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第12話 悪には悪で

「さすがに見ていて吐き気がするぜ。悪辣なのはどっちだよ」

「なんだと貴様――おぐっ!?」


 反論しようとしてきたローブ集団の一人を、先程の男にやったのと同様、手にもった石礫を投げて黙らせる。

 別に特別なものでなくその辺で拾っただけだが、暗殺者の手にかかれば十分な武器になり得た。


「い、一体なにが起こっている!?」


 ローブ集団が、戸惑うように顔を見合わせる。

 ロウの投げた石が早過ぎて、目で捉えきれないのだろう。


「ロウさん……」


 呆然としているアイシャに頷き、ロウは彼女と親子の前に立った。


「主義主張をするのは自由だが、それは人を害していい理由にはならない」

「……なんだと?」


 仲間の介抱で、顔をしかめながらも体を起こした男が、ロウに鋭い眼差しを送ってくる。


「誰かを攻撃したいなら、堂々とそう言え。大層な理想を掲げた振りをする奴が一番性質悪いんだよ」

「貴様! 我らが人を虐げる為に先程のようなことを口にしたとでも言うのか!?」

「少なくともオレにはそうとしか見えねえよ。正しさの旗振って誰かを足蹴にするのは気持ちいいよな。自分が偉くなったように思える」

「言うに事欠いてなんということを……!」


 肩を支える仲間たちを振り払って、男が足音荒く、ロウへと近付いてきた。


「まあ、あんたらがどういうつもりでなにをしようが勝手だがな。一つだけ文句をつけさせろ。ヴィシュア教会全体は知らないが、少なくとも後ろに居る先輩はお前らが言うような人じゃない」

「どう違うというのだ。同じ教会の手先だろう!」


 男から胸ぐらを掴まれながらも、ロウは冷めた目で見返す。


「打算の為に、毎日、毎日、誰かの為に足を棒にして働けるか? 自分の欲望を満たす為に、徹夜して作った飯を、タダで困っている奴らに渡せるか? 得るものなんてなにもないのに、小憎らしいガキどもの世話ができるか?」

「……なにを……」

「人の事情を知らないで、手前勝手な理屈をこねあげるんじゃねえよ。教会の他の連中はどうでもいい。だが、先輩には地面に手を突いて謝罪しろ。今すぐに」

「ほ、ほざけ! それもまた、偽りだ! ヴィシュア教会に関わる全ては己の利益のみを追求しているのだ!」

「そう思いたいだけだろう。お前が」

「こいつ……!」


 ロウから離れると、男は手を突き出し、口の中で何かを呟いた。

 男の頭上に巨大な炎の球が浮かび上がる。先程、アイシャ達に放とうとしたものよりも強力な魔法だった。


「お前たちもやれ! 我々を侮辱されてこのままでおれるか!」


 命令を受け、男の後ろに居た者達も遅れてスキルを発動。氷、疾風、雷、土塊といった現象が次々と生まれた。周囲に居た住民たちが、揃って怯えたような声を上げる。


「我らに抗うとは正に無知蒙昧のなせる罪。身をもってその重さを味わうが良いわッ!」


 男が血走った目で叫び、ロウを指差して魔法を解き放った。


「嫌なこった」


 ロウは素早く腕を振り、神官服の袖口からあるものを投げる。


「……《夢心》」


 同時にスキルを使用。途端、ローブの集団に変化が起こった。


「は……あれ……?」


 一人がぐらついて受け身もとれずに倒れると、他の者達も続々とそれに倣っていく。

 彼らの意志によってこの世に現れていた数々の魔法もまた、音もなく消え去った。


「お、おい、お前達!? 一体どうした……」


 異変に気付いた男が振り返るも、彼もまた、ぐるりと白目を剥いて膝をつく。


「……これは、一体」


 自身の身に起こったことを把握できないまま、男はそのまま、地面にうつ伏せになった。


 《夢心》。物体を対象の内部に入り込ませることで、睡眠作用を発揮するスキルだ。

 剣や槍といった、肉体を傷つける得物でも効果はあるが、ロウの場合は目を凝らさなければ見えない極小の針を使っていた。相手が刺されたことさえ気づかぬうちに昏倒し、仲間もなにが原因かをすぐには把握しにくい為である。


「ロ、ロウさん? なにがあったんですか?」


 しばらくし、男たちが起き上がらないことを確認すると、アイシャが後ろから声をかけて来た。


「んー? さあ、よく分かりませんね。急に全員、気を失ったみたいです」


 振り返ってロウが笑顔になると、アイシャは不可解そうに眉根を寄せる。


「そ、そんなことありますか? ロウさんが何かされたのではなくて?」

「いやオレはなにも。それとも、なにかしたところが見えました?」

「い、いえ、そういうわけではありませんが」


 ロウの動きは、少なくとも戦闘に関して素人同然のアイシャには視認できない。

 なにか変だなとは思っても、明確に答えを出すことは出来ないだろう。


「まあ、ろくに食事をとってないとか、あまり寝てないとか、そういうことなんじゃないですか。いかにも不健康ですし、こいつら」

「……そういうものですかねえ。先程、急に吹き飛んだのもよく分かりませんでしたし」


 アイシャは首を傾げながらも立ち上がり、そこでハッと思い出したような顔で、ロウに向かって身を乗り出してきた。


「あ、そ、それより! ロウさん! ダメですよ、無茶なことをしたら!」

「無茶なこと?」

「庇って頂いたことは嬉しいですけど、あんな風に喧嘩を売るようなことを言ったら、どうなるか分かりませんよ!? たまたま、今回は何事もなかったですが」

「はあ。いやまあ、ご尤もな意見ですけど、先輩には言われたくありませんよ」

「うっ……」

「あのままだったら、先輩、普通に死んでましたけど」

「ううっ……」

「人に無茶を叱る前にご自身を振り返った方がいいのでは?」

「……あうう……すみませんでした……」


 後輩に説教していたはずが、速攻で立場が逆転し、アイシャは顔を赤くして蹲る。


(……まあ、勝てるかどうかも分からない奴を相手に、ガキの為に食って掛かったことはすごいけどな)


 暗殺者は基本的に、出来ないことはしない。

 相手が己より格上であると分かったら、すぐに退く。

 情けないとか、恥ずかしいなどとは、決して思わなかった。

 無謀な挑戦をし、仕事を完遂できずに無駄に散るこそが、殺し屋にとっては何よりの不名誉なのだ。


(つくづく、オレの周りにはいない人だよ)


 聖職者とは、全員がかくもあるのだろうか。

 【聖女】と呼ばれたティアもまた、そうなのか。それとも、アイシャだけが特別なのか。

 その判別は出来ないが――少なくとも『神官アイシャ』に関して、ロウはそれなりの好意を抱いていた。


「で、でも……ロウさん、さっきはありがとうございました」

「ん? なにがです?」


 頭を抱えていた手をどけて、まだ頬を紅潮させたまま、アイシャは見上げて来る。


「わたしのことをあんな風に言ってくれて、怒ってくれて。その、嬉しかったです」

「ああ……いや別に。感じたことをそのまま口にしただけで、大したもんでもないですよ」


 本心から口にした言葉だったが、なにをどう解釈したのか、アイシャが「え、えへへ」とだらしない笑みを浮かべた。


「あの……おねえちゃん、助けてくれて、ありがとう」


 そこで、ミントがアイシャの服の袖を引いて、小さく言う。


「本当に……感謝いたします。ミントが無事なのは、お二人のおかげです」

「ああ、いえ、わたしはなにも……ミントちゃん、怪我はない?」

「うん! ミント、平気だよ。おねえちゃんこそ、お顔、だいじょうぶ?」


 心配そうな顔を浮かべる先に、アイシャは優しい笑みを浮かべた。


「うん。なんでもないよ、これくらい」


 恐らくは、嘘だろう。

 未だ赤く腫れる両頬は、今も尚、かなりの痛みを伴っているに違いない。ミントを安心させる為、無理をしているのだ。


「先輩、これ、使って下さい」


 ロウは懐から取り出した、蓋の閉じた貝殻をアイシャに渡した。


「えっと、これは……?」

「打撲や腫れ、傷に効く軟膏です。朝と夜に必要箇所に塗っておけば、二日ほどで治癒しますよ。《キュア》を使えばいい話かもしれませんが、体力を消費しないに越したことはないかと」

「そ、そうなんですか。ありがとうございます。どうしてこんなものを?」

「実家に居た頃は、農作業で怪我をすることが多くて。知り合いで良い薬師がいるので、いつも買ってたんです。沢山持って来たのでご遠慮なく」

「そうだったんですか。使わせてもらいますね」


 納得したように頷いて、アイシャは早速、貝の蓋を開いて中の軟膏を頬に塗る。

 本当は、暗殺者御用達の薬師から買い取ったものだ。

 市場にでは出回っていない薬草を幾つか使っているとのことだったが、そのことは伝えない方がいいだろう。


「おにいちゃんも、ありがとう。きもちわるいって言って、ごめんね」


 ミントがしおらしい態度で頭を下げるのに、ロウは手を振った。


「気にするな。もう二度と笑わん」

「ミ、ミント、がんばって泣かないようにするよ。だから、また笑って?」

「がんばらなきゃ泣くのを耐えられない笑顔なんて見たいか……?」


 彼女なりに気を遣っているのだろうと思いつつも、ロウは複雑な想いを抱く。


「……とりあえず、そこで転がっている奴らは、神都の【聖兵隊】を呼んでしょっぴいてもらった方が良いですね」


 ヴィシュア教会によって結成されている、神都の治安維持に努める、警備組織である。

 ロウの提案に、ミントの頭を撫でていたアイシャは頷いた。


「あ、それもそうですね。聖兵隊の方が来る前に、目が覚めないといいですが」

「大丈夫でしょう。多分」


 《夢心》の効果は、約一時間ほどだ。

 今から最寄りの聖兵隊屯所まで行って、事情を話し、来てもらうことを考えても、十分過ぎるはずだった。


「ところで、こいつら、何者なんでしょうね。やたらとヴィシュア教会を目の敵にしていましたが」


「多分ですが、【ヴィシュア真教会】だと思います。わたしも直接目にしたことはありませんが、話に聞いた格好と同じですから」

読んでいただき、誠にありがとうございます!

もし少しでも「面白かったよー」「続きも読みたいな」と思っていただけましたら、下のポイント欄の☆の数を増やしていただけると、大変うれしく思います!

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