第7話 暗殺者から僧侶へと
「……は……?」
「転職して、僧侶になる。そうすれば、ヴィシュア教会の懐に入り込める」
「は……は?」
「僧侶で出世して――ティアに再会する」
ロウの話に、目を白黒させながら反応していたウーニャは、
「は……」
硬直したまま、天を割るような叫びを上げた。
「はあああああああああああああああああああああああああああああッ!?」
ジョブは、経験を積むことで、する。
最初は誰でも『レベル1』だが、レベルアップして数字を増やしていくごとに、新たなスキルを取得し、付与される身体能力も増加する仕様となっていた。
経験を積む方法はジョブによって異なり、たとえば【剣士】や【戦士】は『魔獣を打ち倒すこと』であり、【魔導士】や【僧侶】であれば、『魔法を使って相手を攻撃する』や『奇跡を使って相手を補助する』ことがそれに当たる。ちなみに、暗殺者の場合は『生命体の命を奪う』ことだ。
条件を一定の数こなすことで、レベルは上がり、スキルもステータスも強くなっていく。
だがレベルアップも無限ではなく、いずれは上限が訪れることになっていた。
ただ、最大レベルである『9999』に至るまでは、相当に経験を積まなければならず、並のジョブ持ちでは生涯を費やしても達しないと言われている。
それでもレベル9999という偉業を成し遂げた者には、二つの報酬が与えられた。
一つは『奥儀』と呼ばれる、特別なスキル。
一日に限られた回数しか使えないが、とてつもなく強力な力を発揮するものである。
そしてもう一つは――【転職】。
適性ある者は、ヴィシュア神を象った像に祈りを捧げ、望むものを伝えることで、ジョブを授かる。
ただし通常は、一度選んでしまうと他のものに鞍替えすることは出来なかった。
だが【転職】は、その不可能を可能にする。
レベル9999の状態でヴィシュア像に再び首を垂れると、別のジョブを手に入れられるのだ。
更に元のジョブが持っていた身体能力や、スキルはそのまま保持できる。
つまり『魔法を使える剣士』や『盗賊の素早さを持つ力自慢の戦士』など、本来であれば、ありえない双方を両立できるのだ。
ただし、転職した場合、そのジョブのレベルは1になる。
一からまた鍛え直しとなる為、再びの労力を考えると、あまり挑戦する者がいないのが現状であった。
そもそもレベルが限界値に達する者もほとんどいないので、転職できるジョブ持ち自体が稀少なのだが――。
『転職が完了しました。ロウ=レイダーの現在のジョブは【僧侶:レベル1】です』
ロウは表示させた文字を確認し、「よし」と呟いた。
ジョブを持っている者は、意識を集中することで、虚空に文字が浮かび上がる。
ヴィシュア神による恩恵の一つであると言われており、自分が授かったジョブの情報や、保有しているスキルの詳細、ステータスの付与数値などが一度に分かるようになっていた。
またそれだけでなく、ジョブに変化が起こると、その都度、知らせてくれるようになっている。
『【暗殺者:レベル9999】によって得たスキルや身体能力は、そのまま移行します。力+8500、防御+8600、素早さ+9999、器用+9999。スキル:《形縛》《暗歩》《転瞬》《短期睡眠》《防具破壊》《武器破壊》《壁歩行》《気配遮断》《武器無限増殖》《命中固定》《視覚増幅》《聴覚増幅》《夜の眼》――』
続けて表示されたステータスの数値やスキル表を、手でなぜることで消した。
今更、暗殺者時代の情報を確認する必要もない。
「【僧侶:レベル1】、力+1、防御+2、素早さ+1、器用+1、魔力+3。スキル【奇蹟】:《治癒術(初級)》《毒浄化(初級)》」
次に現れた【僧侶】の情報にざっと目を通す。魔力とは【奇跡】の効力を示すものだ。数値難ければ高いほど強力になる。
全て確認した上で、ロウは同じく、情報を手で払って消した。
これで準備は完了。後は、ヴィシュア大教会に赴くだけである。
(それにしても……さすが神都というべきか。相当にデカいな)
ロウは街に入り口に立ち、景観を眺めながら、新鮮な驚きを味わっていた。
以前まで住んでいた王都も、世界的にみてかなりの規模を持っていたが、ここはそれを遥かに凌ぐ。
それだけ、ヴィシュア教会の影響力が大きいということだろう。
門を潜ると石畳の広場があり、前方にまっすぐ伸びた大通りの向こう、蒼穹を背景にとてつもなく巨大な建物が聳え建っていた。
天を突くような尖塔が幾つも並び、中央塔の頂点辺りには、貧民街の半分を覆い隠せるほどの鐘が下がっている。
「あれがヴィシュア大教会か……」
他に比べると、明らかに威圧感が異なっていた。
信者数万を抱える組織の本部なのだから、当然だろう。
ロウの目の前を行きかう多くの人々の中には、武装した旅人や町人らしき格好をした者以外にも、ヴィシュア教会所属を示す、太陽を模した紋様を縫い込んだローブを身に纏う者もいた。
彼等が通ると、住民や旅人は左右に引き、深々と頭を下げる。
どんな下っ端であろうと、この神都において、【僧侶】のジョブを持ち教会に所属するし神官は、人から敬われる立場にあった。
元来、立場の上下によって態度や振る舞いに変化があることは、ロウにとってはあまり好ましくない。単純に面倒くさいからだ。
しかしこれから協会に所属するからにはそうも言ってられないかと、密かに溜息をつく。
(とにかく……所属申請を出しに行こう。部署があるのは、ヴィシュア大教会だったな)
ロウは前方に尊大なまでにして佇む、神都の象徴へと向かって歩き始めた。
「ロウ=レイダーさん……ですね。はい。連絡を受けております」
ヴィシュア大教会に入り、複雑に入り組んだ道を進んだ、端の端に、新規の神官所属を受け付ける場所はあった。
カウンターの向こうに居る女性神官が、手に持った紙を確認しながら告げる。
所属申請を出す際には、事前に履歴を書いて提出しなければならない為、一カ月前には手紙で送っていたのだ。
「ロドナーク国の領地にある農家のご出身で、ご両親は健在。兄弟はなし。年齢は18。間違いありませんね?」
「ええ、その通りです」
もちろん、神官が読み上げた話は出鱈目だ。
暗殺者にとって身分を偽ることなど日常茶飯事である為、金さえ出せばその辺りをやってくれる業者は、裏社会に山ほどあった。
調査されたところで、用意された『偽物の親』が対応してくれるようになっている。
「ふむ……問題ないようですが、18で所属申請というのは、いささかに遅いですね」
その指摘も、予想済みだった。
大抵はジョブの適性がある場合、各国規定の平均である成人年齢十三、四辺りで独り立ちし、ギルドに入るからだ。
「実は母が病気になりまして。去年まで、働く父の代わりにその看病をしていたんです」
「まあ……それは大変でしたね。お母様は?」
「どうにか持ち直しました。何もかも元通りというわけにいきませんが、少なくとも一人で生活できるようになったので、神都まで来たんです。オレが少しでも稼いで家を助けなければなりませんし」
「そういうことでしたか。承知しました。我がヴィシュア教会は、あなたのような優しい心の持ち主を歓迎致します」
ロウへ憐憫の眼差しを送りながら、女性神官は履歴の書かれた紙を畳んだ。
思っていた通り、あっさりと受け入れられた。
念の為、疑われていた時の為に準備もしていたが、使う必要もなかったようだ。
神官という人種は、基本的に善人が多い。
暗殺者のように、嘘をつくことが日常化している人間には扱いやすい相手だった。
「それでは、念の為にここでスキルを使って頂けますか?」
ロウは頷いて、女性神官の前に手を翳した。
「《ヒール》」
治癒術が発動し、仄かに緑色をした光が灯る。本来は傷を治療する効果を持つ、一番下位のスキルだが、ここには使うべき対象が居ない為にやがて霧散した。
「確認しました。それでは正式に、ロウさんをヴィシュア教会の神官として認定します」
女性神官は、そこで初めて、柔らかな笑みを浮かべる。
「助かりました。教会全体で、僧侶のジョブをもっておられる方が不足しておりまして」
「そうでしたか。宜しくお願いします」
丁寧に頭を下げたロウに、女性神官も同じ仕草で倣った。
「では、ロウさんには明日から、神都の第五十三地区にある教会支部に勤めて頂きます。先方には既に連絡をしておりますので」
「第五十三地区? ええと、ここは無理なんですか?」
当てが外れたと、ロウが尋ねると、女性神官は申し訳なさそうに眉尻を下げる。
「ええ。そう尋ねられる方が多いんですが、大教会……本部には少なくとも、副神官長にならなければ、出入り出来ないんですよ」
教会の頂点が神官総長で、その補佐をしているのが副神官総長。
各教会支部を纏めて取り仕切っているのが神官長で、副神官長は、その補助を行う立場にある。
つまり、地位としては上から四番目だ。
ちなみに、更に統括神官と続き、最後に現在のロウが置かれている神官となっている。
(さすがに下っ端がいきなり大教会所属は無理か……)
人が足りていないというのは、あくまでも支部のことで、本部には選別出来るほどには神官が充実しているのだろう。
「大教会には、副神官長以上の中でも特に優れていると判断された人だけが所属することが出来ます。私のように事務方であれば神官でも採用されるんですが、そちらの人員も現在は一杯になっておりまして……新規に、というのは現状、かなり難しいと思います」
「……なるほど。そうでしたか」
ここで無理を言ったところで通るわけもなく、怪しまれる可能性もあるので、大人しく引き下がることにした。
(一人か二人、事務員の神官を殺せば席も空くだろうが、それでオレが採用されるという保証もない。正体のバレるような真似は出来るだけ慎むべきだろうな)
なるべく大人しく、善良の皮を被っていよう。そう思いつつ、ロウは事務員に答えた。
「承知しました。では、明日から第五十三地区で働かせて頂きます」
「ありがとうございます! よろしくお願いします」
ロウは再度、女性神官に頭を下げると、大教会を出る。
(さて……多少、目論見は外れたが、おおむね上手くいったな。大丈夫だとは思っていたが、オレを疑う様子もまったくなかった)
暗殺者稼業を長くやっていると、人が持つ感情の機微に聡くなる。
視線の動きや、表情筋のわずかな変化などから、相手が自分のことをどう思っているのかを判断できるようになるのだ。
あの女性神官は、完全にロウのことを信じ切っていた。本気で、農家の出身で、自分の人生を犠牲にしてでも病気の母親を看病していた孝行息子だと、そう思っているのだろう。
(まあ、転職したことは本人にしか分からないし、そもそもがジョブを変えることが出来る人間自体ほとんどいないんだから、無理もない。それに……暗殺者から僧侶になるなんて選択をする奴、オレくらいなもんだろうしな。気付くわけもないか)
なにせ歴戦の暗殺者であるウーニャでさえそのことを伝えた時、目に見えて狼狽えていたほどだ。
『アニキ、正気っすか!?』
とまず精神構造について言及し、
『お願いですから、考え直してほしいっす!』
次に、地面に這い蹲ってまで頼み込んできた。
『あの伝説の暗殺者が――『鴉』と呼ばれたアニキがよりにもよって聖職者に転職なんて、悪い冗談っすよ!? 業界のとんでもなく大きな損失っす! どうか思い留まって下さいっす! そうしてくれるなら、あたし、アニキの為になんでもするっす! どんな痛いことでも耐えてみせるっすよ!?』
しまいには、涙目でしがみついてきて、何も言っていない内から怒涛の如く特殊な性癖を並び立て、どんなことでも受け入れるっすと健気に訴えかけてくる始末。
うるさい、とロウに引き剥がされ、投げ飛ばされても尚、食い下がり続けた。
結局、「なにを言っても無駄だ。暗殺者稼業は一時廃業する。止めるなら、ただじゃ済まないぞ」とロウが本気で脅すに至り、ようやく諦めたのだった。
『……分かってるっすよ。アニキがその気になれば、【死神の手】に所属している暗殺者が束になっても敵わない。あたしだけでなく、ギルドも、本気になったアニキを止めることは出来ないっす』
最後にそう言い残し、ウーニャは肩を落として、しょぼくれながら帰ったものだ。
実際、ギルドにも同じことを告げると、事務員全員から必死の形相で制止されたが、ロウの意志が頑なであることを知ると、早々に承諾した。腕ずくでは無理だと悟ったのだろう。
(ギルドにはウーニャ以外にも顔見知りはいたが……まあ、後悔はない。第二の人生の始まりってやつだな)
なにが待ち受けているのかは分からないが、倦んだ日々よりはきっとマシだろう。
ロウは、明日の為に体を休めるべく、宿屋へと向かった
読んでいただき、誠にありがとうございます!
もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!




