↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/31

第5話 聖女ティア

「で、ですが、ティア様、暗殺者は創造主様の恩恵を悪用する許されざる者であって……」

「仮にそうだとしても、今、このお方は私達を助ける為に行動した。そのやり方が乱暴であったとして、まずは感謝をお伝えするべきでしょう。この方がいなければ、私達はここで死んでいたかもしれませんよ」


 たしなめるように言ったティアに、女性達は反論できなかったのか、その場で俯いた。


「別にいいさ。あんた達を助ける為にやったわけじゃない。単に道を塞ぐあいつらが面倒くさかったから、排除したかっただけだ」


 ロウは言って肩を竦めた。

 女性達を庇うつもりはなかったが、実際問題としてはそうなのだから、事実を伝えるべきだろうと思ったのだ。


「だとしても、私はあなたに救われました。そのことに違いはありません」


 そう告げて、ティアはロウに歩み寄ると、ローブの懐に手を入れた。

 取り出した、純白で細緻な意匠の施された布を、ロウの頬に当てて来る。


「私達に代わりに、こんなにも血を浴びて下さって……」


 言われて初めて、ロウは自分の全身がローブ集団の返り血で濡れていることに気付いた。


「気を遣わなくていい。雨が降っているから、どうせすぐに流れるさ。それより、あんたの上等な持ち物が汚れるぞ」

「使うべき時に、使うべきものを、使いたくて使っているに過ぎませんよ。あなたこそ、お気遣いなさらぬように」


 淡々とした口調で、布を真っ赤に染めながら、ティアはロウの顔についた血を丁寧に拭いていく。


「……あんた変わってるな。暗殺者が恐くないのか」

「恐いですよ。聞いた話では、お金を貰って人を殺すのでしょう」

「だったら、どうして……」

「恐いのは暗殺者であって、あなたではありません。少なくとも、あなたはわたしにとって命の恩人です。……はい、終わり」


 最後に鼻の頭を少し布で触ると、ティアは手を放した。


「暗殺者さん、お名前は?」

「……ロウだ」

「そう。ロウ。私はティアです。助けて頂いて、本当にありがとうございました」


 少し離れると、ティアはゆっくりと頭を下げた。


「なにも、暗殺者相手にティア様が直接礼などしなくとも……」

「……神官総長様が知ればどう思われるか」


 ひそひそと囁き合う女性達のことなど気にもせず、ティアは顔を上げる。

 いつの間にか、雨は止んでいた。

 暗雲は風で流れて千切れ飛び、差し込んだ温かな太陽の光が、辺りを照らし出す。


「あなたにお怪我がなくて、なによりです。またご縁があれば、お会いしましょう」


 きっと、そういった状況が生んだ、錯覚に違いなかった。

 しかし、ロウはその時、ティアが天に祝福された存在であるかのように思えた。

 それほどまでに――その時、彼女が浮かべた微笑みは、魅力的だったのだ。


(……あれ?)


 なんだこれは、と、ロウは焦る。

 胸が、奇妙なほどにざわめいていた。

 心臓も高鳴り、全身を巡る血液の動きが異常なまでに速まる。

 まるで毒を飲まされたかのように、体調がひどく乱れていた。


「どうしました? ロウ」


 突然に黙り込んだロウを不自然に思ったのか、ティアが顔を覗き込んでくる。

 ロウは正面から、彼女の瞳を捉えた瞬間、吸い込まれそうになった。


「い――いや、なんでもない」


 慌てて視線を逸らし、咳払いする。


「あんた、よく分からないが、いいとこのお嬢さんなんだろう。オレなんかと会う機会なんて、二度とないさ」

「そうでしょうか。縁とは分からないものですよ」

「……オレは人殺しだ。あんたとは住む世界が違う」


「同じですよ」


 思わず、ロウは体を激しく竦ませた。

 ティアはおもむろに、手を握って来たからだ。

 少し冷たく、しかし柔らかな感触が伝わってきて、再び心臓が爆音を鳴らし始める。


「私も、あなたも、今この世界に居ます。ですから、道が交わることもあるでしょう」

「わ……分かった、分かったから、手を放せ。あんたの後ろに居る連中が睨んでる」

「あ……すみません、つい」


 力を弱めて、手を下ろすと、ティアはくすりと笑った。

 今まであまり表情が変わらなかっただけに、たとえ些細でも感情が浮かぶと、それだけで可愛らしく思える。


(……可愛らしい? 可愛らしい!?)


 自分で考えたことが信じられなかった。

 今まで女性に対してそんな気持ちを、欠片でさえ抱いたことはないというのに。


「――ティア様!」


 背後から鋭い声が飛んだのは、その時だ。

 声の主は五月蠅い金属音を鳴らしながら、ロウの傍を通り過ぎ、ティアの傍に立つ。


「ご無事でありますか、ティア様!?」


 背中に突撃槍を背負い、全身を白銀の甲冑で覆った女性だった。

 雨に濡れた銀色の短い髪に、きりっとした目つきには赤い瞳がある。


「ああ、リザナ。ええ、私は大丈夫です」

「本当でありますか!? 大変申し訳ありません! 敵の数が思っていたよりも多く、駆け付けるのが遅くなり! この責任は我が命をもって変えさせて頂くでありますっ!」


 言うなり、リザナは、腰に差していた短剣を抜くと、刃を自ら喉元に突きつけた。


「やめなさい。あなたが責任感が強いのは良いことだけど、何か失敗するとすぐ死のうとするのは悪い癖よ」

「で、ですが、自分の動きが鈍かったばかりに、ティア様の身に何かあったのではないかと! そう思うとこのリザナ、生き恥を晒すことに耐えられなくなるのであります!」

「なにもないわ。別の場所に居た残党に追われはしたけど、ここにいるロウが助けてくれたから」


 ティアが再びロウを見るのに合わせ、リザナも真っ直ぐな目を向けて来る。


「なんと! そうでありましたか! 感謝するであります!」


 勢いよく頭を下げるリザナに、どうにも苦手な性質の人間だぞと思いつつ、ロウは手を振った。


「気にするな。じゃ、なんか護衛役っぽいヤツも来たし、オレはそろそろ行く」

「あ……はい。お気をつけて」


 ティアからそう声をかけられて、立ち去ろうとしたロウは足を止めた。


「……どうしました?」


 不思議そうに言ってくるティアに、ロウは苦笑して首を横に振る。


「なんでもない。じゃあな」

「ロウ殿! 感謝するでありま――すッ!」


 リザナの大声に送られながら、ロウはその場を後にした。


「ティア様!? お怪我はありませんか!? 傷一つでも負っているのであればこのリザナ、お詫びとして腹を割く所存!」

「大丈夫よ。でもリザナ、そんなことになるのなら、仮に傷があっても言えないわ」

「はあ!? 確かに!?」


 背後で交わされる、どうにもズレた二人の会話を聞きながら、ロウは空を仰いだ。


(お気を付けて、か。久し振りに言われた気がするな)


 『鴉』が獲物を捕らえ損ねることなど、ありえない。

 だからこそ同業者の皆が、ロウにそんなことを伝えてくることはなかった。


(やっぱり別世界の人間だよ。色々と変わってて面白い子ではあったけど、な)


 自然と緩む口元に、ロウはやれやれと頭を掻きつつ、自宅へ向かう。

 先程まで胸中に渦巻いていた、形容しがたい憂鬱な気持ちは、いつの間にか消えていた。


 貧民街には不似合いな少女、ティアとの出会いから一週間後。

 ロウはウーニャとの待ち合わせ場所である、潰れた元酒場の廃墟前まで来ていた。


「アニキ! おまたっせっすー!」


 跳ねるような足取りで、ウーニャが近付いてくる。


「ああ、わざわざ悪かったな」

「いえいえ、そんな。アニキの為ならたとえ火の中、水の中、ベッドの中で、アニキの中へ……」

「流れるように下ネタを口にするな」


 睨み付けるとウーニャは「えへへ」と悪戯っ子みたいな顔で、舌を出す。

 普通の人間であれば可愛らしいと思える仕草であったが、正体を知っている身としてはうすら寒いものしか感じなかった。


「頼んでいた情報は手に入ったか?」

「ええ、ばっちりっす。あたしにかかればこの程度、赤子の手をひねるより簡単っすよ。アニキにひねられたい部分も準備万端っす」

「次また言ったら本当にぶっ飛ばすからな」


 わずかに殺気を出すと、ウーニャは「ひぃ」と仰け反って怯える。


「相変わらず愛情表現が通じないお方っす……」

「ホントに好意を表現したいのなら、もう少し生き方を考え直せ」


 まったく、とロウは早々に疲れを感じて首を振った。


(これで情報収集能力に長けてなかったら、こいつに頼るなんて真似はしたくないんだが)


 ウーニャは暗殺者以外にも、情報屋としての側面も持っている。

 暗殺はただ標的の元に行き、仕留めればいいというわけではなかった。


 獲物がどのような場所に住み、どれほどの時間、どこにいるのか。

 どんな性格をしており、何時に寝て、起き、なにを好んで食べ、なにを嫌い、どんな趣味を持ち、どのような人間を愛し、苦手とするのか。


 ありとあらゆる情報を集合させ、尤も適した殺害、侵入方法を計画しなければならない。

 必要なものが一つでも不足すれば、それだけで失敗する可能性が高まるのだ。

 よって、暗殺者は子飼いにしている情報屋の一人か二人がいるのは常識だった。

 実行する本人が情報を収集する場合も、もちろんある。しかし、何事にも優劣は存在する。中でもウーニャは、【死神の手】の中でも、いや、業界でも随一の才を持っていた。

 下手にロウが動くよりずっと早く、正確に、欲するものを手に入れてくれる。


「ほら、報酬だ」


 ロウは手に持っていた、金貨の入った革袋を投げる。

 ウーニャはそれを受け取って中身を確認した後で、上目遣いに見つめてくる。どことなく不満そうだ。


「なんだよ。足りないのか?」

「そうっすね。足りないっす」

「提示された料金は渡しているはずだ」

「いいえ、大事なものが欠けてるっす」


 そんなものあったか、とロウが眉を顰めると、ウーニャは目を瞑って唇を突き出した。


「『よくやったのちゅー』込みの料金っす――いだいっ!?」


 ロウが足元にあった小石をとって投げると、狙い通りウーニャの額を直撃する。


「おお、女の子の顔に躊躇いなく石投げるとか紳士じゃないっすよ!?」

「裏社会の人間に紳士性を期待するな。早く言わないともっとでかいのいくぞ」


 先程の三倍ほどある石を拾い、宙に放りながらロウが言うと、ウーニャは姿勢を正した。


「りょ、了解っす!……でも訊きたいことがあるんすけど」

「なんだよ。一つだけだぞ」

「なんでアニキが『あんな女』のことを気にするんすか? 依頼も来てないっすよね?」


 小首を傾げながら、子猫のような好奇心を剥き出しにするウーニャ。

 ロウは言葉に詰まり、わずかに視線を逸らした。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。