033a_反省文と夕食
昼食を済ませ、三人は村長の家へ入った。
「ほええ。中はこんなふうになってたんですねえ」
ミーツが戸口で足を止めた。ハロルドもその肩越しに奥を見ている。
「入口の広間は村の寄合所になってて、学校も兼ねているんですよ。この時間は授業も終わっていますから、使わせてもらえると思います。ちょっと聞いてきますね」
「ありがたいであります」
二人に待っていてもらい、ウィルは奥へ声をかけた。顔を出したのはノンナだった。村長の家で働く彼女には、ここへ来るたび世話になっている。
「あら、ウィル坊や。どうしたの? 村長なら、しばらく戻らないわよぉ?」
「こんにちは、ノンナさん。ギルドの仲間と反省文を書かなくちゃいけなくて。寄合所を借りてもいいですか?」
「あらまあ、坊やのお友達?」
「って言っていいのかな。とってもいい人たちで、仲良くしたいと思ってますけど」
振り返ると、ミーツがこちらへ手を上げた。ウィルも小さく手を返す。
「はいはい、構いませんよぉ。よかったら、お客様のお部屋をお使いなさいな」
「いいんですか?」
「坊やなら村長も何も言わないわぁ。後でお茶とお菓子を持っていってあげましょうね」
「ありがとう、ノンナさん!」
*
机を囲んで座ると、ハロルドの鎧が椅子に触れた。
ウィルとミーツは、鎧を着たまま椅子に収まっているハロルドを見た。本人だけが真剣な顔で机へ向いている。
「あの……脱がないんですか?」
「……はっ!」
ハロルドが自分の胸元を見下ろした。
しばらくして鎧を外し終えると、彼は大きく息をついた。兜に押さえられていた短い紺色の髪が、額の上で跳ねている。すっと通った鼻筋と引き締まった口元に、ウィルは目を留めた。あの大声から思い描いていたより、ずっと端正な顔だった。
「ふう。涼しいであります」
「鎧を脱いだところ、初めて見ました!」
「ははは。そういえば、外では滅多に脱いでいないですからね」
「顔を見せたら、もてそうなのに」
ミーツが何気なく言った。ハロルドは笑うのをやめ、外した鎧へ目を落とす。
「自分は……不特定多数の女性に認められたいとは思っていません」
「もしかして、気になってる人がいるとか?」
ハロルドの手が止まった。
返事がない。ミーツは一瞬待ってから、慌てて身を起こした。
「あっ、すみません! 立ち入ったことをぬけぬけと!」
「い、いえ! お気になさらず! そんなことより、反省文のための打ち合わせをするでありますよ!」
「そうですね! そうしましょう!」
ウィルは机の上を空けた。誰のことかは聞かなかった。ハロルドがほっと息をついたのが、すぐ向かいから聞こえた。
鎧を置いた椅子は、机から少し離れている。ハロルドは、床に触れそうになっていた鎧の縁を座面へ載せ直してから、机へ戻ってきた。机に揃えた腕の袖には、汗の跡が見えた。さっきまで、あの重いものを着たまま日に当たっていたのだ。無理もない。
ミーツが紙を引き寄せる。ウィルも自分の紙を広げたが、すぐには書き始められなかった。男の前へ出た時のことなら、まだ手が覚えている。けれど、二人に何が起きたのかを自分の言葉で書くには、見ていた順を辿り直さなくてはならない。
*
「ウィルさんからみて、我々の敗因ってなんだと思いましたか?」
ハロルドに尋ねられ、ウィルは訓練場で見た二人の動きを思い返した。
「そうですね……。正直、実力で言ったらお二人共、一対一でも負ける相手じゃ無かったと思うんです」
「そ……そうでしょうか? あの人、結構強かったです……」
「えぇ、まぁ言うだけあって、実は僕も全然弱いとは思わなかったです。雑魚って言ってやったのは単なる意趣返しでした」
口にしてから、耳が熱くなった。あの場で言った時には、こんな気持ちになるとは思わなかった。
「あのハッタリは格好良かったですよね! 僕もいつかあんな風にキメてやりたいです!」
「あははははは。思い返すとちょっと恥ずかしいですね」
「そんなことないであります! 自分は口が下手なのでスカっとさせて頂きました!」
「ぁ、あの……誰にも言わないで下さいね?」
「へへ。恩人のお願いなら仕方ないですね」
ミーツが笑う。ハロルドまで頷いたので、ウィルは机へ手を置いた。
「は、話を戻しますよ!」
笑いを収めるのを待ってから、二人の顔を順に見る。
「お二人が負けたのって、あの時も言いましたけど、お互いを気にし過ぎて連携が良くなかったからで、多分お互いの良さを殺しちゃったんだと思います」
「ふむふむ」
「こういっちゃ何ですけど、僕は小さい頃からプリシラとず~っとコンビでやってますからね。お二人がぎこちないのは見ててやきもきしましたよ」
「なるほど~。確かにウィルさんとプリシラさんの連携は最近、ギルド内でも評判ですからね~。お二人とも教官からの試練をあっという間にこなして来ちゃうって聞きましたよ」
「教官殿も褒めておられました! 特に猫族のプリシラさんにあそこまで合わせられるウィルさんには、きっと並々ならぬ努力があったんだろうと」
「幼馴染でずっと一緒だったから、苦労って言うほどの苦労はして無いんですけどね」
プリシラの耳の向きや尻尾の揺れを見ると、次にどちらへ動きたいのか分かることがある。長く隣にいるうちに覚えたものを、一つずつ説明しようとすると難しかった。
「何人かで一人を相手にする時のコツは、やはり数で攻める事でありますか?」
「う~ん、それはそうなんですけど……。無理に割って入っても、相方のやりたかった事のじゃまになっちゃったりしますね。実際、お二人はそれでギクシャクしてたのでは?」
ウィルは机の上にコインを三枚置いた。さっきあの男と二人が並んでいた位置を示し、一枚を前へずらす。
「ここで、ミーツさんが入ろうとしたのに、ハロルドさんが前で受けちゃいましたよね。助けようとしたのはわかるんですが、ミーツさんが出来ることが無くなっちゃいました」
前で盾を構えていたハロルドが頷いた。
「……正直、仰る通りだと思います。後ろが見えないので、剣を振るの不安で……。受けたは良いものの、ミーツ君がどう動くのかわからず、かと言って今更退く訳にも行かず、動けなくなってしまいました」
「僕は普段なら投擲から入るのですが、ハロルドさんが壁になってしまって……。動きにも割って入られてしまい、回り込むべきか一瞬悩んでしまいました。 そしたらハロルドさんが吹っ飛んできて……」
言い終えると、ミーツはハロルドを見た。責める声ではなかった。ハロルドも頷き、ウィルの置いた指へ目を戻す。
ハロルドは、ウィルの指が示していた自分の位置へ、盾に見立てた片手を置いた。ミーツも自分の位置からコインを進めたが、ハロルドの手に遮られて止まった。盾に遮られて踏み込めなかった時の動きだった。
ウィルは二人が動かし直すのを待った。見ていた時には、もっと早く踏み込めばよいのにと思った。だが、剣を振る側には、後ろの仲間を傷つけたくないというためらいがある。前へ出ようとする側も、盾の陰からでは相手が見えなくなる。どちらも相手のことを考えたからこそ、動けなくなってしまっていたのだ。
ミーツが手を引くと、ハロルドも机から腕を離した。
「お互いを気遣っての事なのに、ギクシャクしちゃって普段の戦い方ができなかったんですよね。僕も小さい頃はプリシラとそうでしたよ」
「……ウィルさんが居てくれて良かった。自分、二人きりだったら遠慮して言えなかったと思います」
「僕もです。しかも俯瞰して見ていた第三者からの意見ですから、腹落ちも良いですね」
「教官殿のご配慮なんだと思いますよ。流石ですよね」
罰を言い渡された時には、ここまで考える余裕がなかった。自分一人に反省文を書けと言われても、きっと男に何を言ったかばかり思い返していただろう。
「そう思います。教官殿にもウィルさんにも感謝であります」
「えぇ! 感謝です!」
三人で笑う。机の上には、まだ書くべきことが残っていた。
「先程は連携のコツは『任せること』と仰っておられましたが、よい機会なのでもう少し教えて頂きたいであります!」
「僕も知りたいです!」
「勿論です!」
「結局の所、人数が多いっていうのはそれだけで有利な訳ですから……」
指を動かしながら話していると、今度はハロルドが自分の動きを説明してくれた。ミーツも、どこへ出ようとしていたのかを示す。戦っていた本人に聞いて初めて、ウィルにも分かるところがあった。
ノンナが茶を運んでくると、三人は慌てて紙を寄せた。礼の声に微笑みが返り、温かな香りが机を満たす。彼女を見送って、ようやく反省文を書き始めた。
ウィルも茶へ口をつけた。男に向かって言ったことを書く時だけは、器を脇へ置き、紙を自分の方へ引いた。二人の連携について気づいたことと、自分が抜き身の刃の前へ飛び込んだことは、別の段落に書いた。二人の相談に乗れたからといって、自分の危険な行動を省くわけにはいかなかった。
ミーツは書き出した一行をハロルドへ見せ、ハロルドが読み終えるまで黙って待った。ウィルも紙を回し、自分の書いた所を二人へ見せた。口では笑って話せた言葉を、文字にしてもう一度読まれると、また頬が熱くなった。
ハロルドは笑わずに続きを読んでくれた。戻ってきた紙を受け取り、ウィルは小さく礼を言った。続きを書こうとしたところで、ミーツが机へ指を置く。戦う位置の話を、もう少し聞きたいと言う。ウィルは器をよけ、人数を活かそうとして互いの邪魔をしてしまった、という話へ戻った。
「だから安易に挟み撃ちなんかをしちゃうとお互いを傷つけちゃうから、横並びで戦ったお二人の判断自体は間違っていなかったと思うんですよ」
「なるほど~!」




