046_家族の食卓
工房では、森で見つけた倒木の場所を親方に伝えた。都合のつく日に案内して、使えるか確かめてもらうことになった。
Dランクになったことも報告し、ウィルは三人と工房を出た。
「ね、ママにも言いに行こうよ!」
プリシラが、自分の家の方を指した。エレノアとネージュとは道の途中で別れ、二人は牧場へ向かう。夕方の風が、家の方から干した草の匂いを運んでいた。
柵の戸を閉めていたシルトが、こちらへ顔を向ける。
「あぁ、二人とも。おかえり」
「おじさん、ただいま! 僕、冒険者ランクDになりました!」
シルトは戸に掛けた手を離し、ウィルの方へ体を向けた。プリシラも隣でにこにこしている。
「おぉ~。それはおめでたいね。これでウィルも一人前の冒険者という訳だ」
早くこの人に知らせたかった。喜んでもらえると分かっていても、実際に褒められると照れくさい。ウィルは笑顔のまま、頭を下げた。
「はい! ようやっと一人前って所ですけど、ここまでこれたのは、全部おじさんとリリシラさんが育ててくれたおかげです!」
シルトが、ゆっくり首を振った。
「なに、私達は大した事はしていないよ。微力は尽くしたが、ここまで立派になれたのは何事にも一生懸命なウィルの努力の賜物さ」
シルトが肩に手を置いてくれた。両親を亡くしてから、どれほど世話になっただろう。その人に立派になったと言われ、ウィルは顔を上げられなくなった。
「……おじさん。本当にありがとう」
「ほらほら、いま褒めた所だよ。いい男が台無しじゃないか」
シルトが笑った。鼻の奥がつんとして、ウィルは息を吸い直す。隣のプリシラに見られないように顔を拭こうとしたが、間に合わなかった。
「はい!」
返事だけは、はっきり出た。
プリシラは何もからかわなかった。代わりにウィルの荷をひょいと取り、先に家へ向かう。シルトの手は、まだ肩に置かれたままだった。
「ウィル。よかったら今度、男同士で釣りにでも行かないか?」
「おじさんと釣りなんて久しぶりですね! もちろん行きます!」
今度は笑って返せた。誘ってもらって初めて、しばらく二人で出かけていなかったことに気づく。
「よかった。最近はゆっくりと話をする機会も減ってしまって少し寂しかったんだよ」
「すみません、冒険者になってからはバタバタと忙しくて……」
「はっはっは。なに、社会に出るというのはそういうものさ」
戸の前で、ウィルの荷を抱えたプリシラが振り返っている。ウィルは手で、すぐ行くと伝えた。
「お前たちが良く育ち、立派な大人になってきたという事だよ、気にする事はない」
「はい! これからも精進します!」
「うん。良い返事だ」
シルトの手が肩から下りた。柵の戸が閉まっているのを確かめてから、家へ歩き出す。
「ささやかだが、お祝いをしよう。 ゆっくりしていきなさい」
「ありがとうございます!」
シルトに促され一緒に家の戸口に向かうと、いつもの夕飯の温かな匂いが流れてくる。開けて待っていたプリシラが、ウィルの袖を掴み声を上げた。
「ママ、ウィル来たよ!」
*
リリシラは厨房から顔を出した。こちらを見ると、手を拭いて近づいてくる。
「リリシラさん、僕、Dランクになりました!」
シルトに報告した時より、声が少し弾んだ。リリシラは目を見開き、それから嬉しそうに笑った。
「まあ、おめでとう! よく頑張ったわね、ウィル」
「ありがとうございます!」
「ママ、夕飯ウィルもいいよね?」
「もちろんよ。プリシラちゃん、ウィルの分も並べてちょうだい」
プリシラがさっそく器を取りに行く。ウィルも手伝おうとしたところで、リリシラに呼び止められた。
「お祝いはまた改めてね。あなたの好きなもの、たくさん作るから」
「本当ですか? 楽しみにしてます!」
思わず声が弾むと、リリシラは嬉しそうに笑った。
「プリシラにくっついて歩いていたあなたがこんなに逞しくなるなんて、時の流れを感じちゃうわね」
プリシラが器を並べながら、得意そうにこちらを見る。ウィルは苦笑した。昔の話を持ち出されたら、当分頭が上がりそうにない。
「私もおばちゃんになっちゃう訳だわ、寂しいものね」
リリシラが頬へ手を当てた。
若々しい笑顔を見ていると、そんなふうには思えなかった。
「リリシラさんは、綺麗ですよ」
「あら、お上手になっちゃって。こうやって少年は男になっていくのね」
思ったことを言っただけなのに、うまくお世辞を言ったように受け取られ、ウィルの方が照れてしまった。
プリシラが卓へ器を並べていた。こちらと目が合うと、一枚を差し出す。ウィルも受け取り、空いた席へ置いた。
「でも、本当に。これからは、僕にもできることが増えると思うので」
今は自分の借金を返すだけで精一杯だ。それでも、世話になった二人が困った時には力になりたかった。
「頼りにしてるわよ。プリシラちゃんも、私もね」
リリシラはもうからかってはいなかった。ウィルも頷き、それから一つ、お願いをした。
「リリシラさんも、ずっと元気でいてくださいね」
「それはもう、ひ孫と遊ぶまで元気なつもりだもの。ウィルの方こそ危ないお仕事なんだから、怪我だけはしないように気をつけてね」
「はい。気をつけます」
返事をすると、リリシラは満足そうに頷き、厨房へ戻った。プリシラが大きな皿を両手で持って出てくる。ウィルは通り道から椅子を引いた。
「熱いから、気をつけて頂戴ね」
「分かった。ここ?」
「うん。置くよー」
二人で皿を下ろす。煮込んだ肉と野菜が、卓の中央で湯気を立てている。四人の器を寄せれば、それだけで卓の上が埋まった。
次の皿を取りに戻りながら、プリシラが振り返った。
「あたしの分、取っといて!」
「まだ誰も食べてないよ」
「分かってるけど!」
シルトが笑い、ウィルもつられて笑った。プリシラが席についたところで、リリシラが料理を勧める。
「いただきます!」
プリシラの声が一番早かった。ウィルも続き、皿から一切れを取る。冷ましながら口へ運ぶと、柔らかな肉に染みた汁の味が広がった。
今日の仕事を聞かれ、ウィルは山の麓での討伐と、帰りに見つけた倒木の話をした。
「親方に見てもらうんです。使えそうならお願いしようと思って」
「木なんてその辺にいっぱいあるのに、探すと良いのがあんまりないの」
プリシラが鼻をしかめる。ウィルには分からなかった匂いを彼女が嗅ぎ分けたのだと話すと、シルトは娘を褒めた。彼女は嬉しそうに尻尾を揺らし、今度は戦いの話を始める。ウィルも時々口を挟んだ。二人で話しているうちに、食べる手が止まっていた。
「ふふふ。もう少し強くなったら手合わせしましょうね♥」
リリシラが言うと、プリシラの手が止まった。
「ママには全然敵わないもん」
「プリシラも?」
「そうだよ。ママすっごいんだから」
隣から真顔で言われ、ウィルはリリシラを見た。いつも間近で見ているプリシラの強さを思うと、その母親がにこにこしているのが、かえって怖かった。
「……プリシラといい勝負が出来るようになったらお願いします」
「ええ。楽しみにしてるわ」
シルトが笑いながら、料理の残る皿を勧めてくれた。ウィルは礼を言い、食事を再開した。
*
帰る時、プリシラは戸口までついてきた。食器を洗い終えた手をタオルで拭きながら、また明日、とニコニコしている。
ウィルが答えると、後ろからシルトも出てきた。家の灯りを背にして立つ姿に、ウィルは足を止めた。
「ウィル、順調な時こそ気をつけるんだよ。強い敵と出会ったら無理せず帰っておいで。命あっての物種だからね」
「はい。肝に銘じます」
Dランクになった報告をしに来たのに、帰り際に言われることは、家を出る前と変わらなかった。
プリシラが戸へ片手を掛け、もう片方を振る。ウィルも手を上げた。シルトは戸が閉まるまでそこにいて、最後に少し頷いた。
ウィルは荷を背負い、一人の我が家に帰っていった。




