045_一人前の入口
今日はネージュも誘い、四人で討伐に出かけた。森へ向かう道で、プリシラがウィルの荷袋を覗き込んだ。
「今日は、何を集めるの?」
「いつもの山の麓で、討伐依頼が何件か。それと、帰りに村の近くの森で、丈夫そうな倒木がないか見ておきたいんだ」
「また薪?」
「今度はベッドの材料」
プリシラが顔を上げた。隣を歩いていたエレノアも、こちらを見る。
「おっちゃんが作ってくれるんだ。昨日、酒場で話してて」
材料をこちらで集めれば、手数料だけで作ってくれる。その申し出と、丸太から寝台の脚や枠を切り出してもらうこと、毛皮も要ることを、ウィルは三人に話した。
「ベッド、新しくするんだね!」
「うん。言われるまで、全然考えてなかったんだけど」
「毎日使うものですものね。よく眠れるなら、その方がいいと思います」
エレノアの言葉に、ウィルも頷いた。杖を手に隣を歩いていたネージュが、話に加わる。
「寝心地が悪いと、疲れも取れないもの。いい木が見つかるといいわね」
「ただ、どの木が使えるのか、僕じゃまだよく分からないから。見つけた場所を覚えて、おっちゃんに報告するんだ」
「じゃあ、あたしも探す!」
プリシラが一歩先へ出た。もう道端を見始めているので、ウィルは声をかけた。
「普段通り探索しながらでいいよ。不意打ちされたらソレどころじゃ無くなっちゃうからね」
「はーい」
返事はよかった。けれど、気になるものはあるらしく、歩きながら首を傾けている。
エレノアと目が合った。どちらからともなく、少し笑った。彼女は、使う木材が決まったら乾燥は魔法で手伝えると言ってくれた。親方に木を選んでもらい、切り出した後の乾燥は彼女を頼れる。それなら、材料が見つかってからも長く待たずに済みそうだった。
家々から離れるにつれ、道の上へ木の枝が張り出してきた。朝の光が葉の間から落ち、四人の足元を途切れ途切れに照らしている。
道の脇に倒れた木があると、ウィルは幹の長さと太さを見た。薪にするには丁度良くても、家具用の木材として使えるとは限らない。長い枠を切り出すには、どのくらいの太さが要るのだろう。見ただけでは判断がつかず、ウィルは根元から折れ口まで目でたどった。運ぶ前に教えに来い、と親方も言っていた。候補を見つけたら、ここまで案内して確かめてもらおう。
今日一日で全部を揃えるつもりではなかった。依頼を済ませ、倒した魔物の証明を持ち帰る。その途中で、木のある場所にも目を配ればいい。そう考えると、いつもの山へ行く道にも、楽しみが一つ増えたようだった。
*
プリシラの耳が動き、倒木へ近づきかけていたウィルを呼び止めた。
下草からゴブリンが出てきた。短剣を抜いて待つと、棍棒を振り上げて走ってくる。横へかわした拍子に木の根を踏みかけたが、足を置き直す間にプリシラの蹴りが入った。傾いた体へ、ウィルが刃を返す。
倒れた後も、プリシラは耳を澄ませていた。エレノアが後ろを確かめ、ほかにはいないと知らせてくれる。
「ありがとう。先に気づいてくれて、助かった」
「えへへ」
討伐の証明にゴブリンの左耳を包み、刃を拭って鞘へ戻す。荷袋を拾い上げたところで、プリシラがさっきの倒木へ顔を向けた。
「これ、中が駄目になってるかも」
「見ただけで分かるの?」
「匂い。湿った、崩れた木みたいな匂いする」
ウィルには匂いの違いは分からなかったが、プリシラがそう言うなら間違いないだろう。近づいてしゃがみ、幹の折れ口に指を当てる。少し押しただけで木が崩れ、指先に細かな屑がついた。
「ほんとだ。これはやめとこう」
立ったまま見た時には、太くて丈夫そうに思えたのに。指についた屑を払い、ウィルは腰を上げた。
「他にもあるよ。帰りに探そ!」
「うん。次は僕も、もう少しよく見るよ」
プリシラが道へ戻る。ウィルは荷を背負い直し、エレノアとネージュと一緒にその後を追った。
*
森を抜け、山の麓へ出た。
木陰の涼しさが遠のき、道に小石が増える。プリシラが今度は上を見た。クロウが枝を離れ、四人の進む先を横切っていく。
その下で、ゾンビが立ち上がった。
もう一体いる。ウィルが荷を下ろす間に、石の間から砂トカゲが顔を出した。首のエリマキが開く。
「前は僕が止める。エレノア、上をお願い!」
「はい!」
ネージュも杖を構え、エレノアのそばへ寄った。二人の前へ出て短剣を構えると、砂トカゲが走ってきた。低い頭を追って腰を落とす。だが、その向こうにはゾンビの脚があった。急いで斬りに行けば、伸びた腕の下へ入ってしまう。
ウィルは斜めに退いた。砂トカゲだけが先へ出る。
横からプリシラが蹴りを入れた。向きを変えた頭へ短剣を当てると、柄まで硬い感触が返ってきた。森のゴブリンのように、一度では倒れてくれない。
砂トカゲが地面を掻いた。
砂が跳ねた。ウィルは顔を背けたが、頬に当たり、目を細める。プリシラの声がした。
「右! 手が来る!」
見えないままプリシラの声に従って身をずらすと、ゾンビの指が肩の横を通った。ウィルはその腕を斬りつけ、砂トカゲとの間へ入り込まないように離れた。
頭の上で羽ばたきが乱れる。エレノアの魔法を受けたクロウが落ち、もう一羽が彼女へ向きを変えた。
「プリシラ、鳥を!」
彼女が戻り、エレノアへ下りてきた影を籠手で叩き落とした。地面でもがくクロウへ、すかさず踵を落とす。ウィルは三人へ向かう道を塞ぐ。追ってきた砂トカゲの口が開く。今度は砂の届く前に横へ動き、伸びた首へ刃を返した。
短い悲鳴を上げて足元へ沈んだ砂トカゲにとどめを刺す。顔を上げると、ゾンビの腕が迫っていた。身を引いたが、爪が前腕を掠める。
さらに踏み込もうとした足へ、横からネージュの杖が突き出された。脛を打たれ、ゾンビがよろめく。その隙にウィルは横へ回り込んだ。砂でかすむ視界に、二体とも捉えられる位置を取る。一本の腕を避けても、もう一体は止まらない。ウィルは後ろへ呼びかけた。
「手前から、一体ずつだよ!」
エレノアの魔法が届く。揺れた相手へプリシラが打ち込み、ウィルも横から短剣を出した。倒れた体を追わずに離れ、最後の一体へ向き直る。ネージュはウィルたちのすぐ後ろへ戻り、杖を構えていた。
やがて、道に動くものがなくなった。
ウィルが目元へ手をやると、ネージュに止められた。
「擦らないで。まず砂を流しましょう」
プリシラとエレノアが周囲を見ている間に、ネージュが水を出してくれた。顔を傾け、少しずつ洗い流す。ようやく両目を開けると、今度は腕を取られた。
「ここも掠っているわね。痛む?」
「少し。でも、深くはないと思う」
ネージュの治癒を受けると、腕の傷が塞がり、目のひりつきも治まった。
「どう?」
「うん、もう大丈夫。ありがとう。さっきも助かったよ」
「目が見えない時は、呼んでね。無理に戦い続けないで」
ウィルは頷き、ゾンビの伸ばしていた手と、砂トカゲのいた場所を見比べた。普段は相手より人数が多い時を選んで戦うようにしているが、今のは不意に出くわし、応じざるを得なかった。プリシラの声がなければ、最初の一撃もかわせなかっただろう。ネージュが来てくれて助かったが、次からは、より一層気をつけよう。
エリマキと羽を包み、ゾンビの血晶は別にした。教官へ見せる証明は、依頼の品に混ぜないよう小袋へ残しておく。
荷を背負い直し、さらに麓を回った。プリシラが先の物音を拾うたびに足を止め、木や岩の陰に何がいるのかを四人で確かめる。数の多い群れを見つけた時には、近づかずに道を変えた。
次に相手をしたのは、斜面を下りてきたゾンビ二体だった。今度は先に荷を下ろし、足場を選んで待てた。エレノアの魔法で一体を止めてもらう間に、ウィルとプリシラでもう一体を倒す。血晶を拾って包むと、また次の場所へ向かった。
昼には木陰で食事を取った。腰を下ろして水を飲み、短剣の汚れを拭う。プリシラも籠手を外し、蒸れた手を風に当てていた。ネージュはウィルの腕に傷が残っていないか確かめてから、杖を木の幹へ立てかけて隣に座った。休んでいる間に集めた証明を数えると、引き受けた分にはまだ少し足りない。
ランクも上がり、冒険者になりたての頃より収入は格段に増えた。それでも日々の返済はまだまだ重く、借金は減るどころか日増しに膨らんでいる。三人に付き合ってもらうのは申し訳ないが、余分に討伐して、少しでも返済の猶予を稼いでおきたい。
午後もペースは落とさず、四人で麓を歩いた。砂トカゲを追って石の多い斜面を回り、クロウの羽音に足を止める。戦うたびに刃を拭い、討伐証明を分け、周囲を確かめてから荷を持つ。その繰り返しで、袋の中の包みが増えていく。
依頼に必要な分が集まってからも狩りを続け、日が傾き始めた頃には、荷袋がいっぱいになった。
「今日はかなりの成果だね。帰る体力も残しておきたいし、そろそろ戻ろうか」
ウィルが袋を閉じると、三人も頷いた。歩き出した脚は朝より重く、短剣を握っていた手には疲れが残っている。プリシラも今度は先へ走らず、四人で山を下りた。
森へ入ると、木陰を通る風が汗ばんだ首筋に涼しかった。見慣れた分かれ道を村の方へ曲がり、歩き続ける。
村まであと少しという所で、また一本、倒れた木を見つけた。
道の脇に大きな岩があり、その少し奥を幹が横切っている。ウィルは周囲を確かめてから近づき、折れたところを覗いた。朝に見た木と違い、指で押しても崩れない。プリシラも幹へ鼻を近づけたが、朝の木のような匂いはしないという。
「これなら大丈夫かな?」
「そうだといいね。これはおっちゃんに見てもらおう」
ウィルは顔を上げ、道までの距離を見た。使える木だったとしても、これを運ぶとなると、荷袋へ入れて帰るわけにはいかない。切り分け方も、運び方も相談が要りそうだった。
「この岩が目印になりますね」
エレノアが道の方を指す。そちらへ戻り、ウィルは一度振り返った。岩の向こうに幹が見えている。ここなら、次に来ても迷わず案内できそうだ。
「帰ったら、場所を伝えておくよ」
木はそのままにして、四人は村へ向かった。親方を連れてくる時のために、ウィルは分かれ道でも振り返り、来た方の景色を確かめておいた。
村へ着くと、まずギルドへ寄った。外を歩き続けた足には、平らな床が楽だった。
ノエルに依頼の完了を報告し、討伐の証明を順に台へ並べる。砂トカゲのエリマキとクロウの羽を包んだ布を開く。余分に集めた討伐証明は、いつも通りの割合で換金する分とポイントに換える分に分けてもらった。
ノエルは確認を進めていたが、途中で手を止めた。
ウィルは顔を上げた。何か足りなかっただろうか。
こちらを見たノエルの顔は、明るかった。
「ウィルさん、おめでとうございます!」
「え?」
「ギルドポイントが四千を超えましたので、ウィルさんの冒険者ランクがDに上がりました!」
すぐには、返事が出てこなかった。
隣でプリシラが息を吸う。
「Dランク!?」
その声で、ウィルもようやく口元が緩んだ。
「……上がったんだ」
試験場へ行くよう言われるのかと思いかけて、思い出した。試験があるのはFからEに上がる時だけだ。それから先は、仕事を積み重ねた分を認めてもらえる。
Dになれば一人前。そう言ってくれた時のノエルの声を思い出した。まだ、ずっと先のことのように聞いていたのに。
「順調に活動できている様で何よりです」
ノエルはそう言ってくれた。
討伐の証明を前に、ノエルが笑っている。今日も仕事をして帰ってきた。昨日までの積み重ねに今日の成果が加わり、一人前と認めてもらえたのだ。
「それから、ランクが上がったので、新しい依頼も受けられる様になりました」
ウィルは、依頼の並ぶ方へ目を向けた。もう少し遠くまで行く仕事もあるだろうか。隣の三人も、掲示を見ている。報告を終えたら工房へ行くつもりだったのに、次はどこへ行こうかと口にしかけた。
ただ、ランクが上がれば危険な魔物と戦う依頼も増えると、ノエルは前に言っていた。今日も、木の根に足を取られかけたばかりだ。新しい依頼は、みんなと相談してから選ぼうと決めた。
「今後も村の平和とギルドの為に頑張って下さいね!」
「はい。ありがとうございます!」
頭を下げてから、三人へ向き直った。
「やったよ」
「やったね、ウィル!」
プリシラが手を上げる。ウィルもその手に、自分の掌を合わせた。ぱん、と鳴った音が思ったより響き、二人で少し笑ってしまった。
「おめでとうございます、兄様」
「エレノアも、ありがとう」
彼女が少し首を傾げたので、ウィルは続けた。
「チューターの仕事もあるのに、冒険に付き合ってくれて。魔法での支援も助かってるけど、何より後ろで落ち着いて見ていてくれるから、安心して戦えてる」
「兄様が前に居てくださるから、落ち着いて見ていられるんですよ」
エレノアはそう答えた。プリシラが、その横から顔を出す。
「あたしの耳も大活躍だったよね!」
「うん。鼻も」
忘れてないよ、と付け加えると、プリシラは満足そうに頷いた。
「おめでとう、ウィル。頑張ったわね」
ネージュにも祝ってもらい、ウィルは頷いた。
「ねーねも、今日はありがとう。またお願いしてもいい?」
「もちろんよ」
「プリシラちゃんとエレノアさんも、ポイントにそう差はありませんから、もうすぐDランクですね! 頑張って下さい♪」
「うん! ありがとう、ノエルちゃん」
プリシラが弾んだ声で答えた。ウィルも新しい依頼を見に行こうとしたところで、森で見つけた倒木を思い出した。
「っと、新しい依頼前に、工房へ寄ってもいい? おっちゃんに木の場所を伝えなきゃ」
「Dランクになったこともね!」
「うん。それも」
「もう新米じゃないもんね! 一人前の冒険者さん♪」
プリシラがにやにやしながら、ウィルの顔を覗き込んだ。
昨日は親方にも、新米冒険者、と送り出されたばかりだった。今度はどう言ってくれるだろう。ただ、あの人に言わせれば、男が一人前になるのは所帯を持ってかららしい。得意になって報告すれば、そっちの話まで持ち出されそうだった。
「……あんまりからかわないでよ」
「褒めてるんだよ~」
笑いながら、プリシラが先に戸を開けた。エレノアとネージュに続いて外へ出ると、傾いた日が眩しい。ウィルは目を細め、工房の方を向いた。
倒木の場所を伝えて、見に来てもらえる日を相談する。それから、Dに上がったことも。
話す順番を考えながら歩き出したのに、気づけば頬が緩んでいた。顔を見るなり、先に昇格の話をしてしまいそうだった。




