第28話 覚悟の結果
ただ前に移動するだけで周りに暴風が撒き散らされ、長椅子を纏めて四方に吹き飛ばした。
高レベルの【秘術僧兵】であるジュウドですら動きは捉えきれていない。
ロウは瞬く間に接近すると、目を見開いている彼の【赫孔】に向かって短剣を突き出した。肉を裂く感触が手に伝わり、鮮血が吹き上がる。
終わった、と、ロウは確信した。
――だがその瞬間、目を見開く。
ジュウドの体が雲散霧消し、中空に符が現れたのだ。
(身代わり……!?)
悟った瞬間にスキルの発動効果が切れ、ロウは元の世界へと帰還した。
途端、全身に寒気が走り、反射的に振り返って短剣を持ち上げる。
だがほんのわずかに遅く、背後に回っていたジュウドの剣がロウの体を切り裂いた。
ロウは舌打ちして床を蹴り、相手との距離を空ける。
幸いながら深手は避けられたが、衣装ごと体を裂いた傷は痛み、血が流れた。
「まさか……奥儀を無効化されるとはな」
「……何かを仕掛けようとしていることは悟った故、手を打ったまでだ」
ジュウドは顔色一つ変えず、影の巨人を従えて、双剣を左右へ流す。
「奥儀を使えるということは、レベルの限界域に到達したか。敵ながら見事」
「そいつはどうも」
ロウは荒く息をつきながら、唾を吐き捨てた。
「だが『奥儀』は体への負担が尋常ではないと聞く。どれほどの強者でも、連続して発動できるのは三度ほどだとか。それ以上すれば、命の保証はない。つまり残されている機会は、後二回。……違うか?」
「へえ。随分と詳しいな」
敵が情報を知っているのであれば、隠しても仕方がない。ロウはジュウドの問いに、頷いた。
ティアがそうであったように、強力なスキルはその分、体力を大きく消耗し、己が身を内部から損傷させる。
通常であればどれほどスキルを使おうとも大した負担にならないロウも、『奥儀』を使った後は、さすがに疲労が隠せなかった。
ジュウドの言う通り、使えて後、二回。
更に一度かわされた以上、同じような手で攻める訳にはいかないだろう。
「文字通りの奥の手を防がれて、まだやるか? 暗殺者」
ジュウドは硬い口調で問いかけながら、以前のように、その場で軽く何度も跳んだ。
どういう手で仕掛けるべきか。ロウは即座に思案を始める。
(……。いや、違うな)
が、そこで、ロウは気づく。
己の、徹底的な過ちに。
思わず、場にもそぐわず口から笑いが漏れた。
(すでに手はある。後は――覚悟の問題だ)
肺に空気を取り込み、準備を整えた。
「……行くぜ」
ロウは再び、『奥儀』を発動した。
途端に自分以外の世界がゆっくりとした時になる中、前方へと飛び出す。
全ての動きが制止するようにすら見える中、ジュウドの腹に空いた【赫孔】を貫いた。
しかし空虚な手応えと共に相手の体は塵と消え、スキルの効果が切れた瞬間、死角からの殺意を感じ取る。
ジュウドが投擲した百を超える符が連続して爆裂したが、ロウは己の体が焼かれる前に床を蹴り砕いて範囲外まで逃れた。
すかさず影の巨人が徒党を組んで拳撃の嵐を見舞ってくるものの、そちらも強化された同大視力で見抜いて移動する。
「《死眼殺命》」
再びスキルの発動。ロウの力が人智を超える。
雷の如き速さで距離を詰め、ジュウドの腕を狙った。
すかさず身代わりの術によって無効化した彼が、横手から攻撃を仕掛けて来る。
だが――ロウはそこで体を翻し、相手の左脇腹に短剣を向けた。
「まさかお前……!?」
ジュウドはわずかに目を見開き、ロウによって正面から切り裂かれる。
「ああ。……初めに突いた【赫孔】は囮だ」
実際は、何でもない場所を突いたに過ぎなかった。
「馬鹿正直に初手から弱点にいく必要はないんだよ」
「……そうか」
が――応えるジュウドは、未だ態度に余裕を持っている。
「予想通りの動きで何よりだ」
ロウの目の前で、ジュウドの体が爆発した。
千切れ跳んだ符が、空中に散って舞う。
「一歩及ばなかったな、鴉。もうお前の奥儀は終わりだ」
攻撃を終えた直後の無防備なロウの身に、横手へ移動していたジュウドが一刀を振り払った。
そして。
「――《死眼殺命》」
ロウは『奥儀』を発動し、寸でのところで相手の刃を避ける。
「なに……!?」
即座に肉薄し、影の巨人とジュウドが反応するより速く、ロウは腕を突き出した。
ジュウドの胸に空いた【赫孔】が――手に持った短剣で、真っ直ぐと貫かれる。
「……馬鹿な……」
初めて、無表情だったジュウドの顔に、驚きが現れた。
「なんだ」
ロウは短剣を抜きながら、口端を持ち上げる。
「人間らしい表情も、出来るんじゃねえか」
ジュウドはふらつきながら下がり、弱々しく両膝をついた。。
激しく咳き込む彼の口から、大量の血液が零れ落ちる。
使い手の体が崩壊し始めた影響か、周りに居た影の巨人たちも消え失せた。
「四度目の『奥儀』使用……一体、どうやって体の負担を……何らかのスキルか……?」
再び立ち上がる力すら持てないジュウドが、理解できないといった様子を見せる。
「そんな小細工なんざしてないさ。ただ単に『奥儀』を四度使っただけの話だ」
「……嘘をつけ。そんなことすれば、お前の体は持たない」
「ああ、そうさ。――持たないのが分かっていてやった」
ロウの言葉に、ジュウドは血に塗れた顔を、愕然として上げる。
「考えてみれば何も難しいことはなかったんだ。命を惜しまなきゃ、何度だって『奥儀』は使える」
「この場で死ぬつもりだったというのか……? いくら相手がヴィシュア教の神官総長であるとして、あの『鴉』がたった一人を仕留める為に己が生を、賭けるなど……」
「オレが生きる意味はティアが生きていることだ。それが叶わないなら、ここで死んでも同じこと」
ロウの答えに、ジュウドは体勢を保つことに耐え切れず、その場に崩れ落ちた。
「自分の身を犠牲にしてでも誰かを守りたいと心から思う。――恋ってのは、すごいもんだな」
中々に厄介だ。一度囚われてしまえば、もう、自分の意志では消すことが出来なかった。
「……その覚悟、見事だ」
ジュウドは最後に呟くと、全身から鮮血を迸らせ、絶命した。
彼を一瞥し、歩き出そうとしたロウは、しかしそこで脱力する。
かろうじて倒れることは堪えたが、全身の筋肉と骨が悲鳴を上げていた。
心臓が危険な鼓動を刻み、息苦しさに胸を押さえる。
「こいつは……さすがに不味いな」
ロウは乱れた息をつきながら、目を閉じた。
四度目の奥儀によって、体への反動が爆裂的な勢いで増幅している。
自らの体が死にゆこうとしているのかどうかは分からなかったが、少なくともいつものような戦いは、もはや不可能だった。
「持ってくれよ……後少しだけ」
本懐を遂げなければ、残りの人生を捧げた意味がない。
ロウはふらつきながら、それでも祭壇奥にある扉を開けて、先に進んだ。
そう長くはない廊下が、永遠に続いているかのようにすら錯覚する。
ようやく次の扉へと辿り着き、ロウは明滅し始めた意識の中、ほとんど勘で鍵を開けて開け放った。
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