第25話 波乱
(……なんだ?)
警戒したが、なにかが起こる様子はない。
嫌な予感はするものの、じっと立ち止まっているわけにはいかなかった。
早くしなければ、オーガストが手を回し、ティアの部屋の防備を固めてしまうかもしれない。
その場合、侵入経路を新たに定める為に日を改めれば、今度は大教会自体に足を踏み入れること自体が難しくなってしまうかもしれなかった。
時間をかけるほど、ロウにとっては不利ということだ。
ロウは再び行動を開始し、やがて、ティアの部屋の真下に当たる位置まで到着した。
後は壁を伝って窓から入るだけだと思ったが――そこで、足を止める。
周囲の影から、ぞろぞろと集団が現れたからだ。
全ては白銀の鎧を身に着け、槍や剣、斧を持った者達だった。
「止まるであります、下郎めが」
戦闘に立っていたのは、リザナだ。彼女は背中から抜いた、彼女の背丈ほどもある槍をロウに向かって構える。
「最初から怪しいと思っていたであります。ついに正体を現したでありますな。大罪人、ロウ=レイダー」
彼女の動きに伴い、他の者達も得物を抜いた。いずれもロウに対し、剥き出しの敵意をぶつけてくる。
「こいつは一体、どういうわけだ?」
ロウの問いかけに、リザナは「とぼけるなであります!」と吼えた。
「先程、神官総長様よりお達しがあったであります。貴様が裏で魔道具を製造し、闇商人と取引していたと。加えて人身売買にも関わり、幼い子ども達を風俗店に売りさばいていたでありますな!?」
「……はあ?」
「そのことが神官総長にバレて部屋に呼び出されて糾弾されたところ逆上、殺そうとしたが護衛にやられて逃げ出したとの報告を受けているであります! 神官になって大教会に入ったのも、教会側に集められていた犯罪の証拠を消す為だろうと! なんという恥知らずな男でありますか!」
「おいおいおいおい……」
オーガストのやっていたことが、全てロウのしでかしたことになっている。
さすがに押し付けが過ぎるのではないかと、思わず苦笑した。
「なにがおかしいのでありますか!? 追い詰められた貴様がティア様を人質にとる可能性があるとして、ここで張っていたのであります! さあ、神妙にお縄につくでありますよ!」
リザナの顔は真剣そのもので、とてもではないが話が通じる様子はない。
そもそも、元々彼女はティアに近付く自分のことを警戒していた。
オーガストのことを説明したところで、信じてくれるはずもない。
(どうするかね。ティアの護衛でもあるし、なるべくならこいつは傷つけたくないんだが)
しかし、ティアの部屋への道はリザナを始めとする聖騎士たちによって完全に防がれていた。
(仕方ない。多少、気は引けるがなるべく早めに片付けよう)
ロウがそう決断すると、リザナが雄々しく叫んだ。
「覚悟するであります!――《覇道勇刃ッ!」
リザナの体が光に包まれた途端、スキルの効果によって、彼女は猛烈な勢いで突っ込んでくる。あまりの速度と衝撃に、走る軌道にある地面が削れ、深い溝を築いた。
「喰らええええええええええええ裏切り者おおおおおおおおおおおおお!」
暴風を纏うかのような槍の轟突を前に、ロウはひとまずかわそうと高く跳躍する。
「逃がさないでありますっ!」
リザナは土くれを巻き上げながら停止し、ロウが着地した瞬間を狙おうとして再び突撃槍を引いた。
が、その直後、彼女を始めとする聖騎士たちが動揺の声を上げる。
「な、なんでありますか、これは!?」
ロウが見下ろすと、聖騎士たちはどこからともなく投げられた網に捕らわれて、身動きがとれなくなっていた。
必死でもがくも、逃れようとすればするほどに、蜘蛛の糸が如く絡みついていく。
(こいつは……)
《縛雲》と呼ばれるスキルによって生み出された、相手の動きを阻害する物だ。
持続時間が数分という短さである上、動きも鈍い為に避けられやすいが、拘束能力についてはかなりのものだった。
隙をついて放てば、歴戦の兵士ですら、その場へ強制的に縫い付けられる。
「アニキ――ッ! 大丈夫っすか――ッ!」
物陰から現れたのは、予想通り、ウーニャだった。
《縛雲》は彼女が得意とする隠密スキルの一つだ。
「ウーニャ! なんでお前がここに?」
「アニキ、イーゴさんに魔道具の情報を頼んでたっすよね? 数日前に、纏めたものが出来たから届けてくれって言われて、来たんす!」
「わざわざ神都にか? そいつは悪かったな」
「いえいえ、アニキの為ならたとえ火の中水の中、ベッドの中には積極的にっす。到着したらすっかり夜遅くなっちゃったんすけど、一刻も早くアニキに会いたくて、大教会には入れないか探ってたんすよ。そうしたら、鐘の音が鳴った途端に、警備していた兵士が残らずいなくなって、これ幸いと忍び込んだら、アニキの名前を呼ぶ声が聞こえて」
「それでここまで駆けつけて、助けてくれたってわけか」
「そうなんすー。でもあれっすね。こいつら聖騎士っすよね? なんかあったんすか?」
「ああ、まあ、色々とな。オレの正体が、教会側にバレちまったみたいだ」
「まじっすか! じゃあ、もう神官を続けるのは無理ってことっすね? ギルドに帰って来てくれるってことっすね!?」
期待に満ちた目で見てくるウーニャに、ロウは「さてな」と返した。
「いずれにしろ、オレには今、やることがある。ウーニャ、感謝するぞ」
「え、なんすか。どこ行くんすか。あたしと一緒に神都を出ましょうよ」
「そういうわけにもいかないんだよ。悪いが話している暇はない。じゃあな」
ロウはウーニャの頭を何度か撫でると、スキルを発動し、ティアの部屋目指して壁を走り始めた。
「ちょっと――ッ! 助けたお礼が頭ぽんぽんって、さすがに安いっすよ――!」
「ま、待つであります、ロウ! こんなやり方、卑怯でありますよ――ッ!」
背後から響き二人の声を無視し、ロウは瞬く間に中央塔の最上階まで辿り着く。
ティアの部屋に備えられた窓を見つけ、指先で硝子を叩いた。
間もなく、ティアが顔を見せ、驚いたように目を見開く。
彼女は窓の鍵を開けると、部屋の中から顔を出した。
「ロウ? 一体どうして……」
「悪いが、ちょっと邪魔するぞ」
ロウはティアに移動するよう指示をして、部屋の中へと滑り込んだ。
「ティア、急ぎ、あんたに話がある」
「……こんな時間に、ですか?」
「ああ。不躾で悪いが、あまり余裕がなくてな。いいか?」
問いかけたロウに対して、ティアは何かを躊躇うような間を開けた。
しかし、やがてはわずかに顎を引く。
「あんたにとっては、結構、酷な話かもしれないんだが……」
ティアと対面したことで、再びの迷いが、ロウの中に生じた。
しかしそれでも、正直に話すことにする。彼女の命がかかっていることなのだ。
「ティア。――あんたが父親であるオーガストにもらった指輪は、魔道具だ」
「……え……」
なにを言われるのか。
身構えていた様子のティアだったが、しかし、あまりに想定外のことを告げられたのか呆然とする。
「魔道具っていうのは、使い手に特殊な効果を齎す道具だ。しかし場合によっては身に着けたものに負の影響を及ばせる。あんたのもっているのがそれだ」
それからロウは、手短に、大事なところだけを選んで説明した。
ティアの持つ【奇蹟】の力の正体。オーガストの目的。彼の悪行。その、本性を。
「…………」
その間、ティアは俯いたまま、口をつぐんでいた。
ロウの側からは、彼女は今どのような表情をしているかは読めない。
ただ、察することは出来た。
(やはり……平静ではいられないか)
無理もない話だった。
突然に、愛する義父がおぞましい裏の顔を持っていたことを知らされれば、誰だってそうなる。
「……ティア、辛いのは分かる。受け入れ難いのもそうだろう。ただ、あんたは今すぐその指輪を外すべきだ」
いくら彼女が万民に対し慈悲と救済の心を持っていたとして、彼らの為に使う力がおぞましい道具の産物だと知って尚、身に着け続けるべきだとは思わなかった。
それに、
「指輪がどれだけ強力でも、命を縮めるのだとしたら、扱うべきじゃない。オーガストについての判断はティアに一任するが、少なくとも今はその魔道具を捨てて――」
甲高い音が、弾けた。
それがロウの頬から発したものであることを、遅れて気付く。
痛みはない。だが、ほんのわずかな痺れだけがあった。
「……いい加減にして下さい」
ティアが――ロウの顔を平手で叩いた彼女が、怒りを宿した目で見上げて来る。
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