047a_守るための力
木々の間を抜けると、道の脇に石で囲んだ火の跡があった。そばには腰を下ろせそうな切り株と、横たわった丸太がある。
ネージュは今日も同行しており、ウィルは三人に合わせて歩く速さを緩めた。
燃え残りの小枝が、黒い石の内側に折れ重なっている。道から一歩外れたこの場所なら、前後の木々も見渡せた。ウィルは後ろの三人へ休憩を提案した。
「誰かの野営の跡だ。ちょうど良いからこの辺で一旦休憩にしよう」
「は~い♪」
プリシラが真っ先に荷を下ろした。ネージュも立ち止まり、道の先へ目をやる。
「それじゃあ、少し先に川があるはずだから、お水を汲んでこようかしら」
「私、お茶の準備しておきます」
エレノアが荷物を開いた。丸太の上に布を敷き、茶葉と器を並べていく。ウィルもその隣へ荷を置いた。ネージュが水を汲んでくる間に、湯を沸かす薪を集めておこう。
ネージュが桶を提げて、川の方へ歩いていった。ウィルはその背中を見送ってから、拾う枝を探した。
「それじゃ~あたしはお散歩してくるね~♪」
「プリシラは僕と一緒に薪拾い。じゃなきゃおやつ抜きです」
軽い足取りで離れかけたプリシラの耳が、ぴたりと止まった。
「薪……あつめる……」
ウィルは頷いて、森の方を指した。プリシラはそちらを見てから、名残惜しそうに別の方へ目を向けたが、一応ついてきた。
ウィルは乾いた枝を選び、片腕に抱えていった。濡れた葉に埋もれたものは避け、道を見失わない範囲で探す。
枝を踏む音が、少し離れたところから聞こえる。プリシラも集めているのだろうと思った。
ひと抱えほど集めて顔を上げると、さっき足音のした辺りが静かになっていた。
プリシラの姿が見えない。
木の向こうに回ったのかもしれない。そう思って戻ってみても、荷物のそばにいたのはエレノアだけだった。
「……あれ、プリシラは?」
抱えた枝を下ろすと、乾いた音を立てて転がった。
「戻ってきてませんよ?」
「……バックレたな」
「おやつのタイミングには戻ってくると思います」
「そうだね……」
あとで薪拾いの分も働いてもらおう。ウィルは散らばった枝を寄せ、火を起こす支度をしかけた。そこで、まだ水の入った桶がないことに気づいた。
「……あれ? ねーねは?」
「それが……戻ってきてないんです」
エレノアの声から、さっきまでの軽さが消えた。
「水場はそんなに遠くないし、迷ってるはずないよね……」
「はい……」
薪を集めに行った自分の方が早いというのは妙だ。ウィルは川へ続く道を見るが、桶を提げたネージュが戻ってくる様子は無い。
「ちょっと見てくる」
「はい、おねがいします」
ウィルは立ち上がった。
木立に沿った道を歩くうちに、水音が近くなる。先で道が分かれ、川を渡る木の橋が見えた。ウィルは橋の手前で立ち止まり、こちら側の岸から川辺を見渡した。
「居ない……?」
上流にも、向こう岸にも姿がない。水を汲むだけなら、わざわざ遠くへ行く必要はないはずだった。
視線を来た道に戻しかけたところで、橋より少し下流の川辺に、置き去りにされたものが見えた。
「あれは!?」
駆け寄って、足を止める。
桶だった。すぐ横の土が濡れていて、駆け寄ったウィルの靴底にも湿った土がついた。辺りを見ても、それを持ってきた人だけがいなかった。
「……間違いない、ねーねが持ってったやつだ!」
見送った時と同じ桶だ。水汲みをやめて戻るにしても持っていくはず。ウィルは持ち上げかけた手を引き、もう一度周囲を探した。
川辺で転んだのかと水面にも目を凝らしたが、見つからない。桶を置いていくような何かがあったのだ。
「……クソッ! とにかく、皆に知らせないと……!」
桶を置いたまま、ウィルは来た道へ走り出した。橋の手前の分かれ道を通り、休憩場所へ引き返す。
「エレノア!」
休憩場所へ戻るなり呼ぶと、エレノアが立ち上がった。
「兄様?」
「ねーねが行方不明かもしれない! 僕は先行して探しに行くから、プリシラを呼び戻して二人で跡を追ってきて!」
「え!? 呼び戻すって……どうしましょう!?」
「大きな音のする魔法を空に向かって打ち上げて! プリシラなら音と匂いで追ってこれる!」
エレノアが息を呑んだ。ウィルの顔を見て、それから木々の上へ視線を向ける。
「……わかりました!」
「頼んだ!」
返事を聞いて、ウィルは再び走った。
エレノアが杖を取るのを確かめ、川へ急ぐ。ネージュが一人で助けを待っているかもしれない。そう思うと、足を止められなかった。
分かれ道で止まった。
橋を渡って向こう岸へ続く道。こちらの岸を森の奥へ進む道。そして、自分が来た休憩場所へ戻る道。ネージュがどちらへ連れていかれたのか、ここでは見分けがつかなかった。
「あああクソッ! どっちだ!? 二度と三叉路で休憩なんてするもんか……!」
闇雲に走って、行き違いになったらどうする。ウィルは踏み出しかけた足を止め、息を吸い直した。
「……冷静になるんだ。考えないと……手がかりは!?」
桶のあった辺りを思い返す。血は見なかった。激しく争って地面が荒れたような様子もなかった。
「……争った形跡は無い。なら、モンスターにやられたわけではないはずだ」
そうであってほしかった。けれど、願うだけでは道を選べない。
「……連れ去られた? こんな場所で? 誰に?」
頭に浮かんだ問いを、振り切った。
「……いや、誰かは後で良い。人間の犯行だと仮定するなら!」
桶のそばで踏んだ、湿った土を思い出した。あそこから誰かを連れ出したなら、その靴底にも土がついているはずだ。
橋の板を踏むと、自分の靴底から湿った土が落ちた。ウィルはしゃがみ、先へ続く板を調べた。
「……やっぱりそうだ。桶のあった辺りの地面の土は湿ってた」
確かめながら向こう岸まで渡ったが、跡は自分のものしかなかった。
「犯人かねーねがここを歩いたなら足跡があるはず。橋には僕の足跡しかついてない! こっちじゃない!」
ウィルは橋を引き返し、桶のあった岸を森の奥へ進む道へ向きを変えた。
「……追跡術なんて本で読んだ初歩知識くらいだ。当たっててくれよ!」
足元に気を配って進むうち、道脇の草むらの中に見覚えのある形を見つけた。
「ねーねの杖だ! この奥か!?」
杖の落ちている先に、茂みの切れ目があった。狭いが、人が通れる。ウィルは枝を押し分けた。
ウィルは短剣を抜いた。そのまま駆け込みかけて、そばの木へ刃を当てる。樹皮を削り、道からも分かる痕を残した。
もう一本、横に傷をつける。あとから来る二人への目印だった。
「気づいてくれよ……!?」
待たずに奥へ進む。顔へかかる枝を腕で払い、曲がった先へ出ようとした時、声が聞こえた。
「ンン~~~~!!」
ウィルの足が止まった。
普通に叫んでいる声ではない。口を塞がれたまま、無理に押し出しているようだった。
「へへへ。こんな所に助けなんかこねぇよ! 大人しく楽しもうぜぇ?」
男の声が重なった。




