028_落とし物の行く先
その朝、ウィルたちはいつもの森を抜け、山の麓へ向かった。昇格して行ける場所が増えたのだから、まず道の様子を確かめてみたい。今日は村の西側の山麓への道を下見し、村へ戻れるうちに帰ると、三人で決めていた。
足元が登りになってからも、プリシラは先へ先へと歩いた。ウィルはその背中を追い、エレノアが追いつくのを待つたびに、通ってきた方を見た。ここまでの道のりは比較的緩やかではあったが、村はとうに景色の彼方に過ぎ去ってしまった。こんなに村から離れた場所を三人だけで歩くのも、初めての経験だった。
「まだ行く?」
プリシラに尋ねられ、ウィルは山の方へ目をやった。もう少し先も見てみたかったけれど、ここから村まで戻る分の道がある。エレノアはもう息が上がって来ている。疲れきる前に、帰り始めなければ。
「今日は、ここまでにしようか」
「はい。帰り道も、覚えておきたいですし」
エレノアが頷き、三人は来た道を引き返した。下りに変わっても、足は思ったほど楽にならない。ウィルは足元を確かめ、一歩ずつ下りた。歩みを緩めても、脚の重さは消えなかった。それでも、道に慣れさえすれば、少しずつ遠くへ行くこともできるだろう。山の麓までの道のりは把握できた。次回はもう少し遠くまで行こう。大人になり、冒険者になった自分たちは、村の外で過ごす初めての夜に、どんな話をするのだろう。満天の星空の下で焚き火を囲う三人の夜に想いを馳せると、少しだけ足取りも軽くなった気がした。
*
夕方、村に戻って二人と別れた後、ウィルはギルドの掲示板を確認しに来た。今日は道を確かめただけで、街道を歩いただけなので戦闘する事もなかった。下調べも大事な冒険者としての活動だし、探索範囲が広がったのは良い事だが、生活に余裕がある訳ではない。村でできる仕事も油断なく続けていこう。
家に帰って腰を下ろしたら、流石にもう一度出てくる気力は振り絞れそうにない。歩いたついでに、次に受ける依頼の目星くらいは付けておきたかった。
新しく受けられる仕事ばかりを探していた目に、少し前からある一枚が留まった。落とし物の持ち主を見つけてほしい、という頼みだ。拾った品は、酒場にいる依頼主が預かっているらしい。
何を落としたのだろう。
依頼文を読み返しても、肝心の品名がなかった。報酬はFランクの相場程度で高くはないが、拾い主が預かっている品を、本来の持ち主に返すくらいなら、大仕事にはならないだろうし自分だけでもできそうだ。ウィルは受付で依頼を受け、まず何を預かるのか確かめに行くことにした。
酒場で教えられた卓へ行くと、女の冒険者が座っていた。栗色の髪を細い帯で押さえ、黒い服の上に橙色の胴着を重ねている。受付で聞いたところでは、職業は盗賊だという。ウィルが名乗り、落とし物の依頼で来たと伝えると、女は向かいの席を勧めた。
「あぁ、依頼を受けてくれたんだね。呼びつけちまってすまないね」
「いえ。依頼の品は何ですか?」
「あぁ、やっぱり気になるかい」
品名も書けない物なのだろうか。ウィルが答えを待っていると、女は笑って、卓へ一枚のカードを出した。
「安心しとくれ、別に変なものを運ばせようってんじゃないんだ。こいつの持ち主を探して届けて欲しいんだよ」
「冒険者カード……?」
自分も同じものを持っている。これなら持ち主の名前が書いてあるはずだ。
「近所の森で拾ったのさ」
「それなら、受付に届ければ――」
「失くしたのがギルドにバレると罰金があるだろう? だから依頼文に物を書けなかったのさ」
登録の時、ノエルから聞いた違約金のことだ。ウィルは口をつぐんだ。自分なら、借金の支払いのほかにそんな出費まで増えたら困る。
「名前や職業も書いてあるから、調べればすぐにわかるだろうけど、アタシはこの村の人間じゃないから億劫でね」
ウィルはカードを受け取り、名前を読んだ。ミーツ。職業の欄には、密偵とある。
名前に思い当たる顔はなかった。自分もプリシラも通っている訓練場なら、教官や顔を合わせる人に尋ねられる。まずは知っている場所から探してみよう。
「この人を探せばいいんですね」
「新米の依頼としちゃ丁度良いだろ? よろしく頼むよ」
「わかりました。お預かりします」
ウィルはカードをポーチへしまった。
「明日、訓練場で聞いてみます。届けたら、ここへ報告に来ますね」
「よろしく頼むよ」
持ち主の名も、明日尋ねる先も決まった。これで帰って休める。ウィルは女に挨拶をして席を立った。
*
翌朝、ウィルは訓練場へ向かった。今日はすぐに教官を見つけられず、的の前にいる弓使いへ声をかけることにした。先日、四倍の望遠筒を探してほしいと頼まれた青年だ。
青年は弓を下ろして、的を見ていた。ウィルは射場の脇へ回り、少し離れたところで足を止めた。
「おはようございます。ミーツさんって、ここにいらっしゃいますか?」
青年が振り向く。何の用かと尋ねられ、ウィルは預かり物を渡しに来たのだと答えた。カードをなくした話を、周りの人にまで聞かせる必要はない。
「ああ、ミーツくんならあそこにいますよ」
指された先に、黒い装束の青年がいた。フードを深く被っていて、目元は影になっている。人目を忍びそうな格好なのに、踏み込むたびに上げる掛け声は、訓練場の端まで響いていた。
「うおおおおおおおおおおおおお!」
ウィルは弓の青年に礼を言い、黒いフードの青年へ近づいた。声が途切れるまで待つつもりだったが、息を吸う間を置いただけで、また次の掛け声が始まる。
これではいつまでも渡せない。次に足を止めたところで、ウィルは声を掛けた。
「あの、少しいいですか?」
青年が振り向いた。
「はい?」
「ミーツさんですか?」
「はい!」
返事まで大きな声だった。ウィルがポーチからカードを取り出すと、ミーツは稽古の時にも負けない声を上げた。
「ああああああああああ! それは!? もしや僕のぼうk……ああああなんでもないです!」
突然の叫びに、ウィルはびくりとした。ミーツは慌てて口を閉じ、周囲を見回す。近くで稽古をしていた人が、何事かとこちらを見ていた。
知られたくないなら、その声を小さくすればいいのに。
ウィルは笑いそうになるのをこらえ、ミーツに近づいて事情を話した。
「これを拾った方から、返してあげてほしいって頼まれたんです。酒場にいる、盗賊の方で」
「……直接?」
「はい。罰金を取られたら困るだろうから、って」
「な、なるほど! それは確かに! なんて親切な盗賊さん……」
ウィルが差し出したカードを、ミーツは両手で受け取った。大事そうにしまい、深く頭を下げる。
「罰金取られたら一か月もやし生活になるところでした! 届けてくれて本当にありがとう!」
「それなら、直接返せてよかったです」
大げさな言い方に聞こえたが、本人は冗談で言っている様子ではない。ウィルも頭を下げ返した。持ち主を探すだけなら簡単だと思って受けた仕事が、この人には一か月分の食事に関わることだった。
「お名前を伺ってもよろしいですか?」
「ウィルです」
「ウィルさんですね。おかげで助かりました!」
ミーツはウィルへも、改めて頭を下げた。返す物を届けただけなのに、こんなに喜んでくれる。ウィルは少し照れながら答えた。
「僕もここへ稽古に来るんです。今度は、何もなくても声を掛けてください」
「そうでしたか! こちらこそ、よろしくお願いします!」
密偵なんて職業の人は寡黙で近寄りがたいものかと思ったが、全然そんな事はなく、随分と気さくな人柄のようだった。こんなに大きな声の人がいたらすぐに気がつくだろうし、これまでは訓練のタイミングがすれ違っていたのだろう。探しに来た時は名前しか知らなかった相手が、今は自分の名前を呼んでいる。歳も近そうだし、稽古場で話せる人が増えたのは嬉しかった。今度から見かけた時は、挨拶してみよう。一緒に訓練してみるのも良いかもしれない。
そんな事を考えていると、ミーツはフっと酒場の方へ目を向けた。
「拾ってくれた方にも何かお礼を……。そうだ、コレを渡して頂けますか!」
ミーツが差し出した品を、ウィルは受け取った。
「それと、訓練が終わったら直接お礼に参りますと、お伝え頂けますでしょうか!」
「分かりました。品物と、訓練の後に行くって伝言ですね」
「よろしくお願いします!」
ウィルが頷くと、ミーツはもう一度頭を下げ、稽古へ戻った。帰り際、道を教えてくれた弓の青年にも、見つかったと伝えて礼を言う。彼は笑って片手を上げ、次の矢をつがえた。
*
酒場へ戻ると、女は昨日と同じ卓に座っていた。
「ん? あぁ、君か」
「ミーツさんに返してきました。訓練場にいらっしゃいましたよ」
「そうかい。ご苦労さん」
「とっても喜んでましたよ。それで、これを預かってきたんです」
ウィルはミーツから託された品を差し出し、伝言も届けた。
「訓練が終わったら、ご本人もお礼に来るそうです」
「別にいいのに、律儀なヤツだねソイツ」
女は礼の品を受け取った。
「はいよ、確かに」
「一か月もやし生活になるところだった、って言ってました」
女は一瞬きょとんとし、それから声を立てて笑った。
「そりゃ、返してやれてよかった」
「はい。助かったって、何度も言ってました」
ミーツが知っているのは、拾い主がこの酒場にいる盗賊だということだけだ。来た時に相手を見つけられるだろうか。ウィルは女の栗色の髪を見て、姿も伝えておけばよかったと思った。
「ミーツさんが来たら、分かりますよ。黒いフードを被った人で、声がすごく大きいんです」
「そんなに?」
「カードを見せたら、周りの人がみんな振り向いたくらいです」
女がまた笑った。
「じゃあ、こっちから声を掛けてやるよ」
ミーツが来ても、これで相手を間違えずに済む。ウィルは女に頭を下げた。
「これで頼んだ仕事はおしまいだね。ありがとう、また何かあったらよろしく頼むよ」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね」
酒場を出て、ギルドへ向かった。依頼が終わったと報告すれば、今日はプリシラを誘いに行ける。昨日選んだ仕事が朝のうちに済んだのも嬉しい。稽古を終えたミーツは、この酒場へお礼に来るという。二人がどんな挨拶を交わすのか、少し見てみたかったがそれまで待っている訳にもいかない。
拾ってくれた人も、持ち主も、昨日までは知らなかった人たちが、これからはもう知り合いだ。村でノンビリと生活していただけでは出会えなかった人たち。次にミーツを見かけたら、向こうが気づく前に、こちらから静かに挨拶をしよう。あの声で遠くから礼を言われたら、きっとこちらまで注目を浴びてしまう。




