第6話 暗殺者の決意
「依頼人の事情を詮索するのは、情報屋としての倫理違反なんじゃないか?」
「いやまあ、それを言われちゃ弱いっすけど。アニキが仕事以外で誰かのことを知りたいと思うなんて、珍しいなと」
確かに、今までなかったことだ。それなりに長い付き合いのあるウーニャからすれば、引っかかるのも無理はなかった。
「まあ……ちょっとした縁で知り合ってな。少し、探ってみようと思っただけだ」
「へえ? それはまた、貴重な体験しましたね」
「どういうことだ。単なる貴族の令嬢ってわけじゃないのか?」
「いやぁ、そんな段階じゃないっすよ。アニキが依頼してきたこの女……ティアですが、なんと、ヴィシュア大教会、その神官総長の一人娘です」
「……なんだと?」
さすがに予想外に過ぎるウーニャの返答に、ロウは目を見開く。
ヴィシュア大教会は、世界中に支部をもつヴィシュア教会の総本山だ。
神都と呼ばれる巨大な街の中央に位置し、ヴィシュア教会の全てを取り仕切っている。
神官総長はその中でも頂点に位置し、つまり、数万人を超えるヴィシュア教信者が揃って平伏する、彼らからすれば神に一番近い立場にある人物だった。
(どうして、神官総長の娘が貧民街なんかに居た……?)
通常であれば、ありえないことだ。
が、ロウはそこで、漆黒のローブを着た集団を思い出した。
(詳細は不明だが、何かの事情でこの街に来て、奴らに襲われた。で、護衛の奴が追手の相手をしている間に逃げたものの、別動隊が現れて窮地に陥った、というところか)
考え込んでいたロウは、黙ったまま見つめるウーニャに、続きを促すよう顎を上げた。
「ヴィシュア教会に所属しているのは、どれも【僧侶】だっていうのは、アニキも知っているっすよね?」
「ああ。それが神官になる最低条件だったな」
僧侶とは、傷や病を治癒する、毒を浄化する、身体能力を活性化するなどの、【奇蹟】と呼ばれるスキルを使うジョブだ。
前線に立つよりは、背後に控えて誰かを補助することに適している為、どちらかと言えば目立たない立ち回りをする位置にあった。
ただ、ヴィシュア教会の初代神官総長、つまり創設者に当たる【僧侶】は、神より最初にジョブの力を授かった男だ。
その為、ヴィシュア教会は僧侶というジョブ自体を神聖視しており、神に仕えるものは等しくそうではならないと定めていた。
また教会の方針は世界の方針、と言われて久しく、人々の中でも僧侶のジョブ持ちを崇め奉る者は多い。
いわば、暗殺者とは正反対に座する存在というわけだ。
「そのティアって娘も他に違わず僧侶ではあるんすけど、とにかく【奇蹟】の力がぶっ飛んでいまして。死にかけの傷を負った奴も、余命わずかの病に侵されたやつも、一瞬で治療してしまうらしいんすよね。中には千切れた腕や足が再生された奴も居るとか」
「そいつはまた、とんでもないな」
ロウが知る限りでも、そこまでの効力を持つスキルを扱える僧侶はいなかった。
「そうっすね。そのせいでティアは『ヴィシュア神がこの世に救う為に遣わした娘だ』って言われてまして、神都では【聖女】という呼び名で特別扱いされてるらしいっす」
そういえば、とロウは脳裏を過ぎる記憶に頷く。ティアはお付きらしき女性たちに、そう呼ばれていた。
「ティアは神官総長と血が繋がっておらず、幼い頃に養女として大教会まで連れて来られたらしいっす。神官総長本人は天から少女が降り立ち、神より大切に育てるように宣った、なんて吹聴しているらしいっすが、まあ、これは十中八九、作り話でしょうね」
「だろうな。さすがに出来過ぎてる」
確かヴィシュア教会では、神都の各所に、様々な事情から親を失った子供を養う為の孤児院を設立していた。
大方、何かの理由でそこに居る孤児の一人を引き取ったら、たまたま常識外れのジョブの才能を持つ奴だったというだけのことだろう。
「と、まあ、ティアに関する情報はこんなところっす。なんでも聖女の力が覚醒したのはつい最近らしくて、あたしも知らなかったっすね。情報屋としては不足の至るところっす」
「神都なんてオレたちの稼業にはあまり関係がないところだからな。無理もない。それでもよく調べてくれた。礼を言う」
「恐縮っす。でもアニキ、聖女の情報なんて聞いて、どうするつもりっすか?」
「会いに行こうと思う」
「へー。そうなんすかー。……はい!?」
あっさりと頷いたかと思うと、次の瞬間、ウーニャは甲高い声と共に跳び上がった。
想定外の答えに、理解が追いつかなかったようだ。
「ええ!? アニキ、聖女を殺すんすか!? 相手は神官総長の一人娘っすよ!? なににムカついたかは分かりませんが、さすがに障害が多過ぎないっすか?」
「なんでオレが会いに行くから殺すことになる」
「アニキってそれ以外で他人に興味持つことあるんすか?」
「お前な……人をなんだと思ってる」
「アニキだと思っているっす」
反論出来なかった。実際、自分は今までそういう生き方をしてきたからだ。
「……お前には話してなかったがな、最近、どうにもやる気が起きなかったんだ」
「それは仕事にってことっすか?」
「それもある。が、全体的にというべきかもしれないな。人生そのものに倦怠感というか、無気力感が付きまとうようになってたんだ」
「それはまた大変っすね。医者にかかった方がいいんじゃないっすか?」
「別に病気じゃない。ただなんとなく、このままでいいのか、暗殺者稼業を続けていくべきかってのを考えていた」
「はー。業界じゃ敵う者なしと言われたアニキがそんな悩み事を……でもそれがどう聖女に繋がるんすか?」
「詳しい説明は省くが、ティアがオレの前で笑った時にな、その気持ちがなくなった」
本当に、全身を包み込んでいた汚泥のようなだるさや、腹に穴が空いたような虚しさが、一瞬で消えたのだ。
「またしばらくすると元に戻ったが、あの時に抱いたものがなんだったのか、オレはそれを知りたい。ティアにもう一度会えば、分かるんじゃないかと思ってな」
「……あの。質問なんすけど。そのティアが笑った時、アニキ、体に変化が起こりませんでしたか?」
挙手をするウーニャに、ロウは驚いて返した。
「よく分かったな。心臓がうるさいくらいに脈打って、体温も上がった。生まれてこの方、あんな経験は初めてだ」
「あー、そうすか。はー。そうっすか。なるほど……なるほどっす……」
なにやら得心いったように呟くウーニャに、ロウは眉を顰める。
「なんだ。心当たりでもあるのか?」
「いやぁ、アニキ、それはっすねえ。多分ですけど、一般的に言うところのひとめぼ……」
答えかけたところで、ウーニャは慌てたように、自身の口を塞いだ。
「ひとめぼ? なんだ?」
「ああ……い、いいえ、なんでもないっす。不思議なこともあるもんすよねー」
あからさまに誤魔化しにかかっているウーニャに、ロウは鋭い目線を送った。
「おい。なにか分かっているなら話せ」
「い……嫌っす。こればかりは、アニキが相手でも言えないっす」
「なぜだ」
「あ、あたしだって乙女なんす! それに一流の暗殺者で情報屋っす! 敵に有利になるようなものは渡せないっす!」
「なにを訳の分からないことを……まあ、いい」
珍しく梃子でも譲らぬ構えをとるウーニャに、ロウは言った。
「とにかく、ティアが神都に居るのなら、オレはそこに行く」
「いやいやいや、待って下さいっす、アニキ。それは無理な話っすよ。相手はなにしろ、神官総長の一人娘っすよ? 教会所属の僧侶だって滅多に対面できないのに、アニキが行って会えるわけがないっす」
「別に正面切って行く必要はない。侵入して会えばいいんだ。お前、内部構造や警備体制の情報を探れ」
「無茶苦茶言わないで下さいっす! ヴィシュア大教会は世界中のどこよりも厳重な守りを敷いていて、僧侶でなければそれこそ鼠一匹どころか、蟻ですら入れないんすよ! 情報だって全く降りて来ないっす!」
「お前ならやれるだろ」
「無理っす! いえ、たとえやれたとしても、やりたくないっす! 絶対に!」
頑なに拒否するウーニャに、ロウは力を込めて、地を這うような低い声を出す。
「やれ。これは先輩としての命令だ」
「お……脅してもダメっすよ!? これはあたしの意地っす! やるなら殺された方がマシっすよ!!」
しばらくウーニャを睨み付けていたが、彼女は青ざめた顔をしながらも、己を突き刺す視線に耐え続けた。
どうやら、本気でやるつもりはないらしい。
「……なんだか分からんが、そこまで言うなら仕方ない」
「納得してくれたっすか……良かったっす。アニキの気持ちは分かりますけど、今回は諦めた方がいっすよ。あたしでも不可能に近いんだから、他の誰でも情報を集めるのは無理だし、さすがのアニキも難しいっす」
「だろうな。そこまでオレも自分のことを過大評価はしていない」
ウーニャはそれほどに、情報収集能力に関しては群を抜いているのだ。
恐らく彼女が無理ならば、世界中を探しても同じことを実行出来る者はいないだろう。
「っすよねー。いやー、アニキが賢明な方でよかったー」
心の底から安堵したように弛緩した表情を見せるウーニャに、ロウは言った。
「ああ。だから、転職する」
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