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第24話 聖女の真実


「僕はかつて、教会内での地位を向上させる為に裏社会の【調合士】から、ある毒を購入しました。吸い込んだ人間に対し、身体に不調をもたらす代物です。中々に腕の良い奴でね。中身は液体ではなく極微量な粒であり、風に流せば広範囲に亘って撒き散らされて、わずかでも目や口に入れば効果を発揮します。味も臭いもしませんから、自分が異物を取り込んだと気付く者はいません」

「それで頃合いを見て、治療薬を開発した振りをし、一躍英雄扱いってわけか。大したもんだな」


恐らく利用した【調合士】は、証拠隠滅の為にもう始末されているのだろう。


「お褒めの言葉を預かり恐縮です。お察しの通り、今回も同じ方法を使いました。あなたのように気付く者も出るでしょうから、さすがに次は違う手を考えなければなりませんが。……それでロウさん? あなたは、その書類をどうするつもりですか?」

「ティアに事の次第を伝える。後の判断は彼女に任すさ」


 証拠があり、神官総長の娘が告発したことであれば、教会側も信じるだろう。


「ティアが、もし、自らの胸の内に留めておきたいと言えば?」

「その時はそれで構わない。あんたはどの道、殺すがな。……オレにとっては、ティアが真実を知ることが何より重要なんだ」

「どういうことでしょう。なぜ、ティアに僕の所業を知らせることが、あなたにとっての最優先事項なのです?」

「ティアの使ってる魔道具。彼女にかなりの負担を強いているよな」


 奇跡を使い始めてから、体調が優れないと言っていたのは、その為だ。

 絡繰りは分からないが、ティアが指に嵌めているものは、彼女に必要以上の無理をさせている。


「恐らくは、使い手のスキルを増大させる変わりに体力をひどく消耗させる、そういうい物なんだろ? このことを知れば、ティアは指輪を捨ててくれるはずだ」

「……あの『鴉』が、少女一人に随分と思い入れたものですね。あなたも他人に特別な感情を抱くような、まともな精神を持っていましたか」

「ああ、オレも驚いてるよ。で、どうなんだ。違うのか? 答えなくても、こっちで勝手に調べればすぐに分かることだが」


 イーゴ辺りに依頼すれば、すぐに判明することだろう。


「――ええ、その通りです」


 開き直ったのとも、違う。今まで通りに泰然としたまま、なんでもないことのようにして、オーガストは言った。


「ティアがつけている魔道具は、スキルを使う度に彼女の命を縮めています。このままではいずれ、死ぬでしょうね」

「……聖女が居なくなってもいいのか? 彼女はあんたにとっても必要な人だろう」

「あの魔道具の力はね、とても素晴らしいのですよ」


 ロウの問いには答えずに、オーガストは別の話を始める。


「人より優れた力を持つ者を、更に神に近しい存在へと昇格させる。――つまり、ジョブの才能が少しでもある者なら、誰でもいいのです」


 つまり、言いたいのはこういうことか。

 ロウは己の中で殺意が膨れ上がるのを自覚しながら、低い声で告げた。


「ティアは使い捨ての道具でしかない。役に立たなくなったら、また新しい聖女を仕立て上げればいいって?」

「はい。そうです」


 にこり、と。信者であればその場で膝をつき、涙を流しそうなほどに慈しみに溢れた笑顔で、オーガストは告げた。


「もしティナが死ねばまた別の者を引き取り、同じことをすればよい。彼女の生まれ変わりだと称して。そうして次々と魂が受け継がれていくことにすればティアが神に祝福されたことの証左にもなり、ますます信者は増えるでしょう」


 オーガストは感極まったとばかりに天を仰いで、朗々と声を張る。


「愛する義娘を失い悲しみに暮れる僕に、偉大なるヴィシュア神が新たなる天の遣いを授けてくれた。中々に――良い筋書だと、思いませんか?」


 ロウは無言のまま、オーガストを見つめ続ける。

 腹の底から湧き上がる様々な感情が入り混じり、混沌としながらも、やがてはたった一つの形を作り出した。


「もう、いい」


 聞きたいことは、聞くことができた。

 虫唾が走るような門答は、沢山だ。


「――お前はここで死ね」


 凝縮し先鋭化した殺意のまま、ロウはオーガスト目掛けて走り始めた。

 しかしその瞬間、全身が粟立つような悪寒に襲われる。

 ほとんど反射的に振り返り様、懐から抜いた短剣を振り上げた。


 闇が支配する部屋に、甲高い金属音が響き上がる。


 武器を取る為に手放した書類が周囲に散る中、背後に居たのは、影のような男だった。

 全身を分厚い漆黒の外套で包み込んでおり、髪の色は夜に溶けるような黒。

 全てが黒尽くめの中で、ろくに生気の感じられない双眸だけが、月のような黄金を宿していた。


 男は両手に持った二本の剣を、怒涛の如く連打し始める。

 ロウはその全てを同じ速度で受け止め、弾き、流していった。


 しかし男はわずかな隙に自らの胸元に手を差し入れると何かを投げつけてくる。

 ロウが身を反らすと、宙を滑空するそれ――数枚の紙切れが、全て爆発した。

 咄嗟に床を蹴って後退した為に、膨れ上がる炎に焼かれることは避けられる。

 

 が、そこかしこに舞っていた書類は、全てが燃やし尽くされた。

 一定に距離を保った状態でロウが短剣を構えると、男は双剣を携えたまま、その場で軽く跳び続ける。まるで、ロウに踏み込むことの出来る刹那を狙っているかのように。


「こいつ……【秘術僧兵】か……!?」


 ロウは面倒なことになったと、舌打ちした。

 以前に聞いたことがある。暗殺者のように素早さに優れながら、不可思議なスキルを幾つも使うジョブがあると。

 相手に幻影を見せて惑わせることもあれば、己の肉体を極限まで強化したり、『符』と呼ばれる紙きれを通してスキルを使い、傀儡のようなものを召喚して操ることもあるという。


 【秘術僧兵】のジョブを持つ者はヴィシュア教会に所属するが、決して表には出ず、常に裏で動き、組織に仇名す敵を密やかに『粛清』する。

 ウーニャですらその実態を詳細に掴むことは出来ず、噂の域を出ないすらと言われていたが、実在していたらしい。


 オーガストが含み笑いと共に告げて来た。


「ただの秘術僧兵ではありませんよ。彼は【静寂なる者達】――僕お抱えの特殊部隊の筆頭です。ロウさん、あなたの元のレベルが幾つかは知りませんが、彼も中々の実力者です」


 教えてもらわずとも、長年の経験から、ロウは悟っている。

 目の前の男が今まで相対してきた者とはまるで別格であると。


(さっきの攻撃、不意を突かれたとは言え、防御一辺倒にならざるを得なかった。恐らくはレベル9000以上――)


 油断できるような相手では、ない。


「やりなさい、ジュウド」


 オーガストの命で、男、ジュウドが疾走を始めた。瞬きをする間もなく間近に迫る。

 同時に、彼はそこら中に『符』をバラまいた。

 直後、全てが弾け飛ぶと、異形が生まれ始める。

 

 部屋の高い天井を突くほどの漆黒の巨体が、棍棒や槌を担ぎながら、驚異的な速度で四方から攻撃を仕掛けて来る。


 ロウはジュウドから放たれる、一秒間に数百発という異常な速度の斬撃を凌ぎながら、それらの動きをかわさなければならなかった。


(数が多い上に、場所が狭くて動きにくい。――一旦撤退するか)


 暗殺者はわずかでも不利を悟れば即座に逃げる。

 書類が燃えてしまった以上、この場所に用はなかった。

 引き出しの中にはまだ証拠が残っているものの、自分と同等レベルの敵を相手にやり合いながら奪取するにはさすがに危険が過ぎる。


「《地煙》」


 ロウはスキルを発動し、床に手を突いた。

 猛烈な勢いで灰色の煙が噴き出し、瞬く間に部屋中を覆う。

 ジュウドの視界を奪った状態で、ロウは彼に背を向けて部屋を出た。


 そのまま廊下を突っ切り、目の前にあった適当な窓に突っ込む。

 派手な音を立てて硝子を割りながら、スキルの効果で痛みも音もなく着地した。

 そのまま、月明かりすら乏しい中を、素早く走り始める。


(さて、どうするか。さすがにこのまま僧侶としては居続けるのは無理だろうが、せめてティアに事の真相だけを伝えるか)


 ならば目指すべき場所は彼女の部屋だ。

 足先を変えたロウは、しかし、そこでひと際大きな音を聞いた。

 大教会の鐘が、鳴らされている。


 真夜中の空を割るようなそれは、耳障りで、神経を逆なでするようだった。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!

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