036_例のブツ
ギルドでの報告は、思っていたより早く済んだ。
ウィルは受付のノエルに、流れの冒険者に絡まれたことを話した。男は昨日、訓練場で騒ぎを起こしたのと同じ相手だった。教官が通りかかり、男が去っていった経緯も伝えると、隣のネージュがその時の様子を言い添えた。ノエルは一つずつ書き留めてくれた。
帳面が閉じられてから、ウィルはようやく肩の力を抜いた。話している間は落ち着いていたつもりでも、終わってみると首の後ろが固い。隣でネージュが、小さく息をついた。
出口へ向かう途中、いつもの癖で掲示へ目をやった。
見慣れない紙が一枚増えている。
題は『例のブツを探して』。
ウィルは足を止めた。
依頼者の名前は『ミーツ』。場所は、ギルドの訓練場。
『あの……すみません、実は例のブツをまた見つけてほしいんです……。たぶん近所の森のどこかに落ちてると思うんですが……』
名前を伏せても、密偵を目指している青年なら、ウィルには一人しか思い当たらない。
また、と書いてある。
初めてカードを返した時、ミーツは、一か月もやし生活になるところだったと言って、深々と頭を下げた。その顔が浮かんだ。
「ウィル? 気になる依頼があるの?」
「うん。……例のブツを探して、って」
「例のブツ?」
ネージュが紙を覗き込み、それからウィルを見た。
「ええと……中身は、言えないんだけど。冒険者がなくすと、ちょっと困るモノなんだ」
「まあ。内緒のお仕事なのね」
ネージュはくすりと笑い、それ以上は聞かなかった。ウィルは受付へ戻り、ノエルに手続きを頼んだ。
ギルドを出ると、治療院へ戻るネージュを送った。通りの角へ差しかかるたび、ウィルは行く手を確かめた。誰もいない。治療院の戸口でネージュに見送られてから、訓練場へ足を向けた。
*
「うおおおおおおおお!」
訓練場に入る前から、声で分かった。
ミーツは今日も、踏み込むたびに叫んでいた。初めてカードを届けた朝も、呼びかける隙を探してしばらく待った。ウィルが声をかける機会を窺っていると、息を継いだミーツの方がこちらに気づいた。
「あぁ、ウィルさん!」
構えを解き、駆け寄ってくる。
「その節は、本当に助かりました!」
改まって頭まで下げられた。どの節の事だろう?ウィルは笑いそうになるのをこらえ、用件を切り出した。
「掲示の依頼、受けてきました」
「……え?」
ミーツは瞬きをして、ウィルの顔をまじまじと見た。
「ぁ、依頼を受けて来てくれた?」
「はい」
「ありがたい!」
両手でウィルの手を取り、上下に振る。
「他ならぬウィルさんが受けてくれて、僥倖ってやつですよ!」
「あの書き方だと、僕以外に受けるヒト居ない様な……? 例のブツって……アレですよね?」
ミーツは手を離し、左右を見た。離れたところでハロルドが盾を構えている。こちらを見ている者はいなかった。昨日一緒に反省文を書いたハロルドにさえ、聞かせたくない話らしい。
「えぇ……はい」
声が一段、低くなる。
「そうなんです。実はまた、冒険者カードを落としてしまいまして……」
駄目な先輩なんかじゃない、ちょっと忘れ物は多いけれど。昨日、自分でそう言ったのを思い出した。あの時は言葉を濁したが、流石に密偵がこう連続で落とし物はマズいのではないだろうか。
「多分、近所の森のどこかにあると思うんです」
多分。
「見つけたら、またこっそり届けていただけませんか……」
「分かりました。こっそり、ですね」
そんなことだろうと思って来たので、もちろん何も言わずに引き受ける。
「よろしくお願いしますね!」
ミーツはぱっと顔を明るくして、元の場所へ走っていった。すぐに、さっきと同じ掛け声が上がった。
*
プリシラと、授業を終えたエレノアを誘い、午後は近所の森へ入った。
何を探すのか、道々小声で打ち明ける。ミーツの冒険者カードで、ギルドには内緒の探し物だということも。失くしたと知られれば罰金になる、とだけ言い添えた。
「ないしょの探し物だね~♪」
「分かりました。兄様の友情の為に黙っておきます」
エレノアが頷いた。プリシラは早速、鼻を上へ向けている。
「カードって、どんな匂いいがするかな?」
「……ミーツさんの、かな」
「それ、あたし知らないよ~」
もっともだった。三人で笑ってから、ウィルは辺りを見回した。広い森を手当たり次第に探していては、日が暮れてしまう。
ミーツから聞けたのは、無くしたのは恐らくこの二~三日の間で、だとすると場所は近所の森だということだけだった。定期的に回る哨戒任務だったのでおおよそのルートは決まっているが、心当たりが有るわけではないということだった。ウィルは二人に、そのルートに沿って探していこうと提案した。その先には、森の真ん中で開けた草地がある。ミーツが何箇所かで魔物と戦ったうちの一箇所で、立ち回るうちに落とした可能性がある。まずは三人で道程を脇まで確かめながら、草地まで行ってみることにした。
道の脇の草を分け、倒木の下を覗き、根の間に溜まった落ち葉を足でどける。カードらしいものは見つからず、草陰を調べている間に魔物に出くわすこともあった。戦いが済むと、息を整えて、また足元へ目を戻した。
草地へ出たところで、また魔物に行き当たった。ゴブリンとノームが草の間から出てきて、頭上の枝ではクロウが一羽、こちらを窺っている。
プリシラが先に跳び出した。ゴブリンの盾を蹴りつけ、相手の体ごと横を向かせる。空いた脇へウィルが刃を入れた。ウィルは刃を引き抜くと、ゴブリンの脇を抜けた。プリシラに教わったとおり、攻撃のあとも足を止めない。
「兄様、足元に!」
エレノアの声で、ウィルは跳ねてきた蔓に気づいた。下がりながら刃を向ける。その間に枝からクロウが降りてきたが、攻撃体制で突っ込んできた所をプリシラの手刀に叩き落とされた。
何度目かの戦いを、そうして終えた時だった。
ナイフについた汚れを拭うため、手頃な葉っぱを探してしゃがんだウィルの目に、森に似つかわしくない泥から覗くまっすぐな縁が映った。
木の根や石に、こんなキレイな角はない。指を差し込んで引き抜くと、薄くて硬い、四角いものが出てきた。表も裏も泥をかぶっている。親指でこすると、文字が現れた。職業の欄に、密偵。
「ぁ、あった」
「ほんと?」
「泥だらけですね……」
覗き込んだエレノアが言った。ウィルの親指にも泥がべったりついていた。これ以上こすれば、読めた文字まで汚してしまいそうだ。冒険者カードは濡れには強いので、ウィルはカードを軽く水洗いしたあと布に包み、自分のものとは別にしまった。
*
村へ戻る頃には、日が傾いていた。
プリシラたちと別れ、ウィルは一人で訓練場へ向かった。依頼は”こっそり”、と頼まれている。
「お疲れ様です!」
ミーツはまだ残っていた。ウィルの顔を見るなり元気に声を上げ、それから周りを見回して、身を寄せてくる。
「……例のブツは見つかりました?」
ウィルも訓練場の中を見回してから、包みを開いた。まだ少し泥のついた冒険者カードが出てくる。
「あぁ! よかったー!」
ミーツは両手でそれを受け取り、袖で泥をこすった。
「見つけてくれてありがとうございます! 前回に引き続き、本当に助かりました!」
「見つかってよかったです」
「ホント、なんでこんなになくなっちゃうのか……。ちゃんといつも、上着のポケットに入れてるんですけど……」
そう言いながら、ミーツはカードを上着のポケットへしまった。
手がポケットから離れたと思うと、上着の裾から四角いものが滑り出て、二人の足元へ落ちた。
今しまったばかりのカードだった。
ウィルはカードを見て、ポケットを見て、それからミーツの顔を見た。ミーツも、足元を見下ろしていた。
「……ポケットに穴空いてますね」
他人のポケットのことのような言い方だった。
ウィルは口を開きかけて、閉じた。何を言っても笑ってしまいそうだった。
ミーツがしゃがんでカードを拾い、立ち上がった。
「……いやぁ、原因がわかって良かったです!」
笑顔がまぶしいほど明るい。密偵なのに。
「報酬はギルドの方でお受け取りください! そ、それでは!」
「あ、はい」
「僕は修行がありますので!」
言うが早いか、背を向けて走っていった。元の場所で構え直す。
「どりゃあああああああ!」
一段と大きな掛け声が、夕方の訓練場に響いた。
カードをどこへしまったのか、ウィルは見損ねた。
声を立てずに笑いながら、訓練場を出る。歩きながら、自分のカードがある場所に、そっと手を当てた。指先で縫い目をなぞる。穴はない。
確かめてから手を離し、ウィルはギルドへ向かった。




