第22話 帰郷
扉を押し開けた途端、前方に居た女性がカウンターに手をついて立ち上がった。
「ロ……ロウさんっ!?」
彼女の声に、場に居た全員が注目してくる。
「久し振りだな、サリエラ」
ロウが暗殺者ギルド【死神の手】の受付嬢に挨拶すると、彼女は興奮したように身を乗り出してきた。
「つ、ついに復帰するつもりになったんですね!? 嬉しいです! つきましては山のように依頼が溜まっておりまして……」
「いやそれはない。ちょっとした用事があってな」
カウンターの下からごっそりと紙束を取り出していたサリエラは、ロウのすげない返事にがっくりと突っ伏す。
「……なんだぁ。がっかり。用事って、ウーニャさんですか?」
「アニキ――ッ! ついに戻ってきて下さったんすね――ッ! あたしの為にッ!」
名前に反応したかのように、奥の方からウーニャがすっ飛んで来ると、カウンターを乗り越えてロウに抱きついてきた。
「違う。暑い。離れろ」
ロウが強引に引っぺがして放り投げると、ウーニャは猫のように宙で回転し、華麗に着地した。
「なんすか――ッ! こちとらアニキから連絡もなくて悶々としっ放しで性感帯が六つも増えたんすからね!? 今は七つ目のふくらはぎに挑戦しているところで――」
「それ以上言ったらナイフを投げるからな。額に」
「投げてから言わないで欲しいっす!」
慌てたようにロウが放った得物をかわしながら、ウーニャが頬を膨らませる。
「このあたしを差し置いて、誰に用事があるって言うんすか! アニキが望むなら4Pまでやる気はあるっすよ!?」
「サリエラ、イーゴはいるか」
相手にしているだけで気力を消耗しそうなウーニャは無視し、ロウが尋ねると、受付嬢より先に奥の方から答えがあった。
「なんだ、珍しい。おれに用事か」
ギルドに併設してある酒場で杯を傾けていた人物が、ロウに視線を送っている。
厚手のローブを身に纏い、無精ひげを生やした壮年の男だ。
「ああ。ちょっと訊きたいことがあってな。一杯奢るから教えてくれ」
ロウがカウンターを迂回して酒場へと近付くと、イーゴは無言で肯定を示すように盃を上げた。
「アニキが最近、放置プレイを覚えたんす……」
「ウーニャさんもめげないですね。その一途なところ、いつか伝わりますよ」
後ろで嘆くウーニャを、サリエラが慰める。
「いい加減、ウーニャを相手してやったらどうだ。その内にお前の名前を呼びながら所かまわず発情する痴女になるぞ」
対面の席に着いたロウに、イーゴが苦笑した。
「それはそれで面白そうだから別にいい。オレとイーゴに麦酒を」
店員に注文してから、ロウは早速、本題を切り出す。
「なんだ。以前にお前にやった毒薬はもう使い終わって、他にも良いのがないかってことか? なんなら新作を融通するが」
イーゴは、【死神の手】の中で尤も優れた『毒殺』の使い手だ。【暗殺者】ではなく【調合士】というジョブにも関わらず裏社会で活躍しており、スキルによって様々な素材を組み合わせて、あらゆる毒を製作する。
そうした活動から、同業者に依頼されることも多かった。
ロウが以前【ヴィシュア真教会】の護衛に対して使った毒も、イーゴの作だ。
「こいつが中々に優れモノでな。無味無臭かつ遅効性、かつ一滴でも十分な効果を発揮するから、本人が知らない内に口に入れて、部屋で寝ている内に死ぬって寸法だ。見た目には心臓麻痺にしか見えないから、暗殺者の仕業にすら見えない」
「いやそれはいい。毒じゃなくて薬が欲しい。スキルによる体力消耗をなくすようなものだ」
「んん? だがお前、スキルの一つや二つで疲れるような軟な奴じゃないだろう。それどころか何百人殺しても平然としている癖に」
「オレじゃなくて知っている奴にあげたいんだ。お前のスキルは身体改善の効果を持つ薬も作ることが出来たはずだな」
「いやそれはまあ、出来るが……しかし、そいつは少し難しいかもな」
「そうなのか?」
イーゴであればその程度、すぐにでも製作できると思っていたロウは、当てが外れて眉を顰めた。
「ああ。スキルによる体力の消耗っていうのは、いわば運動と同じなんだよ。いくら走っても疲れない薬をくれって言ってるのと同じだ。一時的にならなんとか出来るが、永続的には無理だし、飲む程に効果は薄れる。加えて体力の浪費がなくなる分、他に負担をかけるから、やり過ぎると内臓を壊すぞ」
「……なるほどな。そう上手くはいかないか」
「ああ。薬よりは、【魔道具】を使った方がいいかもしれないな」
まどうぐ、と、ロウは舌の上で言葉を転がした。
「っていうと、あれか。魔獣の素材や鉱石を組み合わせて作った特殊な道具か」
身に着けることで不可思議な効果が発揮され、中には人智を超えた力を持つ物もあるという。
「そうだ。魔道具の中には身体能力を倍に強化する、なんていう代物もあるからな。場合によっては、スキルによる体力消耗を抑える、あるいは、そのものを底上げするようなやつもあるかもしれない」
「しかし、オレは使ったことがないからよくは知らないが、あれは確かヴィシュア教会側が禁じて取り締まりの対象になっていたはずだよな」
うろ覚えの記憶で言うと、イーゴは憤懣やるかたないといった顔で新しく来た杯をあおり、「そうなんだよな」と言葉をゲップと共に吐き出した。
「人間が使うには危険過ぎるからって理由で見つけ次第に没収、作った奴も使った奴も厳しい処罰の対象になる。何年か前に派手な刈り入れがあって、今や市場に出回っている魔道具はほとんどない」
「なら、手に入れるのは難しいか。お前の伝手でどうにかならないか?」
調合士というジョブからの発展だろうが、イーゴは薬や毒以外にも、暗殺に使う道具などを調達、あるいは開発する者達にも顔が利いた。表社会では買えないようなブツも、彼にかかれば瞬く間に手に入れてくれる。
「……ならないわけじゃないが、なにせ、物が物だ。いつもより時間はかかるな」
「分かった。なら、そういったものを手に入れられたら、早鳩でもなんでもいいから連絡してくれないか。報酬は幾らでも払う」
「構わないが、ロウ、珍しいな」
イーゴの言葉に、ロウが「なにがだ?」と問い返すと、彼は首を傾げた。
「お前が仕事以外で他人の為に動くのなんて、初めて見たぞ。なにかあったか?」
「……いや別に」
誤魔化して、ロウは麦酒の苦味を味わいながら、呟く。
「いつも殺してばかりだからな。たまには、生かしてみたくなっただけさ」
イーゴとの話が終わった後、ロウは「行かないでくれっすー!」としつこく食い下がるウーニャを置いて、王都から神都へと帰還した。
(結局、すぐにティアの問題を解決するのは無理か……仕方ない)
求める効果を持つ魔道具が見つかるまでどれほどかかるかは分からないが、今はただ、待つ他ない。
それまでは、神官副長としての退屈な日常を過ごすかと、ロウは神都の門を潜りヴィシュア大教会へと向かった。
が――そこで、異変に気付く。
聳え立つ大教会の前に、大勢の人間が詰めかけていたからだ。
彼らは皆、一様に顔色が悪く、激しく咳き込み、ふらついてまともに立っていられない者もいた。
「……何事だ?」
ロウが眉を顰めていると、聞き馴染んだ声が辺りに響く。
「あー! ロウさん! どこへ行かれていたんですか!」
どたどたと足音荒く近付いてきたのは、アイシャだ。
「先輩。いやちょっと用事で、休みをとって遠出していたもので」
「お手伝いして頂こうと思ったら、見当たらないんですもん。困りましたよ」
「すみませんでした。これ、なんの騒ぎです?」
「ええ、それが……最近、神都内で体調異変を訴える方が目立ってきているのはご存知ですか?」
そういえば、とロウは脳内に蓄積された情報をひっかき回し、該当するものを引っ張り出す。
「あれですか。少し前に、先輩が各地区を回って調べていたとかいう」
「そうです、そうです。どうも妙な病が流行っているようで、感染する方が増える一方なんですよ。【奇蹟】を使ったり【調合士】の方に頼んで色々な薬を作って頂いたんですが、どれもあまり効果がなくて。そこで今日、ティア様が集まった皆さんを一斉に治療することになったんです」
「それでこれだけの人間が大教会の前に集まっている、ということですか」
「その通りです。病にかかると咳が止まらなくなるばかりか、頭が上手く働かなくなったり、筋肉が衰えてまともに歩けなくなる人もいるみたいで。そういった方達の為に本部と支部の神官が総出でお手伝いしているんです。なんとか先程、終わりましたけど」
「はあ。それはそれは。大変な時に居なくて申し訳ない」
と頭を下げながらも、ロウは内心で、面倒事に巻き込まれなくて良かったと胸を撫で下ろしていた。
「いえ。ご用事なら仕方のないことです。それより、もう間もなく始まりますよ」
アイシャが言うのと同時、大教会前に居た患者たちがざわめき始める。
ロウが視線を前方にやると、巨大な扉が開き、ティアが現れるところだった。
「おお……聖女様だ……」
「なんと美しい……」
「これで……これで、助かるのね」
患者たちは跪き、両手を祈りの形に組んでは、深く頭を垂れる。
中には涙を流し、嗚咽を上げる者もいた。
「皆さん――お待たせして、申し訳ありません」
他の神官や、リザナを始めとする護衛の聖騎士たちを従えながら、ティアが両手を広げて厳かに言った。
「苦しかったことでしょう。お辛かったことでしょう。ですが、もう安心です。私が皆さんを、助けます」
慈愛に満ちた言葉に、患者たちは口々に感謝の声を上げた。
病に侵され、弱々しいものではあったが、そこにはティアへの深い敬愛が感じられる。
「さあ、楽にして。――ヴィシュア神の下、全ての方に救いを与えんことを」
ティアが告げると、彼女の体の一部がほんのわずかな間、赤い輝きを見せた。
ロウが眉を顰めていると、次の瞬間、広範囲に渡って眩い青の光が展開される。
スキルの発動によって生まれたそれは、天へと広がり、教会の前に居た患者たち全員にゆっくりと降り注いでいく――。
読んでいただき、誠にありがとうございます!
もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!




