↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未だ蕾の勇者様(ノベライズ版)  作者: さじ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/75

031_届かない背中

「あたしと特訓しよ!」


 そう言うプリシラに連れられて来たのは、慣れ親しんだ家の前。プリシラの家の牧場だった。


 家畜のいない柵の中へ入ると、プリシラがウィルの方を向いた。足元は土と短い草で、隠れる場所はない。柵の向こうまで出なければ、彼女の姿を見失うことはなさそうだった。


「今日はここで、鬼ごっこしよ♪」


「鬼ごっこ?」


 ウィルが聞き返すと、プリシラは両手を背へ回し、笑った。


「あたしが逃げるから、ウィルが捕まえるの。決めた時間のうちに触れたら、ウィルの一本ね。柵の外へは出ないよ」


「それが、訓練になるの?」


「なるよ。今日はあたしから手は出さないから、捕まえることだけ考えてみて」


 初めて一人でゴブリンを倒したあと、これからは遠慮せずに教えてほしいと頼んだ。そして先日、隊長と副長に稽古をつけてもらった話を聞いたプリシラが、今度は自分も特訓したいと申し出てきたのだが、てっきり打ち合うものだとばかり思っていた。


 ウィルはナイフとポーチを外し、柵の外へ置いた。中へ戻ると、プリシラも待っていた場所から離れる。


「あたしが始めと終わりの合図をするね。その間に捕まえられなかったら、おしまい。一回休んで、また始めよう」


「分かった」


 柵の中は、円内の稽古よりずっと広い。それでも、どこまでも逃げられるわけではない。いつも彼女について走っていたウィルは、追いつくまで走ればいいのだと思い、少し膝を曲げた。


「じゃ、始め!」


 プリシラが走り出した。


 ウィルも追いかける。背中へ伸ばした手の前で、彼女が横へ動いた。ウィルは向きを変えて手を伸ばすが、今度はその先から遠ざかっていく。


 柵が迫った。プリシラは軽く向きを変えて戻ってきた。近い、と思った時には、ウィルの脇を抜けている。慌てて振り返ると、もう腕が届くところにはいなかった。


「あれ?」


 走る向きを変えたウィルに、プリシラが手を振った。足は動き続けている。そのあとを追ううちに、胸が苦しくなってきた。


 止まれば捕まえられない。そう思って走り続けたが、追いつくどころか、自分の方が遅くなっていった。


「はい、そこまで!」


 終わりの合図で、ウィルは膝へ手をついた。プリシラが、すぐそばまで歩いてくる。


「……一回も、触れなかった」


「うん。休んだら、もう一回ね」


 プリシラの息は、ほとんど乱れていない。ウィルは顔を上げ、彼女と、さっきまで走っていた柵の中を見た。どこか遠くへ逃げられたわけではなかった。同じ場所を、何度も行き来しただけだ。


 息が落ち着いてから、二回目を始めた。


 今度は、柵に近づいたところを狙って追った。先に向きを変え、戻ってくるはずの場所へ走る。だがプリシラは、ウィルがそちらへ向かったのを見ると、別の方へ抜けていった。


 空いた場所で、ウィルは足を止めた。プリシラの背中が、また遠ざかる。


 次にすれ違いそうになった時は、手を伸ばすのが早すぎた。指先を避けた彼女が笑い、ウィルは体ごと追いかけようとして、足をすべらせてすっ転ぶ。


 合図がかかった。手はまだ、何にも触れていなかった。


「ウィル、だいじょーぶ?」


「う~ん……簡単そうだと思ってた」


「じゃあ、簡単じゃないって分かったね!」


 プリシラは嬉しそうに言った。からかわれた気もしたが、ウィルも少し笑った。ナイフを持って立ち合ったら、もっと何もできなかったかもしれない。手を出さない彼女に触れることさえ、できないのだから。


 その日は、何回試しても一本を取れなかった。柵の外で道具を拾う時、ナイフを腰へ戻す手まで重い。


「明日も、お願いしていい?」


「もちろん!頑張ってあたしを捕まえてね♪」


 並んで牧場を出た。歩いているプリシラの肩はすぐ隣にある。さっきは、この距離に入ることができなかった。ウィルは彼女の足へ目を落とし、自分の足運びと見比べた。


     *


 二日目も、プリシラは逃げるだけだった。


 ウィルは前日のように最初から走り回らず、彼女の全身を見るつもりで始めた。肩だけを追っていると、向きを変えた足が見えなくなる。近づくたびに手を出すのをやめ、届きそうなところまで走った。


 それでも、触れそうになるとプリシラの体はしなやかにすり抜けていく。ウィルがそちらへ手を伸ばした時には、プリシラの尻尾はフルフルと揺れて、ウィルに別れを告げて遠ざかっていた。


「い、今の、ちょっと惜しかったよね?」


「うん、昨日より近かったね!」


 返事を聞いて、ウィルはまた追った。だが近かった一回のあと、すぐ次も届くと思って無理に走り、息が上がった。終わりの合図までには、手を伸ばせる距離にも行けなくなっていた。


 休むために柵のそばへ座ると、草に汗が落ちた。プリシラが、その横へしゃがむ。


「昨日より動けてるよ、ウィル」


「でも、後半は全然……」


「疲れてるもんね。少し長く休もうか」


 プリシラは待ってくれた。休憩中はおしゃべりをして、荒かった息が整ってくると、そろそろと立ち上がった。そのあとは、また初めからだった。次の一回が始まれば、疲れたウィルの前でも動きを遅くしてはくれない。


 帰る時、ウィルは触れそうになった一回を、プリシラに話した。


「あの時、僕が手を出すの、分かってた?」


「うん。来るかなって思った」


 プリシラが、ウィルの出した手をまねた。指先を追うように体を横へずらす。その動きは今はゆっくりなのに、さっきの空振りを思い出せる。


「そっか……。僕が見てる間、プリシラも見てるんだよね」


「そりゃそうだよ。捕まっちゃうもん!」


 行く先を見ているのは、自分だけではなかった。捕まえようと伸ばす手が、逃げる向きを彼女に教えていたのだ。


 その夜は、早めに寝た。横になると脚が重かったが、もう一度試したい気持ちでいっぱいで。


     *


 三日目、ウィルは手を出す直前まで、プリシラの動きを見ていた。


 近づいてきた彼女が、ウィルの横を抜ける。その一歩を見て向きを変えた。背中を追ってから振り返るより、早く動けた。初日と違い、足を止めずに追いかけられる。


 プリシラが次にどちらへ行くか、構えと足から考える。先日、隊長との稽古で教わったことを、ここでも試していた。


 右へ行きそうだと思ってそちらへ出ると、プリシラは左へ抜けた。逆に、迷って立ち止まった時には、目の前を通り過ぎていく。考えれば全部分かる、というものではないらしかった。


 それでも、昨日より長く追えた。やたらに手を振り回さず、すれ違ったあとも彼女を見たまま動く。届かないまま終わった一回でも、以前のように遠くに置いていかれることは減ってきた。


 最後の一回、ウィルは柵際でプリシラに追いつきそうになった。手を伸ばすと、指先が、革の服のすぐ手前を通る。あと少し、と体を前へ出した時には、もう彼女が離れていた。


「すとーっぷ!」


 止まったウィルは、出した手をしばらく見ていた。


「う~ん、惜しかった。 明日こそ!」


「うん。あたしも頑張って逃げるね!」


 プリシラの返事に、ウィルは顔を上げた。触れそうだからといって、止まってくれる相手ではなかった。ゴブリンと戦った時に頼んだことを、彼女はきちんと守ってくれている。


     *


 四日目、朝の草にはまだ露が残っていた。


 ナイフとポーチを柵の外へ置いてから、ウィルは昨日と同じ場所へ立った。プリシラが向こうで片手を上げる。


「始め!」


 彼女が走った。ウィルは追いながら、次の足がどこへ出るかを見る。


 柵に近づくたびに、曲がって戻ってくる。その姿を、今度は背中だけで追わなかった。こちらの方へ顔が向いたところから、プリシラを見ながら足を運ぶ。


 近い。


 けれど、まだ手は出さなかった。プリシラがウィルの横へ抜けようとする。ウィルも向きを変え、彼女の肩へ手を伸ばした。


 掌に、服の革が触れた。


 二人とも足を止めた。ウィルは、触れた手をすぐには下ろせなかった。


「……触った?」


「うん、一本!」


 プリシラが振り返って笑った。その声で、ようやくウィルも手を引く。


「やった……!」

「やったね!ウィル!」


 息を吐くと、笑いまで一緒に出てきた。初めてここへ来てから、何度も、何度も手を伸ばした。ようやく、一度届いたのだ。


 一本取られた側だというのに、プリシラも嬉しそうだった。ウィルが息を整えるのを待ち、少し離れた場所へ歩いていく。


「じゃー、次からはもう少し速くするね!」


「え?」


 プリシラが振り返った。


「一段目、できたからね。休んだら、次をやろう!」


 ウィルは、まだ温かい掌を見た。それからプリシラを見直す。昨日まで全力で追っていたのに、彼女には、まだ速くする余裕があった。


 次の一回が始まると、その違いはすぐに分かった。同じように動いたつもりでも、手を出す前にプリシラが離れてしまう。しかも、今回からは背を向けて走る事は殆どなく、動いている間もずっと向き合ったまま動き続けていた。


 終わりの合図で、ウィルは足を止めた。さっき触れた肩が、今はまた届かなくなっていた。


「……これで、もう少し?」


「うん!」


 返事は明るかった。ウィルは柵へ寄り、外に置いた道具のそばへしゃがんだ。プリシラが、柵の内側から顔を覗かせる。


「ウィル。 また……やるよね?」


 プリシラが不安そうに尋ねてくる。ウィルは少し自嘲気味に笑いながら頷いた。自分の知らない速さをプリシラは持っていた。今日の一本が嬉しい分、まだ追いつけないことも、はっきり分かった。


「うん。次もお願いね、プリシラ」


 腰へポーチを下げ、ナイフを戻した。プリシラも柵の外へ出てくる。二人で牧場を出る時、ウィルは先を行く彼女に、今度は歩いて追いついた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。