032_抜いた刃の始末
翌朝、ウィルは一人で稽古をしに訓練場へ向かった。入口へ近づくと、今日も大きな声が聞こえていた。
声の主は、先日カードを届けたミーツと、いつも鎧を着ている青年だ。青年は顔まで覆う青い兜をかぶり、大きな盾を構えていた。ミーツの手には抜き身の刃が見える。稽古の最中らしい。ウィルは入口で歩みを緩め、思わず呟いた。
「あの二人、今日は気合が入ってるなあ」
「今の発言を撤回するであります!」
「絶対に許さないぞ!」
稽古の掛け声にしては、おかしかった。
ウィルは足を止めた。二人の向こうに、知らない男がいる。短い緑の髪が逆立ち、手には抜き身の剣を握っていた。三人は向き合っていたが、順に打ち合っている様子ではない。鎧の青年が前へ出ると、ミーツも踏み込もうとした。だが、ミーツは途中で足を止めた。ウィルは二人の足と、男の剣を見た。隊長の言葉を思い出す。全体を見て、相手が何をしたいのかを考える。
「……知らない人と戦ってる?」
「あわわわわわ……」
すぐ近くで声がした。先日、的の前で声をかけた弓の青年だった。今は弓を使おうともせず、目の前の三人を見つめている。
「これって、どういう状況なんです?」
「あ、ウィルくん」
返事に顔を向けた時、鎧の青年が吼えた。
盾が前へ出る。男が脇へ動き、ミーツがそこへ入ろうとした。だが、盾の端がその進路に重なる。ミーツが踏み込めずにいる間に、男は鎧の青年へ剣を振るった。鎧に一撃が当たり、青年の体が揺れた。
「ぐはっ!」
続いてミーツも後ろへよろめいた。ウィルは二人から目を離せなくなった。
「……あの人、けっこう強いですね」
「うん。ずかずか入ってきたと思ったら、訓練していた二人に難癖をつけ始めて……」
「オラオラァ! ここの冒険者はこんなもんかぁ!?」
説明を遮る声が響いた。
「辺境の引きこもり冒険者は、揃いも揃って雑魚ばっかりだなぁ!」
「稽古をつけてやるから、酒代を賭けて勝負しろって。いきなり割り込んできたんですよ」
弓の青年の声は、男の笑い声にかき消されそうだった。
鎧の青年が踏み直した。
「無礼な言葉を撤回するであります! 確かに自分は未熟でありますが、先輩方はお前なんかが馬鹿にしていい人たちではないであります!」
「何を隠そう、僕たちはここのギルドの最弱メンバーですからね!」
ミーツも口を拭って顔を上げた。
「そんな僕たちに手こずってるアンタなんか、僕ら以外の冒険者にかかればイチコロです!」
「アァ!? クソ雑魚どもが、もういっぺん言ってみろ!」
男が踏み込んだ。盾を構え直す前に鎧の青年が押し崩され、助けようとしたミーツまで地面へ倒れる。
男は止まらなかった。
「治療院送りになりゃ、理解できっかぁ!?」
振り上がった刃の先に、まだ起き上がっていないミーツがいた。
「まずい」
ウィルは走った。
弓の青年の脇を抜ける。倒れたミーツの手が地面を掻いたが、起き上がるより男の腕が落ちてくる方が早い。ウィルは最後の一歩を大きく踏み込んだ。
鞘から抜いたナイフを差し入れる。刃がぶつかり、腕へ重さがのしかかった。ウィルは脇を締め、男の剣の鍔に近いところへ自分の刃を当てたまま踏みとどまる。男が力を込めると、ウィルも力を込めて止めた。剣を引こうとする動きには、刃を添えたまま押してついていく。二人の前で、男の剣をなんとか制していた。
男の顔が近かった。
「……なんだぁ? 頼りになる先輩様のご登場かぁ?」
「いいえ。僕はお二人の後輩です」
「ってことは、また雑魚じゃねえか! まったく、辺境とはいえひでえな、ここのギルドは!」
武器の一撃は、命取りになる。さっきの刃が体へ届いていたら、稽古のように元の位置へ戻ってやり直し、では済まないのは明らかだった。ウィルはナイフを剣に当て続け、男の手と足を見た。
「あなたは二つ、勘違いしています」
「あぁん?」
ミーツのカードには密偵とあった。敵の様子を探る斥候の役目だ。もう一人は、さっきも大盾を前へ出していた。二人とも同じように剣を振って戦う相手だと、この男は決めつけている。
「まず、お二人は弱くありません。正面戦闘は斥候としては専門外ですし、ギルドの重騎士の装備は魔物の攻撃を受け切るためのもので、対人制圧向きじゃない」
盾の向こうから、鎧の擦れる音がした。
「そもそもお二人は、あなたに怪我をさせないように気遣っていた。弱いということはありません」
「そこで伸びてる雑魚が見えてねえのか?」
「あなたを傷つけないようにあえて受けたんです。僕ら若手なんで、手加減に慣れてないんですよ」
「……あ? てめえ、ランクいくつだ? 俺ぁもうすぐBランクに上がるんだぞ、アァ!?」
声が一段大きくなった。ウィルは言い返したくなるのをこらえ、後ろの足音を聞いた。
「お互いを気にしてぎくしゃくしてたし、連携が取れなかったせいで一撃もらったのは事実ですが、お二人とも、別に伸びてはいません」
「いやあ……頭に血が上って油断したのは事実。未熟であります」
鎧の青年が立ち上がった。ミーツも地面から手を離す。
「ウィルさんが受けてくれなきゃ、危なかったです。駄目な先輩ですみません……」
「駄目な先輩なんかじゃないです! ちょっと忘れ物は多いですけど」
背後でミーツが、困ったように笑った。
「手加減されてることにも気づかないで、一人だけ殺す気で戦ってたこの人がおかしいんですよ。扱いあぐねるのも分かります」
「てめえ……この俺を馬鹿にしてんのか?」
男の指が柄を握り直した。見えているのに、ウィルは口を止めなかった。
「ええと、そういうことなので、二つ目の勘違いなんですけど」
一度、息を継いだ。
「雑魚はアンタだよ」
男の顔が歪んだ。
「あああぁぁああ!?」
「お前たち! 何をしている!」
それよりも大きな声が、訓練場を突き抜けた。
教官だった。男がそちらへ顔を向ける。ウィルも視界の端で姿を確かめ、ようやく息を吐いた。
「私の許可なく、訓練場で抜刀することは禁止だ! そこのお前、うちの支部の訓練生ではないだろう! ここで何をしている!」
「……チッ」
男が剣に込めていた力が緩んだ。ウィルはまだ刃を離さず、教官が二人の横まで来るのを待った。そこで男が剣を引き、切っ先を下げる。ウィルもナイフを離して下ろした。背後で、鎧の青年が息を吐いた。その音を聞いて、ウィルも奥歯を噛み締めていたことに気づく。
「命拾いしたなあ、小僧」
低く吐き捨て、ウィルの横を通り過ぎる。その背中へ教官が声をかけた。
「待て!」
「ちっと稽古をつけてやっただけさ。ここいらには来たばかりでな。抜刀禁止のルールなんて知らねえよ。次から気をつけるさ」
「……そうしていただこう。ついでに、冒険者規範をよく読み直すことを勧める」
男は返事をしなかった。一度振り返って三人を睨み、それから歩き去った。
ウィルは刃をしまった。柄から指を離すと、掌が汗ばんでいた。
「さて。何があったのか、説明してくれるかな?」
ウィルたちは教官に向き直り、事情を話した。ミーツと鎧の青年が男に絡まれた経緯を伝え、ウィルは途中で加わったことを説明する。教官は三人の話を遮らずに聞いていた。
「なるほど。我がギルドとそのメンバーを馬鹿にされ、売り言葉に買い言葉で模擬戦になった、と」
「はい……」
「先輩方や村の方々を馬鹿にされて、つい」
「そうか。しかし規則は規則。罰則は受けてもらうが、いいね?」
「お待ちください、教官殿!」
鎧の青年が一歩出た。
「ウィルさんは、自分たちが危ないところを助けてくれただけであります!」
「そうです! 彼は巻き込まれただけなんです。見逃していただけませんでしょうか」
二人の声を聞いて、ウィルは顔を上げた。教官の目がこちらを向く。
「二人はこう言っているが、どうかね。ウィルくん」
「いいえ。僕もお二人と同じことをしました。だから、同じ罰を受けます」
止めに入ったことを、取り消したいわけではない。けれど、最後に男を煽った言葉まで、助けるためだったとは言えなかった。
「ウィルさん……」
「不甲斐ないであります」
「よろしい。では、この場を預かる訓練教官として、全員に罰を与える!」
「「「はい!」」」
三人の返事が重なった。
「最初に武器を抜いた上にやられた両名は……」
二人が息を呑んだ。
「あの程度の使い手に不覚を取った理由と、改善すべき自身の落ち度を反省文にまとめ、明日中に提出すること!」
「はい!」
「両名を助けるためとはいえ武器を抜いたウィルくんは、反省文の作成を手伝うこと!」
「はい!」
「傍観するだけで何もできなかったペーターは、訓練場を三百周!」
「えええええっ!?」
脇で聞いていた弓の青年が飛び上がった。
「なんで僕だけええええ!」
「仲間が危ない時に見ているだけなど、根性が足らん! 性根を叩き直してやるから覚悟しておけ!」
ウィルはペーターから、隣の二人へ目を戻した。ミーツも鎧の青年も、すぐには慰める言葉が出てこないらしい。二人は顔を見合わせた。
「あれはまあ……仕方ないでありますね」
「逃げ出さなかった心意気を買ってあげたくはありますが、まあ……仕方ないかな」
「それより、反省文はどこで書きます?」
ウィルが尋ねると、鎧の青年が入口の方を見た。
「酒場には、例の人物がいそうな気がするであります」
「さすがに、ちょっと顔を合わせたくないですねえ」
「それじゃあ、村長の家はどうですか。村の会合でも使わせてもらう、共用の場所がありますから」
「よろしいのでありますか?」
「ちょっと興味ありますね♪」
二人の顔が明るくなった。ウィルも頷く。
「珍しい物はありませんよ。それじゃ、決まりってことで」
「お世話になりまーす!」
今度も二人の声が揃った。
歩き出す前に、鎧の青年がウィルへ向き直った。
「申し遅れました。自分はハロルドであります。訓練場で良くお見かけしていました。改めて、よろしくお願いしたいであります」
「はい。こちらこそ」
先に進んだミーツが振り返って待っていた。ウィルとハロルドは並んで歩き、ミーツに追いついてからは三人で並んで自己紹介をしながら村長の家を目指した。




