020_駆け出し冒険者は大忙し
家を出る前に、ウィルは畑の前で足を止めた。
四人で種を植えた跡が並んでいる。プリシラの列が途中から曲がっているのも、なんだか悪くない気分だった。端まで目で辿ってから、土の表面へそっと指を当てる。まだ芽が出るはずもないのに、何もないところを、また見てしまった。
顔を上げると、腰のナイフが鞘ごと腿に触れた。
今日は、また森へ行こうと思っていた。魔物と戦って腕を磨き、討伐の証明や売れる素材を持ち帰る。畑が育つのを待つ間にも、稼がなければならない。まずは一人で朝の稽古をして、それからプリシラたちを誘おう。
訓練場へ通い始めた時のことを思い出した。登録したばかりのウィルが入口で中を窺っていると、よく通る声が飛んできたのだった。
*
「おや、君は新顔だな」
声の主が近づいてきたので、ウィルは姿勢を正した。
「はい。ウィルです。冒険者になったばかりで……ここで練習してもいいですか?」
「はじめまして。私は冒険者ギルドの訓練教官をしている者だ。もちろん、真面目な新人は大歓迎だよ」
教官は訓練場を示した。
「普段はここで希望者に対して直接指導したり、訓練の一環として魔物の討伐を依頼したりしている」
「討伐する相手は実力に合ったものを私が見繕っているが、君も挑戦してみるか?」
「お願いします。何から始めればいいですか?」
「よろしい。ではまず、近所の森でノームの討伐から始めよう」
「もちろん冒険者としての訓練であるから、ただ倒すだけではなく、討伐証明の提出までしてもらうぞ」
「今の君の実力であれば、十匹という所かな。討伐証明の『ノームの若葉』を十個集めたら、私のところに戻って来てくれ」
十匹、とウィルは繰り返した。森でその姿を探す自分を思い浮かべると、腰に提げたナイフへ手が伸びた。
「一流の冒険者を目指して頑張りたまえ! はーっはっはっはっは!」
大きな笑い声に、思わず目を瞬いた。ウィルは頭を下げ、教官に続いて訓練場へ足を踏み入れた。
それからは、森での修行に目当てが一つ増えた。証明を揃えて持っていけば、次に挑む相手を教えてもらえる。朝に練習した動きを試すのも、帰って結果を報告するのも、今では楽しみだった。
*
今日も訓練場で一通り体を動かしてから、ウィルは村の出口へ向かった。
村の入口に近いところまで来ると、道の向こうから手を上げる者がいた。
「やぁ、新米冒険者さん」
ウィルも手を上げかけて、笑った。
「僕のことですか?」
「ほかに誰がいるんだよ。もし良かったら、簡単なクエストを頼みたいんだけど、受けてみる?」
「はい。どんな仕事ですか?」
「それは良かった。依頼はギルドの方に出しておくから、確認するのは後でも大丈夫だよ」
青年はそう前置きしてから、頼みたい物を挙げた。
「お願いしたいのは、薬草五束の納品だよ。薬草は森の至る所に生えてるから、少し探索すればすぐに見つかると思う」
束の大きさも尋ねると、青年は葉を十枚ずつ揃えてほしいと教えてくれた。五束なら五十枚だ。
「これから森へ行こうと思ってたんです。それなら、探してきます」
「頼んだ物は、決められた数を届けてくれたら、いつ手に入れた物でも構わないんだ。なんなら、お店で売っている物は買って来てもいいはずだよ」
「でも、それだと稼ぎが減っちゃいますね」
「そりゃそうだ」
青年が笑った。ウィルもつられて笑いかけたが、頼まれたのは森へ行くことそのものではなく、薬草を渡すことなのだと気づいた。実際に戦う訓練を兼ねていた教官の依頼とは、そこが違う。五束揃えられれば、この青年の役に立つ。
「ただ、ギルドの受付で引き受ける手続きをしてから持ってきてね。その前だと、依頼の品としては受け取れないから。僕もこれから依頼を出してくるよ」
「はい。薬草を五束ですね」
「それじゃあ、よろしくお願いするよ」
薬草なら、魔物を探しながらでも目を配れる。五束、と口の中で繰り返し、ウィルはギルドへ向かった。
その途中、北側の畑の方から歩いてきた老人に、また呼び止められた。
「そこのお若いの、ちと頼まれてくれんかのぅ?」
老人が腰に手を添えて立っていた。ウィルは歩みを緩め、その前で止まる。
「なんでしょう?」
「お前さん、冒険者になったんじゃろ? クエストじゃよ」
冒険者と呼ばれて、今度はすぐに頷けた。
「まぁ、そんな大したもんでもないがの。ちと森で薪を集めてきてほしいんじゃよ」
老人は腰をさすった。
「最近、腰が痛くてのぅ。なかなか自分で薪集めともいかん」
森まで歩き、屈んで拾い、背負って戻る。若い自分なら半日の仕事でも、この腰では一日がかりになるのだろう。
「ギルドに依頼は出してあるでの、薪は適当な木材を十本ずつ束ねて、二束もあればしばらくは大丈夫じゃろうて。よろしく頼むぞい」
「二束……。それなら、薬草と一緒に探してきます」
「ほう、ほかにも頼まれとったか」
「さっき、そこで」
「そうかそうか。 ワシの依頼は定期的に出しとるから、受付のお嬢ちゃんに聞けば受けられるはずじゃよ」
ウィルは頷いて歩き出した。薬草が五束、木材が二束。今度は取り違えないよう、指を折って確かめる。
いつもなら挨拶をして通り過ぎる道で、今日は二度、足を止めた。ギルドへ向かう足取りが、さっきより少し速くなった。
*
ギルドには、まだ人が少なかった。
受付まで進むウィルに気づいて、ノエルが顔を上げる。
「おはようございます、ウィルさん」
「おはようございます。薬草と薪の依頼が来ているか、見てもらえますか」
ウィルは受付の脇でノエルの照会を待った。やがて用意された二件の依頼書を、ノエルが台に並べてくれた。ウィルはまず、薬草の方へ目を落とす。
――ゴブリンが怖くて森に入れないので、代わりに薬草を集めてきて下さい。
さっきは気軽に頼んでくれた青年の顔を思い出した。ウィルも、怖くないわけではない。初めて森へ入った時には、相手を倒すどころか、一撃を受けて意識を失った。
けれど、その後はエレノアとプリシラの声を聞きながら戦えた。
薬草の数を確かめ、隣にある薪の依頼も読んだ。
「この二つ、お願いします」
「はい。採集に夢中になって、周りを見るのを忘れないでくださいね。今日はどなたと?」
「プリシラとエレノアに、これから聞いてみます」
「では、予定が決まってから向かってください」
ノエルは受付で手続きを済ませると、掲示されている別の依頼へ目を向けた。
「材料を集めに行くなら、こちらもありますよ。空き瓶を十個、という依頼です」
「瓶?」
「ポーションを作っているお家からです。事情を聞いてみて、できそうなら、ということで構いません」
ノエルに教えられた依頼主は、知っている顔だった。ウィルは掲示を読んでから、受付へ戻った。
「これも受けます。話を聞きに行ってきます」
*
酒場の前に、ポーションを作っている家の娘がいた。ウィルが近づくと、彼女の方から声をかけてきた。
「こんにちは、ウィル。もしかして依頼を受けてきてくれたの?」
「うん。空き瓶の依頼、さっきギルドで受けてきたんだ」
「そう、あなたなら話は早いわね。早速だけど、空き瓶を十個ほど納品してくれるかしら」
「瓶が足りないんですか?」
「ほら、ウチのお父さん、森で薬草を取ってきて、ポーションを作って売ってるでしょう?」
「うん」
「いつもは道具屋さんが回収した使用済みポーションの空き瓶を再利用してるんだけど、それもだんだんと割れて、数が少なくなっちゃうのよ」
彼女は片手を腰に当てた。
「まぁ消耗品だし、仕方がないんだけどさ。もうちょっと大事に使ってほしいわよね」
ウィルは、自分を起こすためにプリシラが使ってくれたポーションを思い出した。中身を使ってしまえば終わりだと思っていたが、瓶はまた道具屋へ戻り、こうして別の中身を入れてもらうのだ。
「そういう事だから、実は定期的に空き瓶の依頼をギルドに出してるってわけ」
「何が要るんですか?」
「空き瓶はガラスから作れるわよ。材料のガラスが足りなければ、ガラスは砂から作れるわ。砂は湖の辺りで取れるの」
「砂から……」
ウィルは、彼女の顔を見返した。薬草と薪だけならいつもの森で済むところだったが、砂を取ってくるとなると、いつもより遠出になるし人手も欲しい。
「作り方も、誰かに教わらないと」
「そうね。せっかく砂を集めても、瓶にならなかったら困るもの」
言われて、ウィルは苦笑した。
「おっちゃんに聞いてみます。こういうことなら、きっと詳しいから」
口にすると、やってみたい気持ちが強くなった。砂があの透き通った瓶になるところを、自分でも見てみたい。
「作り方を教わるところからなので、少し時間がかかっちゃうと思いますけど……」
「急ぎではないから大丈夫よ! それじゃ、よろしくね!」
彼女は手を振った。ウィルも手を上げ返したが、いつ届けられるかは、まだ約束できなかった。まず親方に作れるかどうかを聞き、時間がかかるようなら、そのことを伝えに戻ろう。
別れてから、ウィルは道の端へ寄った。
薬草と薪は森で、砂は湖で。まとめて運ぶとなると、袋はいくつ要るだろう。指を折りかけて、ウィルは手を下ろした。まだ砂の量も知らないのに、ここで数えていても仕方がない。
まずは二人に話そう。ねーねにも都合を聞いて、誰が一緒に行けるかを確かめてからだ。
薬草と薪に、瓶まで加わった。帰ってきたら、あの青年や老人に何と声をかけよう。ウィルはプリシラの家へ足を向けながら、もう、荷を届けるところを思い浮かべていた。




