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第18話 望んだ願いは

「ええ、もちろん。あなた方は我が教会と人々に奉仕する神官ですから、僕もそう思っていますよ。ですが、それとこれとは別です。何かを成した者には、相当のものを与えなければならない。かつてヴィシュア神が、魔獣に苦しむ人々の為に七日七晩祈りを捧げ続けた創始者様へ、ジョブの力をお授けになったように」


 そういえば、そんな逸話もあったなとロウは思い出す。


「そ、そうですか。その、ありがとうございます……!」


 憧れの人物からの申し出に、アイシャは嬉しさのあまり涙ぐんでいた。


「アイシャさん、ロウさん、何が欲しいですか? 遠慮なさらずに言って下さい」

「そ、そうですね。ええと、ええと……」


 急に振られて、どう答えるべきかと迷うよう、アイシャはあたふたと周囲を見回す。


「では――恐れながら申し上げます、神官総長様」


 そこでロウは、聖堂内に強く響くように、朗々と声を張り上げた。


「わたしと先輩――アイシャ神官を、この大教会に勤めさせては頂けませんか」

「ええ!? ロロロ、ロウさん!?」


 大胆と言える望みに、アイシャは目に見えて狼狽する。


「だだ、ダメですよ、そんなこと!」


 しがみついて必死に訴えかけて来る彼女を流し、ロウは続けた。


「以前より私はこの大教会にて神官としての職務を全うすることが、夢でございました」

「ロ、ロウさん、大教会に所属できるのは神官副長以上というのが規則なんですよ。わたし達は神官ですから、さすがに無理です。申し訳ありません、神官総長様、今すぐなにか、今すぐ別のものを考えますので――」

「分かりました。いいですよ」


 アイシャがどうしていいか分からず混乱しながらも、ロウの要求を代わって取り下げようとしたが、その前にオーガストが答えた。


「あなた達二人を、僕の権限で今日から神官副長にします。それで問題ないでしょう?」


 オーガストはにこにことしたままで、なんでもないことのように続けた。


「ヴィシュア真教会がもたらす被害は甚大でした。彼らを止めたロウさんとアイシャさんの功績は、それに相応しいと思いますよ」

「……ほ、本当によろしいのですか……」

「ええ。確か、二人ほど神官副長の方がご事情で教会を辞められたはずなので、人員的にも問題はありません」


 大いに戸惑うアイシャに、オーガストは頷いた。


「今お勤めになっている支部にはこちらから連絡しておきますから、お二人とも、来週から大教会に来て下さい。よろしくお願いします」


 微笑みを浮かべたオーガストから言われ、アイシャは思わずといった感じに跳び上がる。


「ほ、ほ、本当に、わたしが神官副長……ありがとうございます、ありがとうございます!」


 何度も礼を言っては、振り子のように頭を上げては下げるアイシャ。


「頑張って下さいね。それでは」


 オーガストは会釈すると、ロウたちに背を向けて、聖堂を去ろうとした。


「お待ち下さい。……もう一つだけ望みを申し上げて宜しいでしょうか」


 が、ロウの声に、彼は足を止めて振り返る。


「ロ、ロウさん! もう十分じゃないですか……!」


 何度もアイシャに袖を引っ張られるが、ロウはオーガストを見つめたままで告げた。


「聖女様……オーガスト神官総長様のご息女であられる、ティア様とお話がしたいのです」

「貴様! 言うに事欠いてなんという不敬な!」


 それまで黙してオーガストの後ろに控えていた護衛の聖騎士が、腰に差していた長剣を抜いてロウに突きつけて来る。


「調子に乗るなよ。聖女様は貴様のような者とはお会いにならぬ。その身に纏う神威を穢すつもりか?」

「控えなさい」

「ですが神官総長様! この男は身分も弁えず……!」

「控えなさい、と、言ったのです」


 オーガストの口から抑えた声が放たれた。

 しかしそれは、広々とした大聖堂の空気を張り詰めさせるほどの力が込められている

 途端、護衛の聖騎士は顔を強張らせ、急いで直立姿勢をとる。


「た、大変失礼しました! わたくしのような者が神官総長様に意見申し上げるなどと!」

「いえ、ティアを想うあなたの気持ちは有難く感じておりますよ。とは言え、立場の違いはあれど、人としての位に違いはありません。どんな者にも機会があれば、誰とでも対話を交わすことは出来ます」


 オーガストは青ざめている護衛の聖騎士を気遣うように言ってから、再びロウに視線を合わせた。


「天よりの遣いとされる聖女様とわずかでもお言葉を交わすことが出来れば、ヴィシュア教に属する一員としてこれほどの喜びはありません。過ぎた願いであることは自覚しておりますが、何卒、ご寛容の程を」


 あらかじめ考えていた台詞を、ロウはすらすらとそらんじる。

 無論、演技だと悟られぬように、口調や間に不自然が生じないように調整した。


「……そう、ですか」


 長い沈黙を挟んだ後、オーガストは、大きく頷く。


「分かりました。では後日、こちらから連絡を差し上げます。ティアも何かと忙しく、少しの間となりますが、僕から言って時間をとりましょう」

「……ありがとうございます!」


 今度は本心から言って、ロウは深々と頭を下げる。


「アイシャさんは、他に何かありますか?」

「えっ!? い、いいえ、なにも! なにもありません!」


 ロウとオーガストとのやりとりを呆然と眺めていたアイシャは、そこで我に返ったように答えた。


「そうですか。それでは、私はこれで」


 最後にもう一度、柔らかな笑みを見せると、オーガストは護衛と共に大聖堂を去る。

 ロウたちは、耳鳴りがするような静寂の場に残された。


「ロウさん……物凄いことを言いますね。心臓が止まるかと思いました」


 アイシャが胸を押さえて息をつくのに、ロウは立ち上がりながら返す。


「まあ、ダメ元で頼んでみたんですが、上手くいきましたね。先輩もオレと同じことを言えばよかったのに」

「けけ、結構です。聖女様にお会いするなんて、とてもではありませんが、冷静でいられる自信がありませんよ!」


 ぶんぶんと激しく首を横に振った後、アイシャはそこで、噛み締めるように呟いた。


「それにしても……信じられません。わたしが大教会勤めの神官副長だなんて」


 陶酔するような目で大聖堂を見回しながら、祈るように手を組む。


「良かったですね。おめでとうございます」

「はい。ロウさんのおかげです。ありがとうございます!」


 自分は何もやっていない、とロウは手を振りつつ、天井画を仰いだ。


(どうにかここまで来れたな。ようやく、ティアに会える……!)


 胸中で思いながら、ロウは久方ぶりに、高揚する気持ちを味わっていた。 


 大教会勤めの神官副長の仕事は、それなりに忙しい。

 まず、午前中は神都各地区から毎日のように上がってくる統括神官からの報告を纏めて書類にし、上司である神官長に渡す。

 神官長はそれを元に、神官総長や副総長の合意を得て、協会内における様々な対処を決めるのだ。


 午後からは視察として、神都の中央区――大教会がある地区――を巡る。

 その際、駐屯している神兵隊から住民の訴えや悩み、起こった事件などを聞くのも、神官副長の役目だ。

 それが終われば、神兵隊から聞いた話を再び書類に纏め、神官長に渡す。


 毎週の祝祭日――ヴィシュア神が男にジョブを授けたとされる日を記念して制定された休み――に行われる、大教会、大聖堂での礼拝の準備や取り仕切りも、神官福長が執り行う。

 また、中央区にある孤児院に行き、生活している子ども達の様子を確認し、その詳細を記して上に渡す仕事もあった。

 これは、アーノルドが神官副総長になってから決められたことのようだ。

 第二のティア――聖女を見つける為ではないかと、ロウは睨んでいる。


 ともあれ早い話が、神都の住民、神兵、各地区の支部教会と大教会の連絡役、いわば中間管理職だ。

 地味と言えば地味。労力に比べると、割に合わない仕事だった。

 ロウとしては支部に居た頃と同じ、いや、それ以上に鬱憤の溜まる作業だ。


 アイシャは喜々として職務に励んでいるばかりか、空いた時間にはこれまで通り、炊き出しやら塵拾いやらを行っているのだから、本当に大したものだ。

 加えて最近、神都内で体調を崩す者が多くなっているとかで、その調査をする為に各地区を順番に回っているとのことだった。

 無論、教会側から言われたことではなく、自主的にやっているだけだ。報酬も生じない。


 とてもではないがロウに彼女の真似は出来ないし、それどころか通常業務ですらいつまでこのようなしなければならないのかと、うんざりした想いにやる気も失せていく一方だった。

 これでティアに会うという目標がなければ、とっくの昔に投げ出しているところだ。


 そうして、大教会勤めになって十日後。やっとのことで、待ち望んだ時が訪れた。

 ロウは教会側からティアとの対面が許されるとの連絡を受け、ようやく待ち望んだ場面に臨んだ。


 ティアが居るのは、ヴィシュア大教会の中央塔、四階に位置する自室。

 らしくもなく落ち着かない気持ちを味わいながらも、ロウは目的地へと向かった。


 扉の前に立ち、既に早まり始める鼓動をなだめすかす為、何度も深呼吸する。

 そうして、幾らか冷静さを取り戻したところで、軽く扉を叩く。

 返事が来るまでの静けさが、何十分、何時間にも思えた。

 しかし、やがて、ついにその時は訪れる。


「どうぞ」


 短く、しかし、涼やかな声。間違いなく、ティアのものだった。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

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