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胡蝶の夢  作者: 夜半堂
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第八夜「雨雪」

雨でもない。


雪でもない。


その夜だけは、

どちらでもなかった。


雨雪うせつ


花街の外れ。


誰も正確な場所を知らない。


ただ。


“救われない者は、

そこへ辿り着く”と言われていた。



胡蝶は、

その名を嫌っていた。


「雨雪とは何でありんすか」


獏は煙管をくゆらせる。


「さぁな」


「俺は好きじゃねぇ」


「理由は」


「全部混ざってるからだよ」


白でも黒でもない。


夢でも現でもない。


泣き声と雨と雪が、

同じ場所で落ちる。



その日。


最初に来たのは、

冬乃だった。


白布のまま。


雪を連れてきたように。


「……まだ、喰えますか」


胡蝶は目を細める。


「何を」


冬乃は、

ゆっくり布に触れる。


「鏡の夢を」


その後ろで。


紅い傘の影が揺れる。


「やめなさい」


紅の声。


「それ、もうあなたじゃない」


冬乃は笑う。


壊れた声で。


「じゃあ私は、誰ですか」



次に来たのは、

人魚の声だった。


水を引きずるように。


「ここにいる」


「見て」


「まだ、いる」


暁が顔をしかめる。


「……増えてる」


獏は低く言う。


「集まってきてるんだよ」


「ここは、

“溢れた夢”の終着点だ」



胡蝶は、

ただ座っていた。


何も救わない。


何も拒まない。


ただ聞いていた。


雨が降る。


雪が落ちる。


声が重なる。


「助けて」


「戻りたい」


「忘れたい」


「まだ痛い」


全部同じ声だった。



紅が言う。


「あなた、いつまで続けるの」


胡蝶は答えない。


暁が言う。


「限界だ」


胡蝶は微笑む。


獏が言う。


「もう喰えねぇものばっかだ」


胡蝶は、

ようやく口を開く。


「獏」


「んだよ」


「これは、夢でありんすか」


獏は黙る。


雨が強くなる。


雪が混じる。


世界が、

少しずつ壊れていく音がする。



その夜。


雨雪には、

すべてが来ていた。


救われなかった夢。


呼ばれなかった声。


選ばれなかった痛み。


全部。


全部。


胡蝶は、

それを見ていた。


そして静かに言う。


「……ならば」


「ここは、

夢の墓でありんすね」


獏が目を細める。


「気づくの、遅ぇよ」



白い蝶が舞う。


雨の中で。


雪の中で。


どちらでもない場所で。


胡蝶は立ち上がる。


「ここにいるものは」


一度、止める。


「皆、私と同じでありんす」



その瞬間。


雨雪が、

少しだけ静かになる。


誰かの泣き声が、

遠くへ消えていった。


代わりに。


静かに、

何かが目を開ける音がした。

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