021_森で拾うもの
森へ入る手前で、ウィルは採集用の空の袋を背負ったまま、頼まれた物をまた口の中で数えた。プリシラが待ちきれずに振り向いた。
「薬草が五束、木材が二十本、それから砂。今日は大量だ」
「うん」
「もうわかったよぉ~。さっきから何回も言うんだもん」
「忘れるよりいいだろ」
「兄様、そう何度も確認していたら、そのうち心配になって数が増えていきそうです」
「増やしてないよ」
エレノアが笑った。ウィルも口元を緩め、二人を追いかける。
ネージュは治療院に残った。出がけに教わった薬草の見分け方を思い返しながら、ウィルは道端の草へ目をやった。エレノアと二人、葉の形や茎の特徴を何度も見比べた。その横でプリシラは、差し出された薬草に鼻を寄せると、すぐに「覚えた!」と笑っていた。
木立の間の獣道へ踏み込むと、日差しが途切れた。前に三人で通ったところだ。根をまたぎ、枝が張り出しているところでは頭を下げる。プリシラが少し先を歩き、ウィルとエレノアは、その足元が見えるくらいの距離で続いた。
似たような景色ばかりでも、意外と覚えているモノだ。三人パーティでの初めての戦闘を経験したせいか、あるいはエレノアを守りきれたからかもしれない。現場に近づくにつれ、見覚えのある幹が増えた。だが、その向こうで何が動いているかまでは分からない。
プリシラが足を止めた。
片耳が道の左へ向いた。プリシラが腕を伸ばし、二人を止める。ウィルには、葉の擦れる音しか聞こえなかった。
「左。何か歩いてる」
声を落とした彼女が、鼻をひくりと動かす。
「……ゴブリンだ」
ウィルは袋を下ろし、ナイフを抜いた。エレノアも彼の後ろから半歩ずれる。二人で木々の間を見たが、まだ姿はなかった。
低い枝が揺れた。草を踏んで出てきたのは、一匹のゴブリンだった。尖った耳の下で、こちらを見つけた目が細くなる。右手の棍棒には棘が打ってあり、もう片方の腕には丸い木の盾があった。
ウィルは幹の脇から、ゴブリンの前へ出た。
「この一匹、僕にやらせて」
プリシラがこちらを見たので、頷き返す。彼女はその場で構え、前を空けてくれた。エレノアはプリシラのそばへ寄り、ウィルを見守っている。
ゴブリンが走ってきた。盾を前へ突き出し、右手の棍棒を振り上げる。
ウィルは棍棒へ向きかけた目を、相手の体全体へ戻した。副長さんに教わったように、武器の先だけを追わない。盾を構える腕も、前へ傾く体も、草を踏む足も、一緒に見る。
ゴブリンは、盾に守られているからこちらの攻撃など届かない、とでもいうように、まっすぐ突っ込んでくる。持ち上げた盾に顔の前を塞がれ、ウィルを見ることさえしていなかった。棍棒を振り下ろす先は、走り出す前にウィルが立っていた場所のままだ。
これなら、避けられる。
ウィルは盾のある側――自分から見て右へ身を翻した。ゴブリンは向きを変えず、ウィルのいた場所へ突っ込んでいく。ウィルはその脇を抜け、背後へ回り込んだ。
棍棒が、誰もいない地面を叩いた。
空振りの勢いで、ゴブリンが前へつんのめる。ウィルの目の前に、無防備な背があった。振り向かれる前に、ナイフをその背へ突き入れる。刃を抜いて離れると、ゴブリンは膝を折り、そのまま草の上へ崩れ落ちた。
ウィルはナイフを構えたまま、動かなくなった相手を見た。振り上げられた棍棒を、もう一度避ける必要はなかった。隊長さんとの稽古では何度も鞘に打たれた。それなのに今は、一度も触れられずに終わっている。
周囲にも目を向けた。木々の間に別の魔物の姿はない。プリシラも辺りを確かめてから、ぱっと顔を輝かせた。
「すっごいよウィル! この間とは全然違う!」
弾む声に振り返ると、プリシラの尻尾が大きく揺れていた。エレノアもほっとしたように微笑んでいる。ウィルはナイフを下げ、二人のところへ戻った。
「副長さんと隊長さんに、教えてもらったんだ。前は棍棒ばかり見てたけど、今日は、ゴブリンが僕を見てないのまで分かった」
「へえー! すごいね、騎士の人たち!」
「うん。それと、隊長さんには、プリシラがすごく手加減してくれてるんだろうって言われた。僕、打たれても次があるつもりで動いてたみたいで」
地面に描かれた円の中で、何度仕切り直しただろう。鞘が当たるたび、今の一度で命を失っていたのだと教わった。今日の棘付きの棍棒を受けたら、あの円の中のように仕切り直すことはできない。
「ぁ……それは、その……」
プリシラはバツが悪そうに言った。ウィルが怪我をしないように、打つ強さだけでなく、動きまで抑えてくれていたのだ。教わっている時には、それが彼女の戦い方なのだと思っていた。
「いいんだよプリシラ、僕が未熟過ぎたせいだ。 ”訓練に付き合って”じゃなくて、ちゃんと”イチから教えて下さい”ってお願いするべきだった。 変に気を使わせて、ごめん」
悲しそうな、悔しそうな顔でプリシラは倒れたゴブリンへ目をやり、それから、まっすぐウィルを見る。
「あたしの方こそ、中途半端な教え方しちゃってごめん。そうだよね、命に関わる事だもん。変な気を使わずに、もっとちゃんと教えてあげなきゃいけなかったんだ」
ウィルは頷いた。プリシラが気遣ってくれていたのは嬉しい。けれど、森で彼女の手を借りずに戦うなら、自分で捌けて、自分で倒せなくてはならない。
「だから、これからは遠慮しないで教えて? 僕も、分からないことはちゃんと聞くから」
「うん!わかった!」
プリシラの返事は、いつもの明るい声だった。
彼女が再び周囲の警戒に戻ると、ウィルはゴブリンの左耳を回収した。薬草と混ざらないよう別の包みに収め、刃の汚れを草で拭ってからナイフをしまう。木陰に置いた採集用の袋を拾い、二人の隣へ戻った。
*
「兄様。これ、そうではありませんか?」
エレノアが道の脇で屈んでいた。
ウィルも隣へしゃがむ。葉の形は教わったものによく似ていた。茎を見ようと手を伸ばしたところで、プリシラが首を傾げた。
「それ、違うよ」
「そうなの?」
「うん。見た目は似てるけど、匂いが全然ちがう」
ウィルは葉に触れた指を鼻へ近づけた。青臭い匂いがする。ネージュに見せてもらった薬草も、こんな匂いだった気がした。
「……僕には、同じに思えるんだけど」
「ええ? 全然だよ。さっきのは、もっと――」
プリシラは言いかけて、困ったように鼻へ指を当てた。それから顔を上げ、道の少し先を見る。
「あ、あっちにもある。待ってて」
数歩進んだところで足を止め、低い草をかき分ける。ウィルたちが追いつくと、彼女は葉を一枚、指先で持ち上げていた。
「こっち。ねーねが見せてくれたのと同じ匂い」
ウィルは隣へ屈み、今度こそ茎まで確かめた。教わった特徴が揃っている。エレノアも頷いた。
「本当ですね。先ほどのものより、葉の縁と模様が……」
「ね?」
プリシラの尻尾が揺れた。
摘んだ薬草を鼻へ寄せてみる。言われれば違うようにも思えたが、草の中からこの匂いだけを探せと言われても、ウィルにはできそうになかった。
「これは……ちょっと僕らに判別は難しいかも。そうだ、役割分担しない?僕たちが集めてくるから、プリシラにはここで周囲の警戒をしてもらって、後で僕たちが集めてきた葉っぱを選別してもらおう。プリシラにしかできない事だから、今は半分休憩って事で、どうかな?」
「えぇ~?休憩なんていいよ~」
「警戒も立派なお仕事だよ、プリシラちゃん。私も賛成です」
もちろん体力的にはプリシラに問題はないのだろうが、プリシラにばかり仕事を押し付けるのは気が引ける。
仲間は助け合うものだし、頼るばかりで居たくないという気持ちもある。
「にゃ~。わかったよ。二人が草ばっかり見てて、モンスターに襲われちゃったら困るもんね!」
「うん。よろしくお願いします」
話もまとまったので先ほど教えてもらった辺りを調べると、同じ薬草の株がいくつか見つかった。その脇には、まだ小さな株も生えている。
ウィルは育った葉を選び、一株から採りすぎないよう指を止めた。まだ小さな株には手をつけず、次へ移る。エレノアが葉を踏まないように足を引き、摘んだ分を袋へ収めてくれた。
プリシラは道中の木の上から二人を見守っていた。枝の擦れる音に耳を向け、ときおり風上へ鼻を向ける。ウィルはその姿を確かめてから、次の株へ屈んだ。
枯れ葉の下に、見覚えのある葉先が覗いていた。そっとよけると、教わった形の葉が現れる。
「いた」
「草は逃げませんよ、兄様」
エレノアに言われ、ウィルは笑った。摘む前に二人で茎まで見比べる。葉が重なるほど集まったところで、プリシラのもとへ戻った。
「ひとまず、これだけ。見てもらえる?」
「どれどれ……うん、だいたい合ってるよ!」
並べた葉へ順に鼻を寄せ、集めた中から二、三枚をヒョイヒョイと抜き出すと、プリシラが笑った。エレノアと目を合わせ、ウィルも息をつく。今度は自分たちでも見つけられた。
確かめてもらった葉を十枚数え、茎の方を紐でまとめる。ようやく一束になったが、袋にはまだ余裕がある。
「あと四束ですね」
「うん。さっきの木の向こうも見てみよう」
三人で少しずつ場所を移し、草を探しては、見張りをしているプリシラのところへ戻った。エレノアと手を並べて葉を数え、束を増やしていく。四束目を収めた頃には、腰を伸ばすと背中が張った。
ようやく五束が並ぶと、ウィルは額を拭った。エレノアが最後の紐を結び、その隣へ座る。
「ありがとう。待ってる間、何かいた?」
「小さい足音はしたけど、近づいては来なかったよ」
ウィルには聞こえなかった音だ。薬草を袋へ戻し、屈み続けていた膝を伸ばす。プリシラも両腕を上げ、大きく伸びをした。
*
薪は、抱えてみるまで重さが分からなかった。
道の脇に落ちていた枝を持ち上げる。細いものだけなら軽いが、薪に使えそうな太さのものを加えると、腕の中で次々にずれた。一本落とし、拾おうとして、もう一本落とす。
「ウィル、こっちに置いて」
プリシラが拾った枝を地面に並べていた。ウィルもその横へ下ろす。
「持ったまま集めようとするからだよ」
「そうだね……」
「こちらは、中が傷んでいるみたいです」
エレノアが一本を脇へよけた。ウィルも切り口を見て、使えそうなものを選び直す。長すぎる枝はよけ、両腕で抱えて持ち帰れる長さのものを並べ直した。二十本揃えても、腐って火持ちの悪いものを渡しては、あの老人を困らせてしまう。
プリシラが次を拾いに行っている間に、ウィルとエレノアで十本ずつ二束に分けて紐を回した。端を揃え、束を締める。持ち上げてみると、今度は崩れなかった。
「それ、あたしのね」
戻ってきたプリシラが、大きい方をひょいと抱えた。
「重いよ」
「うん。さっき集めたから知ってる」
軽々と持ち直され、ウィルは笑った。
「じゃあ、そっちをお願い。その代わり、紐をもう少し締めさせて。端がずれてる」
「うん。ここ、持ってるね」
プリシラに支えてもらい、緩んだところを結び直した。
「ウィルはそっち。エレノア、薬草をお願い」
「はい」
三人で荷を分け、ウィルは自分の束を持ち上げた。歩ける重さだが、戦う時には下ろさなければならない。
木々の奥から、水の流れる音が聞こえていた。
「川、近いのかな」
「行ってみる?」
プリシラに聞かれ、ウィルは道の先を見た。薬草も薪も揃った。残る砂は、川の向こうの湖で採れると聞いている。
「二人は、まだ歩けそう?」
「あたしは平気だよ」
「私も、大丈夫です」
「じゃあ、少し汗もかいたし、川までいって一旦休憩しようか」
プリシラが頷き、先へ立った。足元の根を避けると、抱えた薪の端が近くの幹に当たった。
「にゃ。通れない」
「先を前に向けてみたら?」
「分かってるってば」
プリシラは薪の端を進む方へ向け、体の脇へ抱え直した。ウィルも同じ向きに持ち替える。束を横に張り出させなければ、幹の間を通れた。エレノアが続いてくるのを確かめ、三人は川の方へ進んだ。




