015_三人で入る森
プリシラを見つけたのは、村長の家から少し歩いたところだった。
向こうもウィルに気づき、大きく手を振る。駆け寄ってくる足取りを見ているうちに、何から話そうかと考えていた言葉が、すっかり短くなった。
「プリシラ。エレノアも、一緒に冒険したいんだって」
「えっ、エレノアが?」
「うん。この後、三人でどうかな」
「行く! やったあ、エレノアも来てくれるんだ!」
プリシラの耳がぴんと立った。尻尾を左右に揺らしながら村長の家へ目を向け、今にも走り出しそうになってから、ウィルを振り返る。
「教室だよね?」
「そうだよ、一緒に迎えに行こう」
「うん!」
並んで歩くはずが、すぐ半歩ほど先を行かれた。ウィルも足を速める。先を行くプリシラが振り返り、待ちきれないように手招きした。
教室の戸口から顔を出すと、エレノアがこちらを向いた。
「お待たせ、エレノア!」
プリシラが先に入っていく。エレノアは腰を上げ、ウィルとプリシラを順に見た。
「あの、私もご一緒してよろしいんですよね?」
「もちろんだよ! ウィルから聞いて、すぐ来ちゃった!」
差し出された手を、エレノアが取る。引かれるままに一歩踏み出し、そこでようやく頬を緩めた。
「……よろしくお願いします、プリシラちゃん」
「こちらこそ! ね、どこに行こうか!」
「近くの森はどうかな。僕は、まだあそこもほとんど探索できてないし」
口にすると、朝、森へ向かった時のことが浮かんだ。簡単な依頼だと聞いていた。ナイフも手に入れ、隣にはプリシラがいた。それなのに、戦いが終わるまで立っていることさえできなかった。
腰のナイフに触れた指を見られたのか、プリシラの声が少し静かになった。
「体は、もう平気?」
「うん。痛いところもないよ」
治してもらってから、村をずいぶん歩き回った。息苦しさも、足のふらつきもない。ただ、森の中で同じように動けるかと思うと、腹の辺りが落ち着かなかった。
「今日は、あまり奥まで行かないようにしよう」
「そうだね。あたしも、そのつもり」
プリシラは頷き、エレノアへ向き直った。
「魔物が出たら、あたしが前に出るね!エレノアは後ろから魔法で攻撃とかサポートでいい?」
「うん。二人に当てないように、よく見て使います」
エレノアが杖を持つ手を少し上げた。ウィルはその先を見て、横へ一歩ずれる。何も飛んでこないのはわかってるが、杖の前を塞いでいるのは少し落ち着かない。プリシラがウィルの横へ並び、同じ方を向いた。
二人が離れ過ぎれば、間を通られる。近すぎれば、エレノアの前に二人の背中が並ぶ。ウィルは自分から彼女の顔が見えるところまで寄り、ここでいいか、と目で尋ねた。エレノアが頷く。
「僕はプリシラの横にいるよ。後ろへ抜けてきたら、止めるから」
口にしたところで、柄に添えていた指へ力が入った。今朝は、ゴブリン一匹を止めることもできなかった。次は自分だけでは済まない。
エレノアがこちらを見ていた。
「兄様。私も声をかけますから、聞いていてくださいね」
「うん。頼りにしてる」
今度は、すぐに答えられた。エレノアの顔が緩み、プリシラが二人の間を覗く。ウィルはナイフから手を離した。村の道では、三人が並んでも肩はぶつからない。戦闘に入ったら、今話したポジションへそれぞれが動かなくてはならなかった。
ナイフとポーチを確かめる。戸口で待つプリシラはニコニコしながら、準備が終わるのを待っている。ウィルはナイフを引き出して持ち直した。シルトから貰った柄は掌に収まるが、刃は腕よりずっと短い。
どの向きから手を伸ばせばすぐに抜けるか、もう一度試した。ポーチに腕を引っかけずに手が届く場所へ直し、刃をしまう。エレノアが戸口の横へ退き、出る場所を空けてくれる。ウィルはケイトにもらった帽子を被り直し、二人のもとへ戻った。
*
村を離れてしばらくは、プリシラの話す声がよく響いた。
木々が道の両側へ迫ると、葉の重なるところと、空の見えるところが交互に現れた。幹の間には草地が続いているが、その先はまた木立に遮られ、奥まで見通せない。三人の歩く幅も自然と狭まり、先頭のプリシラが後ろを確かめた。
「ここ、根っこが出てるよ」
ウィルは足元を見てまたいだ。後ろから、エレノアの小さな礼が聞こえる。根は道の向こうまで続き、土から浮いているところもあった。踏めば靴が滑りそうで、ウィルはその間へ足を置く。エレノアも同じところを通り、三人の足音がまた続いた。
獣道から木陰へ入ると、腕に当たっていた日差しが途切れた。踏んだ葉が靴の下で潰れ、そのたびに、草の奥で何かが動いたようにも聞こえる。プリシラの背中だけを見ていれば楽だったが、そうしている間に、横から何かが来るかもしれない。
ウィルは道の脇へ目を向けた。日なたでは薄い葉の向こうまで見えるのに、木陰へ入ると、その奥が黒く重なる。枝の下へ視線を下げ、幹と幹の隙間を確かめ、それから後ろを見る。エレノアはすぐそばにいた。
道の端に伸びた枝が、彼女の服へ触れかけていた。ウィルは通り過ぎる前に枝を押さえた。エレノアが脇を抜けると、細い枝が掌を押し返してくる。手を離した途端に揺れた葉へ、ウィルはつい目を向けた。自分の動かしたものの音さえ、木立の中では急に大きく聞こえた。
「歩きにくくない?」
「大丈夫です。兄様こそ、前を見ていてください」
「あ、うん」
木立が少し開けたところで、プリシラが足を緩めた。ウィルたちを待ちながら先を見て、脇の茂みにも目を配る。彼女が進むと、二人も続いた。
ウィルは前ばかり見ず、通り過ぎた幹の形も確かめた。戻る時には反対側から見ることになる。似たような木が並ぶ中で、来た道を見失いたくなかった。
裂け目のある幹を通り過ぎ、振り返る。こちらから見ても裂け目は分かった。けれど、隣の低い枝は幹に隠れ、行きにはよく見えた草地が、今度は葉の向こうにある。足を緩めたウィルに、プリシラも振り返った。彼は追いつき、エレノアが後ろにいるのを見てから、前へ向き直った。
プリシラが振り返って笑いかけた。その耳が、ふいに道の先へ向く。笑みが消え、彼女は片手を上げた。
「待って。前にいる」
ウィルは足を止めた。葉が擦れている。ほかには何も聞こえなかった。
プリシラの耳は道の先へ向いたままだった。ウィルもそちらを見る。草の上に、低い枝の影が重なっている。目を凝らしても、どこにいるのか分からない。彼は帽子の縁を少し上げ、ナイフの柄へ手を伸ばした。さっき自分が揺らした葉の音とは違うものを聞こうとして、息まで浅くなった。
「右にも。木の向こう」
プリシラは二人の前へ出た。
道の先で、草が揺れていた。
低い姿が現れた。ゴブリンだった。こちらに気づくと口を開き、何かを喚きながら近づいてくる。丸い木の盾が草を押し、もう片方の手では、棘のついた棍棒を持ち上げていた。
ウィルより背は低い。それでも、振られた棍棒はナイフより先まで届きそうだった。盾の縁には土と草がついている。こちらを見て足を緩めるどころか、ゴブリンは盾を前へ出し、道の真ん中へ進んできた。
ナイフの柄を握った途端、手のひらに汗を感じた。朝、向こうから近づいてくる相手を見ながら、いつ動けばいいか分からなくなった。その時と同じように、足が土へ沈んだ気がした。
「兄様、右の木のそばです」
エレノアの声に目を動かす。太い幹の陰から、もう一匹が出てきた。木の陰にあった盾が、光の中へ出る。ウィルがナイフを抜いた時には、そちらの棍棒も持ち上がっていた。
草を踏む足は、こちらへ真っ直ぐには向かわない。幹の脇を通り、道の端へ近づいてくる。ウィルはナイフを握り直した。今朝より手がよく動いている。だが、刃を見れば、盾を持つ手にさえ届きそうになかった。
二匹。手前の一匹は行く手を遮り、もう一匹は脇の草の中にいる。
「あたしがこっちに行くね!」
プリシラが手前へ踏み出した。ウィルは右の一匹へ体を向ける。瞬間、追いかけたくなる衝動を抑えて、エレノアの前に立った。
「脇は僕が見る」
思っていたより声が出た。
左の視界の端でプリシラが身を屈めたのが見えた。前のゴブリンが棍棒を振り下ろす。彼女はその横へ踏み込み、盾へ拳を当てた。丸い盾が傾き、草を踏む足が一歩ずれる。ウィルはそこまで見て、右へ顔を戻した。
こちらのゴブリンも盾を構えていた。ナイフを向けると、盾の縁が少し動く。刃が隠れた向こうで、棍棒だけが高く見えた。ウィルは横へ足を置き直した。エレノアを背中に隠したまま動こうとすると、足元の根に踵が触れる。
踏み込みたいのに、踏み込む場所がない。ウィルは根から足を外し、端へ少し寄った。ゴブリンは幹の向こうへ隠れかけた。追えば、後ろが空く。彼はナイフを下げず、木の陰から出てくる相手を待った。
ゴブリンが木の根を乗り越える。その足が地面につくところを、ウィルは見ていた。




