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未だ蕾の勇者様(ノベライズ版)  作者: さじ


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023_一流への入口

 ギルドの入口から振り返ると、ノエルが手を上げていた。


「ウィルさん、少しよろしいですか」


 ウィルは受付へ戻った。プリシラもついてきて、彼の隣からノエルの手元を覗く。エレノアはもう、村長の家へ向かって歩いていた。


「何か忘れていましたか?」


「いいえ。お二人の記録を、ちゃんと閉じておきたくて」


 机には、先ほどまでの仕事の記録が開かれている。薬草、薪、瓶。自分たちが届けた物の名が並んでいた。ノエルは最後の欄に書き込み、ペンを置いた。


「はい、手続き完了です。お疲れ様でした」


 それから二人を見上げる。


「ウィルさんもプリシラちゃんも、良いペースですね。これならEランク昇格なんて、すぐですよ」


「あたしたち、一流の冒険者になるんだもん! これくらい簡単だよ♪」


 プリシラが胸を張った。ウィルも頷きかけて、ふと止まる。


「……そういえば」


「どうしたの?」


「いや、一流の冒険者って漠然と考えていたけど……、どうしたら一流なんだろうって思って」


 プリシラの口が、半分開いたまま止まった。


「……たしかに!」


「う~ん……」


 二人そろって腕を組む。強くなりたい。一緒に遠くへ行きたい。その先に一流という言葉を置いていたが、どこまで行けばそう呼ばれるのかは、考えたことがなかった。


「そんな事、ギルドの受付前で悩まなくても……」


 ノエルが困ったように笑った。


「あ、そっか! 教えて! ノエルちゃん♪」


「はいはい。それでは僭越ながら、あくまで一般論としての目安をお教えしましょう」


「お願いします」


「コホン」


 わざとらしい咳払いをして、ノエルは指を一本立てた。


「では、それぞれのランクについて。まず現在のお二人のランクであるFランクですが、これは『見習い』と言われる事が多いですね」


「FからEに上がる時だけは訓練場で試験に合格する必要がありますから、実際『見習い』と思って間違いないと思います」


「ぁ、試験とかあるんですね」


「ランクが上がれば危険なモンスターと戦う依頼も増えてきますから、戦えないままランクを上げられちゃうと危ないんですよ」


「なるほど~」


 プリシラは素直に頷いた。ウィルは森で振り下ろされた棍棒を思い出していた。あれを避けられなかった頃の自分が、もっと危ない依頼へ出ていたらどうなっていたか。


「説明を続けますね。試験に合格しEランクになると『半人前』。その上のDランクでやっと『一人前』です」


「勿論、明確にそういった呼び方の決まりがあるわけでは無いので、この先のランクも含めてあくまで目安です。ただ、私個人としても概ね妥当な評価かなって思いますよ」


「言われてみれば、冒険者って書類を書くだけで登録はできますもんね」


「そうなんですよ。かと言って、薪集めや薬草採取の依頼を、試験に受かった冒険者だけに任せる意味もあまりないですから」


「なるほどなぁ。実質的にはEランクからが冒険者の入門編って事なんですね」


「そういう事ですね」


 ウィルはカードの入った腰のポーチに触れた。初めてここへ来た日には、名前を書いて受け取るだけで嬉しかった。今日の薬草や薪は届けられても、強い魔物を相手にするとなれば、それだけでは済まない。


「それじゃあ、どれくらいからが一流なの?」


 プリシラが身を乗り出した。ノエルの口調が、少しくだけた。


「一般的にはBランクくらいで『一流』っていわれてるね。でも、Cランクの『ベテラン』だって、十分にすごい事なんだよ?」


「Cランクになるのも、そんなに難しいんですか?」


「はっきりとした数字があるわけではないんだけど、上のランクに上がっていくのは大体二割ずつくらいって言われているんですよ」


 プリシラが指を折り始めたが、すぐにその手が止まった。


「……十人中二人しかEランクになれないから、そのEランクの人がまた十人中二人で……」


「千人いたら、二百人がEランク。四十人がDランクで八人がCランク。つまり、Bランクは一人か二人だね」


「えぇ~!? そんなに難しいの!?」


 千人。ウィルは村の道に知っている顔を並べようとして、すぐにやめた。この村の住人だけでは100人にも満たない。そんな大勢の中からでも、プリシラと二人そろって先へ進みたいと言っているのだ。


「実際にはランク毎にバラつきはあるし、引退とか死亡とか、色々な理由で数が減っていくから、単純に難易度って意味ではないけれどね」


「そっか~。でも、大変な事には変わりないんだよね」


 早く稼げるようになりたい、とウィルはずっと思っていた。強い魔物を倒せば先へ進めるのなら、無理をしてでも狙いたくなる。


「……そうか。だからEランク昇格には試験が必要なんですね」


「ぉ、ウィルさん賢い?」


「ん~? どういう事?」


 プリシラが首を傾げる。ウィルは彼女へ向けて、考えた順に言葉を並べた。


「何もわからない新人が、いきなり身の丈に合わない大物狙いでランクを上げられちゃうと、一か八かを狙う人が出てきて怪我人や死亡者が増えちゃうよ」


 言いかけて、ノエルへ目を戻した。


「しかも、そういう人達の救助もギルドへ依頼が来る事になるから、助けに行く人まで被害に遭ったり、手続きが増えたりする事まで考えると……とんでもない事になっちゃいそうですね」


「すご~い! ウィルさん百点満点です!」


 ノエルが手を打った。


「ウィルさんには特別に百GP(ギルドポイント)あげちゃいましょ~♪」


「えぇ!? いいんですか!?」


「ずるいよ~! あたしもほしー!」


「ずるくないで~す♪ プリシラちゃんは答えてないからだめで~す♪」


 ノエルはウィルの名の横へ百と書き、合計も書き直した。冗談めかした声で褒めただけなら、仕事の記録まで変えるだろうか。ウィルは、ペンを置く彼女と帳面を見比べた。


「……ぁ、これってもしかして、ちゃんとしたギルドの仕組みだったりします?」


「おっと~? ウィルさん、またしても追加点? も~、欲しがりさんですね♥」


「なになに!? なんで~!?」


 プリシラが二人を交互に見る。ウィルは答える前に、彼女へ向き直った。


「……じゃあ、プリシラが考えて答えてごらん?」


「いいですよ~? 答えられたらプリシラちゃんにもあげちゃうよ~♪」


「ホント!? がんばるー!」


 プリシラは受付の上を睨んだまま、黙り込んだ。ウィルも口を閉じて待つ。ノエルもペンを置いて待っている。


 長い沈黙だった。三人とも動かないまま、時間だけが過ぎる。


 不意に、プリシラがぱっと顔を上げた。何かひらめいた顔だった。ウィルとノエルが、そろって彼女を見る。


「わかんにゃい」


 ウィルは肩を落とした。ノエルも額に手を当てている。あれだけ勢いよく顔を上げたのに。


 ウィルは苦笑して、自分の考えを口にした。


「ギルドの仕組みをよく理解していて無茶しないとか、戦う腕がとびきり優秀とか」


「多分ギルドの職員さんにはある程度の裁量があって、冒険者を実力に合ったランクにするための仕組みが整っているんだよ」


「はい、正解です。さっきも差し上げたので、今回は三十ポイントくらいかな♪」


 ノエルがまたペンを走らせ、プリシラへ向かってにっこり笑った。


「プリシラちゃんが先に冒険者活動で稼いでいた分、これでウィルさんが追いついちゃったよ?」


「にゃ~!?」


「冒険者は傭兵じゃないから、戦うだけじゃダメだって事ですよね」


「その通りです! ウィルさん分かってますね~♪」


「ふにゃ~」


 プリシラが受付に突っ伏した。


「プリシラも勉強しよう? 僕も手伝うからさ。一緒に一流の冒険者になるんでしょ?」


 プリシラは突っ伏したまま、顔だけをこちらへ向けた。


「うん、わかった……。ウィルと一緒がいいもん。頑張る」


「あらあら、ごちそうさまです♥」


「と、とにかく。僕たちの当面の目標は冒険者ランクBだね! 頑張ろう!」


「お~♪」


 二人の声に、ノエルが笑った。それから記録へ目を戻し、今度は改まった声でウィルを呼んだ。


「ウィルさん、おめでとうございます! ギルドに記録されたポイントが千を超えましたので、Eランクの昇格試験が受けられる様になりました!」


「ぁ、プリシラちゃんも今日の依頼分で受けられますからね」


「今のポイントで、ですか?」


「はい。受付嬢の私が発行した正真正銘のギルドポイントですから、問題なしです」


 ノエルが二人の記録の合計を示した。さっきまでは遠いBランクを数えていたのに、明日にでも、プリシラとそろって一つ上がれるかもしれない。ウィルが顔を向けると、彼女も嬉しそうにこちらを見ていた。


「ウィルさんはコツコツと村近郊のモンスターも間引きしてくれてますし、試験を受けて頂いて問題ないって判断しました」


「試験は訓練場にいる教官と、一人で戦って合格を貰う事。何度でも挑戦できますので、Eランク目指して頑張って下さい」


 仕組みは分かった。けれど、今度は誰かと一緒に魔物を倒すのではなく、自分一人の力を見られる。ウィルは受付の台へ置いた手を見下ろした。隊長との稽古では、ゆっくり動いても鞘が胸や肩へ触れ、そのたびに負けた。森で一度うまく戦えたからといって、教官の攻撃まで避けられるとは限らない。握りしめた手を開き、試験までに出来ることを考えた。


「教官殿と闘うんですね……」


 訓練場で響く笑い声が頭に浮かんだ。ノームから始まった討伐の試練を報告するたび、次はこれだと送り出された。今度は、その本人が相手になる。


「今後も村の平和とギルドの為に頑張って下さいね!」


「はい。ありがとうございます」


 ウィルはプリシラへ向き直った。


「明日、一緒に受けようか」


「うん! 二人でEランクになろうね!」


 教官の前に立つ時は一人ずつでも、訓練場へは一緒に行ける。自分の試験が終わったら、彼女の試験も見ていたかった。


 ギルドを出てから、プリシラが隣へ回り込んできた。


「帰ったら、少しやる?」


 拳を上げてみせられ、ウィルも頷いた。森では、これからは遠慮せずに教えてほしいと頼んだ。プリシラも、今までの教え方を改めると言ってくれた。明日の試験の最中には、彼女に助けてもらえない。まずは、今の自分に何が足りないのかを見てもらいたかった。


「お願い。でも、少しだけね。明日、二人ともへとへとになってたら困るから」


「分かってるって。今日は疲れるまでやらないよ」


「ありがとう。プリシラの方は、僕に出来ることある?」


「あたしは大丈夫。 明日ウィルの番が終わったら、あたしのこともちゃんと見ててね!」


「もちろん。応援するよ」


 ウィルの返事に、プリシラの声が弾んだ。教える時には頼もしい彼女も、明日は同じ試験を受ける。その時には、自分も柵の外で待っていよう。プリシラは先へ二歩進み、振り返って待った。


「じゃあ、まず荷物を置いてこよう。あたし、先に行ってるね!」


「待って。今なら僕も走れる」


 瓶を包んでいた布を畳むと、プリシラが笑った。ウィルはその背を追った。


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