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第15話 【鴉】の実力

 強化された身体能力により、ロウは音速を超えた攻撃を仕掛ける。


 だが男はそれらを剣で次々と受け止め、更には踏み込んで一刀を投げかけて来た。

 ロウは当たる寸前でかわし、再び《転瞬》によって相手の死角に移動する。

 突き出した刃を、男は舌打ちと共に転がることでかわした。


「中々ねばるねえ。少し興味が出て来た。名前とレベルを聞いておこうか?」

「……レイド。レベルは5000だ」


 やはりこいつがレイドか、と確認すると同時に、ああそれで、とロウは納得する。

 先程の動きを実現するには、それくらいないと足りないだろう。


「お前も同じようなものだろう。多く見積もっても6000程。違うか?」


 レイドが確信したような口調で言った。

 先程から、ロウが彼と同程度で張り合っている為に、そう思ったのだろう。


(この先なにがあるか分からんから、出来るだけ、力を絞っているだけなんだが)


 暗殺者は常に最悪を想定して動く。

 扉を開けた先、彼以上の――たとえばロウと同じ、レベルの限界値に達した者がいないとも限らなかった。

 その際、もしもこの戦いを監視されており、実力を把握された上で対策をされてはやりにくくなる。

 よって、あえて能力を抑えたまま戦っていたのだが――。


(いや、分からないのも、無理もないか。レベルは大体、5000くらいから上がるのが難しくなるからな)


 たった1を上げる為だけに、半年以上かかることも珍しくはなかった。

 レベルを9999にした者がほとんどいないのは、そのことが原因である。

 目の前に居る人間がそうであるなどと、すぐに理解できる者はいなかった。


「さあ、どうかな。このまま戦い続ければ分かるんじゃないか?」


 あえて教える必要もなく、ロウが挑発するつもりで言うと、レイドはわずかに口端を歪める。


「そうだな。……試してやろう」


 言って間もなく、彼のローブから、なにかが大量に落下する。

 それらは月明かりの下で、不気味にうねり、空気の抜けるような奇妙な音を鳴らした。

 ロウは目を凝らして、その正体を知る。


 紫色に赤の斑模様をした、鱗の生えた細長い胴体。

 丸い頭に、小さく鋭く、濁った目。口に生えるのは、鋭い二本の牙。

 ――蛇だった。

 何十、何百という蛇が、男の足元で、彼を慕うようにのたくっている。


「ただの蛇だと思うなよ。【ロウディング・スネーク】という名を聞いたことがないか?」

「……魔獣か」


 通常の動物と違って無条件に人に対して敵意を持ち、度を越えた能力や知性、習性を持つ者を指して『魔獣』と呼称されるが――。

 レイドが口にした名に、ロウは思い当たるものがあった。


「こいつらは通常の蛇の数倍ほどの動きを実現する。それだけではない。噛まれたが最後、注入された毒は肉を瞬時に壊死させ、腐り落とすのだ」

「あんた、【魔獣使い】だったのか」


 名の通り、魔獣を使役できるジョブだ。

 他と違って特別なスキルが無い代わり、魔獣を意のままに操ることが出来た。

 支配の及ぶ相手は人によって違う。男の場合は『蛇の魔獣』なのだろう。

 レベルが上がれば上がるほど、一度に扱える魔獣の数が増える為、5000ともなれば相当の数になるのも頷ける話だった。


「その通り。さぁて――見せてくれ。お前の実力とやらを」


 レイドが剣を振ると、無数の蛇が床を這いながら、一斉に襲い掛かって来る。

 彼の言う通り目を見張るほどの速度によって、瞬く間に接近してきた。

 ロウはスキルなどを使い、視認不可能な動きでそれらを回避していく。

 だが蛇たちは、まるで移動する場所をあらかじめ知っているかのように、すぐさま反応して牙を剥いた。


「無駄だ。【ロウディング・スネーク】は目ではなく体に備わった特殊な感覚器で獲物を捕らえる。いかにお前が素早く動こうとも、すぐさま感知して対応するぞ」


 レイドが言うように、ロウが部屋中を飛び回ろうと、蛇たちはしつこく追従してくる。

 足首を狙って口を開いた蛇の攻撃をかわしながら、主目掛けて飛びかかるも、すぐに横手から別の群れが纏めて飛んでくる。

 ロウは身を引いて、後ろへと跳んだ。


「どうした、先程の威勢が嘘のようだな。名うての『鴉』と言えど、所詮はその程度か」


 勝ち誇ったような態度で、レイドが裂けるような笑みを浮かべた。

 ロウが立っている場所に向かって、蛇たちは嬲るように、じりじりとにじり寄って来る。


「昔、師匠が言っていたよ。『標的が物を言う内は、死と隣り合わせだと思え』ってな」

「……なんのことだ?」


 言葉の意図が掴めなかったのか、怪訝な顔をするレイドに、ロウは答える。


「息の根を止めるまで油断するなってことさ。世の中、思ってもみないことなんて幾らでも起こる」

「悔し紛れの虚勢か。今のお前になにが出来る?」

「なにも出来ないさ。――なにせ、準備は既に終わっているからな」


 レイドがぎょっとしたように周囲を見回した。

 しかし、彼の目にはなにも映らなかったのだろう、やがては舌打ちして睨みをぶつけてくる。


「そんなもので私が警戒して退くと思ったか? この期に及んでそんなことしか出来ないとは情けない。失望したよ、『鴉』。腐って死ね!」


 主人の指示によって、蛇たちの全てが殺到してきた。

 何匹かがロウの目の前で勢いよく飛んで大きく口を開き、一撃必殺の毒牙を剥き出しにする。

 ――かと思ったその直後、その身は残らず、上下に裂けた。


「……なに?」


 レイドが目を見開いている間にも蛇たちはけなげに命に従い、次々とロウを襲撃してくる。

 しかしいずれも届くより前に綺麗に切り裂かれ、鈍い音を立てて地面に落ちていった。


「ま、待て。なにが起こっている!?」


 慌てたようにレイドは手を振り、蛇たちの動きを止める。


「仕込みは上々。後は仕掛けを見て御座い……ってな」


 ロウは両手を交差し、十本の指を微かに揺らした。

 その動きと共に、何も無い空間のそこかしこが、月明かりでわずかな光を照り返す。


「これは……糸……!?」


 ようやく状況を理解したレイドが、愕然となったような声を上げた。


「知らないか? 《無限鋼糸》……鉄より硬く、蜘蛛の糸より細い糸を好きなだけ生み出せるスキルだ。先端にある小さな鉤爪を引っ掛ければ、あちこちに張り巡らせられる。あんたの蛇みたいな素早い動きの奴が勢いのままに突っ込んで来たら、綺麗に裂かれて下ろされるってことだ」

「お前、さっき逃げ回っていた時にこんなことを!?」


 その通り、と答える代わりに、ロウは口端をわずかに上げる。

 追い詰められる振りをして、レイドを中心にし、部屋中に糸を仕掛けていたのだ。


「忠告だ。暗殺者のやることには逐一注目しておきな。オレを含めて全員が狡猾で、卑劣で、何かを殺すことには努力を惜しまない」

「おのれ背信者が……!」


 レイドが憤りを示すようにして眉を吊り上げた。

 しかし彼の感情は、間もなく落ち着いていく。

 それどころか、逆に、余裕を取り戻したような笑いを浮かべて見せた。


「……だが、私や蛇が動けなくなるのと同様、お前もこれでは奥には迎えまい。もしも移動しようとすれば、自身の体も切り裂かれるからな」

「どうだろうな。オレだけ都合の良い場所の糸を切って進むというやり方もあるが?」

「そんなことをしてみろ。すぐにその隙間から、蛇を向かわせてやる」

「なるほど、そいつは困ったな」


 ロウのわざとらしい言い方を、レイドは図星を突かれたが故の強がりだと思ったようだ。


「私の目的はお前を倒すことではなく、奥に行かせないこと。これで目的は達成だ」


 その目に嘲りの色を浮かべ、レイドがすぐにでも動かせるようにか、自らの体に従者の蛇を這わせた。


「退くか? それとも、危険を冒して糸を切るか。どちらでもいい、選ぶが良い」

「……いいや、どちらも選ばない。お前を殺して先に進む。それ以外、とるべき道はない」


 ロウは淡々とした口調で答えた。


「やれるものならやってみろ――!」

「さっきオレが言ったことをもう忘れたのか。準備は、終わってるんだよ」


 レイドが怪訝な顔をし、ロウの告げたことの意味を考えるように、視線を逸らす。

 しかしその時――蛇たちの一匹が、耳障りな鳴き声を上げた。

 かと思うと、そのまま倒れて痙攣し、白目を剥く。

 それだけではない。次々と、蛇たちは地にその身を落とし、悶え苦しむようにのたくうと、絶命した。


「ど、どうした、お前たち。なにが……っ!?」


 動揺するレイドが瞠目し、その場に膝をつく。

 青ざめた顔で口元を手で押さえたが、間もなく、激しく咳き込んだ。

 指の隙間から、大量の血が零れ落ちていく。


「……なんだ、これ……は……」


 小刻みに震え始めるレイドに、ロウは糸の一本を引いた。


「師匠はこうも言っていた。『相手が子どもでも愚かと思うな』ってな。……オレがただ蛇を殺す為だけに、面倒くさい糸を張りまくったと思うか?」


 レイドの目の前にある糸から、ゆっくりと滴が落ちていく。

 それが床に居る蛇の一匹に当たり、目に入り込んだ途端――断末魔を上げ、そのまま死んだ。


「糸に……毒を仕込んで……!?」


 くぐもった声で言ったレイドが、その場へ無様に頭をついた。

 最早彼は、まともに立ち上がることすら出来ない。


「毒はお前だけのものじゃない。体のどこかに入ったが最後、熊でも一瞬で殺す特別性だ。高かったんだから、とくと味わえ」


 レイドはロウを見つめ、喘ぐように、口を開いた。

 しかし発した言葉は形にならず、彼はそのまま、完全に没する。

 主人の死を嘆くように、蛇たちが周囲に集まった。


「……じゃあな。あんた、イカれた連中には勿体ない程度の実力はあったぜ」


 ロウはスキルによって生まれた糸を消し去ると、レイドには一瞥もくれずに前方へと向かう。そうして、扉を蹴り開けた。

 広々とした部屋には、数十人の信者たちが居て、全員がロウを注視している。

 どうやら先程の戦闘による物音を聞いて、何事かと警戒していたようだ。

 広い部屋の最奥には巨大な祭壇がしつられており、壁にはヴィシュア教会の象徴を模した紋章が垂れ幕となって掲げられていた。


「な……なんだ、貴様は!? 誰だ!?」


 祭壇の前に立っていた、ローブ姿の男が声を荒げる。

 年齢にして五十手前といったところだろうか。

 その辺の酒場で酔っぱらってクダを巻いてそうな、典型的な中年といったところだ。


「【ヴィシュア真教会】の教祖ってのはあんたか?」

「誰だと訊いている! 答えろ!」

「こっちの質問が先だ。とっとと答えろ」


 圧を込めて言うと、男は押されたように一瞬黙り、やがては頷いた。


(こんな奴が教祖ねえ。よく皆、ついていったもんだ)


 口が上手いのか、それとも優秀な頭脳担当でもついているのか。

 いずれにしろ、ロウには興味はなく、また、どうでもいいことはあった。


「レ、レイドはどうした。なにをしている!?」


 唾を飛ばしながら叫ぶ教祖に、ロウは肩を竦めた。


「さあな。愛玩動物と一緒に、そこらでくたばってるんじゃないか」

「馬鹿な!? あやつは我が【ヴィシュア真教会】でも随一と呼ばれたジョブの使い手、そう易々とやられるはずがない!」

「その言葉を聞いて安心したよ。つまりここには、あいつ以上の実力者はいないんだな」


 ならば、手加減する必要もないということだ。ロウはそう判断し、続けた。


「あんたらに罪――はあるがオレに裁く権利はない。が、ここで全員、死んでもらう」

「なんだと……どういうことだ。目的はなんだ!?」

「会いたい人がいるんでな。その為に死んでもらう」

「ふ、ふざけるな! やれ――ッ!」


 教祖の命を受け、突然現れたロウに戸惑っていた様子の信者たちは鬨の声を上げた。

 それぞれが魔法を始めとし、剣、槍、斧など各々の武器を持って向かってくる。


「邪魔」


 しかしその全員が、ロウの手により一瞬で血飛沫を上げた。

読んでいただき、誠にありがとうございます!

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