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未だ蕾の勇者様(ノベライズ版)  作者: さじ


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019_四人で植える麦米

 ウィルは家の前の作業台で三人を待っていた。


 ネージュは治療院で相談した時、すぐに来られる日を決めてくれた。エレノアも授業の後なら、と言っていた。探索へ出ている間に畑を見てもらうのだから、最初の種は一緒に植えたい。そう頼んでみてよかったと、今は思う。


 ゼペリに教わったことを思い出しながら、種を用意した。


 戸口の内側から運んできた袋を作業台で開けると、小さな粒が重なっていた。リリシラからもらった麦米だ。ウィルは掌へ少し出してから、家の前の畑を見た。


 あの端から、少しずつ間を空けて。ゼペリに教わった列の取り方を思い浮かべ、土の上へ目を走らせる。掌の種をこぼさないよう、指を丸めた。


「ウィル、来たよー!」


 顔を上げると、プリシラが手を振っていた。その後ろから、ネージュとエレノアが歩いてくる。


「お待たせ、ウィル」


「兄様の方から声をかけてくださって、嬉しいです。また遠慮されるかと思っていました」


「……前に、そう言われたからね」


 プリシラの家でエレノアに言われたことを、ウィルは覚えていた。エレノアは満足そうに頷いた。


「今日はありがとう。みんな、こっちに来て」


 畑の端へ呼ぶと、三人が掌の種を覗き込んだ。プリシラは一粒つまみ上げ、目の前へ持ってくる。


「これが、あの麦米になるんだよねえ」


「そうだよ」


「早く食べたいな!」


「まだ植えてもいないのに」


 ウィルが笑うと、プリシラも笑った。


「だって、自分たちで育てるんだよ。楽しみじゃない?」


 食べることまでは、あまり考えていなかった。収穫できたら売って、返済の足しにするつもりでいた。


 だが、いつも口にしている麦米が、ここで採れるところを想像すると、ウィルも少し食べてみたくなった。


「ちゃんと育ったら、少しはね」


「やった。じゃあ、ちゃんと育てないと!」


 プリシラは粒をウィルの掌へ戻した。尻尾がゆらゆらと動き、目はもう畑へ向いている。ネージュもその横から土の広がりを見渡した。


「どこから植えるの?」


「こっちの端から、順に。ゼペリさんに教えてもらったんだ」


 ウィルはしゃがみ、土に指を入れた。ゼペリに横で見てもらった手つきを思い出す。浅くくぼませて、種を置き、土をかける。


 指を離すと、掌にあった粒が見えなくなった。ウィルはその土の盛り上がりから少し離して、次の一粒を置いた。


「そのくらいの間を空けるのね」


「うん。近すぎると土の栄養の取り合いになっちゃうから、このくらい」


 ウィルは土の上で手を少し開いてみせた。ゼペリの畑で教わった後、帰り道でも同じように開いて覚えた幅だ。エレノアが自分の手を並べてみて、少し首を傾げる。


「棒か何かで測ってしまいませんか?」


「じゃあ、一旦測って目印をつけよう。そうすれば、みんな同じになるもんね」


 各々でその辺から適当な木の棒を拾ってきて目印をつける。植え始めるとネージュも隣へ屈み、ウィルが植えた跡から間を取り、土をくぼませる。彼が頷くのを見て種を置くと、両側からそっと土を寄せた。


 残りの種を少しずつ分け、袋は畑の端へ置いた。四人で手本にした跡を見比べてから、一人ずつ隣り合う列を受け持った。プリシラとエレノアは畑の向こうの端から、ウィルとネージュはこちらの端から、空いている土を後ろへ下がりながら植えていく。植えた跡を踏まないよう、足の置き場を確かめた。


     *


 指を差し込むと、土の塊が爪に当たった。つまんでほぐし、脇へよける。種を置いて土をかけたが、今度は深すぎる気がして、上の土を少し払った。


 三つ目でも、四つ目でも、ウィルの手はなかなか速くならなかった。


 向こうからプリシラの声がする。


「ウィル、こっちはここまで来たよ!」


「早いね」


「えへへ。でも、エレノアの方がまっすぐ」


「速さより、深さを見てくださいね。浅いと、種が見えてしまいますから」


「ちゃんとウィルがやってたくらいにしてるよ!」


「プリシラちゃんが、少しずつこちらへ寄ってくるんです」


「あれ、本当だ」


 二人が自分たちの植えた跡を見比べている。まだ離れてはいたが、プリシラの列は確かに少し斜めになっていた。


「次を、もう少し向こうにすればいいかな?」


「はい。私はこのまま進めますね」


 プリシラが膝をずらし、エレノアから少し離れたところへ指を入れる。ウィルも自分の列に目を戻した。次の種を置き、隣との距離を見ていると、ネージュが少し待ってくれた。顔を上げる。


「ごめん。先に進んでいていいよ」


「大丈夫よ。私も、ウィルのを見ながら植えているんだから」


 ねーねに見せるほど、うまくできているだろうか。ウィルは土をかけようとした手を止め、種を置いた深さを確かめ直した。


「間違ってたら、ごめんね」


「その時は、またゼペリさんに聞きましょう」


 ネージュは手についた土を払った。


「一人で全部覚えてこなくても、大丈夫よ。ウィルが出かけている間に、私たちも見るんだもの」


「草を抜くくらいなら、私にもできます」


 向こうからエレノアの声がした。聞こえていたらしい。ウィルが頷くと、ネージュも次の種を置いた。


「ゼペリさんの畑では、どんなお仕事だったの? プリシラからは、土のお話をたくさん聞いたけれど」


「虫を探す仕事だよ。葉っぱの裏に隠れていて、結構見落とすんだ」


「全部見て回るの?」


「頼まれたところだけ。それでも、しゃがんでいると脚が痛くなって」


 話しながら動かしていると、手が止まる回数が減った。ウィルがゼペリの取り残しの見つけ方を話し、向こうからプリシラが、鼻先へ虫が跳んできた話を足した。


「びっくりしたんだから! こんな近くだよ!」


「お顔を近づけすぎなんです」


「エレノアも見てたでしょ」


「私は、少し離れていました」


 ネージュが笑い、ウィルも笑った。指の間にあった最後の粒を土へ置いてから、残りを取りに立つ。


 振り返ると、三人が畑で屈んでいた。


 プリシラがエレノアへ何かを言い、エレノアは手を動かしながら返事をしている。ネージュが顔を上げ、二人の話へ加わった。


 袋を手にしたまま、ウィルは三人の手元を見ていた。自分が一つ植える間にも、別のところで土がかぶせられ、次のくぼみが作られていく。


 種籾をもらった日には、この柵の中に二人が立った時、何を頼めばいいのかも分からなかった。今は、植えた跡から測って、と言えば通じる。借金を知らされた日、家の前で立ち尽くしていた時には、こんなふうに畑が埋まっていくとは思わなかった。


「兄様、こちらにも少しお願いします」


「うん。今持っていく」


 ウィルは種を持って戻った。


     *


 最後の種へ土をかけてから、ウィルは植え残したところがないか、列を端まで辿った。向こうでエレノアも立ち上がり、もう終わったと頷く。四人とも畑の外へ出て、並んで土の跡を眺めた。


 腰を伸ばしたプリシラが、長く息を吐く。


「終わったあ!」


「みんな、ありがとう。これだけ一人でやってたら、もっとかかったと思う」


「また呼んでね。あたし、自分の植えたところも見たいし」


「私も、授業の後に寄りますね」


 エレノアが、少し曲がった列の隣を見た。どこを誰が植えたのか、まだ分かる。芽が出れば、もっと分かりやすくなるだろうか。


「ねーねも、時間があったら見に来て」


「ええ。楽しみにしているわ」


 道へ出る三人に、ウィルもついていった。プリシラが次の冒険の話を始め、エレノアが聞き返す。


「また森に行こうよ。今度はもっと奥まで!」


「奥へ行くかは、ギルドで依頼を見てからにしよう」


 すぐに決めてしまいそうな勢いに、ウィルが口を挟むと、プリシラは「はーい」と返事をした。奥までは、まだ諦めていない声だった。


「ねえ、麦米のほかにも植えたいな」


「ほかの種は、まだ持ってないよ。リリシラさんも、作物のことはゼペリさんに相談するといいって言ってたし、まずは麦米がちゃんと育つか見てからかな」


「じゃあ、芽が出たら教えてね」


 まだ麦米しかない畑を、プリシラは振り返った。


 別れて家へ戻ると、畑が静かだった。


 土の下に種が入っただけで、まだ緑は一つも増えていない。ウィルは先ほどまで自分が屈んでいた場所を見つけ、その隣へ目を移した。ネージュの植えた跡から、向こうの二人の分まで、土の跡が続いていた。


 プリシラの列は、真ん中あたりから曲がっている。ウィルはその曲がり始めを確かめてから、家に入った。


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