表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
胡蝶の夢  作者: 夜半堂
PR
11/13

第九夜「赦し」

雨雪は、

静かだった。


静かすぎて、

痛みだけが残る場所だった。



「……赦しとは何でありんすか」


胡蝶が言った。


誰にともなく。


獏は答えない。


暁も答えない。


紅も、冬乃も、人魚の声も。


ただ。


雨だけが落ちていた。



その夜。


雨雪の境界が、

ひび割れた。


音ではない。


気配だった。


「来たな」


獏が低く言う。


胡蝶が顔を上げる。


その先に。


“それ”は立っていた。



夜叉やしゃ


かつて、

胡蝶に救われたもの。


かつて、

胡蝶を救えなかったもの。


巨大な影。


赤黒い気配。


人でも、夢でもない。


ただの“守るための怪異”。


「胡蝶」


低い声。


地面が震える。


「もう、終わらせろ」



紅が一歩引く。


「……なに、あれ」


暁が息を呑む。


「妖だ」


獏が吐き捨てる。


「いや、“結果”だ」


胡蝶だけが、

動かない。


夜叉は続ける。


「ここには、

救えなかったものしかいない」


「ならばもう」


「赦せ」



胡蝶は、

ゆっくり目を細める。


「赦すとは」


静かな声。


「何を捨てることでありんすか」


夜叉の気配が揺れる。


「痛みだ」


即答だった。


「憎しみだ」


「記憶だ」


「お前自身だ」



雨が強くなる。


雪が混ざる。


雨雪が、

軋む。


胡蝶は微笑む。


「それは」


「死と同じでありんすね」


夜叉は答えない。


ただ、

近づく。



獏が一歩前に出る。


「やめろ」


夜叉は獏を見る。


「お前では止められん」


暁が叫ぶ。


「胡蝶!」


だが胡蝶は、

振り返らない。



胡蝶は夜叉を見ていた。


その目は、

恐れていなかった。


ただ、

懐かしそうだった。


「夜叉」


「……ああ」


「お前は、

まだ守っておりんすか」


夜叉の声が揺れる。


「守るしかない」


「それ以外に、

俺は生まれなかった」



沈黙。


雨が落ちる音だけが、

やけに大きい。


胡蝶は、

ゆっくり言う。


「赦しとは」


「誰のためでありんすか」


夜叉は答えない。


獏も答えない。


誰も答えない。



その時。


人魚の声が、

遠くで泣いた。


冬乃が、

顔を伏せた。


紅が、

傘を握りしめた。


暁が、

歯を食いしばった。


全ての“ここ”が、

揺れていた。



夜叉が、

一歩近づく。


「胡蝶」


「お前はもう、

十分だ」


「もう救わなくていい」



胡蝶は、

目を閉じる。


そして。


静かに笑う。


「それは」


「赦しではなく、

放棄でありんす」



白い蝶が舞う。


雨の中で。


雪の中で。


その境界で。



夜叉が、

初めて止まる。


胡蝶は言う。


「夜叉」


「わたくしは」


一拍。


「まだ、夢を聞いておりんす」


 ⸻


雨雪が、

少しだけ光る。


赦しは、

まだ始まっていなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ