044_お友達です
翌日の夕方、村の道を歩いていたウィルは、酒場へ曲がる手前で足を緩めた。
プリシラが誰かと話している。
少し離れたところからでも、楽しそうなのはよく分かった。相手へ身を乗り出し、話すのに合わせて尻尾が揺れている。向かいに立つ女の子は、白い髪に桃色の肩布を合わせていた。村では見かけたことのない顔だった。
「あれ?」
近づくにつれ、プリシラの声がはっきり聞こえた。
「それでね! ウィルってばカメムシの……」
「僕がどうかした?」
「ニャニャ!?」
プリシラの耳がぴんと立った。話に夢中で、こちらへ顔を向けるのが遅れたらしい。
「あ、ウィルだー!」
何事もなかったように笑う。その笑顔に、ウィルは少しだけ目を細めた。今、何の話を始めようとしたのかは、分かっている。
けれど、その前に挨拶だった。
「こんばんは」
「こんばんは」
白い髪の女の子が、こちらへ向き直った。近くで見ると、青い瞳の端正な顔立ちの娘だった。プリシラの隣で落ち着いて挨拶を返す様子に、ウィルも声を整えた。
「はじめまして……だよね? プリシラの幼馴染でウィルって言います」
「フォノンと申します。最近プリシラちゃんとお話しさせて頂いてます」
「フォノンちゃんはねー! あたしの新しいお友達なの!」
プリシラが、二人の紹介に割って入った。
「ねー!」
「はい。お友達です」
フォノンが頷くと、プリシラはいっそう嬉しそうになった。
その顔を見て、ウィルにも、どうやって知り合ったのかはおおよそ見当がついた。
「きっとプリシラから声を掛けたんでしょう? 見かけない人が居るとすぐ話しかけるから……」
「そんな見境なく話しかけたりしないよー」
「でも正解です」
「うぅ~、そうなんだけど」
「だと思った」
ウィルは笑ってから、プリシラへ向き直った。
「しかも今あの話をしようとしてたな?」
「な、なんの事かにゃ?」
さっきまでこちらを見ていた目が、横へ逃げた。耳だけは、ウィルに向いたままだった。
「クローゼット、びしょ濡れ……」
「にゃあああああぁぁぁぁっ!!!」
最後まで言う前に、プリシラの声が被さった。
「ごめんなさい! なんでもありません! 本当に許してえええぇぇ!」
両手まで持ち上げて止めるので、ウィルもそこで口を閉じた。自分の話だけ、新しい友達へ披露されてはかなわない。こちらにも覚えていることがあるのだと分かってもらえれば、それで十分だった。
フォノンは、二人を交互に見ていた。
プリシラがようやく口を閉じたところで、微笑む。
「とっても仲がよろしいんですね」
「ま、まぁ。幼馴染ですから」
「ふふふ。羨ましいです」
ただの仕返しのつもりだったのに、改めてそう言われると、ウィルまで照れくさくなった。プリシラも隣で口を尖らせたまま、もう抗議はしなかった。
「ぁ~、ははは。と、ところで、フォノンさんはご旅行ですか?」
話題を変えようとしているのが、自分でも分かる聞き方になった。
フォノンは少し間を置いてから答えた。
「いいえ。私、野草の研究者をしておりまして。こちらには珍しい花の研究で参りました」
「そうなんですね。お若いのに研究者なんて、凄いです」
「いえ、まだ駆け出しで……。今回の仕事もフィールドワークの練習みたいな内容ですから」
「それでも凄いですよ。一人で見知らぬ土地に調査に出るなんて、生半可な覚悟で出来ることじゃないですから」
ウィルにとって森は子供の頃から遊び場だが、最近では仕事に通う場所だった。近所であればどの道が村へ戻るかも覚えているが、少し奥まで行けば途端に道を見失う。
それを一つも知らない土地へ、自分の仕事のためにやって来る。駆け出しだからと簡単に言えることには思えなかった。
「この村は治安も良いと伺ってますし、実際良い方ばかりで、のびのびやらせて頂いてます」
「そう言っていただけて嬉しいです。僕達にも出来ることがあったら何でも相談して下さい」
花の研究そのものは、きっと手伝えない。けれど、森を歩くことなら、役に立てるかもしれなかった。
「地元のやんちゃ坊主しか知らない様な場所も案内できると思いますよ」
「それは頼もしいですね。その時は是非お願いさせて頂きます」
「うぅ~。ウィルはすぐ女の子と仲良くなる……」
隣から声がした。
ウィルはプリシラを見た。ついさっき、自分の新しい友達なのだと、あんなに嬉しそうに紹介してくれたのに、今は少しむくれている。
「……多分半分くらいはプリシラのせいだよ?」
「なんで!?」
「ふふふ。お邪魔したら悪いみたい。私はこの辺でお暇しますね」
フォノンが一歩退いた。まだ何か言いたそうだったプリシラも、そちらへ向き直る。
「にゃ~。またお話ししよーね?」
「うん。またね、プリシラちゃん」
最後の返事は、ウィルへの挨拶より少しくだけていた。
プリシラは手を振った。フォノンもそれに応えてから、道を歩いていく。
ウィルはその背中を見送り、やがて首を傾げた。村の宿場を目指しているにしては、進む方が違う。
「あれ? 向こうって森しか……。ぁ、そうか。フィールドワークだもんね」
「森の中で寝泊まりしてるんだって。凄いよね!」
「慣れては居るんだろうけど、ちょっと心配だよね。この辺りは比較的安全とはいえ、モンスター以外にも野生動物はいるし……」
夕方の道から、フォノンの姿が小さくなっていく。見知らぬ土地に来ただけでなく、夜も一人で過ごすのだ。
けれど、プリシラはあまり心配していないようだった。
「大丈夫じゃない? フォノンちゃんなら、野生動物に襲われたりはしないと思うよ」
「どうして?」
「ん~っとね。とっても不思議なんだけど……フォノンちゃんてね、匂いが殆どしないんだよ」
「……匂いが? そんな事あるの?」
ウィルは、もう一度フォノンの去った方を見た。
話していた間、匂いのことなど考えもしなかった。知らない人と挨拶をして、何をしている人なのか聞いた。その間にプリシラは、自分には分からないものを確かめていたのだ。
「あ、もちろん衣服とか持ち物とか、完全にしない訳じゃないんだけどね」
プリシラは少し考え、言い直した。
「生き物なら絶対にその生き物特有の匂いがするの。けど、フォノンちゃんからは生き物なら絶対にする……体臭? が一切しないんだ」
声に迷いがあるのは、嗅ぎ分けられなかったからではなさそうだった。どう言えばウィルにも分かるか、言葉を探している。
「へぇ~。なんでだろ?」
「わかんにゃい」
プリシラは首を傾げた。
ウィルは少し考えてから、以前聞いた話を思い出した。
「まぁでも、確かにフィールドワークをする学者さんとかは、動物に襲われないために色々気をつけてるって聞くね」
「そうなの?」
「うん。鈴を付けたり、ハーブを焚いて虫除けしたり、時には全身にわざと泥をぬったりするみたい」
「なるほど~♪ 確かに効きそう! そういうのが有るんだね!」
「僕はあまり詳しくないけど、そういう方法があるのかもね」
フォノンにその方法を教わったら、森へ出る時に役立つかもしれない。今度話せる時があれば、野営のことも聞いてみたかった。
「学者さんてすごいな~♪ 匂いを消す方法なんて想像も付かないや!」
「あまり詮索するのも迷惑かもしれないけど、機会があったら聞いてみたいね」
「ね~♪」
プリシラが頷いた。フォノンの姿は、もう見えなくなっていた。
ウィルも向きを戻し、プリシラと並んで歩き出した。新しい友達の話なら、まだいくらでも聞けそうだった。ただし、カメムシの話がどこまで進んでいたのかは、先に確かめておきたかった。
*
翌日、酒場に顔を出したウィルは、客席から手を上げたおっちゃんに呼び止められた。
「ようウィル。成人したらしいな、おめっとさん」
工房の親方だった。ウィルは並んだ卓の間を抜け、そばへ寄った。
「滅茶苦茶遅いね。ありがとう、おっちゃん」
もう何度か顔を合わせてはいたけれど、改まって祝われると嬉しかった。礼を言うウィルへ、おっちゃんはにやりと笑った。
「お前もいっぱしの男になったってんなら、そろそろ家族が増える事も考えておけよ?」
「か、家族ですか?」
挨拶の次に来るとは思わなかった話に、返事が裏返った。
「そうだよ、あたりめぇだろーが。男ってなぁ所帯を持って初めて一人前になんだよ」
ウィルは、どう答えるか迷った。家族という言葉を聞いて、頭に浮かんだ人は……何人かいる。けれど、そのうちの一人につい先日、『家族に戻る』と言われたばかりでもあった。
何も言えずにいると、おっちゃんは構わず続けた。
「考えてみろ。お前の家の家具なんて、お前一人分しかないだろ」
家具の話だったのか、とウィルは少し息をついた。
「テーブルや何かはまぁまだマシだろうが、ベッドなんかは日常的に使うもんだろ、いい加減ガタが来ちまってんじゃねぇのか?」
そう言われて、自分の寝台を思い浮かべた。
使えるから、そのまま使っていた。寝る場所に困ったことはないし、買い替えるものの中でも、武器や防具の方が先だった。
「そんなボロボロのベッドじゃ満足に女も連れこめやしねえだろうよ」
ウィルは思わず周りを見た。近くに誰が座っているか、おっちゃんは気にする様子もない。
「それに、冒険者をやろうってんなら他にも必要な物は出てくるはずだぜ? 『家は帰って寝るだけ』なんて考えじゃ、冒険者としてもやっていけねぇぞ?」
「ぅ……全然考えてなかった」
女の子を連れてくる云々はともかく、後の方は言い返せなかった。どんな武器を持つかは考えても、帰ってきて休む場所は、あるのが当たり前になっていた。
「だぁ~っはっは! まぁ、んなこったろうと思ったよ」
大きな笑い声に、ウィルも苦笑した。
「そこでだ、優しいおっちゃんが格安で作ってやるよ」
「いいの!?」
「おうよ。ただし……材料は全部お前が集めな。そしたら手数料だけで、必要な家具はなんでも作ってやる」
材料を集める間に、手数料もためておけばいい。今すぐ店で一式買えと言われるより、ずっと手が届きそうだった。
「それでも凄く助かるよ! でも……おっちゃん、本当に良いの?」
ケイトに言われたことが頭をよぎった。仕事には見合う対価がいる。こちらが助かるからといって、作る人の手間がなくなるわけではない。
おっちゃんはウィルを見た。笑っていた口元が、少しだけ静かになる。
「……早くにご両親を亡くしたお前が、一人で頑張ってる姿は俺も見てきたからな。まぁ近所のおっちゃんのお節介だ、気にするこたぁねぇ」
今度は、ウィルが返事をするまで待ってくれた。
値段のことを言い募るより、きちんと頼んで、作ってもらったものを大事に使いたかった。そのための材料は、自分で集める。
「ありがとうおっちゃん!」
「必要な物があれば、そのつど頼みに来な。話を聞いたら、必要な材料を教えてやる」
ウィルは頷いた。
「まぁさっきも言った通り、まずはベッドの新調だな。せっかくだし、広々寝れるでっけぇベッド作ってやるよ」
でっけぇ、と言いながら、おっちゃんが手を広げる。
大きい寝台で眠るところを想像すると、ウィルも楽しみになった。今の寝台の代わりにそれが置かれたら、家の中も随分違って見えるだろう。
「まずは必要な資材を集めてこい。脚や枠に使う角材と板は、丸太から俺が切り出す。丈夫そうな木を見つけたら、運ぶ前に教えに来な。あとは動物の毛皮が十枚ってとこだ。手数料は三千ゴールドにまけといてやる」
三千ゴールドなら、装備を買った後でも、これからの仕事でためていけそうだ。木の方は、いつもの薪拾いとは違う。寝台の脚や長い枠を切り出せる丸太が要る。森で探す時には、使えそうな倒木の場所を覚え、親方に確かめてもらおう。
「木を見つけたら、まずおっちゃんに見てもらうんだね。それと、毛皮が十枚。三千ゴールド」
「全部集まったら、また俺に声をかけな。それじゃ頑張れよ、新米冒険者」
「うん!」
ウィルは立ち上がった。次に森へ出る時は、寝台の材料も気にかけよう。何を集めているのか、プリシラとエレノアにも先に話しておけばいい。
卓から離れかけて、もう一度おっちゃんへ頭を下げた。
今度来る時には、頼まれたものを揃えて来よう。




