033b_反省文と夕食
ミーツが頷いたところで、戸口から声がした。
「ウィル坊や、もう日も暮れてきたわよぉ。よかったら、お夕飯を食べていく?」
三人一緒に顔を上げた。
窓へ目をやると、来た時には明るく差し込んでいた日の光がすっかりオレンジ色をしていた。途中で運んでもらった茶も、もうとっくに空になっていた。
「いいんですか?」
「そんな! 申し訳ないであります!」
「ハロルドさん、こういう時は断る方が失礼ですよ。お言葉に甘えて……ご相伴にあずかっても、よろしいでしょうか!」
「もちろんですよぉ。せっかく坊やのお友達が来てくださったんですもの。お上がりになってくださいまし」
「ノンナさんのご飯、とってもおいしいから嬉しいです。ありがとうございます!」
「あらあら、そんなに持ち上げないでちょうだい。それじゃあ、すぐお持ちしますから。少しだけお待ちくださいまし」
ノンナが去ると、ミーツが感心したように息を吐いた。
「とっても親切な奥様ですね!」
「村長の奥様にしては、随分とお若いですね」
「いや、ノンナさんは家政婦さんですよ」
二人の顔が、同時にこちらを向いた。
「ええええ!? それじゃ、村長のご不在に、僕たち勝手に……!?」
「あぁ~。いや、大丈夫ですよ。こういうこと、わりとあるんで」
「そうなんでありますか!? ほ、本当に大丈夫でありましょうか……」
ハロルドは椅子の上で、座り直すべきか立つべきか迷っている。ウィルがこの家で食事をご馳走になるのは、珍しいことではなかった。けれど二人には、村長の留守に上がり込んで夕食まで出させるように見えたのだろう。
廊下で足音がして、ハロルドが背筋を伸ばした。入ってきた村長は、机を囲む三人を見て笑った。
「やあ、ウィル。やっているようじゃの」
「あ、村長。おかえりなさい」
「ただいま。お友達もいらっしゃい。よく来てくれたねえ」
「お、お邪魔しているであります!」
「お世話になっております!」
「ほっほっほ。そう硬くならんでおくれ」
「反省文を書くのに、場所を借りてます。ノンナさんがせっかくだからこっちでって」
ウィルが机の紙を示すと、村長は書きかけの字に目を落とした。
「もちろん構わんよ。プリシラたち以外では、ウィルが初めて連れてきたお友達じゃからのぅ♪ ノンナから聞いているよ。大した物は出せないが、食事を楽しんでいっておくれ」
「ありがとうございます!」
「楽しみにしてます!」
「ほっほっほ。ウィルらしい、なんとも快活でよいお友達じゃな」
「ギルドの先輩で、お世話になってます」
「ほうか、ほうか。お二人とも、ウィルとこの村を、今後ともよろしくお願いいたします」
村長が頭を下げた。ミーツもハロルドも慌てて頭を下げ返す。
「これはご丁寧に……!」
「こちらこそ、よろしくお願いしたいであります!」
「それじゃあ、ジジイが居てもじゃまじゃろうて。課題の方は頑張るんじゃよ」
「はい!」
足音が遠ざかってから、二人がゆっくり座り直した。
「ウィルさんって、村長のお孫さんでしたっけ?」
「いえ。でもまぁ小さくはないですが、所詮は田舎村ですから。学校がここってのもあって、村の子はみんな孫みたいなもんなんです」
「な、なるほど? それにしても、ずいぶん親しそうでしたが……」
「早くに両親を亡くして、村長が後見人になってくれてるので、僕は他の子より一層世話になってます。だから本当にお爺ちゃんみたいな感じかも?」
さっきの村長の笑顔を思い出して、ウィルも笑った。
「だから言いやすいのはありますけど、村長の許しをもらえば、共用の場所は誰でも使えますよ」
「前から思ってましたけど、大らかでいい村ですねえ」
「村長さんの懐が広いからでありましょう。尊敬できるご老人だと感じました」
「身内みたいなものですから、褒められると嬉しいです。村長は喋るのも飲むのも好きなので、よかったら付き合ってあげてください」
「ぜひとも!」
「それじゃ、ご飯もできるだろうし、ぼちぼちまとめに入りましょうか」
ウィルが紙を引き寄せると、二人も机へ向き直った。今度は書くことに迷わなかった。
*
反省文を端へ寄せると、さっきまで三人で指を動かしていた机に食事が並んだ。ノンナが運んできたのは、野菜と肉を煮込んだ皿とパンだった。
立とうとしたハロルドが腕を動かしたところへ、ミーツも皿を受け取ろうと手を伸ばし、二人の手がぶつかった。二人とも手を引く。ウィルは思わず笑ってしまった。
「そこ、また同じことしてますよ」
「はっ……!」
「では、僕はこちらを運びます」
ミーツが先に皿を持ち、ハロルドが場所を空けた。ノンナは何の話かと三人を見ていたが、また笑いが起きると、つられたように口元を緩めた。
食べ始めると、しばらく誰も話さなかった。ウィルは煮汁を吸ったパンを一口飲み込んでから、急に空腹を思い出した。向かいのハロルドは背筋を伸ばしたまま、けれど手を止めずに食べている。ミーツはおいしいと言おうとして、口に入れたばかりだったことに気づき、慌てて頷いた。
「急がなくても、なくならないわよぉ」
ノンナに言われ、三人で顔を見合わせた。
「すみません。すっかりお腹が空いてしまって」
「たくさん召し上がってね」
返事をしてから、ウィルはもう一口運んだ。反省文には書き直したところが幾つもある。食事の邪魔にならないように寄せたその紙を、ハロルドがさらに奥へ押した。
「お勉強は、もう済んだの?」
「はい。あとは書き写すだけです」
「ウィルさんが一緒に考えてくださったので、何を書けばよいか、ようやく分かったであります」
ノンナは、あらあら、と目を細めてウィルを見た。
今度は明日の訓練の話になった。ミーツがハロルドを誘い、ウィルにも顔を向ける。返事の途中で、食べ終えたかとノンナに尋ねられ、ウィルは笑いながら空いた皿を差し出した。誰かの話が途切れると、別の誰かが口を開く。気づけば、食事が済んでからも席を立たずにいた。
*
礼を言って外へ出ると、昼間の熱が引いていた。
二人の野営地は自宅とは正反対だったが、名残り惜しくて村の中ほどまで連れ立って歩いた。別れ道まで来ても、ミーツは食卓の話を続けていた。ウィルは自宅へ向かう道を指す。
「それじゃあ、僕は自宅が向こうなので」
「はい! 今日は色々とお世話になりました!」
「とっても楽しい一日でしたし、この村が前よりもっと好きになりました!」
「そう言って頂けてよかったです。良かったら今度は僕の家にも遊びに来て下さい、独り身の僕には少し広い家なので」
「いいですね! 今度遊びに行かせてください!」
「良ければ、冒険者としての意見交換なんかもしたいであります!」
どちらからもすぐに返事が来た。嬉しくなって、ウィルは二人を見た。
「同世代に同性の友達がいないので、嬉しいです。仲良くしてくださいね」
「こちらこそ! 先輩扱いなんてしないで欲しいであります! 自分たちはもう……友達ですから!」
「そうです! 友達です!」
「は……はい!」
胸の中で返事がつかえ、少し遅れて声になった。村長の前でギルドの先輩と紹介したのを、ハロルドは気にしていたのかもしれない。
「それでは、ウィルさん! おやすみなさい!」
「おやすみなさ~い!」
「おやすみなさい!」
二人は手を振って歩いていった。ウィルも手を振り、姿が遠くなるまで見送ってから、自分の家の方へ足を向けた。
帰り道、酒場の前で隊長に会った。丁度涼みに出てきた所らしく、中から漏れる声を背に、こちらの挨拶を返してくれる。今日のことを尋ねられたので、反省文を書いてきたと話した。
「冒険者がみな君の様に真面目ならと思ってしまうね」
「叱られたんですけど」
「ただの独り言さ、気にしないでくれたまえ」
隊長は笑い、腰のナイフへ目をやった。
「今回は相手の男が既に抜いていたのだから、仕方の無い状況はあるものだよ。その状況で迷いなく動き、咄嗟に受けきれたのは、君がちゃんと努力している証拠だね」
ウィルが頷くと、隊長はポンポンと肩を叩いた。確かにあの時、隊長に貰ったアドバイスのお陰で全体を俯瞰して見ることができたし、男の様子から先を予測して割って入る事ができた。稽古をつけてもらう前の自分だったら、おそらくアレを止める事なんてできなかっただろう。今日、男と言い争った自分のことを考えながら、その手を見た。
「教官殿に正直に話し、正しく罰も受けたのだから、仲間の為に危険に身を晒し、守った事は胸を張りなさい」
「……はい!」
倒れたミーツへ向かう刃を止めたあと、離れる隙を作ろうともせず、男を煽ってしまった。剣を押さえていられたからといって、そのまま言い争ってよかったわけではない。しかし、隊長はその事については何も言わない。騎士隊の隊長になる様な方の度量はこういうものかと、感心するばかりだった。
「今日は稽古はしていかないのかい?」
「今日は、もう遅いですよ。こんな時間に隊長さんを引き止めたら申し訳ないです。また、お時間の有る時によろしくお願いします」
「ん、それもそうだね。 ……ふふふ♪ ぁ、いや、すまない。私としては、最近はキミとの稽古が楽しみでね」
不意に漏らした含み笑いは年相応の女性らしさを感じさせて、とても魅力的だった。だが、隊長はすぐにいつもの凛とした隊長にもどって言う。
「ぁ……ありがたいです!近く日の出ているうちに、必ず伺います!」
ウィルは、先日の円内の稽古を思い出した。隊長の剣を受けて一度当てられたのは、こちらに読める動きをしてくれたからだ。今日の男は、ウィルに合わせて止まってはくれなかった。教わった受け方でミーツへの一撃は止められた。教官が来るまで剣を制し続けられたことは、隊長と副長につけてもらった稽古の賜物だった。
隊長は酒場へ戻っていった。ウィルも挨拶をして、家へ向かった。
帰りの道行で、改めて二人を思い出す。
友達。
言われた言葉を思い返すと、ひとりでに口元が緩んだ。
「は……初めての男友達だ!」
声に出したら、もっと嬉しくなった。
「……へへへ」
あの場へ入っていった時には、反省文を書くことになるとは思わなかったが、男友達と一緒に夕食を食べることになるとも思わなかった。明日も訓練場で会える。
「あ、そうだ。おかげで友達もできたし、今度ノンナさんにも、お礼しなきゃ」
ノンナはきっと、遠慮するだろう。それでも、礼は別にしたかった。
「あまり大げさでも、変だよね」
「お花とか、喜んでくれるかな」
明日の朝、出かける前に摘んでいこう。ウィルは帰り道を、少し足早に歩いた。




