012_知っている人の仕事
二人が椅子に腰を下ろすのを待ち、ウィルも元の席へ戻った。おっちゃんは杯を卓の端へ寄せ、マスターは卓の手前へ両手を揃えた。隊長と副長の視線が、二人に向いた。
「紹介します。酒場のマスターと、工房のおっちゃんです。おっちゃんは一応、工房の親方なんです」
「一応ってなんだよ」
すぐに文句が返ってきて、ウィルは少し笑った。子供の頃からそう呼んでいるので、初対面の人へ紹介する時まで、おっちゃんになってしまう。だが、仕事の腕を疑っているわけではない。むしろ、だから呼びに行ったのだ。
「マスターの料理が絶品なのはお二人ももうご存知だと思いますが、この村だと他の料理屋もないので、大量の食材調達だったらマスターに相談するのが良いと思います」
ウィルが紹介すると、マスターは二人へ頷いた。卓に並ぶ鶏の骨と、まだ湯気の残る野菜の皿が、その言葉の証明のように見えた。
「ご覧の通り大きな村ではありませんので、月イチの商隊以外に定期で食材を仕入れているのは、この村だとウチだけになります。騎士団の方でしたら保存の効く物は部隊の方で補充されますでしょうか? 生鮮食品の仕入れの取りまとめという事でしたらお力になれるかと思います」
「お話が早くて助かります♪」
副長が答えた。保存の利くものと、そうでないもの。ウィルは卓に並ぶ料理へ目を落とした。自分は食料を頼みたいとしか伝えなかったのに、マスターは部隊で何を用意できるかまで確かめている。
二人の話が一区切りつくのを待ち、ウィルは隣のおっちゃんを紹介した。
「おっちゃんはずっと酔っ払ってますけど、見かけによらず腕はピカイチで仕事も早いんですよ」
「いちいち一言多いなオイ」
睨まれても、ウィルは笑って受け流した。腕のよさについては、本当に頼りにしている。おっちゃんの指の腹には、長年の削り傷が薄い線になって残っている。
「取り急ぎ分かっている物で、野営地向けの簡易ベッドが10から、できれば20ほど。その他、作業台やら現地で必要そうな物を都度注文したいのだが、どの位の期間で用意できそうかな?」
隊長は指を折りながら数え、おっちゃんへ顔を向けた。副長は腰のポーチへ手を伸ばしかけ、帳面を出す代わりに、隊長の注文を耳で追う顔になった。記録は後でまとめるつもりなのだと、ウィルは察した。
「希望の形状と資材調達次第だが、作るだけなら簡易ベッドは2日~3日ありゃ十分だ。その他も、家財は基本的に日産3~4台って感じだな」
「いや、待ってくれ。確かに早いと助かるが、あまり簡易過ぎても困るんだ」
ウィルは、今度はおっちゃんが何と答えるのかを待った。初めて仕事を頼むのだから、相手が確かめたいのも分かる。自分が知っているというだけで、騎士団の人まで安心してくれるわけではない。
おっちゃんは、隊長たちが使っているテーブルを示した。天板の木目が、ランプの下でくっきりと見える。
「あんた方がいま飯食ってるこのテーブル。材木の加工から1台4時間で俺が一人で作ったモンだぜ」
「コレを4時間!?」
「本当ですよ。ここの内装は全て親方に作って頂いたものですので」
マスターは、驚いている副長へ頷いた。壁の棚も、丸椅子の脚も、カウンターの縁も、同じ手つきで作られたものだとウィルは知っている。子供の頃、この店が新しくなった時、おっちゃんが一日中鉋をかけていたのを見た。
「目の前で、それはもう飴細工でも作るみたいに……。私が見たどんな魔法より魔法みたいでしたよ」
隊長が卓の縁へ手を置き、傍らから脚の方へ目を向けた。副長も手元の皿を少しずらして、天板を確かめる。二人の視線が、おっちゃんへ戻った。
「魔法ではないので?」
「俺が魔法使いに見えるかい?」
「どう見てもタダの酔っぱらいだよね」
「お前なんか俺にだけ当たり強くない?」
「でも尊敬してるよ!」
そこは、本当のことだった。
「よせやい、照れるじゃねぇか……」
おっちゃんが笑った。ウィルも笑う。その顔を見て、おっちゃんが眉を寄せた。
「……あれ? まって? 当たり強いの否定してないね?」
ウィルが返事をする前に、隊長の声が割って入った。
「これを技術だけで4時間とは……。素晴らしい」
「ぉ、ぉぅ。美人のねーちゃんにそう褒められちゃ張り切っちまうな」
おっちゃんの顔が、また隊長へ向いた。褒められて、いつもの空元気とは違う赤みが一瞬だけ残る。
「資材の発注も受けられるが、勿体ねえだろ? 何人か引き連れて現地まで行ってやるよ。そっちの人員で木を切って運んでくれりゃ、加工だけなんで安く上がるし早いぜ?」
「ありがたい! まさかこんな素晴らしい職人に出会えるとは!」
「王都の芸術家ぶった工房の連中に爪の垢を煎じて飲ませてやりたいですね」
副長が口を挟むと、おっちゃんはすぐに頷いた。
「品格だの色彩だのと、騎士が現場で使う道具に訳わかんねーこと抜かすのは相変わらずかい? 美しさなんてのは機能の内に有るべきだわ。王都にはソコを履き違えててしょーもねーのが多いよな」
「おや? お詳しそうですね?」
隊長が顔を上げた。ウィルも、おっちゃんを見る。いつもの酒場で聞く話とは、少し違っていた。王都の工房の話など、村では聞いたことがない。
「むか~し、ちっとな」
「なるほど。良ければそのうち、晩酌でも共に致しましょう」
「嬉しいねぇ。きれーなねーちゃんの誘いならいつだってウェルカムだぜ」
嬉しそうな返事を聞いて、ウィルは笑った。世話役が間に入る必要は、もうなさそうだった。
「さて、あとは装備品ですね。そっちもアテが在るので、腕のいい職人をお連れしますよ」
食料と家財には話がついた。残りを忘れないように、ウィルはそう伝えた。鍛冶屋のケイトの顔が、頭の中に浮かぶ。
「軽い気持ちでお願いしたお世話係でしたので、適当な若い人を充てがわれたかと思いましたが……。ここの村長さん、やりますね」
「人選も確かにそうだが、ここは彼を褒めるべきだ。素晴らしいよウィルくん。その若さで素晴らしい人徳だね」
隊長の目がウィルへ向いた。そこまで言われると、今度は違う意味で返事に困った。褒められているのが分かって、照れで言葉が出ない。
「い、いえ……。すごいのは村の皆で、僕はお世話になってるだけですから」
ウィルはマスターとおっちゃんへ目を向けた。二人とも、困った顔をするどころか、笑っている。
「騎士様ももうお分かりかと思いますが、彼はこの通り、とても良い子なんですよ」
マスターに言われ、ウィルは頭を下げかけた。おっちゃんも大きく頷いている。
「ちょっとやんちゃな所もあるけどな。他の若いのに比べたら全然マシだぜ。実直で真面目な俺の後継者候補だ、ガハハ」
「あぁ、君は職人だったのかい?」
「おっちゃんが勝手に言ってるだけですよ。僕は冒険者です。成人して今日登録したばかりですけど」
「おや、成人したてだったのかい? それは少し意外だったよ」
隊長が目を丸くした。副長は少し考え、彼女へ向き直った。帳面にはまだ書かないまま、指名の案を先に口へ出す。
「……隊長。お世話係のお礼になるか分かりませんが、ここのギルドに何かお願いする時は、彼に指名依頼という形にしては如何でしょう?」
「あぁ、それは良い考えだ。是非そうしよう」
「指名依頼とは箔が付きますし、騎士団からの指名依頼となれば、ギルドからの評価もかなり高くなりますね」
マスターが言った。ウィルが顔を上げると、おっちゃんまで笑っていた。
「やったなウィル。俺の弟子を断ったんだ、死ぬ気で頑張んな!」
「は、はい!」
まだ、どんな仕事かは決まっていない。今すぐ大きな依頼を果たせると、認められたわけでもない。それでも、次に仕事を頼む時、自分のことを思い出してくれる人ができた。その意味は、ウィルにも分かった。
「それと、駐留している間に……空き時間だけで良ければ、稽古をつけてあげましょうか?」
副長の申し出に、ウィルは思わず聞き返した。
「えぇ!? 良いんですか!?」
「彼が相当気に入ったようだな副長」
「前途有望な冒険者にコネクションを持つのは団としてプラスでありましょう?」
「ふむ。違いない。では、たまにで良ければ私も少し見てあげよう。これでも騎士団を預かるものだからね、きっと良い経験を積ませてあげられると思う」
村の外から来た人たちに、そんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。
「ぁ、ありがとうございます! 僕、頑張ります!」
初めの挨拶より、ずっと迷わずに言えた。
「うむ。では、今後とも宜しく頼むよ」
おっちゃんが、さっそく必要な資材の話を始めた。隊長が応じ、副長はマスターへ向き直る。最初に声をかけた時には自分の挨拶だけで精一杯だった卓で、二つの相談が進んでいた。
ウィルは、邪魔にならないよう椅子から離れた。残る一人にも、話を届けなければ。食料と家財の細かな相談は、マスターとおっちゃんに任せた。装備の職人にも声をかけてくると告げて席を離れる。外へ出てから、ウィルはようやく長く息を吐き、鍛冶屋へ足を向けた。




