013_帽子と伝言
鍛冶屋の入口をくぐると、石の段を二段上がって店内へ入った。中央の長い木の台と、奥の赤い炉が先に目に入る。炉の熱が、入口からすでに頬へ届く。左右の防具や刃物は、ぼんやりと輪郭だけが分かる。金床のそばには砥石と水樽があり、炭の匂いが炉の熱に混ざっている。酒場で覚えてきた用件を、頭の中で確かめる。
ウィルが声をかけると、ケイトがこちらへ顔を向けた。赤系の髪を後ろで束ね、頭に白い頭巾を着けている。祝いの言葉が、用件より先に飛んでくる。
「ようウィル、成人おめでとう。もう冒険者の登録は終わったのかい?」
ケイトの顔を見ると、ウィルはようやく、いつもの村へ戻ってきた気がした。酒場も村の中なのだから、おかしなことだ。けれど、知らない騎士たちの前で話し続けている間は、ずっと背筋を伸ばしていた。ここなら、呼び方も分からなくて困る相手はいない。台の前まで進み、両手を軽く組む。
「こんにちはケイトさん。さっき登録して、試しに1つプリシラとクエストをこなしてきた所です」
「プリシラも楽しみにしていたもんね。まぁ無事でなによりだよ」
鍛冶屋のケイトは、ウィルにとって、昔から知っている年上の一人だった。話せば気軽にからかってくるが、仕事の腕まで軽いわけではない。値も品も、ごまかしのない店だと村では通っている。祖父のゼビットから継いだ道具が、台の端や炉のそばに並んでいるのも、村の子なら知っている話だ。金床の表面の傷も、槌の柄の磨きも、彼女が一人で継いでからの仕事の跡だと、ウィルはぼんやり思っていた。だから、騎士団へ紹介すると約束してきた。
その用件を切り出す前に、ケイトの目がウィルの身なりへ向いた。職人の目だった。肩の縫い目から裾の傷みまで、一度で測るような視線。展示の防具を見る時と同じ、値踏みではなく、危ない所を探す目つきだ。
「ってアンタ、まさかその格好で行ったのかい? 冒険者としてやっていくなら、ちゃんと防具を揃えなきゃ死んじまうよ」
何を言われているのか、一拍遅れて分かった。今朝もらったナイフも大事に使うつもりだった。だが、相手の攻撃から身を守ることには、まだ足りないものがある。ゴブリンの攻撃を受けた時のことを思い出して後頭部がすこしむず痒くなる。そういえば、部屋に入ってからは炉の熱を受けて肩のあたりも熱いと感じる。シャツ一枚の薄さが、急にはっきりした。店先の革胴当てや籠手に、小さな札が下がっている。冒険者としての一歩が、装備の話から始まることを、ケイトは先に教えてくれたのだと思った。
「こっちも商売だからタダってのは無理だけど、安くしといてやるから、早くお金貯めてウチで一式揃えていきな」
「うん、これからは冒険者としてお世話になります」
ウィルは入口脇の防具へ目を戻した。金が必要なことが、また増えた。安くしてくれると言っても、胸当て一枚でも村の日雇い何日分になるだろう。一式そろえるとなれば、今朝登録したばかりの自分の財布では到底足りない。借りるにしても、返すあてを先に考えねばならない。今朝の一撃を思い出すと、買わずに済ませようとは思わないが。冒険者になったその日から、防具の値段と借金の重さが、ナイフの重さの隣に乗ってくる。
「……アタシらの下着盗んで喜んでたイタズラ坊主が、いっちょ前になったもんだよ」
真面目に頷いたところへ昔の悪戯を持ち出され、ウィルは口を結んだ。今は、その話をしなくてもいいのに。さっき身なりを測った目は、もう笑いに戻っている。それでも、防具を揃えろという助言だけは、冗談の調子ではなかった。
「……ちゃんとした大人になれるよう頑張ります」
「はっはっは! まぁ男の子だもん、仕方ないわ!」
ケイトは声を上げて笑った。
「でもま、成人してちったぁ男前になって来たんだし、女の子の下着じゃカッコつかないからね。代わりにこれでも被っときな!」
渡されたのは、レザーキャップだった。茶色い革の匂いがする。ウィルは受け取って、ケイトの顔を見た。さっき、ただでは渡せないと言っていたばかりだ。それなのに、支払いを求める言葉は続かなかった。
「そう高いものじゃないけど、お祝いさね」
「ありがとうございます!」
ウィルは帽子の内側を覗き、両手で持ち直した。縫い目がまっすぐに通っている。指で縁をなぞると、革はまだ硬く、型が新しい。身を守る物を揃えろと言ったケイトが、その最初の一つを渡してくれた。シャツの薄さを心配していたケイトが、祝いとしてこれを渡している。礼を言って終わりにせず、ちゃんと使って帰ってこようと思った。祝いの品を出す手つきにも、祖父の店を継いだ職人の癖が出ている気がした。
「いっぱしの冒険者になれたら、息子のレザーキャップの下取りもしてやろうか♪」
ウィルは帽子を持ったまま、顔を上げた。ケイトは笑っている。意味を聞き返すのは、もっとまずい気がした。祝いの帽子を渡した手が、まだ台の縁に残っている。
「喜べよ」
「素直に喜ぶのもなんか違うかなって」
「なんだよ。もうお姉さんには興味なし?」
「そんな事はありません。興味津々です」
「にひひ。素直じゃん」
「そりゃー美人に興味ない男なんていませんよ」
「ふ~ん、言うね~。それじゃーさ」
ケイトが台へ肘をついた。言い返したつもりだったのに、ますます楽しそうな顔になっている。
「アンタがもしBランクまで上がれたらご褒美あげる」
「……ご褒美?」
「ん~、そうだねぇ」
ケイトは少し考え、口元を緩めた。
「その時履いてる生パンティ、アンタの目の前で~……脱いで あ げ る ♥」
言葉の途中で察したが、止める暇はなかった。ウィルは帽子を握り直した。革の縁が、手のひらに食い込む。
「ケ、ケイトさん!?」
「その先はアンタ次第だよ♥」
楽しそうに笑われ、ウィルは返事に詰まった。冗談なら冗談だと、先に言ってほしかった。Bランクが遠いことだけは、よく分かっていた。
「あ、そうだ。エレノアからアンタに言付け頼まれてたんだ」
「いきなり話変わりますね。エレノアが?」
今度は、ちゃんと聞かなければならない話だった。帽子を持ち替え、ケイトの目を見る。今朝はリリシラの家で三人並んで話したばかりだ。みんながいるところでは言いにくかったのか、別の用事なのか。分からないので、本人の口から聞くしかない。
「村長んちの教室でまってるから来てくれって。用事は本人から聞いとくれ」
「わかりました、この後いってみます。ぁ、そうだ。僕もケイトさんに用事があったんだった」
「なになに? デートのお誘い? しかたないなぁ~、ちょっと着替えてくるから……」
「違いますよ。実はカクカクシカジカで……」
やっと、自分の用件に戻れた。ウィルは装備の整備や調達を相談できる職人を探していること、酒場で紹介すると約束してきたこと、騎士団の調査隊のことを説明した。
おっちゃんの工房でも農具や工具の取り扱いはしているが、刀剣の研ぎや鎧の留め具の直しは、鍛冶屋の仕事になる。駐留の騎士が帯びる剣は、畑仕事の鎌とは刃の扱いが違う。留め具が緩んだ胴当てや、欠けた鍔も、鍛冶屋でなければ直せない。駐留が続けば装備のメンテナンスが必要になるし、この村には鍛冶屋はケイトだけだ。普段世話になっている分、割の良い仕事を紹介する事で、少しは恩返しになれば良いと思った。
「あぁ、酒場の騎士様ね。おっけ~。この後すぐにでも挨拶に行くとするよ」
ケイトは台の上へ目をやり、片づけにかかった。短剣を鞘へ戻し、羊皮紙を畳む。指先の運びが、ふざけていた時とは違う。その手際を見て、ウィルも帽子を抱え直す。紹介した以上、相手に恥じない仕事をしてもらわねばならない。
「……仕事にかこつけてお酒飲む気でしょ?」
「……流石、アタシの事わかってるじゃない? これが愛ってやつかねぇ」
冗談にしては、否定がない。ウィルは、さっき自分が何を頼まれたかを思い出した。エレノアの伝言。教室で待っている、という話。
「僕がこの後、誰と会うか覚えてますか?」
ケイトの表情が変わった。
「エレノアにケイトさんは酒場に行ったと伝えておきますね」
「……すみませんでした。真面目に仕事します」
ようやく一度、言い返せた。ウィルは少し笑ってから、そこは本当に頼むと付け加えた。
「ケイト姉ちゃんの腕を信じて紹介するんだからね? 頼むよホント」
「わかってるって♪ ま、アンタも気をつけて行っといで」
「約束守るまで死ぬんじゃないよ」
「はい!」
ウィルは礼を言い、受け取った帽子を被った。祝いの帽子は店頭の商品とは少し違って、軽くて丈夫な特製だった。もう一度頭を下げてから店を出る。あとはケイトに任せ、足は村長の家の教室へ向いていた。エレノアが待っている、という伝言だけを胸に残して、店の石段を下りる。




