だから! 大人の女の人は、ばっちぃ所になんか座れないでしょ?」
「ぅ~……」
エレノアも敷物を見ていたが、やがてプリシラへ向き直った。
「プリシラちゃん、こればっかりは仕方ないよ」
「うにゃーーーーー!!」
プリシラの声が森に響き、ネージュが困ったように笑った。
*
あの時は、毎日世話をすれば咲くものだと思っていた。
見に来るたび、昨日より膨らんでいないか確かめた。まだだね、と言って水をやり、次こそはと待っていた。その蕾が下を向いても、ウィルはしばらく、どうすれば元へ戻せるのかばかり考えていた。
「お花……枯れちゃった……」
「兄様、あんなに頑張ってお世話してたのに……」
エレノアの声にも、いつもの元気はなかった。ウィルは膝を抱えた。触ったら折れてしまいそうな茎を、もう見たくなかった。
ネージュが隣にしゃがんだ。
「お花の世話ってね、とっても難しいの。お水がなきゃ育たないけれど、お水をあげすぎてもいけないのよ」
ウィルは膝から顔を上げた。足りなければいけないと思っていた。いっぱいあげれば、そのぶん元気になると思っていた。
「それにね、あのお花が珍しいのは、あのお花は他のお花よりも、もっともっと育つのが難しいからなんだよ」
ネージュも、咲かなかった花を見ていた。
「蕾はね、必ず花開くとは限らないの。お花が咲くにはちゃんとしたお世話も必要だし、お花自身の努力もいっぱいいっぱい必要なんだ。だから沢山努力してちゃんと咲く事ができたお花は、とっても力強くてきれいなんだよ」
せっかく喜んでくれたのに、約束を守れなかった。ウィルが俯くと、ネージュが顔を覗き込んだ。
「ウィルはとっても頑張ってた。ねーねはそれだけで、とっても嬉しかったよ」
プリシラが、落ち着かない様子で一歩寄った。
「げ、元気だしなよウィル。また来年育てよう? ね?」
来年。ずいぶん先だ。それでも、もう一度できるのなら。
「……そうだね。僕、来年になったらもう一回頑張ってみるよ」
ウィルは膝をほどき、ネージュへ向き直った。
「だから……ねーね! お花の育て方、教えて!」
「……うん、わかった。来年、また頑張ろうね」




