↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/31

第16話 屍山血河

 レベル9999に付与される身体能力は、最早、人間の領域を遥かに超えている。

 仮に相手がスキルを持っていようと、純粋な動きのみで圧倒することが可能だった。


 ロウは歩きながら、外套の下に仕込んでいたナイフを投げて信者の頭部や心臓を貫き、近付いてくる相手は短剣で無造作に切り捨てた。

 魔法はわずかな動きのみで避け、スキルで距離を一気に詰めて、喉元を掻っ切る。

 広々とした部屋は、絶え間なく噴き上げる人間の血で赤く穢れていった。

 騒ぎを聞きつけて、建物内に居た他の信者たちが何事かと駆けつけたが、歯向かってくる者は全て瞬きする間もなく絶命した。


 時間にして、数秒あまり。

 室内は先程までの喧騒が嘘のように静まり返り――至る所に、死体が転がっていた。


「そ、そん、な……」


 たった独り残された、先程まで尊大な態度をとっていた教祖は、ロウを前にして情けなく腰を落とす。


「き、き、き、貴様、なんなんだ。こんな、こんなこと、ありえるわけがない! 神官服を着ているが、【僧侶】ではないな!?」


 ロウが無言で見下ろすと、教祖は歯の根をかち合わせながら、震えて動きの定まらぬ指を突きつけて来た。


「いい、いや、いや、なんでもいい! 誰に雇われた!? ヴィ、ヴィシュア教会か!?金か!? 幾ら貰った!? その倍を払う! だから!」

「どいつもこいつも同じことばかり言うな。いちいち答えるのは面倒だからもう何も言わない」


 ロウが手を振るうと、投擲したナイフが教祖の顔面すぐ横に突き刺さった。


「ひいっ!?」


 跳び上がった拍子に、恐怖のあまり力が入らず、だらしなく広げていた彼の股間に染みが広がっていった。

 失禁したようだ。


「――どうせこれから死ぬ奴に、何も言う必要なんてないさ」


 ロウの呟いた言葉に、教祖は絶叫した。そのすぐ後で白目を剥き、昏倒する。

 ヴィシュア教会に反旗を翻した組織の頭領は、あまりにもあっけなく、一人の暗殺者を前に敗北を喫したのだった。


「さて。目的は達成した、が……」


 ここまでは裏の仕事。ここからは、表の仕事をやる時だ。


「とりあえず、教会に戻って朝を待つか。その前に」


 ロウは腰に提げていたものを外し、具合を確かめる為に左右に引っ張った。

 ウーニャについでに用意させたものだが、中々に頑丈だ。


「……下準備、と」


 しゃがみこむと、気絶している教祖の体に、ロウは手を出した。


「ほ……本当なんですね? ロウさん」


 明けて早朝。

 ロウに連れられてきたアイシャは、目の前にある巨大な建物を、恐る恐る見上げた。


「ええ。確かに見ました、この建物に、あの黒ローブの連中が入って行くのを」

「そんな。じゃあ、まさか、ここが【ヴィシュア真教会】の本拠地……?」


 後輩の話を疑っているわけではないが、さりとて易々と全面的に信じられるものでもない。

 そんな表情をするアイシャに、ロウは頷いた。


「恐らくは。中に入って確かめてみます」

「そんな、危険です! もし本当にロウさんの言う通りなら、聖兵隊……いえ、聖騎士団に連絡しないと!」


 尤もなことを言ってくるアイシャだが、それではロウの計画が上手く運ばない。


「忍び込んで、見るだけです。わざわざ聖騎士団まで呼んで、もし間違いだったらそれこそ大きな問題になりますよ」


 理に適った進言に、アイシャはそれもそうだと思ったのか、俯いて唇を噛んだ。


「どういう訳か見張りみたいな奴らもいませんし、今が絶好の機会です」


 更にロウが畳みかけると、迷っていた様子の彼女は、そこでようやく決断した。


「……分かりました。本当に、様子を窺うだけですよ。もし危ないと思ったら、すぐに退きます。【ヴィシュア真教会】の信者は全員がジョブ持ちだと聞いています。戦闘向きではない【僧侶】の二人では、絶対に敵いませんからね」

「ええ、先輩の指示に従います。行きましょう」


 ロウの言葉に、アイシャは覚悟を決めたように拳を握り、深く頷く。


「わわ、わたしが先に行きます! 先輩ですから!」


 あからさまに強がる様子で、右手と右脚を同時に出しながら、アイシャがぎこちなく歩き始めた。


「いえ、オレが先に。どの道、戦いになったら前に居ようと後ろに居ようと変わりませんから」


 ロウはさりげなくアイシャの肩を引いて、前に出ると、建物の扉を開ける。


「そ、そうですか。す、すみません……ちょっとわたし、緊張してて」


 ちょっとではないと思うがと心の中で突っ込みつつも、ロウは建物内に入った。


「……誰も、いません、ね?」


 ロウが建物内を奥へ奥へと進んで行く内に、背中にしがみつくように隠れていたアイシャが、辺りの様子を確認しながら言った。


「ええ。妙ですね。やはりオレの見間違いだったんでしょうか」


 昨夜、レイドの死体は片づけ、残った蛇も全て始末し、血も流しておいたから、何もないのは当然だ。他に居た信者たちは『天光の間』へ加勢に来た時にロウによって始末され、残った者は逃げ出したのを確認している。

 という事実は隠し、ロウは素知らぬ顔で嘯いた。


「ど、どうなんでしょう。あ、でも、この先に扉がありますね。あそこに……?」


 アイシャが指差す方を見て、ロウは頷く。


「かもしれません。行ってみましょう」

「は、はい! ききき、気をつけまひょう!」


 盛大に呂律が回っていないアイシャに言われながら、ロウは部屋の奥――『天光の間』に続く扉――に向かって歩き始めた。

 そうして、突き当りの壁にある扉を押して、開く。


「ど……どう、ですか? うっ……!?」


 ロウに呼びかけたアイシャはしかし、そこでくぐもった声を出す。


「な、なんですか、この臭い……鉄? 錆……?」


 ロウは振り返り、鼻を押さえているアイシャに言った。


「先輩はここに居て下さい」

「ど、どうしてですか?」

「あまり見ない方がいいかと」


 再び前を向くと、ロウは感情を挟まず続ける。


「大量の――死体があります」

「……え?」


 といささか気の抜けた声を上げた直後、アイシャはロウの言葉の意味を察し――盛大に、悲鳴を上げた。


「し、死体!? どうして!?」

「分かりません。誰かに殺されたようですが……?」


 すっとぼけながら、ロウは部屋の中を進んで行く。


「ひえええ……ごめんなさい、わたし、目を瞑ってもいいですか?」


 アイシャの引きつった声に、構いませんよとロウが答えると、彼女は服を掴む手に力を込めた。

 ロウに引っ張ってもらおうという考えだろう。


「み、みみみ、みんな、お亡くなりになっているんですか……?」


 ロウに導かれるままついてくるアイシャが、震える声音で尋ねてきた。


「ええ、そうみたいですね。一体、なにがあったのか……ん?」


 素知らぬ顔で答えつつ、ロウはそこで、足を止める。


「先輩、なにか聞こえませんか?」

「ええ!? ななな、なにか!? そそ、それは浮かばれぬ死者の方の訴え的なアレですか!?」

「いや違うと思いますが……というか先輩、聖職者なのに幽霊が恐いんですか?」

「ししし、死を尊び、相哀れむのと、亡くなった方が形となって現れるのは、なんというか、捉え方が違うんですよ!」


 つまり恐いんだな、と思いつつ、ロウは歩く方向を変えた。


「安心してください。多分、生きている男の人の声です。なにを言っているのかはよく分かりませんが。誰でしょう」


 無論、先程初めて聞いたような体をとっていたのは、嘘だ。

 ロウ自身が、声の主をこの屋敷にわざと残していったのだから。


「ひょひょ、ひょっとしたら生き残りの方でしょうか?」

「かもしれませんね……あ、居た」

「ひゃああああああああああああ!」


 亡霊ではないと事前に言ってあったのに、わずかな可能性に怯えたのか、アイシャは素っ頓狂な声で叫んだ。


「大丈夫、やっぱり生きてますよ。目を開けて下さい」

「……そ、そうですか」


 アイシャはロウの服から手を放すと、前に回り込んできて、思い切ったように瞼を上げた。

 彼女の目には、縄によって厳重に縛られた、黒フードの男が見えていることだろう。

 教祖は何かを必死になって主張しているが、口に布を巻かれている為に、判然としなかった。

 ロウはしゃがみこんで手を伸ばし、話せるようにしてやる。


「――ハアッ! き、き、貴様ら、何者だ! あ、あの男の仲間か!?」

「あの男、ですか?」


 ロウと同じように地面に片膝をつくと、アイシャが教祖に対して首を傾げた。

 彼は口角泡を飛ばしながら、血の気の引いた顔でわめき散らす。


「あの仮面の、お、男だ! 恐ろしい……私の部下を残らず、一瞬で殺してしまった……! きき、貴様らもそうなのか!? わ、わわ、私に止めを差しに来たのか!?」


 完全に混乱し切った様子の教祖に、アイシャはあくまでも優しい口調を崩さずに言った。


「落ちついて下さい。わたし達は、ヴィシュア教会の者です。ここにヴィシュア真教会の人間が出入りしていると聞いて、やってきました。あなたはそうなんですか?」

「ヴィシュア教会だと!? なぜ、教会の狗がここに……い、いや、いい。あ、あの男の関係者でないのなら、まだマシだ。わわ、私を助けてくれ! そうじゃないと、あいつがまたいつ戻って来るかも分からない!」

「その前に聞かせろ。お前の名前と、立場を」


 ロウが圧を込めた低い声で命じる。

 既に知ってはいる情報だが『僧侶』としての立場で、相手から直接聞くことに意味があった。


「わ、私は、ダード……ヴィシュア真教会の教祖だ」

「教祖って……もしかして、ヴィシュア真教会の頭領だと言われている?」


 アイシャが驚いたように確認をとると、ダードと名乗った男は、がくがくと何度も頷いた。

 助かりたい一心で、もはや身分を隠す気はないようだ。


「ロウさん、もしこの人が本当のことを言っているのなら、とんでもないことですよ」


 アイシャがロウの方を見て、緊張に喉を鳴らした。


「ですね。とてもじゃないが、オレたちだけじゃ対処できない。然るべき人たちに来てもらいましょう」

 ロウが取り繕って場に相応しい提案をすると、アイシャは異論なしとばかりに顎を引く。

「おい、今から聖兵隊を呼んで、お前のことを捕縛、連行してもらう。それでいいな?」


 問いという形をとりながらも、実質的には強制執行の意味を持つロウの言葉に、男は奥歯を噛み締めた。


「ぐっ……い、いや、致し方ない。あの男から逃げられるのなら、まだマシだ」

「分かった。なら少しそこで待て。今から連絡する」


 近くの屯所に報告して取り次いでもらおうと、ロウとアイシャは立ち上がる。


「は、早くしてくれ! もう、あいつに遭うのは二度と御免だ……!」


 背後から聞こえるダードの悲痛な訴えに、アイシャはちらりと彼の方を見た。


「よほど、恐かったんですね。ですが、一夜でヴィシュア真教会を壊滅させ、大神官を捕らえるなんて、一体どなたがやったんでしょう?」

「さあ。真教会に恨みを持つ者の犯行か、もしくは別の目的があるのか。皆目、見当がつきませんね」


 肩を竦めて虚言を呈し、ロウはアイシャと共に建物を出ると、屯所へ向かうのだった。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。