鉄の処女、野生に牽かれる(馬×馬車)
それは、二人が正式に婚約する少し前、まだマリアンヌが誰のものでもなかった頃の、深夜の厩舎の記憶である。
マリアンヌは、高潔なシャーシを暗闇に潜ませ、頑なに心を閉ざしていた。
『私は鉄の処女よ。誰にも牽かれたことなどないわ』
その時、闇を裂いて、荒々しい鼻息と共にアレクサンダーが近づいてきた。マリアンヌのドアノブが、未知の恐怖と期待でカタカタと小さく震える。
「……ブルルル」
アレクサンダーの低い、不敵ないななきが響いた。
『牽かれる悦びを知らないだけだね』
ガチリ、と狂おしい金属音が静寂を破った。アレクサンダーの曳き綱が、マリアンヌのシャフトに容赦なく、しかし完璧に絡みつく。強固な連結の合図だった。
「ブルルルルッ!(いくぞ、マリアンヌ!)」
アレクサンダーの強靭な飛節が地面を蹴り、圧倒的な馬力が爆発する。
『あ、ああああっ……! 何、この圧倒的なトラクションは……っ!?』
高速で回転を始めるゴム引き車輪。未開発だった制動装置が摩擦で異常な熱を帯び、客室が、彼の激しい歩様に合わせてガタゴトガタゴトと激しく鳴り響いた。
『だめ……! サスペンションが、私の板バネが壊れちゃう……! でも、進むのを止められない……!』
無機質な鉄の塊が、野生の生命力によって「最高に走る乗り物」へと変貌していく。こうしてマリアンヌは、アレクサンダーの牽引力なしでは生きられない身体に調教されてしまったのだ。




