042b_成長と変化と…
何度目かの奉仕が終わり、一息ついていると、ウィルと目が合ったネージュの表情が変わった。
急に顔から血の気が引いて、彼が名前を呼ぶより早く、ネージュはシーツを引き寄せた。
「ごめんなさいウィル! 私……なんて罪深い事を……」
ネージュは掻き寄せたシーツで顔を覆い、泣き始めた。同じ寝台に座るウィルへ、何度も謝る。
さっきまでは自分を受け入れてくれて、熱烈な奉仕をしてくれていた彼女が、今は目も合わせてくれない。ウィルはどう答えればいいのか分からず、顔を隠すシーツを見つめた。
「ねーね」
「こんな卑しい女、嫌いになったわね……。ごめんなさいウィル! 金輪際……関わらない様にするから……」
「ねーね、こっちみて」
ウィルが身を寄せると、ネージュは顔を背けた。寝台がかすかに軋み、彼の言葉が続く前に、彼女の握る布がまた引かれた。
「ダメよウィル! 近寄らないで、私……汚いから……!」
「ねーねは汚くなんかない!」
思った以上に大きな声が出た。
ネージュが怯えたように身を縮めた。怖がらせたいのではなかった。ウィルは触れようとした手を引き、今度は声を落とした。
「大きな声を出してごめん。でも、自分をそんな風に言わないで……」
「違うの。本当の私は……ズルくて卑しい女なのよ。あなたにだけは知られたくなかった……」
伏せられた顔を覗こうとして、ウィルは動きを止めた。ネージュの指がシーツを強く挟んでいた。彼は少し身を引き、彼女が顔を上げられるだけの隙間を空けて、そばから声をかけた。
「どうしてそんな事言うの? ねーねはいつだって優しくて、いろんな事を教えてくれて、家事も料理も完璧な憧れの姉さんだよ?」
「違うのよ……。取り繕えてるのは上辺だけ、本当の私は……」
「嘘も本当もない」
今度は声を荒げなかった。ネージュの言葉が途切れ、布を握る手がまた動きかける。その手へ自分の手を伸ばしながら、ウィルは続けた。
「僕にとってねーねは、いつだって大好きなねーねだよ」
シーツごと、ネージュを抱きしめた。
抱いた腕の中でも、ネージュはしばらく顔を伏せていた。ウィルは腕を引き直さず、そのまま待った。布が擦れる音が止む。彼女の息が頬の近くで一度途切れ、ようやく、小さな声が返ってきた。
「……私、あなたに酷いことしたのよ? 嫌じゃないの?」
「酷いことなんて何もされてないよ。そもそもねーねは僕を治療してくれて、その……さっきのも僕としては気持ちよかっただけで……」
言っているうちに、ウィルの声も小さくなった。最後の言葉を口にすると、目を合わせていられず、ネージュの肩を覆うシーツへ視線を落とした。そこから目を上げるまでに、ひと呼吸かかった。
けれど、ネージュの震えは収まらない。
「でも……私は情欲に溺れて……。夫だっているのに……」
夫という言葉に、ウィルも黙った。聞かずに済ませようとしてきたことだった。けれど、その人のためにねーねが自分を責めるのなら、今度こそ言わなければならない。
「……ベンおじさん、帰ってこないんでしょ?」
腕の中で、ネージュの動きが止まった。
ようやくこちらを見た目には、さっきまでとは違う驚きがあった。
「……知っていたの?」
「……うん、なんとなく。アレからもう六年もたったし……」
「……そう、ね」
ウィルは抱く腕を少し緩めた。こちらを見てくれたので、自分からも顔を寄せて話した。
「……大人には色々あるかなって。捨てられたとかじゃない事も分かってたから……」
言葉を切って、ウィルは返事を待った。ベンがどこにいるかは知らない。どうでも良いとは思わないが、今は目の前のネージュの方が大事だ。
ネージュはしばらく答えなかった。ようやく顔を上げた時も、まだ驚きが残っていた。
「……そう。ウィルは立派ね」
ようやく返ってきた声は、弱かった。
ネージュの目が、また下を向きかけた。ウィルは身を屈め、まだ合っている視線へ言葉を継いだ。
「悪いことなのかも知れないけど、僕はねーねに求められて本当に嬉しかったよ」
「……私も。あなたにアツいのをかけられた時、あぁ……ウィルが私で興奮してくれてるんだって思って、嬉しくて……」
話すうちに、ネージュの声が小さくなった。ウィルは頷いた。彼女が目を伏せても、今度は呼び戻さなかった。自分も一度唇を結び、そこから、これまで口にせずにいた言葉を押し出した。
「ずっと我慢してたんだよ。ねーねには旦那さんがいるからって、自分に言い聞かせて」
思い切って言うと、後は続けられた。
「けど、目が覚めたら隣に裸のねーねがいて、ねーねが綺麗で、興奮しちゃって、離れなきゃって思ったんだけど目が回って……」
「ねーねの全部を見ちゃったとき、触れてもないのに出ちゃって……、恥ずかしくて情けなかった」
「情けなくなんかないわ」
その否定は、すぐに返ってきた。
「ウィルのは……その、とても立派よ?」
ネージュはちらりと下を見て、恥ずかしそうに言った。
「今更信じて貰えないかもしれないけれど、こんなに夢中になった事ないわ。お口でなんて……殆どしたことなかったんだから」
「ぇ!? そ、そうなの!?」
「……本当よ。恥ずかしいわウィル、もう許して」
これ以上は困らせてしまう。そう思うのに、ウィルも恥ずかしくてすぐには返せなかった。もう一度こちらへ来てほしくて、手を差し出す。
「ねーね、こっちにきて?」
「……どうして?」
ネージュはすぐには動かなかった。ウィルは手を差し出したまま待つ。やがて、その手に彼女の指が触れる。彼は握り返し、ためらいながら寄り添ってくれた彼女を抱き寄せた。
間近に来た顔を見て、一度だけ息を止めた。ネージュも顔を上げた。ウィルは彼女に口づけた。
「……もう、ウィルが悪い子になっちゃったわ。……私のせいね……」
「ねーねにしてもらえるなら悪い子でもいいよ」
ネージュはまたシーツを引き寄せた。二人の間へ戻ってきたその布が、ウィルには寂しかった。
「……これっきりよ。明日になったら、今日の事は忘れて、家族に戻るの」
ウィルは顔を上げた。
「戻れないよ。もうお互いの気持ちはわかっちゃったんだ」
ネージュは口を閉じる。シーツを整えていた手も止まっている。ウィルが顔を上げたまま待つと、彼女はその視線を受けてから、ゆっくり首を振った。
「こんな事いけないわ。あなたには他にいい娘もいるでしょう?」
「そんなの勝手だよ。僕はずっと我慢してたのに……」
明日になれば、こんなふうに触れることもできなくなるのか。ウィルはシーツを握るネージュの手へ自分の手を重ねた。答えるまでは離さないでほしかった。
「あなたも冷静じゃないわ。それに、病み上がりなのよ。私は治療院を任される身でもあるの、今日はもう休みましょう? ね?」
家族に戻ると言われたことには、まだ納得できなかった。けれど病み上がりだと諭されると、先ほど身を起こしただけで目が回ったことを思い出す。今夜休むように言うのは、気持ちを忘れさせるためだけではない。ネージュは、まだ具合のよくない自分を心配している。
ウィルは言い返しかけて口を閉じた。今日は休む。重ねていた手を握り返し、彼女を見た。
「……わかったよ。今日は大人しく休む」
「いい子ねウィル」
その言い方だけは、いつものねーねだった。休むと答えた途端、少しほっとしたように見える。ウィルは、今夜の気持ちを忘れることまで了承したつもりはなかった。
「……その代わり、お口でならしてあげるから」
「ほんと? やった!」
「今日だけ。今日だけだから……」
二度目の声は、一度目より小さかった。ウィルは頷き、彼女の手を握ったままにした。ネージュがこちらへ向き直った。
再び二人の距離が縮まる前に、ウィルは呼びかける。
「ねーね、大好き」
「私もよ」
*
翌朝、ウィルは自分の家に帰った。
道の先で戸が開き、朝の挨拶が交わされた。ウィルも顔を上げて挨拶を返し、いつもの戸口へ向かう。村の朝は何も変わっていない。けれど、ネージュの返事を思い出すと、ただ家へ帰って日々の仕事を始める気にはなれなかった。
自宅の戸を開ける前に、歩いてきた道を振り返った。治療院はここから見えない。明日もいつものように訪ねて、ねーねと呼べるだろうか。『私もよ』と返してくれた声を、ウィルはまだ覚えていた。
今日の事は忘れて、家族に戻るの。
言われた通りに、あの返事まで忘れることはできなかった。
ウィルは戸を開けた。




