039_ケイトの仕事
ケイトの店へ入る前に、ウィルは頭の帽子を直した。
成人祝いにもらった時より、かぶり慣れてきた。今日は礼を言いに来ただけではない。新しい武器と鎧を買うための金を、ほかとは分けて持ってきていた。
「いらっしゃい、ウィル。冒険者ランク、上がった?」
「上がりましたよ。Eランクになりました!」
「やるじゃ~ん♪ んじゃ~さ、実はあたしも依頼、出してんだよね」
「鉱石の採取でしょ? もう受けてきましたよ」
「おぉ? 気が利くじゃないかい」
「ケイトさんの依頼だったから、即決してきましたよ」
ケイトが笑った。ウィルも笑って、店の奥へ進む。
「ありがとさん。鉱石の依頼は定期的に出してるから、見かけたらよろしく頼むよ」
「言ってくれたら、依頼なんか関係なく取ってくるよ?」
「ばかもん」
すぐに返ってきた。
ウィルは口を開いたまま、ケイトを見た。怒鳴られたわけではないのに、続けるつもりだった言葉が止まった。
「そーいう、けじめのない真似はしちゃ駄目なの。プロとしてやってくなら、覚えときな」
「そうかなぁ。ケイトさんの頼みなら、それくらい……」
「気持ちは嬉しいけどね。あんたも冒険者で稼ぐって決めたんなら、ロハで仕事なんか受けんじゃないよ」
「は……はい」
「意味は、そのうち分かるよ」
ケイトはウィルの返事を待っていた。恩返しのつもりだった、と言い足すこともできたが、彼女はその気持ちまで断ったのではない。
「ケイト姉ちゃんがそう言うなら、覚えておくよ」
「よろしい。んじゃ、仕事の話をしようかね」
ケイトは帳場の脇から、空になった木箱を引き寄せた。底に残っているのは、赤茶けた屑ばかりだった。
「集めて欲しいのは銅鉱石さ。そんなに珍しいもんじゃないけど、ちょっと数が入用でね」
ケイトは箱の縁を指で叩いた。
「定期で仕入れてる分を使い切っちまって、あと五十個くらい必要なんだ、頼めるかい?」
「なかなかの量ですね。でも、ケイトさんのためなら頑張りますとも」
「にひひ。アンタと仕事する日が来たなんて、嬉しいねぇ」
「僕もです」
ケイトと仕事をする。言われてみると、改めて大人になったのだと実感する。羨望の眼差しで眺めていたケイトの仕事場に、自分は仕事を共にする立場として立っている。まだ依頼は始まっても居ないが、隣に並んで恥ずかしい人間にはならないよう、決意を新たにした。
「銅鉱石なら……近くの山でも採れるかな?」
「そうだね。これくらいの量なら山で大丈夫かな。なにぶん在庫が底をついちまってるから、作りたいものも作れやしない。アンタとプリシラならCランクもすぐっしょ」
まだEになったばかりで少々気が早い気もするが、期待には全力で応えたい。ウィルが答えるより早く、ケイトは先へ話を進めた。
「Cランクになったらあんたにも装備作ってやりたいしさ、頼むよ」
「よ~し。それじゃひとっ走り、いってきます!」
戸口へ向きかけたところで、ウィルは足を止めた。腰のナイフに手が触れて、ここへ来たもう一つの用を思い出したのだ。
「あ、その前に。新しい武器と鎧も欲しいんです」
「はいはい。そっちも仕事だね」
振り返ったウィルの目は、棚のロングソードへ向かった。ナイフとはまるで違う、長くまっすぐな刃。あれを腰に下げて歩けたら、物語で読んだ冒険者みたいだ。店へ来るたびに眺めていたが、今日は買うための金を持っている。
「今日は、この剣にしようと思って。持ってみてもいいですか?」
ケイトが渡してくれたロングソードは、思っていたよりもずっと重かった。ウィルは柄を握り直し、両手で持ち上げる。刃先まで目で追うと、つい口元が緩んだ。
「どう? 持てそう?」
「うん。ちょっと振ってみてもいい?」
「いいよ。台から離れて。足元も、何もないところでね」
ケイトが脇へ退くのを待ち、ウィルは周りを確かめた。剣を持ち上げ、ゆっくり斜めに振り下ろす。長い刃が目の前を通った。
振れた。だが、足元や腰回りに妙な違和感が残る。腕で引き留め、ようやく元の位置へ戻した。構えたつもりの切っ先が、少し下がっている。
もう一度なら、うまくできるかもしれない。柄を握り直したところで、ケイトが声をかけた。
「はい、そこまで。いったん下ろしな」
「なんだろう。振れることは、振れるんだけど……」
「うん。でも、動きがチグハグだったよ。今、剣先も下がったっしょ」
流石は良く見ている。ウィルは刃を下ろし、握っていた指を一本ずつ緩めた。重量の負担が大きいという感覚ではなかったが、腕に妙な重さが残っている気がした。
「アンタにコイツはまだ早いみたいだね。こっちを振ってごらん」
ケイトはロングソードを受け取って戻し、代わりにダガーを渡してくれた。
利き手で握る。腰のナイフよりも長く重みはあるが、さっきまでのように刃に腰が引かれる感じはしなかった。
「さっきと同じくらい、ゆっくりね」
頷いて刃を動かす。止めたいところで止まり、手元へ戻すと、次にどちらへ向けるか考える余裕があった。ウィルはもう一度、ケイトの顔を見てから、小さく振った。
「……こっちの方が、使いやすいね」
「だろ~ね。 今のあんたには、そっちのが合ってると思うよ」
棚のロングソードへ目を戻した。あの長い刃を構えた姿には、まだ憧れる。けれど、山で魔物を前にして、格好だけつけてやられてしまっては元も子もない。
手の中のダガーを持ち直した。理想から選んだ一本を諦めるのは少し残念だったが、ケイトの審美眼は確かだ。こちらのほうが手に馴染むし、身体の全部が連動してくれているのが自分でもわかる。
「これにします」
棚のナイフは二百八十ゴールド。このダガーは千二百。借金の返済もある身には、大きな買い物だった。それでも、今は値札だけでなく、自分で確かめた重さを頼りに選べた。
戦うための一本は新しくする。それでも、シルトにもらったナイフを手放すつもりはなかった。森で紐や枝を切る時にも、あの刃は使っている。戦闘ではなく、生活を支える刃として、これからも末永く使わせてもらおう。
ダガーを収め、次に革の鎧へ腕を通した。紐を締めると、胴の周りが落ち着く。肩を上げ、体をひねると、服だけの時より脇が張った。ケイトが留め具の辺りを見てくれる間、ウィルは動きを止めた。
「じっとしてる時にぴったりでも、動けなきゃ駄目だよ。もう一度、腕を上げてみな」
言われた通りにすると、ケイトは紐を少し緩めた。ウィルが同じ動きを繰り返す。その脇の開き具合を見てから、今度は下へ屈むように言われた。
買って着れば終わりだと思っていた。足元へ手を伸ばすたび、鎧の端がどこへ当たるかが分かってくる。ケイトは急かさず、立ち上がるまで待っていた。
「苦しくない?」
「うん。これなら動けそう」
腕を上げ直してから、頷いた。
ダガーが千二百、革の鎧が千。合わせて二千二百ゴールドを渡す。一日の返済額にも遜色ない金額が目の前に並んでいる。本当ならこのお金も返済に当てるべきなのかもしれないが、今は考えても仕方無い。ためてきた金が減るのを見ながらも、惜しいとは思わなかった。新しい装備で、次の仕事へ出られる。
代金を数え終えたケイトが、こちらを見た。
「ん~、まぁ武器はアタシが選ばせたし、おまけして二千ピッタリにしたげる」
ケイトがイタズラっぽい笑みを浮かべて値引きを申し出た。
「……やだ」
「へっ?」
「やだ。 ケイト姉ちゃんもさっき言った、プロならちゃんと対価を受け取らなきゃダメだよね?」
「何もタダにするとは言ってないでしょーが。可愛い弟分の為にちょっと値引きするくらい……」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、ケイト姉ちゃんの作った装備を値切りたくない。そのために、返済もちゃんとしながら、少しずつ貯めてきたんだよ、姉ちゃん」
ケイトの厚意は純粋に嬉しい。だが、これは譲りたくない。幼い頃から何度も見てきた、鍛冶場で鉄を打つケイトの姿を思い出す。
女だてらに振るう槌は、若い女の身体には相当な負担だったのだろう。唇を噛み締めて血が滲んでいるのを何度も見たことがある。同じ年頃の女性がお洒落の話で盛り上がっている時、ケイトはいつだって炉の前にいた。照らされて赤く染まった額にはいつだって汗の玉が浮かんでいて、髪が顔に張り付こうが頬が油で汚れようが、焼けた鉄を真っ直ぐに見つめて打ち続けるケイトの姿を、鍛冶場の隅に座って眺めていたものだ。
店に並ぶ商品はどれも、全てケイトの魂が籠もっているのをウィルは知っている。
そんな商品を、ケイトの魂を、安く済ませたくないと、意思の籠もった目でウィルは見つめ返す。
「……その目は反則だよ。バカ」
「ありがとう。大丈夫だよ、冒険者ランクも上がったんだ。そのくらいまたすぐに稼いで見せますよ」
「……気をつけてね?アタシの依頼で怪我なんかしちゃ嫌だかんね」
「任せといてください! それじゃ!」
店を出てから、腰のダガーの位置を確かめた。重さに慣れるには、少し歩いてみる必要がありそうだ。
*
音を立てて閉まった扉を、ケイトは暫く眺め続けていた。
値引きを断られた瞬間は酷く動揺したが、気づかれてはいないようだった。それに、その後に続いたウィルの言葉は、決して拒否の言葉ではなく、自分への敬意に満ちていた。それがたまらなく嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて心がかき乱されていた。
ウィルはいつだってそうだった。洒落っ気もない、鉄をぶっ叩くしか能のない自分を、彼はいつもキラキラした目で見つめてくれていた。汗と油に塗れた姿を嫌がる事もなく、いつだって楽しそうに話して、あの時も……。
「バカ。クソガキ。 ……ばか。」
*
銅鉱石を採取するため、村の入口で待ち合わせていた二人と合流すると、プリシラは会うなり、彼の周りを半周した。
「わぁ!新しい装備!? 見せて見せて」
「って言っても、ケイトさんのお店のだから、プリシラだって見たことはあるでしょ?」
「そうだけど、ただ見るのとウィルが着ているのは違うんだよ~♪ 鎧、触ってもいい!?」
頷くと、指先で軽く叩かれた。エレノアも留め具を見ている。二人に見られると照れくさくて、ウィルは肩を張りかけたが、さっきケイトに動かされた通りに腕を下ろした。銅鉱石採取の為に、先日も下見した道を三人並んで歩いていく。
「どうかな」
「似合う似合う!」
「ええ。でも兄様、足元も見てくださいね」
目を落とすと、歩きながら自分の鎧を見ている間に、道に張り出した木の根っこに突っかかりかけた。慌てて飛び越えると、ウィルは真ん中へ戻り、情けなく笑った。
木立を抜けて坂へ入る頃には、新しい革の匂いよりも、自分の汗が気になった。襟を引き、止まって水を飲む。先を行くプリシラも戻ってきた。エレノアが日陰を指し、三人で一息入れてから緩やかな坂道を登っていく。
依頼の品を持って帰るには、この道を荷を背負って下ることになる。ウィルは斜面の先を見上げ、登りの曲がり角の景色を覚えておいた。
*
鉱石を探し始める前に、三人で荷を下ろせるところを探した。
斜面の足元には、石と土が混じっていた。足を置いたところが崩れないか確かめながら進む。ウィルが下ばかり向いている間も、プリシラは時折顔を上げ、斜面の向こうへ耳を向けていた。
土に半ば埋まった鉱石を見つけ、ウィルは周りの小石をよけた。見えているところだけを掴んでも、動かない。脇の土を落とし、両手を掛け直すと、ようやく外れた。細かな土が膝へ落ちる。払いながら顔を上げると、エレノアが、用意した三枚の袋のうち一枚の口を開いて待っていた。
「ありがとう。思ってたよりゴロゴロ落ちてるもんだね」
鉱石は次々に見つかったが、それでも五十個はなかなか揃わなかった。ケイトが空の箱を見せてくれた時は、ひとっ走りと言ったのに。今は広げた袋を全部埋めても足りない気がした。
採れた物を地面へ並べ、数え終えた分から袋へ入れる。土のついた手で額を拭いかけ、ウィルは腕で汗を拭った。
「今ので、いくつ?」
「三十七。そっちの二つを入れて、三十九だね」
プリシラが持ってきた分を受け取る。エレノアは、袋に入れる前に数を確かめ直した。
「帰りの分もありますから、ここで一度、荷を分けませんか?」
「うん。五十個集まってから持てないって分かっても、困るし」
試しに袋を持ち上げてみると、下り坂をこれだけ抱えて歩くのは難しそうだった。プリシラが受け取ってくれたので、ウィルはもう一つの袋へ入れ替え始めた。
「下り坂だから、揺れない方がいいね」
プリシラに支えてもらい、揺れないよう袋の口を結ぶ。エレノアも三枚目を広げて加わった。
「もう少し、私の方へ分けられますよ」
「これくらいなら大丈夫、こっちをお願い。重くなったら言ってね」
三つへ分けると、ようやく帰り道も歩けそうだった。残りを集める間、袋は一か所へまとめておく。
新しい鎧を着ていると、鉱石のそばへ屈むのにも少々手間取った。店でケイトに何度も姿勢を変えさせられた理由が、今ならよく分かる。あの時のまま紐を締めていたら、しゃがむたびに苦しくなっていただろう。
五十個を揃え、途中で採れた鉄の鉱石も分けて詰めた。最後の数え直しはエレノアと声を掛け合う。一人一袋ずつ受け持って、ようやく出発できた。
「よし。帰ろう」
プリシラが先に周りへ耳を向けた。彼女が頷くのを待ち、三人で来た道へ戻る。
下りでは、登りよりも足が遅くなった。荷の重みで前へ進みそうになるたび、ウィルは歩幅を狭めた。プリシラも先へ急がず、曲がり角を一つ抜けると振り返って待った。
道が平らになってから、ようやく三人で横に並べた。
「ケイトさん、びっくりするかな」
「数が足りなくて、だったりして!」
「私と兄様で何度も数え直したから、大丈夫ですよー」
プリシラが笑った。エレノアも笑いだしたので、ウィルもつられて笑う。ケイトの店で同じ冗談を言える頃には、きっと荷を下ろすだけで精一杯だろう。
村に着いた時には、もう日が落ちてしまっていた。エレノアを送るついでに、鉱石は一旦お店の前に置いておき、明日の朝にケイトへ納品報告する事になった。まずは荷を置き、二人にも休んでもらおう。ウィルは家までの道を先に立って歩いた。




