なまえをつけよう
「……で、ゼツ。いつまでそのポーズで浮かれてるつもり?」
翌朝。宿屋のテーブル越しに、リーンは呆れ顔でゼツを見下ろしていた。
ゼツは昨夜から一秒たりとも寝ていないらしく、目の下に薄っすらクマを作りながらも、両手を頬に当てて目の前の空中をうっとりと見つめている。そこでは、昨夜生まれた光の精霊が「きゅ〜♪」と機嫌よく漂っていた。
「何を言うんだリーン。僕はいま、人生で最も濃密で幸福な時間を噛み締めているんだ。見ろ、この愛くるしい丸み! 完璧な光のグラデーション! ああ、息をするのも忘れてしまいそうだ!」
「お願いだから息はして。死なれたら後味が悪いわ」
「しかしリーン、ひとつ重大な問題が発生した」
急に真剣な表情になったゼツが、腕を組んで重々しく頷く。
「問題? なによ、何か異常でもあった?」
「いや。まだこの子に『名前』をつけていないんだ」
「……本気で深刻そうな顔するのやめてもらえる?」
「名前は存在の根幹だぞ! いつまでも『光の精霊』や『君』と呼ぶわけにはいかない! そこでだ、僕が血を吐く思いで考え抜いた素晴らしい名前の候補がある!」
ゼツは胸を張り、紙に書いたメモをバッと掲げた。
「第一候補、『ルクス・エテルナ・グランディディエライト・ゼツ・ジュニオール』!」
「長い!! 却下!!」
「では第二候補! 『輝かしき希望の光芒』!」
「ダサい!! 技名じゃないんだから却下!!」
「くっ……ならば第三候補! 『ゼツ・ラブ・スピリット一号』!」
「自分の名前入れようとするな!! 全部却下!!」
すかさず飛んでくるリーンのツッコミに、ゼツは「なんということだ……僕のセンスが全否定された……」とテーブルに突っ伏した。
そのやり取りを面白がったのか、小さな精霊は「きゅ♪ きゅ♪」と楽しそうに二人の周囲をくるくる旋回し、リーンの肩の上にちょこんと着地した。
「ほら、この子だって呆れてるわよ。……ねえ?」
リーンが肩の精霊に指先を差し出すと、精霊はすりすりと嬉しそうに頬を寄せてくる。
「きゅ〜♪」
「……『きゅーちゃん』でいいんじゃない? 呼びやすいし」
「きゅーちゃん!? リーン、そんな安易な名前でいいのか!? この偉大なる奇跡の存在に対して……!」
「きゅ〜!」
リーンの提案を聞いた精霊は、ゼツの抗議を無視して嬉しそうに「きゅ〜!」と高く鳴き、賛成の意を示すようにくるりと一回転してみせた。
「……あ、気に入ったみたい」
「な……っ!? 僕の入念な候補たちを蹴って『きゅーちゃん』を採択したというのか……!?」
「本人が気に入ってるんだからいいじゃない。ねー、きゅーちゃん?」
「きゅ♪」
「ぐぬぬ……! リーンに懐いているのは羨ましいが、この子が喜んでいるなら受け入れざるを得ない……! 今日から君は『きゅーちゃん』だ!」
ガックリと肩を落としつつも、結局嬉しそうにきゅーちゃんを撫でようとするゼツ。しかし、ゼツの手が伸びてくると、きゅーちゃんはさっとリーンの髪の中に潜り込んでしまった。
「ああっ!? また僕だけ拒否された!?」
「ふふっ、日頃の行いじゃない?」
髪の中からひっこりと顔を出すきゅーちゃんと共に、リーンは満足そうにクスッと微笑むのだった。




