040_包丁と花の冠
鉱石を運び終えた夜、ウィルは寝床へ入ると、すぐに体が重くなるのを感じた。
明日、ケイトへ荷を渡す。数は確かめた。道具も片づけた。
そう思ったところで、目を閉じた。
*
包丁が、まな板へこつりと当たった。
小さなエレノアが刃を持ち上げ、次の一切れへ進む。ウィルはその隣から、押さえる手の位置を見ていた。
「そうそう。上手だよ、エレノア」
「でも……にーさまみたいに、トントントンって切れない」
「最初はみんなそうだよ。僕なんか、ここまでできるようになるのに半年くらいかかったもん」
「そんなにかかるの?」
「人によると思うけど、エレノアは僕が初めての時より、ずっと上手だよ。きっとすぐできるようになるよ」
「そうかなあ。僕、何をやっても全然駄目で……」
包丁を持つ手が下がった。ウィルは、切り終えた物を脇へ寄せた。大きさは少しずつ違っているが、さっきより揃っていた。
「エレノアは諦めちゃうのが早いよ。僕からしたら、料理も洗濯も最初から上手だと思う。お花の冠だって、上手だったじゃない」
「あれは……一人の時に作ってたから」
「そうやって続けてたから、ちょっとずつ上手くなったんだよ」
エレノアは自分の手を見た。それから、残っていた物をまな板へ寄せ直す。
ウィルは急かさずに待った。少しずつ切った分が増えていく。薄いのも厚いのも混じっていたが、エレノアはもう途中で手を止めなかった。
端の一切れが転がりかけ、ウィルが受け止めた。二人で同じ物に手を伸ばしたので、エレノアが顔を上げる。
「そっちは僕がやるよ。続けて」
「うん」
切る音がまた続いた。ウィルは脇で、できた分をまとめていった。
「たっだいま~♪」
戸口から声がした。
「あ、ケイトねーちゃん。おかえり!」
「ウィル、今日も夕食の手伝いに来てくれたんだ」
「うん! 今、エレノアに包丁の使い方を教えてたんだ」
「いつもありがとうね。私は料理がからっきしだから」
「ねーちゃんは鍛冶屋のお仕事があるから、仕方ないよ! その年で一人前なんて、すごいよ!」
ケイトがこちらを見た。ウィルは親方から聞いた話を、思い出しながら続ける。
「工房のおっちゃんが言ってたよ。職人は十年やって、やっと半人前なんだって。ケイトはあの年で一人前だからすごいんだって! 小さい頃から、厳しいじーちゃんの修行に耐えて、頑張ったんだって!」
ケイトはすぐには返事をしなかった。やがて、いつもより静かに笑う。
「ウィル……ありがとうね。ねーちゃん、優しいウィルが大好きだよ」
頭に手が置かれた。ウィルが照れて目を伏せると、隣のエレノアが顔を上げる。
「おねーちゃん!」
「なに? 慌てちゃって、どうしたの、エレノア」
「にーさまをからかうの、やめて!」
「からかってないよ? ウィルにはお婿さんになってもらうんだもん」
「ええっ!?」
「駄目!」
二人の声が重なった。ケイトは楽しそうに首を傾げる。
「なんで? ウィルがお婿さんに来てくれたら、炊事も洗濯も楽ちんだよ?」
「そ、そういうことか」
「そんな理由でお婿さんにするなんて、にーさまが可哀想でしょう!」
「それだけじゃないよ。ウィルは優しくて、いい子じゃん。ちょっとエッチだけど♥」
「と、とにかく駄目なの! もう!おねーちゃんは、ご飯ができるまであっちに行って!」
「はいはい。じゃあ、私は着替えてくつろいでるから。ご飯ができたら呼んでね~」
そういって奥へ引っ込みかけたケイトが、ふと何か思い出したように振り返る。
「あ、そうそう。ウィル~?」
「な~に?ケイトねーちゃん」
「着替え覗いていいからね♥」
「へっ!?」
「だ、だめー!」
エレノアが声を上げると、ケイトはカラカラと笑いながら部屋へと引っ込んでいった。
エレノアはプリプリしながら、それでもまな板へ向き直る。
ウィルも隣へ戻った。エレノアはさっきまでの自信がなさげな様子を見せず、しっかりと包丁を握っていた。
「エレノア、ゆっくりでいいよ」
「……うん」
こつりと音がした。ウィルは、切れた分を受け取った。
*
「あら、いい匂い♪」
夕食ができて戻ってきたケイトは、食卓を見て足を止めた。
「ねえ、エレノア。どうして席が変わってるの?」
「……たまたまです」
「そっか。たまたまか」
ケイトの目が椅子を辿り、ウィルのところで止まる。
「ねえ、ウィル。私の隣の席、空いてるよ?」
「えっ?」
「このままでいいの!」
ウィルは立ち上がりかけた腰を下ろした。
「う、うん」
「冷めちゃうから、早く食べるの!いただきます!」
「はいはい。いただきまーす♪」
「い、いただきます……」
皿へ目を落とすと、大きさの少しずつ違う野菜があった。
ウィルは一つ口へ運んだ。隣でエレノアがこちらを見ていたので、頷く。ようやくその顔が緩んだ。
ケイトも食べ始めた。エレノアはまだそちらを気にしていたが、今度は席を移れとは言われなかった。やがて自分の皿へ目を落とし、小さく一口食べる。
「ね。ちゃんとできたでしょう」
声を落として言うと、エレノアも小さく頷いた。ウィルは残りを口へ運んだ。まな板の上では長くかかったのに、食べ始めるとなくなるのはすぐだった。
*
目覚めてからも、包丁の音を覚えていた。
「あったなあ、あんなこと」
ウィルは横になったまま笑った。あの日のエレノアは、珍しく騒がしかった。ケイトに何か言われるたび、こちらより先に返事をしていた。
もう、あんなに小さな手ではない。今は魔法を使い、冒険に出れば隣に立ってくれる。
寝床から起き上がり、ウィルは身なりを整えた。今日はケイトに鉱石を届ける日だ。袋は昨日のうちに店の前に置いてある。後は納品の報告をするだけだ。
あの頃の様に、ケイトは笑顔で迎えてくれるに違いない。
*
店へ荷を運び込むと、ケイトが手を止めた。
「あ、納品に来てくれたの?」
「はい。銅鉱石、五十個。ありますよね?」
ウィルは袋の口を広げた。ケイトは中を覗くこともなく答えた。
「うん、昨日のうちにエレノアに聞いてたからね。朝のうちに数えといた。ご苦労さん♪」
「これくらいなら、まだ余裕だよ。でも、エレノアは疲れてたでしょう?」
言ってから、荷を下ろして軽くなった肩を回した。ケイトが笑う。
「さっすが男の子、頼りになるねえ♪あの子はもうちょっと体力付けないとね~♪ って事で、次は鉄も行ってもらおうかな!」
「いいですよ。鉄なら銅鉱石と一緒に、そこそこ集まってたし。ほかにも必要な物があったら、まとめて依頼してください」
「おっけー。それじゃ金とプラチナの依頼も、一緒に出しとくね♪」
銅の次は鉄。その先の金やプラチナとなると、どこまで行けば採れるのだろう。ウィルが聞こうとしたところで、ケイトがもう一つ思いついた顔をした。
「あ、そうだ。鉱石だと製錬も掃除も面倒くさいから、今度からインゴットで持ってきてよ」
「ええ!? 素人に製錬なんて無理だよ!」
「いいじゃーん。親方にでも相談すれば、何とかなるって♪」
「仮に炉なんて作ったって、ほぼケイト姉ちゃんの依頼専用になるじゃん」
瓶を作った時にも、親方が横についてくれた。教わればできることは増えるだろう。だが、頼まれた物を拾って帰る話から、炉を用意する話になるとは思っていなかった。
「あんた、この間『頼んでくれたら何でもする』って言ってたじゃん♪」
「何でもなんて言ってないでしょう。昨日はプロは報酬がどうとか言ってたくせに……」
昨日ここで諭された言葉を返すと、ケイトは少しも困らなかった。
「インゴットで納品してくれるなら、報酬にも色つけるって♪」
「それなら……」
「そ・れ・と・も?」
一語ずつ区切った声に、ウィルは口を閉じた。
ケイトがこちらへ顔を寄せる。さっきまで荷を見ていた目が、今はウィルへ向いていた。
「報酬額じゃなくて、別の色つけよっか♥」
「そ、そんなこと言って、僕がそっちを選んだらどうする気ですか!」
「さあ? どうなっちゃうかな♥」
返事を待つように見られる。ウィルは視線を外したが、そこには納めたばかりの鉱石しかなかった。
「わ、分かりましたよ! 親方には相談してみますから! 駄目だったら、鉱石で納品ですからね!」
「おっけー、おっけー♪ さーすがウィル♪」
「まったくもう。すぐそうやって、僕をからかう……」
「にひひ。からかってないよ♥」
また言い返そうとして、やめた。どう返しても、ケイトは楽しそうに笑う気がした。
「んじゃ、よろしく頼むよってことで。一旦、この依頼はこれで完了だよ。報酬はギルドで受け取っとくれ」
「はい。ありがとうございました」
空になった袋を畳み、ウィルは店を出た。
インゴット、と口の中で繰り返す。炉を作る確約までしたわけではない。まず、どんな設備が要るのか、親方へ聞かなければ。
大変な事になりそうだと思う反面、新しい仕事が増えたと思うと、少し楽しみでもあった。だがケイトの最後の笑顔まで思い出してしまい、ウィルは頭を振った。
先に報告を済ませよう。足をギルドへ向け、空いた袋を持ち直した。




