007_返していくために
「うう……その、利子はどれくらいでしょうか?」
聞かなければならないことだった。けれど、聞く前から少し怖かった。
利子という言葉は知っている。行商人と値段の掛け合いをする大人たちの口から、何度か聞いたことがあった。ただ、それが自分に向けられる日が来るとは思っていなかった。
「一日に一パーセントになっている。もちろん、利子で増えた分も含めて一パーセント増えるから、放っておくと借金がどんどん増えてしまうよ」
ウィルは、五十万Gの一パーセントを考えた。
五千G。
何もしなくても、一日でそれだけ増える。明日には、増えた後の額に、また次の利子がつく。
「うわぁ……」
声が勝手に漏れた。膝の上で指を折りかけ、途中でやめる。数えるほど、指が足りなくなりそうだった。
「お前が成人するまでの十年間は、無利子で都合していたわけだから、契約としても記載しているし、理解してくれるかね」
村長は証書の下の方を指で示した。細かな字の並ぶ行がある。ウィルは目で追ったが、数字のところで何度も引き戻された。
十年。証書の小さな手形が、その長さの始まりだった。この紙はその間ずっと、あの奥の部屋の引き出しで、自分が大人になるのを待っていたのだ。その間、村長の口から借金の話を聞いたことは、一度もなかった。
「うう……そうですよね」
ウィルは証書から目を上げた。窓の光が、卓の上の証書を白く照らしている。返事を待っている村長に向かい、一度唇を湿らせた。
「いえ、むしろ今まで思っていた以上に、お世話になっていたんですね。これから頑張って働いて返済します!」
「うむ、よろしく頼むよ。少しずつでもいいから返済していこうね。でないと、あっという間に借金が膨れ上がって、どうやっても返済できなくなってしまうからの」
「はい、分かりました!」
ウィルの返事に、村長は椅子の背へ少し体を預けた。張っていた肩が下がり、ひとつ息を吐く。それから頷き、また証書へ目を落とした。
「そう何度も細かくしても混乱してしまうからね、返済は一日一回だけ受け取るよ。金額はいくらでも構わないからね。それと、毎日返済する必要はないが、五日に一回は返済に来ておくれ。お前はちゃんと返済を頑張ってくれると、わしを安心させてほしいんじゃ」
ウィルは背筋を伸ばし、村長の口元を見て聞いた。一日一回。額はいくらでも。毎日でなくても良いが、五日に一回は必ず。指を一本ずつ折って、頭に刻む。
朝にギルドで依頼を探し、仕事を終えたらこの家へ寄る。五日のうちに一度は、どんなに少なくても、ここに帰ってきてお金を渡す。今日まで考えたこともなかった一日の形が、ぼんやりと見えてきた。
「もしも、ずっと返済に来てくれなければ、わしも相応の手段を取らざるを得ない。忘れないように気をつけるんじゃぞ? わしに話しかけてくれれば、いつでも返済は受け付けるからの」
「はい」
そこで村長は言葉を切った。ウィルが顔を上げるまで待ってから、口を開く。
村長の目は、ウィルではなく証書の上にあった。指先が、紙の端を小さく叩く。
「最後に……言い難いが、借金額が六十万Gを超えたら、返済不能とみなして奴隷商に引き渡すことになる。くれぐれも借金を放置したりしないようにの」
返事が喉に引っかかった。証書へ向けていた手を引き、膝の上で握る。
五十万から、六十万。一日に五千Gずつ、しかも少しずつ膨らみながら増えていく。ウィルは膝の上で、もう一度指を折った。十日では届かない。けれど、二十日は持たない。その差は、思っていたよりずっと近かった。
さっき頭をよぎった荷馬車の光景が、また浮かんだ。乗せられていくのは今の自分だった。
口の中が乾いて、うまく唾が飲み込めない。ウィルの様子を見て、村長は席を立った。
広間の隅には、腰の高さほどの壺が据えてあった。釉薬の照りの奥に、細かな模様が刻まれている。村長が蓋を取り、柄杓を差し入れると、澄んだ水がすくい上げられた。柄杓の縁からこぼれた滴が、壺の中へ落ちて小さく鳴る。
水呼びの壺だ。村の者は皆、川まで桶を提げて水を汲みに行く。ひとりでに水が湧くこの壺は、村でもこの家にしかない魔道具だった。壺の口からは、ひんやりとした空気が立ちのぼっていた。子供の頃、集まりの日に、底まで覗き込もうとして叱られた覚えがある。
村長は木の器に水を注ぎ、ウィルの前へ置いた。
「飲みなさい」
器を両手で持つ。冷たさが掌へしみてきた。一口含むと、喉の引っかかりが少しずつ流れていった。森を歩いて渇いていたことに、今になって気づく。ウィルは残りを一息に飲み干した。
「……そうならないように、頑張ります!」
器を置いてから言った返事は、先ほどよりはっきり口から出た。
「うむ。わしは決して、お前を不幸にしたいとは思っておらん。頑張って完済してくれる日を願っておるよ」
「村長……ありがとうございます!」
頭を下げると、飲み終えた器越しに村長の手が見えた。村長は卓を回ってきて、ウィルの肩に一度だけ手を置いた。重さのある、乾いた温かい手だった。
今日と同じように倒れてしまっては困る。棍棒が振り下ろされる直前の、鈍い風の音。目を開けた時に、すぐそばで聞こえたプリシラの声。無理をして怪我をすれば、仕事に出られない日が増えるだけだ。
急がなければならないのに、急ぐだけでは駄目だった。
「ああ、そうだ。それとは、別件なんだが……」
村長の声に、ウィルは考えを止めて顔を上げた。
「今、この村の近くに騎士団の調査隊が駐留しているのは、知っているかい?」
「噂くらいですけど……近くのダンジョンの調査とか」
「そうなんじゃ。それでな、しばらくいるそうなので、世話役を立ててほしいと言われていてね」
村長は証書から手を離し、ウィルへ向き直った。
「騎士団とのコネは、お前さんの将来に役立つと思うんじゃ。ウィルにお願いしようと思うが、どうかな?」
登録したばかりの自分でよいのだろうか。まずはそう思った。
けれど、村長は戦えと言っているのではない。世話役として、相手に会いに行ってほしいという話だ。ウィルは腰のポーチへ手を添え、しまってある冒険者カードを思った。今日、冒険者として受けた仕事は一つきり。それでも、頼まれる側に立てるのなら、断る理由はなかった。何をすればいいのかは、まだ分からない。それも、隊長さんに会って聞けばいい。
「ありがたいです! やらせてください!」
その場で返事をした。村長の口元が、ようやくいつものように緩んだ。
「うむ。それでは、酒場に隊長さんがいるから、手が空いたらご挨拶に行っておくれ」
「分かりました」
「くれぐれも、よろしく頼むよ」
念を押す声に、ウィルはもう一度、深く頷いた。借金の話の時より、村長の声はいくらか軽かった。
村長は証書を丁寧に畳み、折り目を指でなぞって揃えてから、奥の部屋へ持っていった。引き出しの閉まる音が、広間まで聞こえた。
ウィルも席を立った。空になった器を卓の端へ寄せ、戻ってきた村長にもう一度頭を下げる。五日に一度は、ここへ返しに来る。
*
村長の家を出ると、昼の光が目にまぶしかった。戸口を離れたところで、足が止まる。
振り返ると、板戸の取っ手の周りの濃い木の色が目に入った。大勢の村人が、この戸を開けて村長に会いに来る。その中には、自分と同じように何かを返しに来る人もいるのだろうか。
来る時に通った道が、目の前に延びている。洗い物はまだ風にはためき、どこかの家からは煮炊きの匂いが流れてくる。どこかで薪を割る音が、乾いて響いている。何も変わっていない。腹の虫も、思い出したように鳴った。
「さて、大変なことになってしまった……」
口に出してみると、自分の声が思ったより情けなかった。通りがかった鶏が、足元で首をかしげてこちらを見上げる。ウィルは苦笑して、その脇をよけた。
日はまだ高い。けれど、今朝ギルドへ向かった時とは、同じ一日とは思えなかった。
五十万G。一日に五千Gの利子。六十万Gを超えたら、奴隷商。それに、酒場の隊長さんへの挨拶。
指を折って並べてみると、片手で足りてしまう。それなのに、どれも一人で持つには重すぎた。一人で抱えて考えていても、同じところを回るばかりだろう。働き方を知っている大人に、まず話を聞いてもらいたかった。
思い浮かんだのは、リリシラだった。
時には親代わりもしてくれた人で、大事な家族。今朝も顔を合わせたばかりなのに、あの時には、自分がこんな相談をすることになるとは思っていなかった。
驚かせてしまうだろうか。きっと、心配もかける。
「とりあえず、借金の件はリリシラさんに相談してみよう」
ウィルはプリシラの家へ向かった。
この後は、プリシラと冒険の約束もある。リリシラに話せば、きっとプリシラの耳にも入るだろう。どんな顔をして会えばいいのか。考えているうちに、見慣れた戸口が近づいてきた。




