022_一本の瓶になるまで
木々の切れ間から、光が見えた。
到着した川べりは、サラサラと心地よい音が絶え間なく流れ続けている。
周囲は軽く開けていて、突き出した大きな岩場は陽光に照らされており、休憩には丁度良い場所だった。
両岸には細く砂がたまり、流れをまたぐ板の橋が架かっている。ウィルは手前の木陰で薪を下ろした。紐を握っていた指を開くと、掌に赤い跡が残っていた。
プリシラも隣へ荷を置いた。薬草と薪は揃った。あとは、頼まれた空き瓶十本を作るための砂だ。エレノアは薬草の袋を抱えたまま、川の下流の方を見ている。
「あちらが湖でしょうか」
「うん、そう聞いてる。少し休んでから行こう」
ウィルは薬草の袋を受け取り、薪の上に置いた。エレノアも隣へ腰を下ろす。三人とも荷を手放すと、ようやくここまで歩いてきた足が重く感じられた。
「砂を入れたら、今より重くなるんだよね」
プリシラが空の袋を広げて言った。
「そうだね。瓶になってから拾えたら、楽なんだけど」
「兄様、それでは落とし物です」
「……ちがうよ、ゴミ拾いだよ」
二人に笑われ、ウィルも笑った。指を曲げ伸ばししてから立つ。座ったままだと、湖を見る前に休憩が長くなりそうだった。
水際に屈むと、川音がぐっと大きくなった。砂に小石や折れた枝が混じっている。ウィルが一つまみすくうのを見て、プリシラも隣へ来た。
「ここにもあるよ」
「うん。でも、湖の辺りで採れるって聞いたから、そっちを見てみたい」
「違うの?」
「……分からないけど、ワザワザそう言うって事は意味があるんだとおもう」
掌を傾けると、濡れた砂が塊になって落ちた。
粒を眺めても、瓶になるかどうかなど分からなかった。分からないまま袋に詰めるより、教わった場所で採る方が確かだ。ウィルは立ち上がった。
「よし、教わった場所へ行こう。砂を見てもらうのは、おっちゃんに頼む」
三人はまた荷を持ち、橋を渡って先へ進んだ。
木立の向こうが明るくなる。枝の間から覗いていた水面が、歩くにつれて広がっていった。
川を下って暫く歩くと湖の畔が見えてくる。やがて森が途切れて開けた場所へ出ると、一行は足を止めた。
砂浜が低く段を作り、その先へ水が寄せている。岸近くは底が透けて見えるのに、沖へ目を向けるほど色が濃くなり、どこまで深いのか分からなくなった。
プリシラが先に周りを見て、近くの木陰を指した。
「荷物、あそこに置こう」
先ほどと同じ様に、薪を並べてその上に薬草の袋を置く。空の運搬袋を二つ持つと、ウィルは二人と砂浜へ下りた。
表面の枝や葉をよけ、砂をすくう。指の間からこぼれていく粒が、袋の底にたまった。
「さっきの砂と匂いが違うね!」
プリシラだけが判る独特な基準だけど、やっぱり違いはあったらしい。
「そうなの? 僕には匂いは判らないけど、川の砂より細かくてサラサラしてるね」
川べりの砂は少し粒が大きくてトゲトゲしく、比較して大げさに言えば石の欠片の集まりだった。
一方で、湖の砂浜は大雑把にいえば均一で、触れても柔らかい感触の細かい砂だ。
「あたし、こっちの砂のほうが好き!」
砂の好みを宣言する女の子も珍しいなと思いつつ、確かにこちらの方が触り心地は良かった。なので何気なしに「僕もこっちだね」と同意すると、プリシラは満面の笑みを浮かべ、ことさら機嫌良さそうに砂浜を飛び跳ねはじめた。
「十本分って、どのくらいかな」
「瓶を十個並べたら~……これくらい?」
プリシラは砂の上に指で瓶を描き始めた。二つ目から少しずつ大きくなって、最後のは最初の倍ほどもある。
「プリシラちゃん、それじゃ大きな瓶になっちゃいますよ」
「あれ?」
ウィルは笑いかけたが、袋を覗くと、自分にも見当がつかなかった。
「少し多めに持って帰ろう。足りなかったら、また来ないといけないし」
「持てる分だけですよ、兄様」
「うん」
途中で何度か袋を持ち上げ、重さを確かめた。エレノアが口を支え、ウィルが砂を入れる。プリシラは近くの小石を取り除いてくれた。
その耳が、水際の草へ向いた。小石をよけていた手が止まる。
「……何かいる」
ウィルも顔を上げた。聞こえるのは、水の寄せる音ばかりだった。
「草の中。今、動いた」
プリシラが示した方へ目を凝らす。草がわずかに揺れたが、風なのか、何かが触れたのか、ウィルには見分けられなかった。
「プリシラ?」
「二人とも、いったん上がろう」
ウィルはパンパンになった袋を持ち上げながら言った。エレノアが半分ほど砂を入れた袋の口をサッと結び、そちらも受け取って木陰まで運ぶ。プリシラは水際を見たまま、ゆっくり後ろへ下がってきた。
「何かいた?」
「うん。まだ、こっちには来てない。 多分カニだと思うけど、仲間を呼ばれたら面倒かも」
ウィルが見直しても、姿は分からなかった。砂の袋と薪を結び、足元へ置く。さすがにこの荷物を背負っていては、ゴブリンを相手にした時のようには動けない。
「なら出てこないウチに今日は戻ろうか。 場所は分かったし、足りなかったら次は砂だけ取りに来ればいいよ」
二人が頷く。ウィルはプリシラと荷を分け、エレノアが薬草を抱えるのを待ってから、来た道へ向き直った。
*
村に戻る頃には、袋を持ち替えても、指の同じところが少し痛むようになっていた。
ウィルは二人に翌日の予定を伝え、今日は一旦解散にする。重い砂の袋は家へ下ろしておいた。
痛む指をさすり、ウィルは酒場へ親方を探しに行った。瓶を作りたいと話すと、親方は、まず材料を見せろと言った。
家まで来てもらい、砂の袋を開けた。親方がひとすくい取り、指の腹で擦り合わせる。ウィルは黙ってその手元を見ていた。
「お前なぁ、集める前に聞きに来いよ。使えなかったら、また取りに行くところだぞ?」
「……駄目だった?」
「いや。こいつは使える。少し余計なものを除いてからだけどな」
「よかった! じゃあ、作り方を教えて。僕もやってみたい」
「今日はもう遅い。明日、工房に来な。分からねえまま道具を触るんじゃねーぞ」
「うん。ありがとう、おっちゃん」
親方を見送り、薬草を傷めていないか袋を開けて軽く確かめる。問題ない事を確認してベッドに倒れ込むと、初めてゴブリンを単独討伐した成果を噛み締めつつ、隊長と副長にどう報告しようか考えているうちに、その日はそのまま眠りについた。
*
親方の工房では、砂を篩にかけるところから仕事が始まった。
大きな桶に取ってきた砂を空け、三人がかりでひたすら篩にかけて、混じった枝や小石を取り除いていく。プリシラは小さな木切れをつまみ上げ、ゴミ箱にヒョイヒョイと放り投げながら砂の山を楽しんでいる様だった。
「これが透明になるんだぁ~」
「ああ。だが、そのままじゃ瓶にはならねえ。こっちを片づけたら、よく見てろ」
親方は砂を、用意してあった別の材料と混ぜて厚い器へ入れた。炉の中へ運ぶと、開いた口から熱が押し寄せる。ウィルは足を止め、親方に示された作業台の脇へ下がった。
器の中の粒が溶け、赤熱を放つ塊になるまでに、三人は次に使う道具を揃えた。親方は中が空洞になった鉄の竿を取り、その先へ溶けたガラスを巻き取った。台の上で竿を転がすと、垂れかけた塊が丸くまとまっていく。
竿の反対側へ口をつけ、息を吹き込む。塊の中に小さな空洞が生まれ、ふくらんだ。親方が竿を回すたび、赤い光の中で瓶の胴が伸びていく。ウィルは思わず身を乗り出した。さっきまで指の間からこぼれていた砂が透明の液体の様になり、今は息を入れるだけで形を変えている。
胴が出来ると、親方は底へ別の竿をつけて支え、吹いていた竿を外した。外れた跡が瓶の口になる。もう一度熱して柔らかくなった縁を、鋏に似た金具で広げ、丸く揃える。そこまでの作業は、すべて親方がした。ウィルは額の汗も拭かず、栓の入る穴が整うのを見つめていた。
「おっちゃん、僕にもやらせて」
次の瓶では、口の縁を整えるところを任せてもらえた。親方が瓶を支える竿を回し、ウィルは渡された金具を縁へ当てる。親方が横から手を添えてくれても、見ていた時より力が入った。金具の先を押しつけた側だけがへこんだ。
「力を入れすぎるな」
「こう?」
「急に戻すなよ。少しずつだ」
手の力を緩める。親方が添えた手で動きを止め、へこんだところを直してくれた。栓が入る口を残しながら縁を揃えるだけでも、ウィルには難しかった。親方の声を聞いているうちに、息まで止めていた。ようやく道具を離してよいと言われ、大きく息を吐いた。
「まだ触るな。冷めるのを待て」
瓶へ伸ばしかけた手を引っ込めると、隣でプリシラも、同じように手を戻した。目が合い、二人で笑った。
親方は出来た瓶を、ゆっくり冷ますための炉へ移した。急に冷やすと割れると聞き、ウィルは水桶へ向けかけた目を戻す。十本を作る間、次に使う金具を台へ揃えるのはエレノア、ゴミ掃除はプリシラの役になった。ウィルは親方のそばへ戻り、口の縁を整える作業を何度も見た。
思っていたよりずっと砂が余ったので、予定していた本数を作り終わった後も、みんな黙々と作業を続けていた。そうして暫くして、親方が「ボチボチいいか」と最初の方につくった冷めた瓶を作業台へ並べた。
ウィルは一つ持ち上げた。掌に収まる重みは、砂の袋とはまるで違っていた。向こう側に立つプリシラの指が、ガラス越しに少し歪んで見える。
「貸してみな」
親方が口の形や傷を確かめ、脇へ寄せる。十本目を置くまで、ウィルは黙って数えていた。
「よし。渡していいぞ」
「全部?」
「十本頼まれたんだろ」
頷くと、ようやく親方も笑った。
「おっちゃん、ありがとう。片づけてから帰るよ。これ、どこへ戻せばいい?」
親方が示した棚へ、ウィルは道具を運んだ。三人で作業台に残った砂を片づけ、瓶は布を間に挟んで収める。作る間は何度も手を借りたが、帰る支度まで親方にさせることはなかった。
「残りモンは授業料って事にして貰っといてやる。 また何か作るんなら来い。今度は材料を拾う前にな」
「うん。先に聞くよ」
*
薬草を頼んだ青年は、束をほどいて葉の状態と枚数を確かめた。十枚ずつ、五束。最後の束を確かめると、ウィルへ顔を上げた。
「ありがとう。これだけあれば、しばらく薬を作れるよ。ギルドを通して頼んだ仕事だから、お礼の方は受付で受け取ってね」
次は老人に薪を届けた。置き場所を聞き、荷を下ろす。十本ずつの薪束を二つ置いたプリシラが、腕を伸ばした。
「これで、あとは瓶だけ!」
「エレノア、次は僕が持とうか。ずっと抱えてもらってたし」
「では、お願いします。下から支えてくださいね」
ウィルが手を添えてから、エレノアはゆっくり腕を抜いた。布越しに瓶の重みがかかる。砂を運んだ時よりも、指に力が入った。
「ウィル、肩まで上がってるよ」
「割ったら、またおっちゃんに頼まないと」
「そんなに力を入れなくても大丈夫です。さっきまで、私が運んできたんですよ?」
「そっか。そうだね」
少し腕を緩めると、二人が笑った。
酒場の前で声をかけると、顔見知りの娘はすぐに気づいてくれた。
「意外と早かったわね」
荷を開き、一本ずつ渡す。彼女は十本を確かめて頷いた。
「うん、確かに受け取りました」
「使えそうですか?」
「大丈夫。お父さんに渡しておくわ」
ウィルは空になった布を畳み始めた。これで、三人で運んだ砂が本当にポーションの瓶になる。親方にも、ちゃんと渡せたと伝えよう。
「冒険者には、もう慣れてきた?」
「まだ、分からないことばかりです。依頼の度に調べ物が大変で……」
「そう? でも、最近のウィル、いっつも楽しそうな顔してるよ」
布を畳む手が止まった。
「僕が?」
「ずっと憧れてたもんね。これからも立派な冒険者を目指して、頑張ってね」
「……はい!」
隣でプリシラが頷いていた。
「あたしも、そう思う!」
「そんなに?」
「うん。ウィルってば一人になってもず~っと何かの練習してる! でも、ウィルと一緒であたしも毎日楽しいよ♪」
隊長や副長に教わった後、家の前でも忘れないように足を動かしたりしていた。上手くいかないところを、もう一度。プリシラは、帰ってからのそんな自分も見ていたのだ。思い当たることがいくつもあって、ウィルは返す言葉に困った。
瓶を抱えて立ち去る娘へ礼を言い、三人でギルドへ向かった。
受付で、ノエルに三件の依頼書を出した。薬草は青年へ、薪は老人の家へ、瓶は酒場の前で娘へ。誰に何を渡したか話すと、ノエルはそれぞれの依頼を確かめ、報酬を台へ並べた。
ウィルはさらに、森で倒したゴブリンの左耳を包みごと出した。倒すだけでなく、証明を持ち帰って初めて討伐の報酬になる。ノエルが数を確かめて加えた硬貨を、ウィルは三件の分と一緒に受け取った。
砂を運んでいた時と違い、今はポーチに収まる量だ。それでも、薬草を必要とする人がいて、薪を運べない人がいて、作った瓶を喜んでくれた人がいる。その人たちのために働いて、借りた金も少しずつ返していける。ウィルは硬貨をしまい、ポーチのふたを閉じた。
外へ出ると、プリシラがウィルの手を覗き込んだ。
「まだ、瓶持ってるみたい」
言われて気づいた。瓶を包んでいた布を、畳んでからも両手で下から支えていた。もう軽い布しかないのに、腕は重い瓶を抱えた形のままだった。
ウィルは布を片手に持ち替えて、笑った。
「もう割れないね」
「うん。今なら走っても大丈夫だよ!」
「走りませんよ、プリシラちゃん」
エレノアに止められて、プリシラが笑った。ウィルは入口の前で、空いた方の手を開いた。掌には、道具を握っていた感触がまだ残っていた。
「それでは、私はここで。今日はありがとうございました」
エレノアが村長の家へ向かう道を示した。
「こちらこそ。瓶を運んでもらえて助かったよ」
「またね、エレノア!」
手を振って見送る。ウィルも帰ろうと振り向いたところへ、受付からノエルの声が届いた。




