第21話 恵まれた日々
ティアへの対面を許諾されたロウは、時間さえ合えば、彼女の元に足を運んだ。
行く度にリザナから親の仇とばかりに凄まじい目で睨まれたが、そんなことで怯むような軟弱な精神は持ち合わせていない。
軽く流しては、ティアとの対話を楽しんだ。
時に茶を嗜みながら、時に貰い物だというお茶菓子を味わい、共に時間を過ごす。
その度にロウは、僧侶しての仕事で起こったことや、先輩であるアイシャや、暗殺者をやっていた頃の仲間のことを語った。
いずれも内容としては、些細なものだ。
下らなく、夜には忘れてしまうような、小さな出来事。
だが【聖女】としての仕事以外、リザナ以外の誰とも合わずに部屋に籠っているというティアにとっては、いずれも新鮮なものであったようだ。
ロウが話す度に、彼女は興味深そうに身を乗り出して聞き入り、時に笑ってみせた。
そんな彼女の反応に、なぜかロウもまた、形容しがたい心地良さのようなものを感じる。
まるで、遥か昔に失い、忘れていたものを取り戻していくような、そんな気持ちだった。
そうして、ロウは身分違いであるはずのティアと、急速に仲を深めていく。
それは、暗殺者として過ごし、仕事とは言え多くの人間を殺す殺伐とした生き方を送って来たロウにとって――筆舌に尽くし難いほど、生き生きとした日々であるように思えた。
だが同時に、気になることがあった。
大教会では、定期的に『祝福の儀』と呼ばれるものが行われる。
様々な理由で【聖女】の癒やしを求める者達の一部が選ばれ、奇蹟の恩恵を受けるのだ。
ティアは大聖堂に集まった信者の前でスキルを発動し、見る見るうちに彼らの受けた傷や侵された病を治していく。
ロウも彼女の計らいで同席させてもらい、初めてその光景を目の当たりにしたが、思っていた以上に凄まじいものだった。
ただその後、ティアは挨拶をし終えて帰る際、その横顔を苦痛を堪えるように歪めていたのだ。
気になって、次に対面した際にロウは思い切って訊いてみた。
すると、
「……体が、弱い?」
ティアの口から漏れた意外な言葉を、ロウは思わず繰り返す。
「ええ。昔はそうではなかったのですが、【僧侶】となって奇蹟を使うようになってから、体調が優れなくて。年をとるにつれ、悪くなっている気もします」
「それは、スキルのせいじゃないのか?」
ロウは眉を顰めて尋ねる。
スキルを使用する際には、幾らかの体力を消耗する。
鍛えていれば、そう連続して使わなければ問題はないのだが、人によってはかなりの負担がかかることもあった。
「そうかもしれません。お父様は、私の使うスキルは人より強い為、失うものもまた多いのではないかと仰っていました」
「……ちょっと奇蹟を使うのを控えたらどうだ? 他人の為に自分を捧げるのは立派なことかもしれんが、過ぎて命を失うようなことになったら本末転倒だろ」
「たまにはロウも良いことを言うでありますな。自分もそう思って、何度も進言しているでありますが……」
二人の会話を横で聞いていたリザナが、我が意を得たりとばかりに乗って来る。
しかし、ティアは目元を伏せて、首を横に振った。
「お父様もそう仰いましたが、せっかく与えられた力なのですから、少しでも誰かの為に使いたいのです。寄る辺もない自分に、人々を救うと言う居場所を与えて下さった、お父様のご厚意に報いる為にも」
愛おしげな眼差しで、ティアが自身の指先を撫でる。そこには、血のように赤い宝石が嵌め込まれた指輪があった。
「……随分と大事そうな指輪だな」
気になって尋ねると、ティアは頬を少し赤らめながら頷く。
「ええ。これは、お父様が私に下さったものです。仕事上、いつも一緒に居られないから、これを自分だと思ってずっと身に着けて欲しいと」
「父親が、好きなのか」
「はい、尊敬しています」
迷いなく言い切ったティアに、ロウは幾許かの羨ましさのようなものを抱いた。
「オレには親が居ないから、その気持ちはあまり分からないな」
「そう、だったのですか」
「ああ。小さい頃に死んじまった。育ての親と言うべき人はいるけどな」
「では、私にとってのお父様と同じではありませんか。その方を、愛してはいないのですか?」
言われて初めて、その通りだと気付く。が、少し考えたものの、ロウは首を横に振るしかなかった。
「そういうのとは、少し違う気がする。あの人はオレに生き方を教えてはくれたけど、愛してはくれなかった」
親子の絆といったものを感じたことは、一度もなかった。
死にたくなければ、殺す方法を教えてやる。
そういった関係で、ずっと過ごしてきたのだ。
ロウもまた、師匠に対して敬意は抱いているが、義父という認識は持っていなかった。
「ロウは、なぜ暗殺者というジョブを授かったのですか?」
なにを思ったのか、突然に、ティアが問いを投げかけてくる。
「教会から背信者と呼ばれ、人々から恐れられる生き方を選んだのは、なぜですか?」
「……さてな。理由なんざ、なかったよ。明日を迎えたいのなら、それしかなかった。言ってしまえば、その程度のものだ」
「そうですか……。では、やはり私と同じですね」
ティアの発言に、リザナが目を剥いた。
ロウもまた素直に驚く。
「な、なにを仰います、ティア様! 聖女と謳われるあなたが、いくらなんでも、暗殺者と同じなどと!」
「オレが言うのもなんだが、リザナの言う通りだ。さすがにそれは違うだろう」
二人から否定されながらも、ティアは微笑みながら、「いいえ」と譲らなかった。
「孤児である私には、生き方を選ぶ自由などなかった。お父様に感謝はしていますが、そういう点においてはロウと一緒でしょう。だから、かもしれません。ロウと初めて会った時、私はあなたの中に、似たなにかを感じました」
「だからオレと話をしたいと思ったと?」
「それも、あります。立場が違うのに、なぜか同じものを持っているように思えるあなたは、どういう人生を過ごしてきたのだろうと」
「……そうか。しかし、それなら少し訊きたい。あんたは自分の身を捧げてまで、どうして他人の為に働ける?」
尋ねたロウを、ティアは不思議そうに見つめる。質問の意図が分からないというように。
「オレの知っている先輩もそうだったが、あの人は根本からオレと違うから、そういうものだと割り切ることは出来た。だが、オレと似た出生をもつあんたは、元々望んでいない立場に置かれて過ごす上で、そのことを疑問に思ったことはないか?」
「人々を助けることを、ですか?」
「ああ。オレは依頼を受けて人を殺し、金を貰う。あんたは誰かを救い、感謝を貰う。対価の為と言えば同じだ。だがオレは最近、そのことに対して漠然とした虚無感を持っている。このままでいいのか、ずっとこの先、こうやっていくのかと」
「人殺しとティア様の偉業を同列に置くとは何事でありますか」
リザナが眉を吊り上げたが、ティアに手で制されて、鼻息荒く黙り込む。
「感謝を頂く為に私の力を使ったことは、ありません。ただ……ロウの仰りたいことも分かります。ですが私は、誰かを助けることは、自分を助けることだと思っています」
「……自分を助けること?」
「私は幼い頃を孤児院で過ごしましたが、幸いながら、周りには良い人も、友も居ました。ですがどこか、自分は何の為に存在しているのかという疑念が、ずっと胸中に渦巻いていたのです。親がおらず、なぜ生まれたのかも分からず、どうやって生きるべきかという指針もない。自分の居る意義が見出せず、そのことが心のどこかに引っかかっていました」
リザナが意外そうに、しきりに瞬きを繰り返した。
ティアが己の過去のことを詳細に語るのを聞くのは、彼女も初めてなのかもしれない。
「ですがお父様の養女となり、優れた力を授かり、それによって人々を苦しみから解放し……そうすることで笑顔が増える度に、私は私である意味がここにあると感じるようになっていました。殊更に生きる理由はないが、かといって死ぬ理由もない。そんな風に過ごしてきた私が、明日を迎えたい、誰かの為に生きたいと、そう思えるようになったのです」
「それが、人を助けることが、自分を助けることに繋がる、ということか」
「はい。私は今、少しでも長く生きていたいです。一人でも多くの人を助ける為に、この世に生まれ落ちたのだと思えたのですから。ロウ――あなたも私のように、自分が存在している理由をどこかに、なにかに求めることが出来れば、虚しさも消えるのかも知れません」
ティアの言葉は、他の誰よりも、ロウの胸に響いた。
生きる為に殺すのか、殺す為に生きているのか。
そんな二択ので過ごしてきたロウにとって、『そもそもなぜ存在したいのか』という理由を確立させるというのは、かなり難しかった。
それでも、ああ、そうかもしれないと。
そう素直に受け止めるほどには、すとんと内に収まるものがあった。
「見つかるといいですね。ロウが、ロウで在り続けたいと思えるものが」
「……そうだな」
ロウは頷き、席から立ち上がる。
「もうお帰りですか?」
少し名残惜しそうに言うティアに頷き、ロウは彼女の目を見て訊いた。
「少しでも長く生きたいと、そう言ったな」
「え?……ええ、そうですね」
「なんとか出来るかもしれない。少し、相談してくる」
踵を返したロウへ、背中越しにティアの声が届く。
「ですがロウ、あなたにそのようなことをして頂くわけには……」
「気にするな。ちょっとした礼だよ。良い話を聞かせてもらったからな」
後ろを少し振り向いて、ロウはティアに対し、わずかな笑みを浮かべてみせた。
「ティア。――やっぱり、あんたに会えてよかったよ」
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