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第20話 友として

「――そう言ったら、どうする?」


 が、次いで放たれた言葉に、ティアはきょとんとして、瞬きを繰り返した。

 やがて、彼女はくすりと笑みを漏らす。


「まあ。ロウ、あなたはやはり、とても面白い方ですね」


 笑ってもらえた、というだけで、ロウは胸の奥に火が灯るように感じる。


「……ティア様、この男とお知り合いなのでありますか?」


 親しげなやりとりに、リザナが意外そうな口調で訊く。


「リザナ、覚えてないかしら? 王都へ出向いた際、私が襲われたところを助けて下さった方よ」

「えーと……ああ、巡礼で寄った時でありますな……ああ!? そういえば!?」


 言われて初めて思い出したのか、リザナは鎧をうるさく鳴らしながら手を打った。


「あの時は陰気な顔と服だったので、気付かなかったであります! 失礼しましたでありますっ!」


 折れんばかりに腰を曲げて謝罪の意を示すリザナに、ロウは手を振る。


「気にしないでいい。陰気な顔と服で悪かったな」

「ええ!? あ! も、申し訳ないであります! なんというか、こう……暗くてどんよりした感じだったもので、つい!」

 

 何の擁護にもなってないぞそれ、と思ったが、ロウは面倒なので流すことにした。

 己が他人からそう見られているというのは、半ば自覚していることだ。


「ロウ、お久しぶりですね。私の言った通り、縁というのはどこでまた結ばれるか、分からないものです」


 ティアの言葉に、ロウは腕を組んで「まあ、な」と短く零した。

 彼女に会う為に僧侶になったのは本当のことなのだが、なぜか、強調したいとは思わない。


「悪いが、オレが元暗殺者だってことは、他の奴には内緒してもらえないか。色々と都合が悪いんでね」

「それは構いませんが……お父様に私と会いたいと望んだのは、なぜですか? 僧侶に転職した理由と何か関係が?」

「それは……まあ、あると言えばあるし、ないと言えばないんだが……」


 ティアにもう一度あって、あの時に味わった『なにか』を確かめる為だとは、言えなかった。

 言ったとしても、上手く伝わるとは思えなかったからだ。

 ロウ自身、未だにはっきりとはしていないのだから。


「あの時、あんたとは少し言葉を交わしただけだったからな。変わった奴だと思って、もう一度、ゆっくり話したいと思ったんだ」

「貴様、失礼な奴であります。ティア様を変わり者とは何事でありますか」


 むっとしたように、リザナがティアの前に出た。


「と、言うか……暗殺者!? 背信者ではありませんか! いくらティア様の命を救ったとは言え、捨て置く訳には参りません! 聖騎士団の一員として捕縛するであります!」 

 

 リザナが再び突撃槍を抜こうとするのに、ティアが声をかける。


「ダメよ、リザナ。ロウは元暗殺者。今はヴィシュア教会の大事な神官副長なの。理由もなく捕らえることは出来ないわ」

「で、ですが、ティア様! こいつは今までに何人、何十人と手にかけてきたやもしれないのでありますよ!?」

「それはもちろん、恐ろしいことですし、許されざることではあります。ですが、ロウとて生きる為に成さざるを得なかった仕事であったかもしれません。誰もが己の生き方を選べるわけではないのです。違いますか?」

「ぐっ……そ、それは、まあ、そうでありますが……」

「それに過去は過去。自身の行いを悔い改め【僧侶】となったのかもしれないわ。ヴィシュア教の教えにもあるでしょう。己を罪深きと刻み付けた者を罰することなかれ、と」


 ティアの言葉に反論できないと思ったのか、リザナは悔しそうに唇を噛み締めた。


「で、ですが、そのような物騒な輩がティア様に近付くなど、一体なにが目的かと。誰かに依頼され、ティア様の御命を奪おうと目論んでいる可能性もあるであります!」


 事と次第によってはただではおかない。そんな剣呑な空気を全身から発揮するリザナに、ロウは呆れて言った。


「馬鹿。もしそうなら、こんなに堂々と正面から来るわけないだろう」

「ば……馬鹿とはなんでありますか! 確かに自分は他の人によく『行動する前に一分でいいから後先考えてくれ』と言われますが! さりとて馬鹿ではないであります!」

「馬鹿じゃないかよ……」

「ただ行動力が溢れに溢れているだけでありますッ!!」

「リザナ、いいのよ。私もロウと話してみたいわ」


 頑として譲らぬ構えをとっていたリザナに、ティアが声をかける。


「お父様やリザナ以外の人と喋る機会なんて、滅多にないもの。それにロウが私を狙っているのなら、幾らでも方法はあったはずよ。だけど彼は、正攻法に則ってこの場に出向いた。純粋に会話を交わしたいという申し出を、私は信じるわ」

「……ぐっ。しょ、承知したであります」


 穏やかながら譲らぬ構えのティアを、これ以上説得することは無理だと思ったのだろう。

 リザナは大いに不満そうにしながらも、何歩か下がった。


「ありがとう、リザナ。……それでロウ? 変わり者の私と、何を話したいのですか?」


 促されてロウは腕を組み、「そうだな」と首を傾げた。

 ティアと他の人間の何が違うのか。それを知る為にも、彼女自身のことを掘り下げる必要があるだろう。


「全然知らなかったが、あんた、聖女って言われる程のすごい力の持ち主なんだってな。奇蹟のスキルも他とは比べ物にならないとか」

「ええ、そのようです。聞いているかもしれませんが、私は幼い頃に両親を失い、お父様……神官総長様に養女として迎え入れられました。その後、適性があることが判明し、ヴィシュア様から【僧侶】のジョブを授かりました。その際、幸いにも力が優れていることも分かったのです」

「聞いた話じゃ、死にかけの奴も全快し、重い病もすぐに快癒するとか。本当か?」

「そう、ですね。そのようなこともありました」

「さすがティア様であります。まさにヴィシュア様が遣わせた天よりの遣いであります!」


 我が事のように興奮して鎧を鳴らすリザナに、ティアは複雑な顔を見せた。


「大袈裟なことだとは思います。困っている方を助けられるのは良いのですが、変に持ち上げられても、私は私。あくまでも、少しだけ他よりも強いスキルが使えるだけの、ただの人間です」

「聖女って呼ばれることが、嫌なのか?」


 なんとなくそう感じてロウが問うと、ティアは躊躇うような素振りの後、小さく首を横に振った。


「嫌では、ありません。教会に属する者としては、誉れであると認識しています。ですが、皆が私を特別なもののように扱い、祭り上げる様に、多少ではありますが困惑することもあります。孤児院で共に過ごした友人も、今の身では会うことも叶いません」


 己を必要以上に良く見せようとする人間は、多い。

 他人に評価され、持て囃されることこそに、価値を求める者もいる。

 しかしティアは、そうした人々とは違うのだろう。

 知らない内に高台へと昇らされ、降りることさえ許されず、神聖にして侵されざるべき【聖女】を求められる。

 そうした立場に、寂しさのようなものを覚えているのかも知れなかった。


「なるほどな……分かった」


 ロウは頷いて、おもむろに提案する。


「なあ。今日だけじゃなく、またあんたに会いに来てもいいか」

「な――なにを言うでありますか!?」


 予想をはるかに超えた言葉を聞かされたのか、リザナが重い鎧を物ともせずに跳び上がり、食って掛かって来る。


「ティア様に貴様のような人間が一度拝謁出来ただけでも奇跡のようなものであります! にも関わらず、再度の訪問を希望するなど、言語道断! 思い上がるのもいい加減にするであります!」

「他の教会の奴らは、聖女であるティアを特別視して、距離を空けているんだろ。だったら一人くらい、同じ立場で下らない話でも出来るヤツが居てもいい」

「ふ、ふ、不敬にも程があるでありますっ! 立場を弁えるでありますっ! そのようなこと、許されるはずがないでありますっ!!」


「悪いがあんたに許可は求めてない。……ティア、どうだ?」

「ティア様でありますっ 様をつけるであります――っ!」


 顔を真っ赤にして抗議してくるリザナを「はいはい、ティア様、ティア様」とロウが適当にいなしていると、


「……そう、ですね」


 ティアはぽつりと呟いて、一拍の間を置いた後、続けた。


「とても――良い案だと思います」

「ティア様!?」


 まさかの事態に、リザナが振り返り、ティアに迫る。


「いけません! このような男を近づけては! 何をされるか分からないであります!」

「もちろん、あなたも同席してもらうわ、リザナ。それなら安心でしょう? 仮になにかあっても、守ってくれるものね」

「そ……それはそう、ですが、い、いや、しかし……」


 あたふたと無闇やたらに手を動かすリザナに、ティアは言った。


「ロウのように、【聖女】と【僧侶】ではなく、個と個という立場で話しが出来る方は、この教会には居ません。時間がある時に、また味わってみたいわ」

「オレで良ければ、喜んで」


 胸に手を添え、大袈裟な仕草で一礼すると、ティアはまたわずかな笑みを漏らした。


「ええええええ。しし、しかし、じじ、自分、自分、自分は……」


 リザナはティアとロウのことを何度も見比べながら、しまいには、頭を抱えて絶叫する。


「自分は――反対でありま――すッ!」


 しかし、ティアの決定は覆らずに、結局、ロウとティアの友人関係は結ばれたのだった。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

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