第8話 第二の人生
第五十三地区は、大教会のある中心部と違って、ひどくひなびていた。
低い屋根を持つ家が並び、建物よりも、畑の方が多い。
耕された土には、多くの野菜が植えられていた。
どうやら、神都における食糧部門を担っているところのようだ。
(大都市にある割に、クソ田舎みたいな場所だな)
娯楽など何もなさそうだと思いながらロウが歩いていくと、やがて、道の向こうに教会の建物が見えて来た。
白と青の煉瓦を用いた綺麗な造りをしているが、大教会を見た後だと、かなり小さく見える。ほとんど別の施設だ。
それでも、屋根の辺りにある鐘は、本部のそれと酷似していた。
(ここか……調べたところ、確か支部には基本、神官と統括神官がいるはずだが)
教会支部を取り纏める立場にある統括神官は一人だが、教会の規模によっては神官が複数いることもある。
ただ、第五十三地区教会の大きさを見るに、神官も自分以外では一人だけだろう。
(先に連絡しているって言ってたが、中に居るのか?)
ひとまずは教会に入ろうと、ロウが足を踏み出すと、
「あれ? もしかして、レイダーさんですか?」
背後から声が聞こえて、振り返った。そこには、一人の少女が立っている。
水色の長い髪を一本にまとめて後ろに垂らしており、垂れがちな目には同じ色の瞳。
その身にはロウが着ているのと同じ、やや布があまりがちな神官服を纏っている。
ただし、外からそうと分かるほどに豊かな胸だけが唯一、苦しそうに生地を押し上げていた。どう見ても神官だが、不自然な点が幾つかある。
頭に麦わら帽子を被っており、両手に提げた布袋には、大量の野菜が詰め込まれていた。
加えて、露出した顔や手が、黒く薄汚れている。
農家の娘さながらの、野性味溢れる格好だ。
「そうですが……」
「ああ! 失礼しました。そろそろ来る頃だとは思ってたんですが――きゃあ!?」
少女は笑顔でロウに歩み寄ろうとして、その途中で、派手にすっ転んだ。
教会へと続く道は石畳が敷き詰められているのだが、経年劣化によってそこかしこが欠けており、そこにつまずいたようだ。
とは言え、足の弱い老人ならともかく、どう見ても十代らしき若者が引っかかるようなものでもない。
「……大丈夫ですか?」
布袋からごろごろと転がった馬鈴薯や玉葱を拾い上げながら、ロウは近付いていった。
「え、ええ、なんとか。すみません。わたし、たまにこうなるんです」
少女は苦笑いしながら体を起こし、埃を払いながら立ち上がる。
「こうなるって、転ぶってことですか」
「はい。どうにも鈍くて、小さい頃から、あちこちで蹴躓いちゃって。おかげで受け身が得意になったんですよ」
いやそもそも転ばないようにしろよ。
と、思わず突っ込みかけたロウだったが、寸でのところで自重した。
「オレの名前を知ってるってことは、もしかして五十三地区にお勤めの神官ですか」
野菜を渡しながら尋ねると、少女は布袋を二つとも地面に置いて「ありがとうございます」と一つ一つを丁寧に受け取りながら、軽く頷いた。
「はい。アイシャと申します。今日から教会に所属するレイダーさんですよね。どうぞ、よろしくお願いします」
ぺこり、と音が鳴りそうなほど深々と頭を下げたアイシャの腕から、先程ロウより渡された野菜がぼろぼろと転げ落ちた。
「ああ!? はわわわわわわわわわ」
慌てたようにしゃがみこみ、急いで野菜を回収するアイシャ。
しかし動揺している為か、掴む端から馬鈴薯や玉葱が逃げていく。
「やや、野菜さん、大人しくしてくださーい!」
少し涙目になりながら野菜を手に掴もうとするのに見兼ね、ロウはその場に膝をつくと素早く全てを拾い上げた。
「どうぞ」
「あー、すみません。レイダーさん、器用ですねえ」
にこにこしながら野菜を貰うアイシャにロウは、いやあんたが特別に不器用なんだろ、と言いかけたものの、無用に傷つける可能性を鑑みてやめた。
「ところでこの野菜、どうしたんですか?」
「ああ。巡回をしていましたら、近くの農家の皆さんが収穫するというので、お手伝いしたんです。そうしたら、お礼にって沢山頂いたんですよ」
それで顔や手が汚れていたのか、とロウはようやく合点がいく。
「そういうのも、教会の仕事なんですか」
「いいえ? 全然?」
「……は?」
「たまたま通りかかったら、人手が足りなさそうだったので、お声がけしたんですよー。喜んで頂けて何よりでした」
「……はあ。それで貰ったのが、野菜だけと」
汚れ具合からして、かなりの労働であったのは明らかだ。割に合わないのではないかとロウが思っていると、
「野菜だけじゃないですよ!」
と、なにやら自慢げな顔で、アイシャが言った。
「へえ。しっかり報酬は貰ったんですね」
当然だろうなとロウが頷くと、アイシャは「ええ!」と得意満面の様子で告げて来る。
「農家の皆さんの、笑顔を頂きました!」
「バ」
カなのか、と言いかけて、ロウは自分の口を手で覆った。危ない。今度こそ口に出るところだった。
「バ? バってなんですか?」
「……ああ、いえ。馬鈴薯が美味しそうだな、と」
急いで適当に誤魔化すと、アイシャは「ああー!」と納得したように、笑みを深める。
「レイダーさんもそう思います? これ、茹でてバターをとろかしたら、もう最高でしょうねえ」
「ああ、ええ、まあ、そうですね……」
どうやら、本気で言っているようだと、ロウは呆れ果てた。
(世の中には居るんだな……真正のお人好しというか、利用されて搾取される側の奴っていのが)
こういう女が易々と詐欺に騙されるんだよな、とロウはやがてアイシャに訪れるであろう未来に同情する。
「どうしました? レイダーさんも馬鈴薯食べたいんですか? ちゃんと分けてあげますから、安心して下さいね」
「……ありがとうございます」
「いえいえ。では、教会にご案内しますから、こちらにどうぞー」
野菜を抱えたままのアイシャに先導され、ロウは五十三地区教会支部の扉を開いた。
「ただいま戻りましたー! 途中でレイダーさんにもお会いしましたよ!」
薄暗い室内には、左右に数個の長椅子が縦に並んでおり、奥の方に祭壇が設置してある。
太陽を象った垂れ幕が壁から下がるところに、誰かが立っていた。
灰色の髪を短く切り、穏やかなそうな顔つきをした男性だ。
その体には、ロウやアイシャと同じ神官服を着ていたが、肩の辺りに青い線が縫われている。
「おや、お帰りなさい、アイシャさん。レイダーさんも、初めまして。この教会を預かっております、クリフと申します」
「初めまして。ロウ=レイダーです」
やはりか、と思いながら、ロウはクリフに向かって頭を下げた。
神官服の方に縫われた線は、着ている者の地位を示している。
無印であるならば、神官。青い一つ線は、統括神官。二つであれば、副神官長。
赤い一つ線が神官長で、太陽の紋章であれば、神官総長となる。
「歓迎しますよ。以前まで居た神官が辞めた為、この教会には少し人手が足りなかったもので」
「そうですか。出来る限り頑張ります」
頷いたロウに、クリフは優しげな笑みを浮かべた。
アイシャよりはずっと落ち着いているが、彼も善寄りの人間であるようだ。
「あなたの指導役は、アイシャにお願いしました。彼女もこの教会にはなくてはならない人材です。学ぶべきところは多いと思いますよ」
ロウが視線を向けると、アイシャは頬を赤く染め、「そ、そんな、えへへへへへへ」と奇妙な笑い声を上げていた。
「分かりました。では宜しくお願いします、アイシャ先輩」
が、何気なくロウが声をかけると、「ひゃっ!」と体を竦ませる。
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