034_花畑の約束
家へ戻って寝床に入ってからも、ウィルはしばらく眠れなかった。
ウィルは何度も、二人が友達だと言ってくれた時のことを思い返した。胸を張っていたハロルドと楽しそうに笑っていたミーツの顔が浮かび、暗い部屋でひとりニヤけた。
明日は、ノンナにお礼を言いに行こう。お礼の花は何がいいだろうか。そういえば、昔ねーねにも花を贈った事があったっけ。
あの花はどこに咲いていただろう。思い出の小さな花を思い浮かべるうち、いつの間にか、見ている景色が変わっていた。
*
花の間に、プリシラとエレノアが座っていた。
エレノアの指先で、何本もの茎がつながっていく。プリシラはその手を覗き込もうとして、何度も座り直した。ウィルは少し離れたところにいる。隣にはネージュがいた。
「ウィルは、お花で遊ばないの?」
「……うん」
「どうして?」
「僕、男の子だし。お花って言われても、あんまりなあ……」
「ふふふ。それもそうかもね」
笑うネージュを見上げる。彼女の手にも、花はなかった。
「ネージュねーちゃんこそ、どうして遊ばないの?」
「私はお姉さんだもの。みんなが危なくないように、見ていなくちゃ」
「にゃにゃにゃ! エレノア、すごーい! お花の冠、どうやって作るの!?」
「すごくなんかないよ。簡単だもん」
向こうで花が持ち上がった。プリシラが顔を寄せ、また大きな声を出す。ネージュはそれを見て笑っていた。
「ネージュねーちゃんは、遊びたくないの?」
「んー。遊びたくないわけじゃないのよ。私はただ、あなたたちが楽しそうに遊んでいるのを、見ているのが好きなの」
「……それって面白いの?」
「面白いかって言われると、ちょっと違うかな。でも、心が温かくなってね、安心するの」
「僕たちが遊んでるだけなのに?」
「うん。それに、面白いこともあるよ?」
「例えば?」
「そうねえ……ウィルのいたずらがばれて、追いかけられてる時とか♪」
「ええー?」
ウィルが顔をしかめると、ネージュはさらに楽しそうに笑った。
「自分で何かするのも楽しいけれど、ころころと表情が変わるあなたたちを眺めているのは、私にとって心温まるひとときなの」
「うーん。でも確かに、プリシラは眺めてても飽きないかも」
「どうして?」
「猫獣人だから当たり前かもしれないけど、本物の猫みたいに気まぐれで、いつも飛び回って。次に何するんだろうって、見ててわくわくするんだ」
「そうそう。そういうところが見てて楽しいのよ。私と同じね」
「そっか。ネージュねーちゃんも、一緒なんだ」
ウィルも二人を見た。プリシラが伸ばした手を、エレノアがそっと戻している。まだ冠はできていないらしい。
プリシラは待ちきれないように尻尾を振り、今度は別の花を差し出した。エレノアが受け取る。茎の輪の中へ花が一つ増えると、二人とも同じところへ顔を寄せた。
ウィルも首を伸ばした。ここからでは、エレノアがどうやってつないでいるのかまでは見えない。けれど、ほどけずに持ち上がるのを見ると、自分まで少し嬉しかった。隣を見ると、ネージュも同じ方を見ていた。
「でも、せっかくだし、二人と遊んできたら?」
「やっぱりネージュねーちゃんを放っておいて遊ぶのも悪いし、お話ししてるのも楽しいから」
「あら、それは光栄ね」
「こーえーって、なあに?」
「とっても嬉しいです、っていうことよ」
「ネージュねーちゃんも、僕とお話しできて嬉しい?」
「うん、嬉しいよ。私は一人っ子だし、姉弟が欲しかったんだ」
「そうなんだ。……僕たちじゃ駄目?」
「ううん、駄目じゃないよ。だから私、あなたたちと一緒にいるだけで幸せよ」
それなら、ウィルにもできることがある。ネージュのそばへ座り直した。
「そっか。ならさ」
「ん、なあに?」
「……僕が、ずっと一緒にいるよ」
「ふふふ。ウィル、それってプロポーズみたいだね」
「ぷろぽーずって、なあに?」
ネージュは少し考える顔をしてから、口元を緩めた。
「内緒♪」
「うー。ネージュねーちゃんの意地悪」
「そのうち分かるわ。だから、大人になるまで、そういうのは取っておいた方がいいよ」
「……今ので、ちょっと分かったかも」
「あら、本当かしら?」
ウィルは花畑へ目を向けた。エレノアたちの座っている場所から少し離れたところに、見覚えのある花があった。
「そうだ! ちょっと待っててね!」
「あまり遠くに行っちゃ駄目よ?」
「うん。すぐそこだから」
小さな足で草を踏み、花の前へしゃがむ。
「あった」
一本摘んでから、隣の花も覗き込む。同じ花でも、向いている方が違った。重ねると片方が隠れてしまい、ウィルは握り直した。せっかくねーちゃんの好きな花を見つけたのだから、ちゃんと見えるように渡したかった。
ネージュのところへ戻り、こちらを見ている彼女へ両手を差し出す。
「ネージュねーちゃん! はい!」
「あ……」
ネージュは言いかけたまま、花を見つめた。ウィルは少し腕を伸ばし、その顔を覗いた。
「私の好きなお花……覚えててくれたの?」
「うん! ネージュねーちゃん、大好き!」
「ありがとう、ウィル。私も大好きよ」
「本当!?」
「ええ、もちろん。ウィルも、プリシラもエレノアも。みーんな大好き」
ウィルは口を閉じた。
花を渡したのは自分なのに。二人の名前が続くと、うまく頷けなくなった。
「ぷろぽーずだと思ってやったんだけどなあ」
「ふふふ。間違ってないよ。でも、プロポーズは大人同士でするものだから」
「そ、そうなんだ」
「うん。だから、ウィルが大人になった時、本当に大好きな人にしてあげてね」
「……うん。分かったよ」
「でも、ありがとうウィル。とっても嬉しかったよ」
花を持ったネージュが微笑む。ウィルも頷き、もう一度その隣へ座った。
向こうから、プリシラの声が聞こえていた。ネージュはそちらを見て、そっと口を開いた。
「この穏やかな日々が、いつまでも続いたらいいのにな」
「ずっと続くよ! ずっと一緒だもん!」
「……そうよね。ずっと一緒だもんね……」
「そうだよ……!」
*
目を開けると、花畑はなかった。
見慣れた部屋に朝の光が入っていた。ウィルは寝床の中で手を開く。花を握っていたはずの指には、何も残っていない。
「懐かしい……夢だったな」
まだ眠たげな声になった。
「ねーね……」
しばらく横になったまま、花を受け取ったネージュの顔を思い出していた。やがて体を起こし、寝床から足を下ろす。
今日はノンナに花を届けよう。身支度をして、ウィルは朝の道へ出た。
*
道の脇で花を摘み、ウィルは長すぎる茎を揃えた。
まとめて握ってみると、思ったより小さい。もう少し足そうかと辺りを見たが、増やせばよくなるとも限らなかった。花が重なりすぎないように並べて、茎を結ぶ。
昨日、帰り道で思いついた時には、もっと簡単に渡せる気がしていた。
手の中の花束を見下ろす。これを持って村長の家へ行き、ノンナに渡す。それだけだ。
ウィルは立ち上がった。
訓練場でハロルドとミーツに会い、昨日まとめた反省文を二人が持っているのを確かめた。教官への提出は任せ、ウィルは村長の家へ向かう。
いつもの入口で声をかけると、ノンナが顔を出した。
「あら、ウィル坊や。いらっしゃい」
「ノンナさん、昨日はありがとうございました!」
「はあ、何かあったかしら?」
首を傾げられ、ウィルは少し笑った。こちらは昨夜から、ずっとそのことを考えていたのに。
「ほら、友達を連れてきた時です」
「ああ。いいのよ、気にしないでちょうだい」
「ご飯も、とってもおいしかったです。大した物じゃないですけど……」
背中へ隠すほどでもなく、脇に下げていた花束を持ち上げる。ノンナの目が、その花へ移った。
「日頃の感謝の気持ちです。受け取ってください」
「……まあ!」
ノンナは驚いたまま、花に手を伸ばせずにいた。
「まあまあまあ!」
驚きの声に、ウィルまで照れくさくなった。差し出した小さな花束が、こんなに喜ばれるとは思わなかった。
「これを……私に?」
「はい! これからもお世話になると思いますけど、よろしくお願いします」
ノンナは両手で、大切そうに花束を受け取った。
「家政婦の私なんかに、気を遣わなくてもいいのに……」
小さな花束が、彼女の胸元へ寄せられた。
「でも、ありがとう! 大切に飾らせていただきます♪」
「喜んでもらえてよかったです」
花束の小ささは、もう気にならなかった。ノンナは受け取ってからも、何度も花へ目を落としている。
「それじゃ、これから冒険者の活動があるので、これで」
「はい。気をつけて、いってらっしゃいましぃ♪」
「いってきます!」
ウィルは手を振って、村長の家を離れた。
*
ノンナは戸口に残り、ウィルの姿を見送っていた。
足音が聞こえなくなってからも、花束を胸元に持ったままだった。
「男性からプレゼントなんて……初めて……」
言葉にすると、胸の奥がまた落ち着かなくなった。
日頃の感謝の気持ち。そう言って渡してくれた。あの子は、昨日の食事を喜んでくれたのだ。
ノンナは小さく首を振った。
「やあねえ、私ったら。おばちゃんが舞い上がっちゃって。ウィル坊やは、そんなつもりじゃないわぁ」
誰もいないところで口にしてみても、頬は緩んだままだった。
大切に飾ると言ったのだから、水を用意しなければ。家の中へ戻りかけて、もう一度だけ花を見る。
「……でも、この思い出は一生の宝物ねぇ」
茎を握りしめないよう、そっと持ち直した。
「ありがとう、ウィル坊や♪」




