030_短い刃での受けかた
牧場を出た二人は、昼食を取りに酒場へ向かった。
酒場の脇の広場へ差しかかると、ちょうど隊長と副長が向こう側から歩いてきた。ウィルが挨拶をして近づくと、二人も笑顔で答えてくれた。
「こんにちは! あの、報告したいことがあって……」
ゴブリンと一人で戦ったこと、稽古のおかげでEランクに昇格できたことを話した。盾を頼みに突っ込んできた相手を見て、盾の陰へ回り込めたこと。振り下ろされた棍棒は自分のいた場所を打ち、その間に背後へ出られたこと。教官の試験でも相手の動きを冷静に見て対処できたことを話して、二人の稽古のお陰だと何度も感謝を伝える。
隊長と副長は最後まで聞いてくれた。副長が頷き、隊長はウィルの肩へ軽く手を置いた。
「よく見て動けたんだね。無事で何よりだ」
「ありがとうございます。お二人に教わってなかったら、棍棒ばっかり見てたと思います」
口にすると、以前の自分を思い出した。振り上がった武器に目を奪われている間に、相手がどこへ足を置いたのかも分からなくなる。あの時は盾も、足も見えた。それが嬉しくて、ここへ来る途中も、話す順番を考えていた。
「それなら、お昼まで少し、次の練習をしてみましょうか」
誘いに、ウィルはすぐ頷いた。
「じゃ、先にお昼、頼んでおくね!」
プリシラは隊長と一緒に酒場へ入り、副長とウィルが広場に残った。副長は剣を鞘に収めたまま抜き取る。ウィルもナイフを鞘ごと手に持った。
「これまでは、相手を見て、攻撃を躱す練習をしましたね。次は受け方を練習しましょうか」
副長の剣が、二人の間に差し出された。ウィルのナイフと並べると、長さの違いがよく分かる。
「避け続けても、この長さの差は残ります。遠いところから攻撃できる相手に、こちらから届かせるには、近づかなければいけません」
「でも、近づいてる間に打たれますよね」
「そうですね。だからリーチに劣る君は、その攻撃を武器で受けながら入る練習をしなきゃいけません」
まず、副長は腕を伸ばして見せた。
「普通は、できるだけ体から離れたところで受けて流します。体のそばだと、少しの失敗で傷が増えますから。毒のある武器なら、小さな傷でも危険です」
伸ばした手の届く範囲より外が、今の説明でいう外側。その内が内側なのだと、副長は剣の位置を変えて示した。ウィルは自分の腕でも距離を確かめる。
「ただ、あなたの武器は短いから……。同じように手を伸ばして待っていると、相手の長い武器に押し切られます。今回は、内側へ入る受け方を教えます」
副長に言われるまま、ウィルは腕を前へ伸ばした。ナイフを立て、ゆっくり下りてくる剣の鞘を待つ。
鞘同士が触れた。副長が少し腕を進めただけで、ウィルの手は胸の方へ押し戻される。踏みとどまろうとしたが、伸ばした腕をその位置に保てず、肘が曲がった。
「ゆっくりでも、こうなります」
副長は剣を止めてくれた。ウィルは二つの鞘が重なっているところを見る。腕を伸ばせば遠くで止められると思ったのに、今は副長の剣の方が、体のそばへ来ていた。
「脇を締めてください。握りはしっかり。落ちてくる剣をそこで待つのではなく、あなたから迎えに行きます」
「迎えに……」
「相手が動き始めた時に入って、武器の根本に添えて押さえるんです。勢いがつききる前に触れに行く、と思ってください」
副長は剣を引き、もう一度、構え直した。ウィルは肘を体へ寄せ、ナイフを握り直す。
今度は先に踏み込んだ。だが足が出ただけで、ナイフを持った手が遅れた。副長の鞘が肩に触れる。
「ストップ。今は体だけが先に入りましたね」
「はい。剣の方へ行くことばかり考えてました」
元の位置へ戻る。副長は、ウィルの腕と足を順に見て、もう一度ゆっくり剣を動かした。
ウィルは足を運ぶのと一緒に、ナイフを持った手を進めた。伸ばしきらずに、剣の柄に近いところへ鞘を添える。触れた重さに合わせて腕と体を動かすと、さっきのように手だけを押し戻されずに済んだ。
「そうです。武器を離さずに前に、根本を押さえたまま。弾くのではなく押して、相手の攻撃の軌道を逸らしながら。 攻撃を逸らし終えたら、そのままナイフを引けば……」
鞘が擦れる。触れたところを滑らせながらもう一歩入ると、副長の顔が近くなった。短いナイフでも届く距離だ。ウィルは副長の胴へ鞘を当てた。
副長が剣を下ろしたので、ウィルも手を引いた。
「今の動きを、覚えておいてください。受けたところで止まらず、その動きから攻撃へつなげます」
もう一度お願いした。成功した動きを繰り返すつもりだったが、剣が動いてからナイフを持ち上げると、さっきより重く感じた。近づこうとしても、手が押される。
「少し待ちすぎましたね」
副長が止めてくれた。気がつけば汗が滲んで頬を伝ってくるが、ウィルは汗を拭いながら何度も何度も繰り返す。早く入ろうとすれば体が先に出てしまい、確かめてから動こうとすると、今度は間に合わない。
何度も、元の位置へ戻った。副長は剣の速さを上げず、ウィルの手がどこで遅れたかを教えてくれた。うまく受けられた時には、そのまま最後まで動かせてくれる。ナイフの鞘が届いた時の姿勢を崩さず、副長の説明を聞いた。
酒場からプリシラが顔を出した。昼食の用意ができたという声に、副長が剣を腰へ戻した。
「今はここまでにしましょうか。手が疲れてフォークが持てなくなっちゃいますよ」
言われて初めて、ウィルは掌を開いた。指を伸ばすと、柄を握っていた跡が痛んだ。
「また、お願いしてもいいですか?」
「ええ。でも、続きは隊長からかな」
礼を言い、ウィルはナイフを腰へ戻した。遠くから剣を眺めていた時より、近づく難しさが分かった気がした。副長がゆっくり動いてくれたから、手や足の動きの意味をゆっくりと咀嚼しながら動けたが、実戦でイキナリやれと言われたらこうは行かないだろう。
「ウィル、お腹空いたよ~。早く食べて、冒険に行こう!」
プリシラに呼ばれ、ウィルは酒場へ入った。食べながら行き先を相談し、昼食のあとは隊長と副長にあらためてお礼を伝え、酒場を出てエレノアにも声を掛けに行った。彼女も午後は空いているというので、三人で村の外へ出かけることにした。
*
その日の夕方、冒険から戻ったウィルは、村長の家に寄る事にした。冒険者ランクが上がった報告と、今日の返済を済ませるためだ。村長は少しずつで良いと言ってくれたし、利子自体は待ってくれない。少しずつでも返しておかなければドンドン膨れ上がってしまうし、何よりも村長の好意を無碍にしたくなかった。
「おぉ、いらっしゃいウィル。今日も借金の返済かな?」
「はい。 それと報告があって、冒険者ランクが一つあがりました」
ウィルがそう伝えると、村長の顔が綻んだ。
「それは素晴らしいことじゃ。毎日励んでおる様だね」
村長はウンウンと頷いている。
「実直なお前さんの事じゃ。心配はしておらんが、何か相談事があればいつでもおいで」
「はい、これからも頑張ります」
そういって差し出したお金を村長が受け取り、金額を確かめて帳簿に記載していく。
帳簿に残った額は、今日の分を引いても五十二万ゴールドあまりだった。
「今日の分は確かに受け取ったよ。 ……なぁウィル。本当に、ワシに相談したい事は無いのかい?」
村長が何かを言いたげに問いかける。その事に察しのつかないウィルでは無かったが、あえて気が付かない振りをした。
「……そうかい。わかったよ。これからも頑張りなさい。ワシはいつでも応援しておるからね」
そういって寂しそうに笑う村長をみて、少しだけ胸がチクリとした。
*
ウィルが酒場に入ると、隊長が嬉しそうに手を振って迎えてくれた。軽く食事をしながら今日の冒険の話をし、果実水を飲んでひと息ついたあと、広場へ出ると、隊長がもう土に円を描いていた。
「昼間のアレを見ていたら、私も早く次を教えたくなってしまってね」
騎士隊の隊長殿から直に教えて貰えるなんて、田舎坊主としては本来なら恐れ多いことなのだが、本人曰く。
「遠征中は娯楽も少ないからね。 酒や食事に耽るより、君に教える方が楽しいし、趣味としては健全だと思わないかな?」
とのことなので、ありがたくご教示頂く事にした。
円の直径は以前と同じ四メートルほど。二人とも鞘に収めたままの武器を持ち、円の中で向き合う。外へ出れば負け。相手の体に鞘が触れたら、そこで止めて元の位置からやり直す。相手の武器を自分の武器で受けるのは構わない。
「副長の稽古では、なかなか苦労していたね」
「一回できても、その次は遅れたりして……」
「身につけるというのは一朝一夕で出来ることではないさ。 でも、君はとても素直だし、ちゃんと教えられたことを自分なりに咀嚼しながら練習しているのは動きで判るよ。焦らずそのまま続けなさい」
隊長の剣が動いた。ウィルはナイフの鞘を添えに行き、近づいた。副長の剣より速い。けれど、どこへ向かうかは見える。剣の根本に近いところで触れ、胴へナイフを伸ばす。
隊長が体を引いた。ウィルの腕が伸びきり、鞘は空を切る。その横から隊長の剣が戻ってきて、脇腹に触れた。
「今のはダメだよ。前にもいっただろう?これは当てっこ遊びではないからね」
隊長は、伸びたままのウィルの腕を指した。
「足と手がバラバラだと、相手の重さを手の力だけで受ける事になる。 今は脚と手が1・2で動いているから、これを1にするんだ。 身体の動き全てを連動させる事ができれば単純に早くなるし、自然と武器にも重心の力が乗るようになって、余計な力は必要なくなるよ」
隊長の説明はとても理にかなっていて、素人の自分でもなるほどと理解できた。自分は今、当てようとして手だけを急がせていた。ウィルは足元を見る。隊長のそばへ入ったつもりなのに、およそ半歩分ほど足りていない様に感じる。
円の中の定位置へ戻った。次は受けながら足を運び、体と一緒にナイフを進める。隊長の胴へ鞘が触れた。
「おぉ! 今のは良いね」
隊長が笑った。ウィルも嬉しくなったが、次の一回は同じようにいかなかった。隊長は剣を大きく振り上げず、ウィルが入ろうとしたところへ鞘を差し出した。胸に触れられて、止まる。
「先日は全体を見ろと教わったね。その視野は身について来ているから、今日からは”そのまま相手を”見なさい」
以前の自分なら理解できずに混乱していたであろうアドバイスも、今ならなんとなく理解する事ができた。ウィルは隊長の顔を見た。隊長は剣を下げ、自分の足元を示す。
「全身を見渡せるようになったら、構えや足の運びから、何をしようとしているかも考えるんだよ」
「剣を振るか、こっちを待ってるか、とかですか?」
「そう。私が少し動いたら、君は懐へ入ろうとしたね。さっきは、それを待っていたんだ」
ウィルは円の反対側を見た。剣が動いたら行く。そればかり考えて、隊長がどちらへ踏み出すかを見ていなかった。
次は待とうとした。すると隊長が前へ出てくる。ウィルは退き、円の線を踏み越えた。
「あ……」
「そのまま待っていれば、こちらから行ける。ここは広くないからね」
ウィルは線の内側へ戻った。隊長は毎回同じ動きをしてくれるわけではなかった。それでも、全く追えない速さで打ち込んでくることはない。失敗すると、どこで足が止まったか、手を急がせたかを、止まった二人の位置から教えてくれた。
休む間に、ウィルは袖で額の汗を拭った。
「当てられた時も、隊長さんが当てさせてくれてるんですよね」
「君にできる動きを確かめたいからね。ただ、私が待っていても、君が動けなければ届かないよ」
それでいいのだと、ウィルは思った。届くはずの距離で空振りしたことも、今なら何を直すか分かる。礼を言って、もう一度構えた。
最後の一回、隊長は剣を持ち上げながら足を進めた。待ち構えていた時より、肩も前へ出てくる。
打ってくる。
ウィルはその動きに合わせて踏み込んだ。脇を締め、剣の根本へナイフの鞘を添える。抜いていれば致命傷となる刃が鼻先スレスレをすり抜ける。鞘同士が擦れても、手を伸ばして押し返そうとはしなかった。触れた剣を押さえながら体を進め、隊長の胴へナイフを当てた。
「うん。今のは、よく見ていたね」
隊長の剣が下がった。ウィルはその腕から足元へ目を移した。今の動きは、分かるように見せてくれたのだろう。それでも、何が来るかを考えてから動けた。
円の中に残った足跡を、隊長と並んで見た。最後の踏み込みでは、隊長の足跡のそばに、自分の足跡も残っている。最初に手だけを伸ばした時は、こんなに近づけなかった。
「今日もありがとうございました!また、よろしくお願いします!」
「もちろんだよ。お疲れさま。稽古の後はよく休んでおくんだよ」
礼をして円を出ると、両脚が重かった。明日もあの位置まで踏み込めるだろうか。ウィルはもう一度、並んだ足跡を振り返った。




