秘められた仮説と小さな亀裂
「ねえゼツ。前々から思ってたんだけど……この杖、結局どういう仕組みになってるの?」
宿屋のテーブルの上。リーンは頬杖をつきながら、ゼツが大切そうに置いている「例の怪しい杖」をじーっと見つめていた。その横では、きゅーちゃんが杖の先端の石にすりすりと頬を寄せて「きゅ~♪」とご機嫌に漂っている。
「どういう仕組み、とは? 伝承の精霊可視化技術の結晶に決まっているじゃないか!」
胸を張るゼツに、リーンは呆れたように溜め息をついた。
「だから、それが怪しいって言いたいのよ。だってこれ、私が最初に見た時は完全にスカスカのガラクタだったじゃない。なのに、あの日の夜急にきゅーちゃんが現れた……」
「うぐっ……た、確かに。僕がいくら『出よ、精霊!』と叫んでもビクともしなかったのに……」
ゼツも思い当たる節があるのか、顎に手を当てて唸り出す。
「でしょ? ちょっと貸して」
リーンは杖を手にとると、自分のマナをほんの少しだけ流し込んでみた。しかし、杖は「シーン……」と静まり返ったままだ。
「……あれ? 私のマナだけじゃ何も起きないわね」
「ふはは! 見たかリーン! やはりこの杖を起動できるのは、僕のあふれんばかりの精霊愛とマナなのだよ!」
そう言ってゼツが誇らしげに杖を握りしめ、「いでよ!」と念を込める。
……が、やはり杖はピクリとも動かない。
「……出ないわね」
「な、なぜだぁぁっ!? 僕のマナだぞ!?」
「うるさい、叫ばないの! ……おかしいわね。私だけでもダメ、ゼツだけでもダメ……」
リーンは腕を組み、あの夜のことを静かに思い返していた。
(あの時……ゼツのマナで満たされていた杖に、私がほんの少しだけマナを注ぎ足したのよね。そして、ゼツに返した瞬間に光り出した……)
――まさか。
(ゼツの膨大なマナと、私の繊細なマナ……その二つが重なったことで、死んでいた術式が奇跡的に噛み合った……?)
頭に浮かんだ一つの仮説。
しかし、リーンはその言葉を口に出さず、そっと胸の奥にしまい込んだ。
(……ううん、まさかそんな偶然があるわけ……それに、なんだかそれを口にするのは……ちょっと恥ずかしいし)
「リーン? 急に黙り込んでどうしたんだい? 僕のあまりの不甲斐なさに呆れて言葉も出ないのかい?」
「……ううん、別に。ただの考えすぎよ」
リーンは誤魔化すようにフッと息を吐き、ゼツから杖を受け取ろうとした――その時だった。
ピキッ……
静かな室内に、小さく、だがはっきりと硬質で乾いた音が響いた。
「……え?」
二人の視線が、同時に杖の先端へと注がれる。
古代の術式を宿していたはずの、あの濁った宝石の表面に――一本の薄い『ヒビ』が、すっと走り抜けていた。
「きゅ……っ!?」
それまで楽しそうに漂っていたきゅーちゃんが、怯えたように体を小さく縮め、リーンの髪の陰へとすばやく隠れてしまう。
「ひ、ヒビ……!? リーン、杖にヒビが入ったぞ! 壊れてしまうのか!? きゅーちゃんはどうなるんだ!?」
青ざめてパニックを起こすゼツ。
だが、リーンは一瞬だけ目を見開いた後、鋭い眼光でそのヒビを見つめていた。
(……やっぱり。このガラクタの『器』じゃ、二人のマナの負荷に耐えきれなくなってきてる……!)
小さな奇跡で始まった二人の日常に、はっきりと不穏な亀裂が入り始めていた。




