026_不思議な光
ネージュに二人の合格を報告し、一休みしてからギルドへ戻ると、プリシラはさっそく掲示の前に立った。
「ね、どれ? 新しく受けられるの」
ウィルも隣へ並んだ。さっきは山へ行けるという話にばかり気を取られていたが、依頼の一枚一枚にも受けられるランクが書いてある。今までは通り過ぎていた紙を、今日は読んでよかった。
その中に、妙に短い題があった。
「4スコありませんか?」
読み上げて、プリシラを見る。彼女もこちらを見ていた。
「なにそれ?」
「……聞いてみようか」
依頼主は訓練場にいるらしい。受付で引き受ける手続きを済ませ、二人は来た道を引き返した。
試験を受けた場所には、もう別の冒険者が立っていた。ウィルは柵の外を回り、受付で教えられた弓使いを探した。的の前で、灰色の髪に緑の服の青年が弓を構えている。矢が的を外れると、青年はがっくりと肩を落とした。
「う~ん、全然当たらない……。コツとか教えて欲しいんだけど、教官に聞いても『気合が足りん!』としか言われないし、どうすれば……」
プリシラが小さく吹き出した。ウィルも笑いそうになり、口を結んだ。今朝、その教官に試験をしてもらったばかりだ。気合を込めて踏み込めば届く、という相手ではなかった。
「あの。4スコの依頼を見て来たんですけど」
青年は弓を下ろし、振り向いた。
「あぁ、こんにちは。依頼を受けてくれたんですね」
「はい。でも、4スコってのが何か分からなくて」
「スコープです。今、僕が使っているのが8スコで」
青年は弓につけた筒を指で示した。両端には、丸いガラスがはまっている。
「これを覗いて、遠くの的を大きく見ながら狙うんです。8スコなら八倍、4スコなら四倍くらいに見えます」
「じゃあ、8の方がよく見えるんじゃないですか?」
「遠くを見るには便利なんですけどね。大きく見える分、一度に見える範囲が狭いんですよ」
ウィルは筒と的を見比べた。青年は二人を交互に見て、説明を続ける。
「この村には僕以外に弓使いが居なくて、誰にも助言を受けられずにコツコツ修練を積んでいるんです」
教官に聞いても「気合」としか返ってこないなら、この人は一人で試すしかなかったのだろう。
「それで最近気がついたんですけど、8スコで遠くの的を大きく見ても、そこまで思いどおりに矢を飛ばせるわけじゃないんですよね」
ウィルは青年の弓から、離れた的へ目を戻した。的を大きく見られることと、矢を当てられることは別なのだ。自分も今朝、教官の体は見えていたのに、近づくところでは苦労した。道具を替えれば少し狙いやすくなるとしても、それで稽古が要らなくなるわけではなさそうだった。
「角度を変えて試したりしたんですけど、視界も狭いので色んな距離に柔軟に対応するのが難しくて……」
青年の視線が的から二人へ戻る。
「そういう訳なので、お兄さんどこかで4スコを見つけたら持ってきてくれませんか?」
「どこで手に入るか、分かりますか?」
「『山向の廃墟』に色々あるって噂ですね、コレもそこで見つかったモノだって聞きました。でも、今の僕の腕だとそこまで行くのはちょっと厳しいんですよね」
初めて聞く場所だった。ウィルはプリシラを見る。彼女もすぐに行こうとは言わず、青年へ目を戻した。
「僕たちも、今日Eランクになったばかりなんです。すぐには行けないと思いますけど……行けるようになったら、探してみます」
「急いでいる訳ではないですけど、できれば早めにお願いしますね」
「はい。見つけたら持ってきます」
青年は礼を言って、的の方へ戻った。二人が柵沿いを歩き出すと、後ろでまた弦の音がした。
「あたしだったら、もうちょっと近くからやるけどなあ」
「それじゃ練習にならないんじゃない?」
「当たらないのよりよくない?」
振り返ると、青年はまた足の位置を変え、弦を引いていた。立つ場所は、さっきから少しも的へ近づいていない。
山向の廃墟。忘れないように、その名前を頭の中で繰り返した。
教官は二人を見つけると、大きく手を上げた。
「ネージュさんには、報告してきたかね?」
「はい。ありがとうございました。それで、水の精の試練なんですけど」
最初はノームの若葉を十個。その証明を揃えて戻ると、次はクロウの羽を十枚集めるように言われた。クロウを終えた後は川ガニだ。一つの魔物を倒せても、別の相手に同じ戦い方が通じるとは限らない。教官は持ち帰った証明を確かめるたびに、次に挑む相手を選んでくれた。
川ガニのハサミを十個渡した時、次の水の精だけは、Eランクになるまで待つように言われていた。まずは一人で戦えると示す必要があったのだ。今朝の昇格試験を終えたので、ようやく続きに取り組める。
「うむ。水の精を十匹だ」
「胸元にある核が、精霊の輝石だ。それを抜き取れば水の精は崩れる。刃で壊しても倒せるが、砕けた物では討伐の証明にならない。無理をせず、十個集まったらまた来てくれたまえ」
「分かりました」
「それでは引き続き頑張るのだぞ! はーっはっはっはっは!」
笑い声に送り出され、プリシラがウィルへ顔を寄せた。
「疲れてない?」
ウィルは腕を伸ばし、足を曲げてみた。試験の後のような膝の震えはなく、体も動かせる。
「ねーねにも診てもらったし、殆ど緊張のせいだったみたいだから、もう大丈夫。疲れたら、ちゃんと言うよ」
今日は新しい相手なのだ、無理をして足を引っ張っては困る。ちゃんと自己管理をする意図を込めて、プリシラへ顔を向けた。
「うんうん。 それじゃあ、エレノアも誘っていこ♪」
*
森の道を抜けると、川が見えた。
両岸の木々の間を水が通り、少し先には木の橋が架かっている。三人は橋へ向かう道から川沿いへそれた。水音に、枝を踏む靴音が重なる。水際の石は濡れていて、踏み込めば滑る。ウィルが乾いた草の上で止まると、プリシラはその横へ、エレノアは杖を構えられるところへ立った。
川の流れから離れたところに、水色の姿が浮いていた。長い髪をなびかせる女の人のように見えるが、髪も腕も、周りを巻く帯も、水の流れでできている。裾へ目をやっても、地面を踏む足はなかった。胸の真ん中には、ほかの部分より強く光る石がある。
あれが核だ。
ウィルは腰のナイフへ触れかけ、手を離した。教官の説明を聞いていなければ、まず水の体を切ろうとしただろう。今日は輝石を壊さず、抜き取らなければならない。
水の精が腕を動かした。掌の前に水が集まり、拳ほどの丸い塊になったかと思うと、ウィルへ飛んできた。
横へ避けた。塊が後ろの石に当たり、音を立てて弾ける。飛沫が背中に掛かって少し冷たい。次は近づこうと足を出した途端、もう一つが来た。上げた腕へ当たり、袖がびしょ濡れになる。
「痛っ!」
思ったよりも強く打たれ、ウィルは腕を引いた。傷はないが、当たったところがじんじんする。水だからといって、浴びながら進める相手ではない。
「ウィル、次、大きい!」
プリシラの声に顔を上げた。今度の水は、両手で抱えるほどの球になっている。あんな物を正面から受けたくはない。ウィルが走って脇へ退くと、水球はさっきまで立っていた草地に落ち、足元へまで飛沫を広げた。
水の精は、胸の輝石をこちらへ向けて浮いていた。剣や棍棒なら振る腕まで見られる。だが、水は掌の前でまとまった途端に飛んでくる。離れていれば避けやすくても、そこからでは核に手が届かない。
ウィルはプリシラへ目を向けた。彼女は少し離れたところから、同じ相手を見ている。
「二人で近づこう。僕、こっちから行く」
「うん。あたしは反対!」
エレノアを後ろに残し、左右へ分かれた。水の精がプリシラへ腕を向ける。今なら、とウィルが近づいた時、その周りの水が大きく持ち上がった。
「兄様、下がって!」
エレノアの声と同時に、水の塊が崩れて押し寄せた。一つの球ではない。桶の水を幾つもまとめてぶちまけたような流れが、二人の足元へ広がる。ウィルは身を引いたが、膝から下をさらわれ、草の上へ尻餅をついた。
顔にかかった水を拭って起き上がる。プリシラは少し先で、濡れた髪を振り払っていた。エレノアも後ろへ退き、倒れずに立っている。
濡れた石を踏まないように、ウィルは草地へ足を戻した。一度避けたところが、そのまま次にも安全なわけではない。頭へ水をかけられたことより、足が滑ったことの方が怖かった。
「もう一度、行ける?」
「行ける! ウィル、石を取って!」
プリシラが先に飛び出した。小さな水弾を横へかわし、相手のすぐ近くまで跳ぶ。水の精が彼女へ腕を向ける間に、ウィルも脇から踏み込んだ。胸元に光る石が、手の届くところへ来る。
指を伸ばした。流れる水の冷たさの中で、硬い物に触れる。滑らせないようにつかみ、引き抜いた。
掌に石が残った。その途端、水の精の顔がほどけ、長い髪も腕も、まとまった水になって地面へ落ちる。さっきまで人の形に見えたものは、もう草を濡らすだけだった。
ウィルは輝石を握っていた手を開いた。ひびも欠けもない。
「取れた!」
「よかった! けっこう濡れたね」
プリシラが笑い、ウィルも濡れた袖を見て笑った。水弾の当たった腕には、まだ少し痛みが残っている。次はあれを受けずに近づきたい。
エレノアがそばへ来た。ウィルが輝石を見せると、彼女は頷き、ポーチのフタを開けた。ようやく手に入れた討伐証明だ。割れてしまわないよう、ウィルは輝石をエレノアのポーチの内ポケットへ収め、フタを閉じた。戦闘で飛び跳ねている間に、せっかくの討伐証明が割れてしまっては元も子もない。こういった軽いモノならば、前衛の自分たちよりも、エレノアに預かっておいて貰った方が都合が良い。エレノア自身からの提案だった。
川沿いには、ほかにも水の精がいた。三人は休憩を挟みながら、一匹ずつ相手にした。二人で近づく時も、水の球が飛ぶ方を見て、広く押し寄せる流れには揃って退く。石を取れたら、次へ向かう前に手元で確かめた。
九個目を収めたところで、エレノアが中を覗いた。
「あと一つですね」
「うん。もうちょっと」
エレノアはポーチのフタを閉じ、一行は最後の一匹を探して川沿いを進んだ。
最後の一匹は、プリシラが胸元から輝石を抜き取った。水の体が崩れ落ちる。ウィルは石を受け取ろうと彼女へ歩きかけ、足を止めた。
小さな光が浮いていた。
水面の照り返しだと思った。けれど、目を動かしても消えない。川から少し離れたところに、丸くまとまった光が一つ、留まっている。
「……プリシラ」
「あったよ! 十個!」
彼女は輝石をつまみ、見せてくれた。ウィルが見ている光のすぐそばなのに、彼女はウィルへ顔を向けている。
「それ、見える?」
「これ?」
輝石を高く上げられ、ウィルは首を振った。
「その横。光ってるの」
プリシラが顔を向けた。エレノアもそばへ来て、同じところを見る。二人は顔を見合わせ、それからウィルを見た。
「何かありますか、兄様?」
ふざけている様子ではなかった。
ウィルは光へ手を伸ばした。指先が触れたと思った途端、光はほどけ、手の中へ吸い込まれた。
思わず手を引く。
「ウィル?」
握っても、開いても、何も残っていなかった。痛みもない。ただ、川辺を歩き、戦っていた足が、さっきより少し軽く感じられた。もう帰ろうと思っていたのに、今なら、また足を踏み出せそうだった。
「……今、消えた」
「光がですか?」
「うん。僕が触れたら、吸い込まれるみたいに消えちゃった」
周りを見回しても、同じものはなかった。プリシラもウィルの手を覗き込み、裏返すようにして確かめた。
「痛くない?」
「大丈夫。むしろ、ちょっと元気になったような……」
言いながら、自分でも妙な説明だと思った。
女神様の言っていた祝福か何かだろうか。
けれど、聞いた話のどこにも、こんな光の玉は出てこなかった。二人に見えなかった理由も分からない。説明しようがなく、見たとおりに話した。
「丸く光って、ここに浮いてたんだ。輝石とは別に」
エレノアはうつむき、ウィルが指したところを見た。そこには草しかない。
「また見えたら、教えて下さいね。兄様が触る前に、私もよく見てみます」
「あたしも! 次は先に呼んでよ?」
「うん」
プリシラから輝石を受け取り、ポーチへ入れた。こちらは指に重みがあって、落とせば二人にも分かる音を立てる。
十個あることを確かめ、ウィルはポーチのフタを閉じた。
*
「討伐証明は集まったかな?」
ウィルは頷き、精霊の輝石を渡した。
「よろしい。真面目に励んでいるようだな!」
教官は渡された精霊の輝石を数え終えると、顔を上げた。
「それでは次はゾンビを十匹倒してきてもらおう」
「……ゾンビ」
隣で、プリシラも目を丸くした。ウィルも教官を見た。水の精を倒して戻ったばかりなのに、次はゾンビだという。どこにいて、どう戦えばよいのか、今まで歩いた森を思い返しても分からなかった。
ウィルの返事を待って、教官は続けた。
「これも、討伐証明を持ち帰れば実力を示せる。気長に取り組んで、証明が集まったらまた来てくれたまえ」
「はい。準備してから行きます」
「それでは引き続き頑張るのだぞ! はーっはっはっはっは!」
教官の笑い声が響くうちに、三人は訓練場を出た。
ゾンビのいる場所へ出掛けるなら、もっと話を聞いておきたい。あの弓の青年が行きあぐねている山向の廃墟も気にはなっている。
精霊の輝石はすべて渡せた。今日引き受けた望遠筒探しも、次のゾンビの討伐も、今すぐに片づけられる仕事ではない。まずは行けるところまで進み、その先の道を確かめよう。
「明日は山の麓に行ってみようよ」
プリシラが言った。ウィルは頷き、エレノアを見る。
「一緒に行ける?」
「はい。お供します」
三人で明日の道を話しながら歩いた。ウィルは一度だけ手を開いたが、そこにもう光はなかった。




