第九夜「赦し」
雨雪は、
静かだった。
静かすぎて、
痛みだけが残る場所だった。
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「……赦しとは何でありんすか」
胡蝶が言った。
誰にともなく。
獏は答えない。
暁も答えない。
紅も、冬乃も、人魚の声も。
ただ。
雨だけが落ちていた。
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その夜。
雨雪の境界が、
ひび割れた。
音ではない。
気配だった。
「来たな」
獏が低く言う。
胡蝶が顔を上げる。
その先に。
“それ”は立っていた。
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夜叉。
かつて、
胡蝶に救われたもの。
かつて、
胡蝶を救えなかったもの。
巨大な影。
赤黒い気配。
人でも、夢でもない。
ただの“守るための怪異”。
「胡蝶」
低い声。
地面が震える。
「もう、終わらせろ」
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紅が一歩引く。
「……なに、あれ」
暁が息を呑む。
「妖だ」
獏が吐き捨てる。
「いや、“結果”だ」
胡蝶だけが、
動かない。
夜叉は続ける。
「ここには、
救えなかったものしかいない」
「ならばもう」
「赦せ」
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胡蝶は、
ゆっくり目を細める。
「赦すとは」
静かな声。
「何を捨てることでありんすか」
夜叉の気配が揺れる。
「痛みだ」
即答だった。
「憎しみだ」
「記憶だ」
「お前自身だ」
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雨が強くなる。
雪が混ざる。
雨雪が、
軋む。
胡蝶は微笑む。
「それは」
「死と同じでありんすね」
夜叉は答えない。
ただ、
近づく。
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獏が一歩前に出る。
「やめろ」
夜叉は獏を見る。
「お前では止められん」
暁が叫ぶ。
「胡蝶!」
だが胡蝶は、
振り返らない。
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胡蝶は夜叉を見ていた。
その目は、
恐れていなかった。
ただ、
懐かしそうだった。
「夜叉」
「……ああ」
「お前は、
まだ守っておりんすか」
夜叉の声が揺れる。
「守るしかない」
「それ以外に、
俺は生まれなかった」
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沈黙。
雨が落ちる音だけが、
やけに大きい。
胡蝶は、
ゆっくり言う。
「赦しとは」
「誰のためでありんすか」
夜叉は答えない。
獏も答えない。
誰も答えない。
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その時。
人魚の声が、
遠くで泣いた。
冬乃が、
顔を伏せた。
紅が、
傘を握りしめた。
暁が、
歯を食いしばった。
全ての“ここ”が、
揺れていた。
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夜叉が、
一歩近づく。
「胡蝶」
「お前はもう、
十分だ」
「もう救わなくていい」
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胡蝶は、
目を閉じる。
そして。
静かに笑う。
「それは」
「赦しではなく、
放棄でありんす」
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白い蝶が舞う。
雨の中で。
雪の中で。
その境界で。
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夜叉が、
初めて止まる。
胡蝶は言う。
「夜叉」
「わたくしは」
一拍。
「まだ、夢を聞いておりんす」
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雨雪が、
少しだけ光る。
赦しは、
まだ始まっていなかった。




