第14話 潜入
ロウは重力と足音を無効化する《衝撃無効》と《暗歩》によって、ふわりと着地し、建物へと近付いていった。
入り口には、漆黒のローブこそ着ていないが、鉄製の防具と槍を装備した男が二人、扉の前に立っている。
「おい、止まれ。何者だ」
ロウの姿を見かけるや、右の男の一人が槍を突きつけて来た。
「ここって【ヴィシュア真教会】の本部ですよね?」
答えず逆に問いかけると、左の男が怪訝な顔をする。
「なにを言っている。ここはあるお方が住まわれる屋敷だ。用がないなら立ち去れ。さもなければタダでは済まさんぞ」
「あれー、そうなんですか?」
ロウはすっとぼけながら、小声でスキルを使用した。
「《短気催眠》」
限られた時間のみ、相手の意識を掌握し、自在に操るものだ。
一度に使える対象が二人までと少ないものの、これなら単に殺したり、眠らせたりするよりも自然に警備を潜り抜け、その後も他の仲間にも気づかれにくい為に、使い勝手が良い。
催眠が解けた後は前後五分間の記憶が曖昧になるというのも利点だった。
兵士たちは一瞬、とろんとした目つきをするものの、すぐに戻る。
自分達では、スキルにかかったことすら把握できないだろう。
「参ったな。頼まれて来たんだけどなぁ」
「……ふん。神官が誰に何を頼まれるというんだ」
「なにも聞いてないですか。オレ、潜入任務でヴィシュア教会に忍び込んでたんですよ。その調査報告をしにきたんですが」
ロウの言葉に兵士たちは、目配せした。
本来であれば「聞いていない。嘘を吐け」と一括されるだけだろうが、今の彼らは非常に『素直』になっている。
「そういえば……そんなことを耳にしたような……」
「ああ……奴らの動向を窺う為に、必要だからと……」
スキルの効果で勝手に自分達の中で受け入れやすいように理屈をつけ、やがて二人は構えを解いて槍を立てた。
「……ご苦労。中に入って報告してくれ」
「敵陣の中に入ってよくやった」
ロウは口笛を吹き、「どうもー」と手を振って、開かれた扉の中に入った。
足を踏み入れてすぐ、吹き抜けになった広間には大勢の黒ローブたちが居る。
彼らに目をつけられるより前に、ロウは呟いた。
「《無鏡》」
スキルを発動し、見下ろすと、己の体が徐々に消えて周りの景色と同化していく。
自身を透明化する効果があり、人に知られずに情報を探るには打ってつけのものだ。
ただし完全に透過するのではなく、あくまでも今いる場の風景に溶け込んでいるに過ぎない。
注意深く見られれば、ロウが居るところだけ、わずかに揺らいでいることが分かるだろう。
ただ夜ともなれば視界も効かない。
実際、ロウは堂々と廊下を歩いていたが、すれ違うっても誰一人として気付く者は居なかった。
(ダメ押しもしておくか)
ロウは更にスキルを使用した。
「《逆地》」
壁に足をつけると、すいすい登っていく。
そのまま天井まで辿り着くと、落下することなく進み始めた。
この世界には、物を下へ下へと引っ張る力が働いている。
林檎を投げると宙に留まらず、落下していくのがそれだ。
しかし今、ロウの体に働いているスキルはその力を完全に無視する。
壁だろうと天井だろうと、全てを床のように歩くことが可能だった。
《無鏡》と同じく、建物内に侵入するにはこの上なく役立つものだ。
(頭領がいるのはどこか、まずは情報を探るとするか)
ロウはなるべく人が集まりそうな場所を探し、建物内を移動し始めた。
食堂、台所、休憩室らしき場所等々。
そんな中、廊下を歩いている二人組の会話を耳にした。
「今、『神意典礼』やってるのかな」
「ああ……おれ達には縁のない話だが」
足を止め、ロウは耳をそばだてる。
「教祖様から直接お言葉を賜るなんて、羨ましい限りだ。使徒の方々だけなんて言わず、ぼく達にも聞かせてくれればいいのに」
「馬鹿言うな。教祖様の御声を直接拝聴なんて、おれ達下っ端には恐れ多すぎるよ」
「確かにそうだけど……『天光の間』の壁に耳をつければ、少しくらい聞こえないかな?」
「やめとけ。バレたら大事だぞ。それにレイドさんが許してくれるはずがない」
「……まあ、それもそうだね。いつも通り、奥には近づかないでおくか」
残念そうに言った一人に、もう一人も「そうしよう」と頷いた。
(なるほど。天光の間、ね)
教祖というのが、頭領のことだろう。
使徒は組織の幹部を意味する言葉か。
貴重な情報をどうも、と胸中で二人の信者に礼を言いつつ、ロウは足先を変えた。
建物の奥へ、奥へと進んで行く内に、人気がなくなっていく。
あの二人の話が正しければ、一部の人間だけが『天光の間』へ入ることを許され、それ以外は立ち入りを禁じられているのだろう。
やがて開けた場所に出ると、突き当りに他より明らかに大きな扉があった。
あの先か、とロウが向かおうとすると――どこからともなく、声が響く。
「何者だ。姿を見せろ」
ゆらり、と暗闇から薄明りの下に姿を見せたのは、ローブを纏った男だった。腰に一本の長剣を差している。
首筋にかかるほどの長い髪を後ろで縛り、目に剣で斬られたような、一筋の傷跡がある。
「……誤魔化しても無駄だ。私には見えている」
無言のままで居るロウの位置に、男はまっすぐと睨みを聞かせてきた。どうやら、はったりではないようだ。
ロウはスキルを解除すると、即座に《短気催眠》を使い、男に答えた。
「聞いてませんか? ヴィシュア教会の潜入任務についていたんですが……」
男の目がわずかに、正気を失ったよう、揺らぐ。
「――ハッ!」
しかし彼が即座に気合を入れるような声を上げると、再び元の色を取り戻した。
「《無鏡》に《短気催眠》のスキル……お前、神官の成りをしているが、暗殺者か」
へぇ、とロウは言葉にはせず、心の中で感心する。
《短気睡眠》は便利なスキルだが、一転、誰にでも利くわけではなかった。
使い手のことを熟知している者や、同じ暗殺者、あるいは確固とした己の有り様――強い意志力とも言うべきものを持つ者には、通じない。
熟練の戦士や、経験豊富な傭兵、魔導士などがそうだ。
「《無鏡》も《短期催眠》も通じないとは、あんた、他の奴らとは少し違うみたいだな」
ロウの指摘に、男は黙して答えなかった。
間違いない。目の前の扉の先に続く部屋に、【ヴィシュア真教会】の頭領と直属の部下が集まっているのだ。
男は話を盗み聞きしていた二人が言っていた『レイド』という男だろう。万が一に備えた用心棒といったところか。
たった独りで守っているところを見ても相当の手練れであることは明らかだが、今の反応を見る限り、予想よりも強そうだ。
「誰の依頼で来たかは知らんが、とっとと消えろ。さもなくば逆に自分の命を失くすぞ」
虚勢でもなく、傲慢さからくる空虚な自信でもない。
己の実力を冷静に把握している者特有の、静かな、しかしそれでいて重みのある警告だった。
「悪いはそうも行かなくてな。お前達には今夜、教祖を始めとし、全員死んでもらう」
「……金に目が眩んだ亡者の末路か。やはり暗殺者とは救いようのない背信者よ」
「そういうあんたらはどうなんだ? 真なる神の従属者にしちゃあ、あちこちで悪さを働いているようだが」
「真実に目覚めぬ者達には、時に過激な方法を用いて導かなければならない時もあるのだ」
「誰が頼んだ?」
「教祖様が、神より授かった天命である」
「そうかい。だったらそいつに言っておきな。――勝手な親切、大きなお世話ってな」
「お前! 大神官様とヴィシュア様を愚弄する気か!」
男は激昂と共に剣を抜き、切っ先をロウに突きつけて来た。
「大人しく帰るのであれば、神の御慈悲として見逃してやろうと思ったが、もう遅い。その身にお前の罪の証を刻んでやる」
「大言吐いたな。やれるもんなら、やってみな」
「――是非もなし!」
軽く床を踏みしめて、男が真っ直ぐ突っ込んでくる。疾風の速さで目の前に迫るが、ロウは冷静に呟いた。
「《転瞬》」
己の姿がその場から消え、男のすぐ後ろに現れる。
無防備な背中に向けて、ロウは懐から取り出した短剣を振り下ろした。
しかし、彼はわずかに体を震わせたかと思うと素早く振り返り、己の得物でロウの刃を受け止める。
月夜の静寂に、金属と金属がぶつかり合う耳障りな音が響き渡った。
(……今のを受け止めるか。やっぱり、タダ者じゃないな)
ロウが男の実力を図るのと同様、彼もまた、目を細めて見極めるような眼差しを送って来る。
「上位スキルを使うとは、その辺に蔓延る十把一絡げの輩とは少し違うようだな。名を聞いておこうか」
「暗殺者は己の名を捨てて事に当たる。世間じゃ『鴉』と呼ばれているようだがな」
「『鴉』だと……あの、権力者殺しの暗殺者か!?」
男が力を入れて押してきたため、ロウは一旦、宙を舞って後ろに下がった。
「別に権力者だけを殺しているわけじゃないさ。たまたま悪党に権力者が多いだけの話だ」
「なるほど、然り。世を蝕む害虫どもを排除して回るその行動、背信者であったとしても、一部の義侠心はあるようだ。ますますここで殺すのは惜しい」
引き結んだ唇にわずかな隙間を開け、男は冷徹な問いを投げかけてくる。
「やはりここは退かないか。さすれば私も今宵のことは忘れよう」
「同じことを言わせるな。嫌だね。それにオレがやっていたのは正義でもなんでもない」
ロウは軽くその場で跳んで、着地と同時に疾走した。
「ただの誤魔化し。お前らの仲間が口にしていた、偽善だよ」
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