037_エアロパーツ
ギルドの受付で、ノエルからミーツの依頼の報酬を受け取った。
手続きの書類には、例のブツが何だったのか、どこにも書かれていない。それが何だか可笑しくて、ウィルは受付を離れてからも口元が緩んだままだった。
帰る前に、もう一度掲示を見上げた。
昼には気づかなかった紙が、二枚並んでいる。
『もっと速く!』
『コーナーで差をつけろ!』
どちらも大きな字で、紙の端からはみ出しそうだった。依頼者の欄には、それぞれ『リッツ』『ヘンリー』とある。場所はどちらも、訓練場の裏。
『アイツに負けないために空力性能を高めたいんだ! 山向の廃墟で良さそうなパーツを見つけて来てくれよ!』
『アイツに負けないためにコーナーリング性能を上げたいんです! 山向の廃墟で良さそうなパーツを見つけて来て下さい!』
どちらも、よく知っている名前だった。訓練場の裏をいつも走り回っている、短い赤毛のリッツと、紫髪のヘンリーだ。村長の家へ勉強に通う男の子たちで、ウィルが通りかかると、よく声をかけてくる。
空力性能。コーナーリング性能。
どちらも、何のことだか分からなかった。山向の廃墟も、ウィルはまだ行ったことがない。
紙の前で考えているより、書いた本人たちに聞いた方が早い。ウィルは二枚を持って受付へ戻り、ノエルに手続きを頼んだ。
*
訓練場の裏手へ回ると、日の傾いた道を、小さな影が二つ駆けていた。
「この俺を捕まえてみろーー!」
「この僕に追いついてみろーー!」
前を走るリッツの赤毛が跳ね、すぐ後ろでヘンリーの紫の前髪が揺れる。二人は走りながら叫んだ。どちらも、追いかけられている側の言い分だった。
二人は角まで来ると向きを変え、また次の角まで走っていく。同じ四角をぐるぐる回っているので、しばらく見ていると、どちらが前を走っているのか分からなくなった。
ウィルの前を通りかかったところで、リッツが走りながら顔を向けた。
「俺、兄ちゃんみたいな冒険者になるぜ!」
「え? あ、ありがとう」
返事をした頃には、もう次の角だった。
今日、男の前で膝が震えたばかりだ。そんな日に言われると、くすぐったい。けれど、悪い気はしなかった。
二人が一周して戻ってくるのを待ち、ウィルは手を上げた。
「リッツ、ヘンリー! 掲示の依頼、見てきたよ」
二人の足が、同時に止まった。それから、競うようにこちらへ駆けてくる。先に着いたのはリッツだった。
「よう兄ちゃん! 依頼を受けてくれたのか!」
「うん。空力性能って書いてあったけど……」
「実は後ろのアイツに負けないために空力性能を高めたいんだけど、そのために必要なエアロパーツの在り処がわかったんだ!」
リッツが親指で後ろを指す。少し遅れて着いたヘンリーが、息を切らしながら睨み返した。
「エアロパーツ?」
「こういう感じのヤツ!」
リッツは両腕を背中の方へ広げ、ばたばたと動かした。鳥の羽のようにも見えるし、ただ腕を振り回しているようにも見える。
「依頼の内容は“山向の廃墟”に行って『ダウンフォースウィング』を取ってくる事さ!」
「だうんふぉーす……」
「背中にこう、付けるんだよ! 速いヤツはみんな付けてるんだぜ。村長んちの本に書いてあったんだ!」
「村長さんの家にあった小説です。すごく速いものが、たくさん出てくるお話で」
ヘンリーが横から言い足した。ウィルは頷いたが、その本に何が書いてあったのかは、やはり分からなかった。
「“山向の廃墟”には、村の入口とは逆の方へ行くんだ。山の上の廃屋、あるだろ? あの更に奥から抜けていけるぜ!」
ウィルは頷いた。廃屋を目印にすればよさそうだ。
「“山向の廃墟”は奥の方に行くとトンデモナイ強さの敵が居たりするから気をつけてくれよな!」
「こんにちは、お兄さん!」
リッツの話が終わるのを待ちかねたように、ヘンリーが前へ出た。
「依頼を受けてくれたんですね!」
「うん、こんにちは」
「実は、僕の前を走るあいつを抜き去るために必要なパーツの在り処が判明したんです!」
僕の前を走るあいつ。ウィルは、ついさっきまでの四角い道を思い浮かべた。前を走っていたのはリッツで、そのリッツは後ろのアイツと言った。どちらも間違ってはいない。
「“山向の廃墟”にある『スライドダンパー』さえ手に入れば、もはやあいつに負けるなんてありえません!」
ヘンリーは胸を張り、リッツをちらりと見た。
「すらいど……?」
「角を曲がる時に、こう、ぎゅっと!」
ヘンリーは腰を落とし、見えない角を曲がるように体を傾けた。
「……こういう感じのヤツです!」
「それ、俺が言ったやつだろ!」
「できるだけ早く『スライドダンパー』を手に入れて来て下さい!」
リッツの抗議には答えず、ヘンリーは続けた。
「“山向の廃墟”へは、村の入口とは逆の、山上の廃屋の更に奥から抜けていく事ができます!」
リッツがもう教えたぞと口を尖らせたが、ヘンリーはウィルを見たまま言い切った。
「“山向の廃墟”は場所によってはとんでもなく強い敵もいるそうですから、くれぐれも気をつけて下さいね!」
とんでもない強さの敵。
子供の話でも、二人が口を揃えて注意するほどなら、聞き流せない。ついこの間Eランクに上がったばかりの自分たちで、その奥まで入れるのかどうか。ウィルには、まだ分からなかった。
分からないまま、行けると言うわけにはいかない。
「分かった。ただ、すぐには行けないかもしれない。廃墟に行けるくらい強くなったら、必ず探してくるよ」
二人は顔を見合わせた。
「それじゃ、パーツをもって帰ってくるのをまってるぜ!」
「それじゃ、パーツをもって帰ってくるのをまってます!」
声がほとんど重なった。言い終えるなり、二人はもう一度顔を見合わせ、同時に駆け出した。
「この俺を捕まえてみろーー!」
「この僕に追いついてみろーー!」
また四角い道を回り始めた背中を、ウィルはしばらく見送った。
背中に付ける、ばたばたする物。角でぎゅっとする物。
こういう感じのヤツ、とはどういう物なのだろう。本物がどんな形をしているのかは、たぶんあの二人も知らなそうだ。
ウィルは家路についた。夕焼けの道を歩いていく間も、二人の張り合う声が、何度も背後から聞こえてきた。




