出てこない精霊
「出よ、愛しき精霊! 僕の全身全霊の熱意に応えて、その愛くるしい姿を現しておくれ――!!」
宿屋の狭い部屋の中。ゼツは怪しい杖を両手で構え、全身から滝のような汗を吹き出させながら念じ続けていた。
しかし、杖の先端に嵌め込まれた濁った石は、ピクリとも動かない。
「……出ない。光らない。何も起きていない」
「うん、そうだね。かれこれ一時間、あなたのそのポーズを見せつけられてる私の気持ちにもなってほしいわ」
ベッドの縁に腰掛けたリーンが、爪を磨きながら心底だるそうに呟く。
「なぜだ……! なぜなんだリーン! 君が『本物の器』だと太鼓判を押してくれたから、僕は今月の食費をすべて投げ打ってまでこの杖を買ったというのに!」
「ちょっと待って、食費全額!? 金貨3枚って言ってたじゃない!」
「僕の今月の残高はちょうど金貨3枚だったんだよ!」
「バカなの!? じゃあ今日の夕飯どうするつもりだったのよ!」
「精霊に逢えるなら霞を食べて生きていけると思っていた!」
「生きていけるわけないでしょ! あーもう、やっぱり買わせるんじゃなかった……!」
「ああ……まただ。また僕は騙されたのか……。なぜ精霊は僕に応えてくれないんだ……! 僕の愛が、僕のマナが足らないというのか……!」
ガックリと床に膝をつき、真っ白な灰と化すゼツ。
「……はぁ。だから言ったじゃない、構造が珍しいだけで使える保証はないって。……っていうか、泣くな脱殻! 鬱陶しいわね!」
「泣いてなどいない! 目からマナが溢れているだけだ!」
「それを涙って言うのよ!」
バンバンと床を叩いて絶望するゼツの姿に、リーンは深々と溜め息をつく。だが、ここまで本気で凹んでいる姿を見せられると、どうしても毒気を抜かれてしまう。
「……はぁ。ちょっと貸しなさいよ、その棒切れ」
「リーン……。君の優しい慰めも、今の僕の傷ついた心には……」
「いいから黙って貸す!」
ゼツの手から強引に杖をひったくると、リーンは先端の濁った石にそっと自分の指先を触れさせた。彼女の繊細な感覚で術式を探る。
(……んー。壊れてるわけじゃないみたいだけど……起動させるのに、なんか足りない気がするのよね)
ゼツのマナだけで満たされた杖をいじりながら、リーンは首をかしげる。
(……まあ、少し私のマナも足しとくか)
深く考えず、軽いお助けのつもりで、自分の指先から静かにマナを注ぎ込んでみせる。
そして、何事もなかったかのようにすっと杖を返した。
「ほら、ゼツ。いつまでも床でイジイジしてないで、もう一回やってみなさいよ」
「ええ? でも、さっき何度やってもダメだったんだぞ? 僕の心が折れる音を聞きたいのかい?」
「いいから! ほら、もう一度構える!」
「う、うん……そこまで言うなら……! 出よ、精霊ー!」
「声がやけくそなのよ!」




