第13話 ヴィシュア真教会
「ヴィシュア真教会?」
「最近になって神都に出没し始めた人達ですから、ロウさんが知らないのも無理はありませんね。なんでも、自分達こそが本当のヴィシュア教会だと言い張って、あちこちで今回みたいな暴動を起こしているとか」
「はあ。なんでそんなことを」
「わたしも詳しくは知りませんが……彼ら曰く『今のヴィシュア教会は創設当初の崇高なる使命を忘れるばかりか、自らの利権に溺れた金の亡者になっている』とのことで」
「そうなんですか?」
「と、とんでもないですよ!」
ロウの素朴な疑問に、アイシャは折れんばかりに首を横に振る。
「ヴィシュア教会は、今も昔も変わらず、弱き人々の為に己を捧げて行動している人達の集まりです。この人達はそれっぽいことを語って、皆に乱暴を働いたり、お金や食料を奪ったりしたいだけなんですよ。実際、そういう事件もかなり起こっていますし」
「なるほど。まあ、先輩が言うならそうなんでしょうね」
特に興味もないので、それで片付けていたロウは、ふと脳裏に過ぎるものを感じた。
(そういえばこいつら……どこかで見たことがあると思ったら、王都でティアを襲っていた連中か)
あまりにあっさりと仕留めてしまった為に忘れていたが、ローブの頭に抜かれていた紋章が同じだった。
「【ヴィシュア真教会】は教会側も危険視し、事件が起こる度に取り締まろうとしているらしいのですが、所属しているのはスキルを使える人ばかりのようで、中々上手くいかないのが現状のようです」
「ああ。こいつらも魔法を使っていましたね。組織立って動いているというのなら、本拠地みたいなものがあるはずですが、そっちは?」
「今のところは所在不明みたいですね。聖兵隊だけでなく、大教会付きの聖騎士団の方々まで何人か、調査に派遣されているようですが」
「……ふぅん。なるほど。教会の上の方ですら、手をこまねいている連中、ですか」
「ええ。ですから、ロウさんも彼らのような人を見かけたら、なるべく近付かないで下さいね。わたしも、その、えっと、努力しますから……」
最後の方がしりすぼみなのは、先程のことを踏まえて、お前が何を言うかと追及されるのを恐れてのことだろう。
だが、今のロウにとってそのようなことは、些末でしかなかった。
(……使えるな)
手っ取り早く目的を達成するための方法としては、十分だろう。
「先輩。申し訳ないんですが、再来週、一日だけお休み頂いていいですか」
「え? え、ええ。問題ないとは思いますが。なにかご用事でも?」
ロウは頷いて、倒れているローブ集団を見回しながら、口端を歪めた。
「はい。――ちょっと、家の害虫を退治しなければならなくて」
十数日後の、深夜。
ロウは神都の一角にある建物の屋根に乗って、眼下の光景を眺めていた。
既に飲食店などが並ぶ中心部以外は明かりが落ち、神都は静かな闇に包まれている。
だが、ロウの見つめる先は、未だ煌々とした光を放っていた。
さほど、大きな建造物ではない。
しかし煉瓦を積み上げて造られ、所々が鉄で補強されている様は、かなりの頑丈さが窺えた。
恐らくは、万が一にも内部で荒事が起こることを想定してのことだろう。
つまり、戦いがあることを前提に建てられたものである、ということだ。
「なるほど、それっぽいが……間違いはないんだろうな?」
ロウは人気のない場所で、虚空に向かって問いかけた。
「少なくともあたしが集めた情報によると、あそこに出入りしている黒ローブの連中が居たってことっすよ。一人や二人じゃなくて、十人以上だってことっすから、大丈夫なんじゃないっすかねえ」
背後から、不満そうな声が聞こえて来る。
ロウが振り返ると、暗がりに居たウーニャが、しかめっ面をしてしゃがみこんでいた。
「なんだよ。やけに機嫌が悪いな」
「そりゃ悪くもなるっすよ。勝手にギルドを出て行った人から早鳩で手紙をもらったもんで、やっぱり神官なんて嫌だから暗殺者に戻る、その仲介をしてくれってことかと思って喜んだんすよ? なのに中には、神都に蔓延る訳の分からん連中が救っている場所を探し出す為に神都に来てくれって、なんすかそれ」
「お前の情報収集力なら何とかできると思ってな。実際、見事に突き止めてくれた。さすがだな」
「全然うれしくねーっすよ。いくらアニキだってひどすぎるっす。あたしは都合の良い女っすか? アニキが使いたい時にぴょんと出てくる不思議な道具っすか?」
「報酬は与えただろ。相場の三倍以上も」
「金で解決しようって話っすか! あたしはねえ、ちょっと怒ってるんすよ!」
「そう言うなよ。なんだかんだ神都まで来てくれて感謝してるよ」
「そんな言葉じゃごまかされねーっすよ! あたしは断固、抗議するっす!」
ぎゃーぎゃーとわめき続けるウーニャに「静かにしろ」と諭しつつ、ロウは問うた。
「じゃあ、金以外になにが欲しいんだよ」
「……分かってる癖に。可愛がって欲しいっす」
わずかに視線を逸らし、頬を染め、指先同士を突き合わせるウーニャ。
「可愛がる、ね。……いいだろう」
「えっ!? 本当っすか!?」
てっきり断られると思っていたのだろう。
ウーニャは跳び上がって、興奮した顔で鼻息を荒くした。
「ああ。すこしじっとしてろ」
「ええ!? ここで!? そ、そんな、アニキ、初めてなのに……で、でも、それも裏社会っぽくてなんだか良いっす。誰に見られているか分からない場所で、生まれたままの姿になって、あたしはお月様に向かって艶やかな声を上げるんすね……」
なにやら妄想を暴走させているウーニャに対し、ロウは近付くと、その場で膝をついた。
小柄な為にそうしてやっと目が合った彼女に、「いくぞ」と声をかける。
「は……はいっす……」
爆発しそうな心臓を抑えこむように胸に手を当てて、ウーニャは目を閉じた。
ロウはそっと手を伸ばし、そのまま彼女に顔に近付けて――。
「よしよし。良くやった」
頭を撫でて、可愛がってあげた。
「…………」
たっぷり十秒間、沈黙した後で、ウーニャはぽつりと言う。
「アニキ」
「なんだ」
「あたし、ひょっとして、嘗められてます?」
「うん」
「ふぎゃーっ!」
猫のような威嚇声を上げ、ウーニャはロウの手を払いのけ、後ろに跳んだ。
「いい加減にして下さいっす! いくらアニキでも我慢の限界があるっすよ! 乙女心を弄んでタダで済むと思わないでくださいっす!」
「なんだよ。言った通り可愛がってあげたろ」
「ガキじゃないんすよ! あんなことで満足できるはずがないっす!」
「そうか。じゃあ、要らなかったか?」
「…………」
再び沈黙。
ウーニャはそっと顔を背け、頬を赤らめながら、こほん、と咳払いした。
「いや、まあ、あれはあれで……良かったっすけど……」
ちょろ過ぎないかこいつ。
と、思ったが、心に留めておくロウだった。
「つまらんこと言ってないで、もう王都に帰っていいぞ。ご苦労だった」
「うー。アニキはひどいっす。ひどいはアニキっす。……でも、そんなアニキも嫌いになれない。ああ、恋心とはかくもままならぬもの……っす」
「いつまでも寝言みたいなこと口にしたら、本当に眠らせて荒くれどもの酒場に放り出すぞ」
袖から取り出した針を散り付かせると、ウーニャは「ひぃ」と仰け反って、首を振る。
「分かったっすよ……所詮、あたしは捨てられた女っす。大人しく帰るっすよ。でも……アニキ、その格好、改めてみても全然似合ってないっすね」
ウーニャからの指摘に「うるさい」とロウは返した。
今の自分は神官服の上から、黒い外套を羽織っている状態だ。
仕事する際に使う『鴉』の仮面も被っている為、確かにかなりのチグハグさだろう。
「なんで暗殺用の衣装を使わないんすか?」
「オレはもう暗殺者じゃないからな」
「でもなんでしたっけ、【ヴィシュア真教会】でしたっけ。連中は排除するんすよね」
「ああ、残らずな」
「それは暗殺じゃないんすか?」
「良く聞け、ウーニャ。これは先輩に聞いたことだがな」
ロウは手に嵌めた革製の手袋の調子を確かめるべく、軽く引っ張りながら、わずかに口元を歪めた。
「――街のゴミ掃除も、神官の立派な仕事なんだよ」
足を踏み出し、小さく唱える。
「《転瞬》」
一定距離を瞬間的に移動するスキルによって、体が空間を無視して突破し、【ヴィシュア真教会】への拠点の上空へと近付いた。
「そういうもんすかね……頑張ってっすー」
呑気なウーニャの声に見送られながら、ロウは自由落下する。
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