消える精霊
「……嘘だろ、リーン。そんなの……嘘だと言っておくれよ」
宿屋の部屋。ゼツの声は掠れ、握りしめた拳が震えていた。
テーブルの上には、先端の宝石に幾重もの亀裂が走り、かすかに明滅を繰り返す例の杖が置かれている。
「……嘘じゃないわ」
リーンは暗い表情で首を振った。その瞳には、隠しきれない悲しみが宿っている。
「やっぱりこの杖、二人の強いマナが同時に注がれたことで奇跡的に起動していただけだったの。古代のポンコツな『器』に、それだけの負荷がかかり続ければ……当然、限界が来る」
「そんな……じゃあ、修復すれば! 僕の全財産を投げ打ってでも、腕のいい鍛冶師や魔導士を探せば——」
「無理よ!」
リーンの強い言葉が、ゼツの焦りを遮った。
「器の寿命だけじゃないの。そもそも『きゅーちゃん』は……本物の自然精霊じゃないわ。二人のマナが奇跡的に混ざり合って、あの術式を通して一時的にカタチを成した……ただの『擬似精霊』なのよ」
「擬似……精霊……?」
「器が壊れれば、供給されるマナの回路も途切れる。そうすれば……きゅーちゃんは元のただのマナに戻って、消えてしまうの」
「消え……っ!?」
ゼツはその場に崩れ落ちるように膝をついた。顔から血の気が引き、絶望で視界が歪む。
あの日、ずっと憧れていた精霊と出逢えた感動。自分を心から慕い、一緒にご飯を食べ、街を歩いた温かい時間。
そのすべてが、砂のように指の隙間からこぼれ落ちていく。
「そんな……嫌だ……! 嫌だぞ、きゅーちゃん! 僕は……君とやりたいことがまだたくさんあるんだ! 一緒に旅をして、美味しいものを食べて……!」
ゼツの必死の訴えに、リーンもギュッと唇を噛み締め、拳を白くなるまで握りしめた。
最初は「ゼツの奇行に付き合っているだけ」のつもりだった。
だが、いつの間にか自分にとっても、あの小さな光はかけがえのない『家族』のような存在になっていたのだ。悲しくないはずがなかった。
「きゅ~……」
二人の重い空気を感じ取ったのか、光が弱まりかけたきゅーちゃんが、空中をふんわりと漂い始めた。
ゆっくりと、愛おしむようにゼツの頬にすり寄る。
冷たくなりかけたその光は、精一杯の温もりをゼツに伝えようとしていた。
「きゅーちゃん……ごめん……僕が情けないばかりに……君を引き止められない……っ」
ボロボロと涙を溢れさせるゼツ。
きゅーちゃんは優しくゼツの涙を拭うように撫でると、今度はリーンの元へと飛んでいった。
リーンの濡れた目元にもそっと寄り添い、小さな体で二人を包み込むように円を描く。
そして、二人を見つめながら――かすかな光の粒子を散らし、今までで一番愛らしく、けれどはっきりと、その小さな声を紡いだ。
「……パ、パ……」
ゼツが息を呑む。
「……マ、マ……っ♪」
「……え……?」
リーンが目を見開く。
たどたどしくも、確かに二人の顔を交互に見つめながら呼ばれたその言葉。
自分たちのマナから生まれ、二人で過ごした短い時間が、この小さな命に初めての言葉を教えたのだ。
「きゅーちゃん……いま、僕たちのことを……」
「……嘘でしょ……そんなの、ズルいじゃない……っ」
ついにリーンも耐えきれず、目からポロポロと大粒の涙をこぼした。
二人のマナから生まれた奇跡の子。消えゆく運命を前にして、あまりにも切なく、けれど温かい言葉が、静かな部屋の中に響き渡っていた。




